ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#45

 修行中であろうとも、怪獣たちはこちらの事情など慮ってはくれない。空と宙の間から、再び『天使』が降りてくる日が近づいていた。

 

「まあ、原作通りに事が運べば、だけどな」

 

 口だけどうにか動かしたが、身体は床に放り出したまま五体投地。連日の景竜との修行は想像以上にハードで、こうして情けなく天を仰いでいるのだ。

 

「クリッターが再び地上にやってくる……。ガゾートⅡとなって」

 

 ユザレの言葉に頷く。

 

 ついに人間と邂逅を果たしたクリッターは、自分たちのいるべき電離層から再び人類の生存圏へと降りてくる。まるで人の味を覚えてしまった熊のように。

 

「ガゾートⅡが最初に襲うのは、プロバイクレーサーのアオキ・タクマが日本に帰国する時に搭乗した国際線だ。現実でもその通りに行くのなら、もうそろそろだろうけど」

 

 テレビでは、海外レースで優勝を果たしたアオキが凱旋帰国するという報道がなされている。彼は明後日の第一便で日本に帰国するのだ。

 

「TPCの観測施設からは、それらしい報告はありませんが」

 

「電離層は電磁波の吹き溜まりになっているらしいからな。観測機器の精度も格段に落ちるだろ」

 

 それがクリッターの厄介なところでもある。電離層は現状の観測機器では上手く計測できないため、クリッターが動き出した場合は後手に回りやすい。このあたりの事情が、この後のクリッター殲滅作戦に繋がっていくのだろうが……。

 

「ふむ……。新たな怪獣とな……?」

 

 そこに現れたのは景竜だった。

 

「景竜か……。毎度のことながら音もなく来るよな。心臓に悪いわ」

 

「別に気配を潜ませて近づいたわけでもなし。気づけ」

 

 相変わらず無茶を言う男だ。

 

「それよりも怪獣の話だ。その、ガゾートとやらが何故やってくると断言できる?」

 

「あ、ああ。それは……」

 

 そういえばまだ景竜には俺の記憶については何も言っていなかったか。

 

 どう説明しようかと頭の中を整理していると、見かねた景竜が口を開いた。

 

「まあ、言いにくいのならいい。拙者が知らぬ方が良いことのようだからな」

 

「いや、別にここまできたなら秘密にするつもりは……」

 

「構わんさ。考えてみれば、未来予知程度は大したことでもない」

 

「いや、それは結構大したことだろ……?」

 

 果たして景竜の生きた戦国時代って、どんな時代だったんだ……。

 

 俺と景竜のやり取りがひと段落したところで、ユザレが国際線の時刻表を投影しだした。

 

「アオキ氏の搭乗する国際線の出発時刻から逆算して、あと四十一時間後かと」

 

「……相変わらずユザレ殿の手品には驚かされる。心臓に悪い」

 

 何もない空間に投影された映像に手を伸ばす景竜。いや待て、幽霊なんだからどっちにせよ触れられないだろうが。

 

「人類の進歩とはすさまじいものよなあ」

 

 しげしげと映像を見て、景竜は続けた。

 

「しかし、四十時間後か……。これはお前は出ない方が良いな」

 

「はあ?」

 

「どう考えても後二日では修行は完成せぬし、疲労も抜け切るまい。万全とはいくまいよ」

 

「い、いや。だから明日は修行を休めば……」

 

「馬鹿者め。修行は一日たりとも休むな」

 

 景竜は腕を組んだ。

 

「お主がやらずとも、もう一人の光の人がおろう。今回はそちらに任せておけ」

 

「い、いや。だが……」

 

「そもそもだ。……お主、最近働き過ぎではないか?」

 

 働きすぎ? 俺が?

 

 首をひねっていると、ユザレが景竜の言葉に同意した。

 

「確かに指摘の通りではあります。普段の情報精査や怪獣災害の度の出動に加え、闇の巨人勢力の調査、ヒメヤ・ジュンの行方の追跡。そこにここ最近は剣術の修行……。オーバーワークですね……」

 

「そうかも……しれないが……」

 

 なおも納得できない俺に、景竜は言葉を重ねた。

 

「お前は幸いなことに、独りで戦わなければならぬわけではない。今回くらいはあちら側に任せておけ」

 

 これは師匠命令だ、と最後にそう付け足して景竜は背中を向けた。

 

「明日からはより厳しくいくからな。覚悟しておけよ」

 

 そう言って景竜は部屋を出ていってしまった。

 

