ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
景竜が各地に眠る伝承の調査のために、ここを発って数日後。
いつものトンカラリン遺跡未踏区域には、珍しい客人が姿を見せていた。
「ようこそ、俺たちの秘密基地へ。キサラ女王」
彼女は、黙って頭を下げた。
今から五年以上前。新宿事変の際には世話になった、ビクトリアンの女王。かつてはまだ幼い姿であったが、いまではすっかり大人びた容姿となっていて、時の流れの早さに驚かされる。
「この度は、突然の訪問となり申し訳ありません」
「いや。それは構わないんだが……。どうしてここが分かったんですか?」
「それは、我らが聖獣のお導きです」
「なるほど」
シェパードンであれば、今のところはまだ未踏区域であるはずのこの遺跡地下も見つけることができるらしい。
「それで、ご用件は」
地下に籠り、ビクトリウムの守護のみを氏族の至上命題とするビクトリアン。そのトップのはずの彼女が直々にここにやってきたということは、並々ならぬ要件があるはずだ。
そうして彼女の口から語られたのは、その想像通りの未曾有の危機だった。
「ゴルザが、ビクトリウムを……」
「忸怩たる思いです。みすみす、目の前でビクトリウムを奪われました」
キサラ女王は目を伏せた。
「ゴルザは、もうすぐにでも地上に現れ、街を火の海にかえるでしょう」
その危機を伝えるために、彼女自ら俺たちの元へやってきたということか。
「それでは今回の一件。ビクトリアンは、今回の件で地上の人々に協力してくれる、と」
問えば、しかし彼女はきまり悪そうに再び目を伏せた。
「……今回、ここまで来たのはほとんど私の独断なのです。ビクトリアンの中には、地上の人々との接触はあくまで避けるべきという過激派も多く……」
ビクトリアンの女王であるはずのキサラであるが、その若さゆえに長老衆に強く出ることができないのだという。
原作ギンガSでは十分に成熟していたキサラ女王だが、この世界の彼女はまだ若く、側近たちの補佐のもと政治を動かしている。それゆえに、強硬な保守思考の長老衆を無視して行動を起こすことも難しいらしかった。
それでも地上の民に迫る危機を見逃すわけにもいかないと考えて、彼女は長老衆の認可を待たずに飛び出してきたということだった。彼女がTPCを訪れず、俺たちの元を訪れたのも、いきなり地上のトップレベルの組織と交流を持つのは保守派の反感を買ってしまいかねない、という配慮があったということだろう。
「現在、カムシンが姿勢を崩さない長老衆の説得を行っていますが……」
「貴方は、それを待たずにここまでやってきてしまった、と」
腕を組んで、考える。これじゃあ現状、ビクトリアンは頼れないな。
「アンタらビクトリアンがビクトリウムを守れなかったせいで、ゴルザがパワーアップしちまったっていうのに、随分無責任じゃないのか?」
むすっとしてキリノが毒を吐く。キリノの憤りも理解できるが、ここで安易にキサラ女王の手を借りると、今度はビクトリアンで内紛が起きる可能性も出てきてしまう。それはこちらとしても望むところではない。
キリノの言葉にさらに恐縮して、さらに縮こまってしまったキサラ女王を庇うように、今までずっと彼女の後ろで黙って控えていた少年が噛みついた。
「アンタ、黙って聞いてりゃ女王様になんて口を利いてやがる!!」
今まで沈黙を守っていた、まだ稚気の残る少年。それがついに耐え切れなくなって拳を握ってしまった。
「ほい」
キリノに掴みかかろうとしたその少年の出足を、とりあえず挫いておく。
「うわあ!?」
「血気盛んなのはいいけど、暴力を振るうだけ女王様の立場が無くなるぞ」
襟首をつかんで、猫のように片手で宙に吊るす。
「は、離せ!!」
「はいはい」
バタバタと暴れる少年を捕まえながら、俺はキサラ女王に視線を向けた。
「この少年は?」
やってしまった、と眉間を押さえた彼女は、俺に問われて彼の名前を口にした。
