ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
月姫に追われ古戦場に追われレポートに追われていました。今も追われています。もう追いつかれつつあります。
「……クソ」
自分の意思とは無関係に、悪態が口をついた。
「まだ寝てろよ。体力、まるで戻ってないんだろ」
横では、キリノがカタカタと瀬戸物を不規則に打ち合わせている。
「このにおい、カレーか……?」
「正解。小学生以来だよ、飯盒炊飯なんて。……いや、その授業もまともに受けた覚えはないけど」
哀しい子供時代の過去の出来事を口走りつつ、キリノはカレーの鍋をかき混ぜている。手元が暗いせいか、そもそも不慣れなのか。カレーをかき混ぜる音は一定とは言い難い。きっと底の方は焦げ付き始めているだろう。
「……状況は?」
端的に問えば、キリノが「それ」とどこかを指示した。
キリノの指の先を追って視線を動かせば、そこには簡素ながらも真新しいテントが張ってあった。その真ん前で火を起こしてキリノが鍋と向かい合っている。これはシャドーにもしものために積んでおいたキャンプセットのものだろう。
その中は、黄色の光を灯すランプがやんわりとそこを照らしており、テント内には乱雑に通信機材が置かれていた。これも、シャドー内にあったものだろう。
『目が覚めましたか?』
黒々とした機材から、聞き慣れた女の声が耳朶を叩いた。ユザレの声だ。
シャドーに搭載していた機材を通して、地下遺跡からユザレの声が届けられた。
現在の状況、そのあらましを、ユザレを通して把握していく。
「ゴルザの再起動まで、あと三時間……」
思った以上に、タイムリミットは早くに迫ってきている。気を失ってすでに五時間経過していたという事実が、より焦燥感を増大させる。
どうしたものか、と腕を組んで唸っていると、夜の闇の中から、少年らしい高い声が聞こえてきた。
「おーい、追加の缶詰持ってきたぞ。って、アンタ、目が覚めたのか」
焼き鳥缶を両手に抱えて、ビクトリアンの年若い少年ショウが姿を見せた。
「焼き鳥かよ。カレーの具になるかぁ?」
「非常時なんだからグダグダ言うなよ。そのカレー? とかいうのもどうせ鍋物だろ? なら煮込めばわかんないって」
キリノとそんなやり取りを交わしながら、彼は俺の隣に腰を下ろした。
「そっちは、大丈夫だったのか」
ショウには地上の避難誘導を手伝えと命じていた。
そのことを問えば、少年は「ああ」と缶を開けながら答えた。
「飛行機から降りて、適当に手伝ったよ。途中、頭に血が上って特攻しかけてたおっさんを止めたりしたけど」
「もしかしてヒビキ隊長か……!?」
「何だよ、知り合いか?」
「いや、一方的に知っているだけだ」
ウルトラマンダイナではスーパーGUTSの隊長となっていたヒビキも、この時にはTPCの陸上部隊の部隊だったらしい描写があった。この霧門岳での戦いで、自身の暴走の末同僚の死の原因をつくってしまうのだが、どうやらそのイベントにショウが絡んだことで結末が変化したらしい。
「……良かったよ」
安堵の溜め息を零す。決して忘れていたわけではないのだが、ヒビキの同僚を助けるのは優先度の問題で頭の隅に追いやっていた。
TPC隊員である以上、彼らは常に死と隣り合わせに生きている。作中での描写がないだけで、現実には、怪獣事件の度に何名かの死傷者が出ているのだ。彼らだけを特別扱いすることはできなかった。
それでも、失われるはずだった命が助かったというのなら、それほど喜ばしいこともない。
ショウは少しばかり首をひねったが、キリノからカレーを盛られた皿を手渡されると破顔してそれを受け取った。カレー未体験らしいが、この食欲を直に殴りつけてくる香辛料の刺激的なにおいは、いやでも期待を膨らませられるというものだろう。
「おおー。すっごい美味い!!」
年相応のはしゃいだ表情を見せたショウを見て、俺も一口分だけ匙で掬った。
「……」
「や、やめろよ。その無言の圧力」
何とも言えない表情でキリノをねめつけた。カレールーが大体打ち消してくれているとはいえ、流石にこれは。味がとっ散らかっているし、具も一部焦げ付いている。決してまずいとは言わないが、それでも満足とは言い難い。
「いつかこれより美味いもの食べさせてやるよ」
「ま、マジか。これより美味いものがあるのか。すごいな、地上」
目を輝かせるショウを見て、僅かに頬を釣り上げた。カレーだけじゃない。例えば、麦チョコとかウエハースだってある。それを味わう日も遠くない内に来るかもしれない。
それぞれの皿が空になったころ、ショウが口を開いた。
「それで。どうするんだよ、これから」
神妙な顔つきで、彼は俺を見た。
「どうするって言われてもなぁ」
頭を掻いて、月に咆える氷の彫像に視線を投げた。
「どうにかするしかない、だろ」
焚火に薪を投げ込みながら、そう答えた。
「どうにかって……」
ショウはそう言い眉尻を下げた。
「ユザレ。GUTSの動きは?」
『科学部を中心に、ゴルザの生体調査が行われているようですが、打倒につながるようなものは見つかっていません。……ですがどうやら、TPC上層部では一部計画を前倒しすることで今回の事態に当たろうと動いているようです。既にサワイ総監の号令で、月の資源調査班が地球に帰還している、と』
