ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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髑髏の火炎竜様よりイラストを頂戴いたしました。今回も素晴らしいイラストです脱帽です……。

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#44

「も、もうむり……」

 

 そうとだけ言って、キリノは顔面から地面にダイブした。そのまま死体のように指先一つピクリとも動かない。

 

「何とも情けない男よ」

 

 呆れたようにそう言って、キリノの身体から湧き出てくように飛び出てきたのは、先日の一件で押しかけ的に仲間になった戦国時代の武士の幽霊……錦田小十郎景竜だ。

 

「これでは真面に打ち合いもできぬではないか」

 

「そ、そうはいっても身体が追い付かないんだよ」

 

 首だけどうにかこちらに向けたキリノが景竜のお小言に言い返す。

 

「普通におかしいだろ。音速で刀振るとかさぁ。人間業じゃないんだよ」

 

「拙者が生きておったころはこの程度序の口であったぞ」

 

「そりゃもう、アンタが普通じゃないんだよ」

 

 超能力者が普通を語るな、と思うがそこは口には出さないでおいてやろう。

 

 顔を顰めて、キリノはなおも不満を吐いた。

 

「そもそも何で僕の身体を使うんだよ。技を教えるって話なら、カツヒトの身体に直接入ればいいじゃないか。ていうか、そのまま怪獣と戦っちゃえよ」

 

 キリノの言葉には大いに頷けるところではあった。景竜の技術を学ぶのなら、俺の身体に宿ってもらって直接身体に馴染ませた方が良い。そして景竜の戦闘センスは並みはずれている。俺に憑依して変身すれば効率が良いのも確かだ

 

「そのところ、実際どうなんだ?」

 

「カツヒトに憑依するのは不可能ではない。……だが、その状態で激しく動き回るとなると具合が悪い。飛び出そうになる」

 

「飛び出る?」

 

「拙者の魂と、カツヒトの身体の相性がいささか悪い。生来のものなのか、それとも巨人の力を継承したが故なのかはわからぬが」

 

 景竜自身もあまり深くは理解してはいないようだ。腕を組みながら続けた。

 

「そもそも、その『光』はお主が受け継いだもの。それを拙者が間接的に動かそうというのが良くないのかもしれん」

 

 巨人の力。あるいは単に『光』と称される超古代の力。それが俺以外の意識によって俺の身体を動かすことを制限している、ということか。

 

「光に選ばれたのは、拙者ではなくカツヒト、お主なのだ。故に、その身体の主導権を安易に他者に譲渡すること自体あまり良いことではないのだろう」

 

「そういうもんか」

 

 景竜が俺に憑依して剣を振るうというお手軽強化プランはこれでお蔵入りだな。

 

「それに、拙者は既に死人。……生前に散々に切り捨ててきた妖怪どもとさして変わらぬ存在であるからな。あまりこの世を引っ掻き回すことは避けたい」

 

 好き放題しているように見えた景竜であったが、彼なりの線引きというものがあるようだ。

 

「生前の拙者の不始末に類することであるならば、刀を振るおう。だが、それ以外では積極的に関わるつもりはない。……どれほどの悪であろうとも、死人が生者を斬るというのは道理が通らぬ」

 

 それが景竜なりの境界線ということらしい。先日の戀鬼のような、生前の自身の不始末には関与するが、それ以外の事件に首を突っ込む気はないということだった。俺を鍛えるというのが、彼なりの譲歩なのだろう。

 

「……く、それでも僕の身体にわざわざ入らなくてもさあ……」

 

「キリノの身体はむしろ居心地がよいな」

 

「な、なんだよそりゃあ。さぶいぼが立つ……」

 

 身体を掻き抱いてキリノが顔を盛大に顰めた。まあ、確かに言ってることには賛同するけど。

 

「気味悪い勘違いをするでないわ。……キリノの身体がなぜか居心地がいいのは、あれだな。恐らくイタコとしての力もあるのだろう」

 

「い、イタコ……!?」

 

「生前にも念働力やら妖術を扱う奴やらを相手にしてきたが、キリノの性能はそれに勝るとも劣らん。お主の身体の中に眠っている力は、お主が把握しているものよりも多彩なのだろう」

 

「そ、そうなのか……」

 

