ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
左に木刀を握り締め、顔の横に構える。
斬下げ。斬上げ。突き。薙ぎ払い。一つずつ、所作を確かめるように、しかし目の前の難敵に一太刀浴びせる気概をもって振るう。
業の一つ一つのキレは申し分ないはずだ。これは正しい自己評価。
「ほっ、ふっ」
いまいち真剣さがない、力の抜けそうな掛け声を上げながらも、男は的確にこちらの剣の勢いを削いで受け止め、あまつさえ反撃してくる。
「ほれ」
「っ……!!」
横なぎの一閃。掛け声に気迫は無く、一見無造作に振られたようにも見えたその剣。だが相対してみれば、よくわかる。その太刀筋は心底寒からしめる、まさに秘剣の一刀に他ならない。
間合いを離し、この一刀を回避する。
「それは悪手だ。避けただけの動きに何の意味がある? 一つの行動で、二つ三つの意味を持たせろ!!」
「言われなくても……!!」
後方へのバックステップは、回避行動以外に意味を持たない。ここから攻撃の手を打つのは難しい。
景竜が一歩、此方に踏み込んでくる。上半身は上段からの叩き斬り。
──よしっ。狙い通り!!
甘えた回避行動を見れば、景竜は必ずそれを咎める。離された間合いを詰めて獲りに来る……。そこを逆に仕留める。
策を巡らし、伏線を撒き、仕掛けは最小限。この返し技で、懐に誘い込んだ景竜を斬る……!!
相手の踏み込みの一歩に合わせて、左手に握った木刀の切っ先を首元に差し込む。
狙い澄ました一手。例えるならば、獲物を待ち続け、その隙に身体を伸び上がらせて牙を立てる蛇のように。
「っ」
この日、初めて景竜の表情に驚きが走った。
そして景竜の切っ先がブレた。
上から下へ、振り下ろす勢いだった剣先を捻じ曲げ、剣の腹でこちらの突きを跳ね上げた。
ガキンッ、という木が打ち合ったとは思えない硬質な音を響かせて、なお景竜の剣は止まらない。
──剣腹で弾いた動きのまま、こちらの顔面を……!!
軌道はめちゃくちゃ。これでは、まず刃先は立たない。だが、景竜は言っていたではないか。自分はただの『棒振り』だと……。
刃物ではなく、ただの重たい鈍器として刀を使う。小綺麗な道場剣術ではない。景竜に侍の誇りなどない。あるのは執念。あるいは、己が宿業へ死してなお立ち向かう覚悟か。
だが、これで怯んだりはしない。景竜がこれくらいの常識破りをしてくることなど、判り切っていたことだ。
弾かれた木刀から手を離す。そして空中で握り直し、横合いから景竜の木刀を弾き飛ばした。
「くう!? おいキリノ、もっと握力鍛えておかんか!!」
景竜の負け惜しみのような言葉ともども吹き飛ばす。
俺が握った木刀の切っ先は、景竜の首から一ミリ上で止まっていた。
そして、景竜の膝が、俺の鳩尾の手前で動きを止めている。
「そこまで、ですね」
審判役のユザレの言葉で、俺たちは身体の力を抜いた。
「も、もうむり」
そのままドサリと前のめりにキリノが倒れ、その身体の中から幽霊の景竜がぬるっと出てきた。
「全く、ここぞというときに踏ん張りの利かん身体だ」
景竜がそう言って唇を尖らせた。まあ、あそこですっぽ抜けっていうのは確かに格好がつかない。
まあ、格好がつかないで言えば、俺の方なのだが。
「あれだけのミスがあって、それで引き分けか……」
そう言って溜め息を吐くと、景竜は「いや」と言って続けた。
「こちらは膝、対してお主は剣を喉元に突き付けておる。お主に一本でいいのではないか」
「それ、裁定甘くないか」
そりゃ、実戦だったらこちらの方が命に届く一手の分、勝ちって判断でもいいのかもしれないが。これで及第点と言われても俺が納得いかない。
「だが剣筋は今までで一番良かった。あの誘いも、一瞬の見切りも十分評価に値するであろうよ。……あそこで素直に一本取られておいても良かったのだが、つい生来の負けず嫌いが顔を出してしまった」