「その少年の名は、ショウ。今回、私の従者として連れてきた、聖獣シェパードンと最も心を通わせることのできる少年です」
※
ビクトリアンの女王がカツヒトの下を訪れていた、丁度そのころ。
GUTSはTPC科学調査部を引き連れて。霧門岳に陣を張っていた。
昨日、霧門岳の火山活動が急激に活発化し、遂に噴火に至った。TPCは即座に調査チームを組織し、霧門岳地下のマグマが異常活性化していることが原因であると突き止めた。そして、その報を受けてGUTSはその調査にダイゴとシンジョウを派遣することを決めた。
「はあ。土の中ってのは閉塞感があって嫌になるな……」
GUTSが新規開発した、地底探査用高性能タンク・ピーパーに搭乗して二人が原因究明のために地底を掘り進めていた。
シンジョウのため息交じりの言葉に、ダイゴも苦笑いで応じた。
「確かに空を飛ぶよりは確実に息が詰まりますけど……。アストロノーツの発言とは思えませんよ」
「アストロノーツといえど、不快に感じる心はあるんだっ。任務の時には、そういう不安をきちんとコントロールしているんだよ」
「なら、今回もそうしてくださいよ」
「何だよ。ノリが悪いなぁ。……何か、嫌な予感でもすんのか?」
「……いえ。確かなことは言えないんですが……」
そう言ってダイゴは眉をひそめた。
何かが、この先で自分を呼んでいる。
ダイゴは、そう感じていた。言語化できないもどかしい焦燥感が、じりじりと彼の心の裡を燻した。
明確には出来ない不穏な気配を感じつつも、彼らは問題となっているポイントにまで辿り着いた。
気づいたのは、シンジョウが先だった。
「っ!! アイツは……!!」
怪獣の顔が、目の前にあった。
「ゴルザ……!!」
驚愕と共に、ダイゴが呻いた。不安の正体はこいつだったのだ。
そのゴルザが、不意に目を覚ました。
「不味い……!!」
シンジョウがハンドルを切るが、小回りの利かないピーパーでは間に合わなかった。
覚醒し、身体を震わせたゴルザは、地上へ向かって進行を開始し始めた。その余波で、ピーパーが地下地盤の崩落に巻き込まれていく。
「くそっ……!!」
煙を上げて動かなくなったピーパーの室内から、ダイゴはただ上に登るゴルザを見上げることしかできなかった。
※
霧門岳山麓部に、ゴルザ出現。
ユザレによって齎された報を受けて、俺はキサラ女王との会談を打ち切って飛び出した。
格納していたシャドーに乗り込みながら、エンジンを灯す。
「クソっ。もう少し待ってくれればいいものを……!!」
今だけはGUTSの行動の速さと科学力が憎い。
昨日から霧門岳の急な活性化を起こしていたようで、昨日の今日ですでにTPCは調査をGUTSに依頼していたようだった。
「『星斬丸』の調査にリソースを割き過ぎました。私の落ち度です」
「いや。今回はもう仕方ない。……GUTSの動きが迅速すぎた」
本来なら喜ぶべきことなのだが、今回ばかりは裏目に出てしまった。星斬丸以外にも、スタンデル星人の出現を警戒して、市街の不審者情報に調査リソースを割いていたのもあって、GUTSの動きを捕捉しきれていなかったのだ。
「俺も乗せてってもらうぞ!!」
さて出発、というところで後部座席に小さな人影を見つけた。
「お前は……」
キサラ女王のお供として地上にやってきていた幼い少年ショウが、無断で乗り込んできていた。
「無断じゃない。ちゃんと今言っているだろ」
「そういうのは屁理屈って言うんだよ」
「強制退去させますか」
「う、うおっ。どっから声が聞こえるんだ!?」
ユザレの声を聞いて、キョロキョロと機内を見渡すショウを見やって、溜め息を吐いた。
「少年。行ってどうする。君に何ができる」
ショウという名前の少年。恐らくは、いずれはウルトラマンビクトリーの変身者へと選ばれる、まだ幼い少年を見つめる。
いつかの日に光の戦士となる彼。だが、今の彼はまだ幼い。今は守られる立場のこの少年に、戦えとは言わないし、言う心算もない。
問うと、少年はぐっと拳を握り締めた。
「…………多分、何もできない」
「なら」
「でも、降りない!! 降りたくない!!」