 予想外に褒められたキリノが、口ごもった。

 

 キリノの超能力には、まだ引き出しがあるということか。今でさえクレイボヤンスに未来予知、軽い念働力と高スペックなのに。

 

「まあ、まだ原石以下であることには違いないが」

 

「うぐぐ……。でも、それは超能力の話だろ。身体の方は別に……」

 

 そんなに身体を酷使されたことがしんどいのか、なおも食い下がるキリノに、景竜は溜め息を吐いた。

 

 景竜は片手の親指と人差し指で輪をつくると、その輪を通してキリノを視た。

 

「何しているんだ?」

 

「拙者の瞳は妖怪の類を見分けるほかに、こうやって集中すればある程度その者の運命……業と呼ぶべきものも見定められる」

 

 こいつも大概人間やめてんな……。

 

「キリノよ。お主は近い将来選択を迫られよう」

 

「せ、選択……?」

 

「とっくの前に賽は投げられておる。あとはその負債がお主の前に現れるのみよ。逃げることも防ぐことももう出来ん」

 

 手で作った輪から目を外して、景竜は続けた。

 

「……その時になって、運動不足で走れませんでした、では死んでも死にきれまい?」

 

「こ、怖いこと言うなよう……」

 

 脅された形となったキリノは、渋々ではあるが今後も鍛錬に付き合うことになるのだった。

 

 

 とはいえ、ないものはない。残念ながら、一念発起したところでキリノの体力がすぐに伸びる、という都合のいいことは起きないのだ。

 

 そんなわけで、キリノin景竜との組手は一日に一時間程度に抑え、他の時間は型を習うことになった。

 

 練習用の木刀を片手で持ち、袈裟斬り、切り払い、籠手内などを順繰りに演じていく。

 

「なるほど。基本は既にできているな」

 

 景竜が感心したように頷いた。

 

「学生時代はいろいろと武術を齧ったんで」

 

「先の組手でも言おうと思っておったが、片手で剣を振るうのは実戦を意識してか?」

 

「ああ。ウルトラマンの時は片手で剣振ってるしな」

 

片腕から伸ばした光の剣で戦うスタイルであるため、最近は練習時でも剣は片手持ちなのだ。

 

「ふうむ。片手持ちは取れる手札も増やせようが……。拙者としては両手持ちの方がいいと思うがな」

 

「そうか?」

 

 そりゃ人間のときは片手で剣を振ったところで二刀流でもない限り恩恵はないだろうが、ウルトラマンの場合はそうでもない。片手で剣を振るい、もう一方で光線技を撃てるというのはかなりの利点だと思うんだけど。

 

「取れる手札が多いということが、すなわち強さに繋がる……というわけでもない」

 

 難しい顔をして景竜は続けた。

 

「お主の場合『剣を振るう』か『光線技を撃つ』かという手札を常に持っていることになる」

 

「まあ、それはそうだが」

 

「お主が剣を選択するとき、それはすなわち敵が光線技で捉えられぬ時や、市街地戦などで周囲の被害を最小限にしたいときであろう。要は光線技が不適であるから剣を使うのだ」

 

 景竜は、一息ついて再び口を開いた。

 

「剣と光線技を同時に使わねばならいという瞬間は、実はあまりない。むしろ下手に手札をだぶつかせていると判断が鈍る」

 

「それは……」

 

「気づいておるか? お主、戦闘での反応が一拍遅いのだ」

 

 景竜の指摘に思い当たる節はあった。思い返してみれば、一手遅れるという場面が多いかもしれない。

 

「お主はなまじ目先が利くようだからな。それは長所でもあるが、同時に短所でもあろう。……別に片手で振っても良いが、戦い方は集中した方がいいはずだ」

 

 選択と集中、こう言うと前世が研究者だった身としてはもやもやするが、意味合いは違う。

 

 一度選んだならば中途半端はせずに集中したほうが良い、ということだ。戦法を細かく切り替えるというのは、今の俺では分不相応であるというのが景竜の見立てなのだ。

 

「さて、高説はここまでにしようか」

 

 景竜は膝に手をついて立ち上がった。

 