サワイ・ソウイチロウが動いた、ということか。そして前倒しされた計画とやらも、この時期であれば見当がつく。
「それと巨人二人分で、火力は足りうる。残る問題は二つ」
一つは、ゴルザのエネルギー吸収能力の上限が未知数なこと。もう一つは、奴の死体が今後の禍根になりかねないということ。
後者については、今は考えることが難しい。何せ倒せるかどうかで悩んでいるというのに、倒し方にまで注文は付けられない。これについては後回しにするしかない。
今は前者を考えよう。奴の吸収能力をどうにかせねば、光明は見えてこない。
「吸収能力を上回る火力でごり押しっていうのは、一つの解決策だ。だが今回、ゴルザはマグマだけじゃなくビクトリウムのエネルギーを取り込んでその肉体を強化させている。そのスペックもその分だけ向上しているはずだ」
ティガのゼペリオン光線を取り込んでなお、その許容量に限界が来ていない。その可能性は大いにある。
『こちらは、GUTSの解析結果になりますが』
GUTSのシステムにバックドアを仕込んでいるユザレが、彼らの調査データを開示していく。
『ビクトリウムゴルザがゼペリオン光線を取り込んだ際のサーモグラフィーでは、背部の鉱石器官に熱量が集まっているという結果が出ています』
「背中の……ビクトリウム鉱石か……」
これまでの経過から、ゴルザの生体的な特徴に「吸収」と「進化」の二点が備わっているのはほぼ確定と見ていい。外部からエネルギーを蓄積して、肉体に変革を促す。それが、ゴルザという生物に備わっている生来の特徴なのだろう。ビクトリウムを取り込んで、その特徴に更なるブーストが掛かっていてもおかしくはない。
ティガのゼペリオン光線を吸収し、その熱量を背部のビクトリウム鉱石にプールする。それが、ビクトリウムゴルザが獲得した新能力なのだろう。
そして、口から放つ破壊光線の火力に関しても、ビクトリウム鉱石に依存する部分が大きそうだ。
「ていうことは、だ」
奴の体内にあるビクトリウム鉱石をどうにかできれば、あるいは。
「ショウ。ビクトリウム鉱石を一時的に不活化……えーっと、無害化みたいなことができないか?」
「へ? いや、うーん」
ショウは腕を組んで眉間に皺を寄せた。
「女王様やカムシン……あるいは、長老衆なら何か知っているかも」
ショウの言う通り、今までビクトリウムを守ってきた彼ら地底の民であれば、何かしらの知識を持っている可能性はあるだろう。
「よし。なら、一辺、地下に戻って訊いてみるよ。……時間的には、結構厳しいだろうけど……」
「ならキリノを連れていけ。ある程度離れていても、テレパシーで情報を送れる」
「お、俺もか……!?」
カレーの皿を持って、のんきに二杯目に突入しようとしていたキリノの手を無理やりに引っ張って、ショウは地下へ急ぐことになった。
「これで、もしかしたら最後になるかもだから、訊いておきたいんだけど」
帰り支度を済ませたショウは、その間際に立ち止まって振り向いた。
「アンタは、怖くないのか?」
「怖い?」
意図がつかめずに、オウム返しした俺を見て、ショウは「あー」とどこか自身無さげな表情をして、口を開いた。
「……あんな風に負けて、それなのにすぐに立ち上がって。……怖くはないのかなって。また痛い思いをするかもしれないし、今度も勝てないかもしれない。それどころか、死んでしまうかもしれない、のに」
「怖いさ。そりゃあ、怖い。今回だけじゃない。戦うときは、いつだって怖いよ」
「なら、」
問われて、ほとんど初めて考えるに至った。どうして俺は、戦うのか。少しだけ悩んで、自分なりに誠実に、目の前にいる未来の英雄に、答えた。
「自分が死ぬことも、そりゃあ怖いけどね。……でももっと怖いのは、後悔することかな」
例えば。
わが身可愛さに戦士の誇りを投げ出して、そのせいで多くの人々が死んだとして。果たして、俺のような心の弱い人間が、その重さに耐えきれるだろうか。
無駄に真面目で必要以上に理性的な、狂うこともできない中途半端な精神性のこの身では、開き直ることも、きっと出来はしない。己は、一生その罪悪感に、悔恨に苛まれ続けるだろう。それは、きっと死ぬより怖い。
「ショウ、俺は決して、君が憧れるべき勇敢な戦士ではないんだ。……俺は、単にその恐怖から逃げているというだけ。怖いものと怖いものを天秤にかけて、より容易い方に傾いているに過ぎない」
前世のころに憧れた、光輝くような戦士たちのようになんて、とてもではないが生きられない。知ってしまったから、走らないわけにはいかなかっただけ。何か高尚な理由があるわけではないのだ。
「そんなもんだよ。俺が戦う理由なんて」
誰かのためではなく、自分のために俺は戦っている。ヒーローなどと口が裂けても言えやしない。
ショウの顔は暗闇に覆われていて、はっきりとしか見えなかった。ただ、少しだけ呆れたように笑った気がした。
「そっか。アンタがそう言うなら、そういうことなんだろうな」
そう告げて、彼は地下世界へと戻っていった。次に彼が地上に上がってくるときは、決戦の火ぶたが切って落とされてからになるのだろう。