ガッハッハ、と霊体のまま景竜が笑う。この男がそこまで言うなら、この不完全燃焼感も幾分か和らぐ。
ひとしきり笑って、景竜はすっと表情を厳しくさせた。
「これで、お主の修行もひと段落だ。ここから先は、実戦で磨いていくほかない」
「もうそんな段階か? まだ1か月と半月くらいしかやってないし、個人的にはまだまだだと思うんだが」
「元より基本は出来ていた。そこに型と術理とを合わせれば、すぐにでもそれなりに仕上がるというもの。何より、教えているのが拙者だからなぁ」
得意満面の笑みで「これが『かりすま』講師という奴だ」と景竜が笑った。全く、口の減らない奴だ。
そんなわけで暫定・写心流の修行はひと段落ついた形になった。後は日々の鍛錬と、命がけの実戦で少しずつ磨いていくほかない。
俺が、もう一度型の確認を行おうとしたところで、景竜が立ち上がった。
「いささか胸騒ぎがする。この気配、さては不信心者があの山にでも入ったか」
彼が、眉間に僅かに皺を寄せたが、しかしにやりと口の端を釣り上げた。
「さて……、腕試しにはもってこいの相手も丁度いるようだし。ここらで一つ、化け物退治にでも行こうではないか」
景竜の超直感を裏付けるように、ユザレが情報を追加した。
「……関東周辺で、窃盗団と思われる不審な三人組が報告されています。今のところ目立った被害もありませんが、今は 山に潜伏しているのではないかと」
原作ティガにおいては、景竜が初めて登場したエピソード。そのときに蘇った両面の鬼。どうやら写心流のデビュー戦は、時代を越えて復活したその戦鬼が相手のようだ。
※
宿那鬼。あるいは両面鬼とも呼ばれる戦国時代に生きた物の怪。悪鬼羅刹そのもの。それが、この宿那山に今も封印され続けている。
「さて」
景竜は言った。目覚めのときを今か今かと待っている鬼を討て、と。
「まだ封印は解けていないんだろ? なら、封印をもう一回掛けなおす方が被害が無くていいんじゃないか?」
ぼやいた風にしてキリノが言った。
宿那鬼の封印は、罰当たりな古美術窃盗団が山中の祠から封印の要石となっていた刀を持ち去ったことが直接の原因だった。ならばそれを未然に防ぐことができれば、それでいいのではないだろうか、というのがキリノの意見だった。
確かに、わざわざ巨大怪獣が目覚めるのを黙って見過ごすというのも、良心が痛む。何かの間違いで宿那鬼が市街地に出ないとも限らないのだし。
俺とキリノに視線を向けられた景竜は「否」とだけ言って首を振った。
「どうせ第二第三の窃盗団が湧いて出てくるであろうよ。いちいちそのような不信心者に頭を悩まされるよりは、後顧の憂いを断つ方が良い」
「でも、街の被害とかさぁ」
「そこはカツヒトが頑張ればよい話だ」
「俺かよ……」
そういうところが脳筋というか、考え無しというか……。最後を丸投げ、というのはどうかと思う。
「まあ、個々人の考え方によるのは確かだ。……ただ拙者としては、このタイミングでヤツには引導を渡しておいた方がいいと思うぞ。というか、窃盗団が来ないのならいっそ拙者らで封印を解いて宿那を滅ぼしてしまうのもアリだ」
「……そこまで、か?」
「そこまでしてでも、ヤツはここで根元から討った方が良い。これは、拙者の勘だがな」
怪異殺しの大剣豪、錦田小十郎景竜の直感と言われれば無碍にすることもできない。それに封印を掛けなおしても、万が一は常について回ることになる。なら余裕のあるうちに討伐してしまおう、というのも現実的な提案だろう。勿論、被害は最小限に抑えるというのは当然だが。
そのような会話を交わしながら、俺たちは目的の場所に辿り着いた。
宿那山山中。景竜が生前に腰に佩いた刀が祀られた場所。
「おっと、先客がいるみたいだ……」
いち早く気付いたキリノに手を引かれて、茂みの中に身を隠した。
冴えない様子の三人組の男たちが、祠の中にある刀らしきものを取り出そうとしていたところだった。
「ドンピシャのタイミングだったわけか」
「奴らの後は拙者が追おう」