 彼の手にはいつの間にか刀が握られている。とはいえ、それは本物ではない。景竜曰く、幽霊というのは生前に最もよく身に着けていた物や執着していた物、あるいは死に際に身に着けていた物をそのまま一緒に再現するのだとか。そうでないと幽霊は皆裸で化けて出ることになるので、納得といえば納得ではある。

 

 景竜は実体のない剣を手に、滑るように刀を動かしていく。鬼気迫る中に、清流のような流麗さが宿っている。命を狩る殺人術でありながら、こうも美しさと同居しているとは。

 

「これが、錦田小十郎景竜の剣……。妖怪殺しの術理か」

 

「いや違うが」

 

 こけた。

 

「は? 違う?」

 

「お主にこれから教えるのは、拙者の剣ではないぞ?」

 

 んん???

 

 何を言っているのか全く理解できない俺は首を傾げた。

 

「前も言うたであろう。拙者の剣は大物殺しの剣。自身よりも上背の高いものを斬る小物の剣よ。同じ体格のものを斬る剣術ではない」

 

「な、なんだそりゃ……。拙者の流派を継げ、的な話じゃなかったのか?」

 

「いや、拙者の流派は門外不出なので。弟子とかとらんから」

 

 こ、こいつ……。じゃあ何のためにここまでついて来たんだよ。

 

「拙者の流派は教えられぬし、教えてもお主では活かしきれん。……だが、他の剣であれば教えられよう」

 

「他の剣……?」

 

「拙者、これでも棒振りに関しては天賦の才があると自負しておる。特に眼が良くてな。一度見た剣は忘れぬのよ」

 

「は、はあ……。ええと、つまりこれから俺に教えるのは、観て覚えた、別の流派の剣ってことか?」

 

「左様」

 

 左様、じゃない。それって勝手に教えて大丈夫なの? 著作権的にやばくない?

 

「なあに、心配には及ばぬ。拙者の見立てでは、あやつの剣の方が百倍お主に合うであろう」

 

「あやつって誰だよ」

 

 どこか有名な人物なのだろうか。考えてみれば景竜は戦国時代の生まれだ。時代に埋もれていった凄腕の剣士や流派とか知っていても不思議じゃない。

 

「名は、あー、よく覚えておらん。一度死合っただけだしな」

 

「一度見ただけの名前も覚えてない人物の剣を、よく人様に教える気になるな……」

 

「拙者、天才なのでな」

 

 わっはっはー、と豪快に笑う景竜。尊敬の感情ががりがり削られていく……。

 

「……一度仕合ったっていってたが……」

 

「うむ。一度だけ死合ったことがある。随分と捻くれた男であったが、その剣の腕は本物であった」

 

 景竜は、こんなのでも凄腕の剣士だ。いくらその剣が妖怪狩りに特化したものであろうと、その剣の鋭さは並みの剣士では歯が立たないだろう。その景竜に匹敵する力量の剣士など、想像がつかないが……。

 

「何か覚えていることないのか? その人のこと、少し気になるんだけど」

 

 聞かれて、景竜はうーんと唸って人差し指をこめかみに当てた。

 

「あー、確か、名を名乗られた記憶はないが、なんとなく流派は名乗っていたような……」

 

 そうだ、と思い出したように景竜は目を見開いた。

 

「シャー芯流だった、かな?」

 

「すごい脆そうな流派……」

 

 多分、というか絶対違うだろ。

 

「むう。何だったか……。シャー芯ではなくてシャンソンでもなくて、借金? いや遠ざかったな……。あー、しゃしん……写真だったかなぁ」

 

「写真? いや写心か? 心を写すと書けば、まあありそうではあるか」

 

 写心流、ね。

 

「いや、うーん。なんかそんな感じだったような……しっくりこないというか……」

 

 どうやらこれも違うらしいが、これ以上出てはこなさそうだ。

 

「まあいいか。暫定で写心流ってことにしとこうではないか」

 

「いいのか……」

 

 その暫定写心流の人、絶対草葉の影で泣いてるぞ。勝手にパクられて挙句に名前を間違って広められるなんて……。

 

 そんなわけで、俺は景竜から正体不明の謎の流派……暫定写心流を教わることになるのだった。

 

 ……それにしても、写心流……どこかで似た響きを聞いた気がするんだよなあ。

 

 

 


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