 

「今回は、ありがとうございました」

 

「うおっ」

 

 部屋を出た景竜の背後に、ブオンという起動音をさせながらユザレのホログラムが現れ出でた。

 

「……えーあい、というのは拙者よりよっぽど幽霊染みておらんか」

 

「所詮この地下施設内の中だけです」

 

 そう言ってユザレは先ほどのやり取りでの疑問を口にした。

 

「本来であれば、カツヒトの状況や体調は私が管理すべきところでした」

 

「気にすることはない。確かにあの男、飄々としておるからな。外からは疲れなど見てとれん。あ奴自身さえも自覚しておるまいよ」

 

 カッカ、と景竜は笑った。

 

「『すぱるた』が拙者の信条だが、流石に奴の芯に疲労の蓄積が見えたのでな。なに、ここらで一つ、誰かに任せるということを覚えても良いだろうよ」

 

 景竜は腕組みして眉間に皺を寄せた。

 

「あ奴は目先が利く。それはいいが、だからと言って、何でもかんでも手を出そうというのは良くない。あれでは早晩、潰れよう」

 

「それは……」

 

「カツヒトの運命……宿業の道のりは険しい。そして、なによりも『長い』。あの男は、誰よりも長い間戦い続ける運命にある」

 

「誰よりも、長く……」

 

 ユザレの呟きに、景竜は頷いた。

 

「そう。奴の戦いは長い。あの調子では、早いうちにバテてしまうだろう。……どこかで誰かに任せる、あるいは頼る……そういう選択をしていかなければ保たない」

 

 景竜は、懐かしむように瞑目した。

 

「強者とは常に孤独……。今でもそう思う。だが、孤独を受け入れてはいかんということも学んだ」

 

「それは、どういう」

 

「結果的に孤独に至ることと、最初から孤独を選ぶことは違うということだ。……どれほどの強者であろうとも一人ではどうしようもないときは必ず来る。その時に頼れる仲間がいるといないとでは、違う」

 

 景竜は、懐に仕舞い込んでいた簪を一つ取り出して、何かを思い出すように続けた。

 

「この簪を受け取った時もそうであった。拙者では取りようもなかった手段で『彼女たち』は狐を救った……。その時に悟ったのだ」

 

 口の端を微かに上げて、景竜は微笑した。

 

「背負うのはいい。気負うのはいい。どれも男であるならばあっぱれな心意気であろう。だが……それを上手く下ろす方法も、誰かが教えてやれねばならぬのだ」

 

 

 ガゾートⅡの一件は、ティガとGUTSに任せるという判断に至った。とは言え失われる命をみすみす見過ごすわけにもいかないので、イルマ経由でその日にGUTSに哨戒にでるよう依頼することになった。

 

「隊長だからといって根拠もなくGUTSを動かせるとは思わないでほしいのだけど?」

 

 と口ではぐちぐちと言いつつも、アオキの乗る国際線の航路付近にしっかりとダイゴらを派遣していた。

 

「ふふふ、あれは頼られたのがそれだけ嬉しかったのでしょう。前回の二人山での一件では完全に蚊帳の外でしたから」

 

 三千万年前のユザレの遺伝子を受け継いでいるイルマは、AIユザレにとって娘……とはいかなくとも姪のようなものなのかもしれない。血縁や親族、あるいは家族と言った間柄を知識としては知っていても実感を伴っては感じられないAIユザレは、その感情を自覚できていないのだが。

 

 カツヒトからの無茶ぶりに対してごねていたイルマはその後、やや不自然な指令を訝しまれたものの、ガゾートⅡ襲来によってそれは掻き消され、むしろ上層部から評価を上げたという。

 

 ティガはそのままガゾートⅡと戦闘に突入し、苦戦はありつつも見事撃破した。原作のような痛ましい悲劇もなく、イルマの評価も下がることは無かったということで、カツヒトはようやく一息ついたのだった。

 

 そのまま彼は、意識を失うように入眠してしまった。景竜の見立ては、やはり正しかったのだろう。

 

 深夜。

 

 一応は人であるカツヒトとは違い、睡眠の必要がないAIの身の上であるユザレは、誰に聞かせるわけでもない独り言を口にした。

 

 本来AIである彼女が独り言を口にするのもおかしな話であるのだが、それを指摘する人間はここにいない。

 

 口は動かしながらも、その処理速度は変わりがないままだ。

 