車の中に戻っていった三人組の追跡は、景竜がかってでた。霊体である景竜ならキリノよりも上手く跡をつけてくれるだろう。
「俺たちは待機か」
こっちは宿那鬼が目覚めるのをここで待つ。そして目覚めたら即座に討つ。余計な被害を出来る限り避ける狙いだ。
「さて、素直に出てきてくれよ」
後は原作通りに事が運ぶことを願うばかりだった。
※
山が震える。
『お、』
地の底より、鬼の唸り声が大地を、空気を揺らす。
『オオオオオオオッ』
宿那山の各地に封じられた身体がひとつに集まり、戦国時代を生きた悪鬼が現代に復活した。
景竜曰く、戦国時代のころは人より一回り大きい程度だったというから、封じられている間に力を蓄えていたのだろう。
隆々とした筋肉を漲らせて、宿那鬼は片手に刀を持った。
振るう。
無造作に、あるいは雑に。山の頂が吹き飛び、鬼が雄叫びを上げる。
来い。来い。景竜。お前を殺す。貴様の断末魔を産声の代わりにしてやろう。
景竜憎し、を極めて鬼は現代にまで力を蓄えた。だが今回、景竜はその挑発に乗ることは無い。何故なら、彼の教えを受けた巨人が必ず打ち倒すと信じているから。
天に力強く拳を突き上げて、光の巨人──オルタナティブ・ティガが降臨した。
「デュアッ」
左手に光の刃を伸ばして、オルタナティブ・ティガが斬りかかる。
上から左。下から右へ。光刃を翻らせて鬼を責め立てる。
「グルオオオッ」
力任せに横薙ぎ。だが膂力が並外れた宿那鬼の一手に、オルタナティブ・ティガは後退を余儀なくされる。
仕切り直し。
今度は宿那鬼が攻める。
何の捻りもない、技のない袈裟斬りだったが、宿那鬼の身体スペックから繰り出される一撃は十二分に必殺になる。
真の強者に技はいらない。
そう言わんばかりの重たい一撃。だが、それを認めるわけにはいかない。
──お前の『力』に俺の『技』がどれまで通じるか。試させてもらう。
左の手を頭の位置に掲げ、敵の呼吸に合わせてカウンターの斬撃を放つ。
暫定・写心剣抜刀斬。
宿那鬼の剣は届かず、そして巨人の剣が首に届いた。
血を噴き出して首を飛ばした宿那鬼。原作ではここで、首だけになってもティガに噛みついてきたのだったか。
──見えているぞ!!
振り向きざまに、悪あがきをしようとした宿那鬼の首を狙う。だが巨人よりも先に、反応した男がいた。
「ふんッ」
投げつけられた古びた刀が、鬼の額に突き刺さり、ついに宿那鬼は力尽きたのだった。
※
「余計な手出しだったか……」
三人組の窃盗団の内の一人、ウエムラに憑りついた景竜がニヒルに笑った。それに応えるように俺も笑って返す。
「まあな。……でも一応、礼は言っておく」
苦戦することもなく、被害もごく僅かな状態で戦闘を終えることができた。すこし肩の荷が下りた気分で、軽口も気分が良い。
森の中は日が届かなくて薄暗い。暗がりの中に、景竜が投げた刀が、所在なさげに突き立っている。
何とはなしに、その刀を見ていると景竜が不意に口を開いた。
「この刀にも、随分と長い間世話になった。まさか死んでもなおこの刀を握ることになるとは」
旧友と再会したような、どこか哀愁のある表情を浮かべた景竜(ガワはウエムラだが)が刀の腹をなぞった。
「この刀、そう言えば宿那鬼封印の要石になってたみたいだし、霊刀って奴なのか?」
考えてみれば、鬼の封印の楔となっていたこの刀がただの刀であるとは考えにくい。
「確かなことは知らぬ。……なんでも、その昔、空から降ってきた刀のような大きな石から一部を削って、この刀が造られたという」
様々な人の手を渡り歩いてきたその刀の来歴は、謎に包まれているらしい。曰く付きの妖刀である、という触れ込みで景竜の手に渡ったのだとか。
「拙者がこの刀について知っていることと言えば、そういうぼんやりとした眉唾な噂話程度だ。……あとは、銘くらいのものか」
来歴の分からぬ、しかし景竜の怪異狩りの旅路に最後まで付き合ったというその刀の銘は、
「星斬丸。それがこの刀の銘だ」