彼は困ったことに、既に決意を固めてしまっているようだ。
「この目で、せめて戦いの行く末を見届けたいんだ」
これは、ダメだな。
「この機体の外に出るなよ」
「カツヒトっ」
「コイツ、どうせ梃子でも動かないよ。……悪いなユザレ、面倒見てやってくれ」
「……はあ。仕方ありませんね」
諦めました、とユザレがAIとは思えない疲れを滲ませた声で承った。
「い、いいのか!?」
身を乗り出すショウを後部座席に押しやる。
「いいからさっさとベルト締めろ。急ぐからな」
背に、いつの日か戦士となる少年を乗せて、俺はシャドーの操縦桿を引き上げた。
※
霧門岳地下から登場した怪獣の出現に、現場は騒然となっていた。
「見た目は大分変わっとりますけど、あれはモンゴルに出現したゴルザです」
解析装置を起動させながら、ホリイが目の前に現れたゴルザの計測結果に目を通していく。
「あの日取り逃がしたゴルザが、今になって……」
イルマは、ぎゅっと拳を握り締めた。あの日に片をつけることができなかった負債が、今になって取り立てられようとしている。
だが、今は後悔するよりも隊長としての職務を全うするべきだ。
「ヤズミ隊員はピーパーに通信を繋げて。ムナカタリーダーとレナ隊員はWINGで出撃。輸送部の方々は住民の避難誘導をお願いします」
彼女の指揮で、現場が動き始める。
慌ただしくなる隊員たちのそばから離れたイルマは、口から高出力の熱戦を吐きながら進撃するゴルザを睨みつけた。
ティガが初めて人類の前に現れた時に見た姿からは、随分と形態が変化している。
「背中の発光器官は、いったい……」
初めて観測された際には無かった、背部にある発光する鉱石。あれがゴルザに新たな力を与えているのか。
「見たこともない鉱石ですね……。発されているエネルギーの周波数は五年前の新宿事変で観測したものに似てますけど、出力の高さは比べ物になりませんね」
ホリイが計測結果を見て頭を抱えた。人類にとってほぼほぼ未知の鉱石をエネルギー源にして、あの怪獣はパワーアップを果たしたのだ。
「ホリイ隊員、あの背中の鉱石を中心に解析を続けて」
指示を出しながら、イルマはゴルザを睨んだ。
視線の先では、ムナカタたちを乗せたWINGがゴルザに近づいていた。
※
「ビクトリウムを取り込んだゴルザ……。見るからに強敵だな」
ステルス航行で戦闘空域の手前で、空中に停止する。ここから先に行くとGUTSの作戦行動の邪魔になる可能性もあるからだ。
どうやら、まだティガは来ていないようだ。地底調査中だったようだから、もしかしたらまだピーパーの中に取り残されているのかもしれない。
胸元のスパークレンスに手を伸ばす。ティガがまだ来ていない今、あのビクトリウムゴルザを止められるのは俺しかいない。
「い、行くのか……!?」
後部席では、ショウが地上を進撃するゴルザに慄きながらそう問うて来た。
「そりゃあな」
「……怖くは、ないのか」
俺は、ショウを見た。
「怖いよ。今まで怖くなかったことなんてない」
心の内側は、いつだってビビりっぱなしだ。こればかりは、どれだけ戦闘を経験してもなくなりはしない。
「でも、俺がやらなきゃな」
使命感とも少し違う、衝動的な感情。言葉にしがたいそれが、いつだって背中を押すのだ。
「ショウはここにいていいぞ。ユザレもいるし、ここなら安全だ」
ショウの瞳に、一瞬だけ安心の色が見える。だが、すぐにそれは決意によって掻き消された。
「お、俺も、下に行って手伝う!!」
身を乗り出してやる気をアピールしてくるショウを見て、頬を掻く。本音を言えば、ここで大人しくしていてほしいのだが、これは下手に放置していると暴発しかねないな。
「なら、地上に降りて避難誘導を手伝ってくれ」
「おう」
どうやら納得してくれたようだ。あとのことはユザレに頼もう。
「さて」
自動操縦に切り替えて、俺はスパークレンスをかざした。
「光よ!!」
スパークレンスが放つ光から顔を覆うショウを尻目に、俺は飛び立った。
敵はビクトリウムゴルザ。正史には存在しない未知の強敵を前に、俺は拳を握り締めた。