 今日も転送されてきた各所のデータを閲覧、整理していく。最終的な情報の精査と判断はカツヒトが行うが、まとめられていない生のデータの解析はAIである彼女の仕事であった。

 

「一瞬だけ映像に映された銀色の巨人……これはネクサスですね……」

 

 たまたま監視カメラに映ったのは、あれ以来ほとんど表に出てきていないウルトラマンネクサスの姿。そして、異形の姿の大型怪獣──恐らくはEビースト細胞から発生した、いわばEスペースビーストだろう。

 

 ガゾートⅡの放つ電磁波光線に惹かれておびき寄せられたのだろうか。

 

 映像に映ったのは、両者ともに一瞬だけだ。

 

「メタフィールド……。目撃証言が極端に少ないのも、この能力のせいでしょう」

 

 ヒメヤ・ジュンは現在も、各地に散ったビーストヒューマンを追いかけているのだろう。

 

「我々もTPCもビーストヒューマンを取引した組織の特定には手を焼いているというのに、いったい彼はどうやって探し出しているのでしょうか」

 

 ネクサスに備わる何かしらの超感覚なのか、それともヒメヤ・ジュンが培ってきたジャーナリストの勘と伝手によるものか。もしくはその両方なのかもしれない。

 

「ヒメヤ・ジュンのパーソナリティは、過去の件もあり、あまり社交的とは言えず集団行動も得意ではない。……加えて、ウルトラマンとして戦うことを自罰的にとらえている節もある。手を貸そうにも素直に受け取ってもらえるかどうか……。下手に接触して反目されても危険かもしれません。ならば、彼との協力関係の構築は優先順位を下げても良いでしょうか」

 

 彼には自由に動いてもらって、これまで通りビーストハンターとして行動してもらうのがいいかもしれない。ある程度はこちらで状況は把握して、彼が苦戦するようだったり、疲労を蓄積させているときはその都度裏から手助けする方が、人との接触を好まないヒメヤ・ジュンにとってもいいだろう。

 

 本当は、彼の心にも寄り添いたいのだが。

 

「こちらとしても、これ以上カツヒトに負担をかけるのは……」

 

 景竜に指摘されて初めて、ユザレはカツヒトのキャパシティが限界に近づいていることに思い至った。

 

 今まで、ずっと隣で彼と歩んできた。彼の努力を近くで見てきた。多くの無理難題を、歯を食いしばって解決してきた彼を見守ってきた。

 

 だからこそ、彼の限界値を過大評価してしまった。彼はずっと背伸びしてきた。つま先立ちでふらつきながら、上へ上へと手を伸ばしてきた。

 

 それがデフォルトであると、何故考えてしまったのか。AIとして自分自身を恥じ入るばかりだ。

 

「確かに、言われてみれば彼の一日の行動量はオーバーワークにもほどがあります。景竜の言っている通りだ」

 

 これからカツヒトたちを待ち構えている運命は、過酷なものだと景竜は断言した。宿命を見定めるという、かの大剣豪の言葉はひどく重い。

 

 力を蓄えつつも、いつでも全力を出せるように万全に整える。難しいと判ってはいるが、彼のバックアップには最善を尽くしたい。それが、光の戦士として彼を戦場へと導いた自分の為すべきことだ。

 

「機械の身でありながら、最善を尽くすというのはこれほどまでに難しい」

 

 彼女の独り言に、共感を示すように水槽の中の『来訪者』が手を振った。相変わらず言葉は分からないが、きっとこちらを励ましているのだろう。

 

 『来訪者』たちも徐々にではあるが、その力を取り戻しつつある。どれほど復調しようとも、母星とはまるで違う地球の環境では非力なままではあるだろう。だが、最近は弱々しくも念働力を駆使しながらいろいろと機器開発に勤しんでいる。手が足りない時には、キリノの翻訳を通しつつこちらの情報精査もしてくれている。

 

「あなた方としては、ヒメヤ・ジュン……ネクサスの行方は最も気になるところでしょうに」

 

 気にするな、と触手をふる『来訪者』に、ユザレは淡く微笑んだ。彼らの協力に報いるよう、こちらも努力していこう。

 

「さて、他に気になる情報は……」

 

 今日の分のログから、ユザレは気になる記事をピックアップした。

 

「『連続窃盗事件に注意。犯行はグループによるものか』。確証はありませんが、カツヒトの異世界の記憶通りの流れならば」

 

 ユザレはそれにブックマークをつけてから、次の情報に目を移した。

 


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