ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#51

 ゴルザ解氷まで、あと三時間。

 

 TPC極東本部ダイブハンガーでは、イルマを中心にゴルザへの対応策が急ピッチで練り上げられていた。

 

「今回再び我々の前に姿を現したゴルザは、その背部に未知の鉱石器官を獲得しております。これが、ティガのゼペリオン光線を吸収できた一番の要因かと」

 

 情報解析を担当するヤズミが、大型のスクリーンにいくつかのウィンドウを提示していく。どれも、現場でホリイが得たゴルザの解析データが元になっている。

 

「つまり、この背中の鉱石を破壊できれば」

 

「再び、奴に痛打を浴びせられるというわけだな」

 

 サワイ、ヨシオカの言葉にイルマは「ええ」と頷いた。

 

「……だが如何せん、手段がな」

 

 TPC上層部のうちの一人が、苦々し気に呟く。

 

 霧門岳に再び姿を現した超古代の怪獣は、ティガの光線すら吸収してしまった。はたしてそのような能力を持つゴルザ相手に、人類の現行戦力でどこまで有効打を与えられるか。

 

 ヤズミが、過去の怪獣災害の映像を映し出した。

 

「これは、九州近海で発生した第一の怪獣災害の記録になります。映像記録に乏しく、情報の確度は高くありませんが、この戦闘で巨人と相対した怪獣がエネルギー吸収能力を保有していたと推測されます」

 

 第一の怪獣災害では、電磁波異常で現場は混乱しており、また人気のない夜の海上戦闘であったため極端に映像が少ない。そのため記録の多くが、当時出撃した学生たちからの証言を基に編纂されている。

 

 海上に出現した怪獣は一体とも二体とも言われており、それが余計に当時の記録の信ぴょう性を下げているのだが、唯一確実とされているのは、その怪獣は何らかの吸収能力を持ち得ていたということだ。

 

「第一の巨人……ウルトラマン・ザ・ファーストとの交戦でエネルギー吸収能力を発揮させて巨人を苦戦させたが、ミウラ・カツヒトがマキシマエンジンを暴走させながら特攻することで、敵のオーバーフローを引き起こした、か」

 

 サワイの言葉に、ヤズミが頷き、次の映像を前に出した。

 

「第三の怪獣災害……俗にいう新宿事変でもザ・ワンが同様の吸収能力を保持していましたが」

 

「その解決策もウルトラマンの高火力技によるオーバーフローか」

 

 ヨシオカが腕を組んで唸った。

 

 高火力を畳みかけて、敵の容量以上のエネルギーを吸収させて負荷を与える。これまでの戦いを参考にするなら、こうするほかないが。

 

「少なくとも、新宿事変での件は参考にならんな。あれは、姿を変えたザ・ネクストが強すぎたのだ」

 

 恐らくはティガ同様のフォームチェンジだと考えられている、ザ・ネクストの形態変化は、その変化の前後で隔絶した能力差があることから、変化というよりも変態……羽化とも言われている。

 

 ザ・ネクストの強化形態……巷ではノアなどと呼ばれているが……は、少なくとも人類の前に姿を現した巨人たちの中では隔絶した力を持っている。かの巨人を参考にして作戦を立てることは無謀に近い。

 

「となると、やはり」

 

 上層部のひとりが、結論を逸り、それをサワイの傍で控えていたイルマが咎めた。

 

「カミカゼなどを作戦の骨子に据えてはいけません。いつの話をしていると思っているのですか」

 

 TPC上層部の意見は尊重する立場をとることが多いイルマにしては、かなり語気の強い否定だった。その根幹には、過去の出来事が関係していることは誰の目から見てても明らかだった。

 

「そりゃあ、君の当時を想えばそう考えるのも仕方ない。……だが、現状ではほかに取れる作戦はない。それとも今から新たな解決策を考えますか? 無理でしょう。わずか三時間たらずで、前例を覆せるほどの効果を望める作戦など、思いつけるはずがない」

 

 残り、三時間。今更ながらに、その時間の短さを思い知る。目前に迫るタイムリミットが、彼らを焦らせる。

 

 沈黙が支配する会議場に、しかし突如として男の声が響いた。

 

「いいえ。ありますとも。この局面を打破する光が」

 

 ガタンッ、と重く閉ざされていた会議室の扉を押し開いてきたのは、白衣姿の痩身の男だった。

 

 全盛期をとっくに過ぎた肉体でここまで全速力で駆けてきたのか、彼は大見得を切った直後に、咽てゼェゼェと息を荒げた。

 

 そして続いて入ってきたもう一人の若い男が苦笑してそれを支える。その男は、青い隊員服を身に纏った男だった。背中には『HAYATE』の文字が記されている。

 

 呆気にとられる会議室の中、イルマは彼らに見覚えしかなかった。

 

 ガタリ、と思わずと言ったようにイルマと、そしてサワイが腰を上げていた。

 

「……ああ、間に合ったか!!」

 

 サワイの声に、白衣の男は頷いた。

 

「ゲホゲホッ……。ええ、間に合いました。間に合わせました。不肖、ヤオ・ナバン。雪辱の機会を果たしにきましたとも」

 

 

 ダイブハンガー地下施設にて、その翼は飛び立つ時を静かに待ち続けていた。

 

「こんなものが、ダイブハンガーの地下で造られていたなんて……」

 

 ヤオ・ナバンの登場で、空転していた対策会議は大きく進展した。サワイはヨシオカらTPC上層部とGUTS隊長のイルマを引き連れてダイブハンガー地下へと足を運んでいた。

 

「黙っていたことは申し訳なく思っているよ。ただ、これは秘密裏に動く必要のある開発計画だったことは理解してくれ」

 

 サワイの言葉に、イルマは「ええ」と頷く。ちらと周りの上層部の反応を伺うが、どれもイルマほどの驚きをもっている人間はいない。上層部では既に周知されていた計画だったようだ。

 

 ハッチ中央に鎮座するのは、これまでの航空技術の体系を置き去りにした、超大型の航空兵器であった。

 

「アートデッセイ号。マキシマエンジンを搭載した、宇宙へと飛び立つための新たな翼だ」

 

 集団の先頭を行くヤオが、その大型の航空機に視線を向けた。

 

「これまでのWINGシリーズの航行記録にマキシマ・エンジンの起動データ、回収されたジュピター3号の残骸から得られた宇宙航行の運用記録などなど。今まで人類が積み上げてきた技術を集めて生み出された、TPC初の宇宙作戦用母艦。それが、これだ」

 

「アート、デッセイ号……」

 

 その翼を、イルマは見上げた。

 

「ですが、これでどうやってゴルザを?」

 

 これはあくまで宇宙作戦用の母艦として建造されたものであろう。今回問題となっている対ゴルザ兵器としては、不適当なのではないか、とイルマはヤオに問う。

 

「このアートデッセイ号の動力源は、マキシマ・エンジンだ。しかもこれまでの中でも最大クラスのものを複数基並列させて動かしている。……推力として用いられているこのエンジンを砲撃兵器の動力源として活用した。新宿事変後に、ミウラ君の所有するアパート地下から発見されたあの砲身を参考にしてね」

 

 苦悶の表情で、ヤオは続けた。

 

「マキシマの力を兵器運用するのは、本心では反対なのだがね。……だが、もうそうは言っていられない世の中になってしまった」

 

 ミウラ・カツヒトを目の前で失ったヤオの心境は、イルマをしてはかり知ることはできない。ただ、彼の葬式でヤオが静かに涙を流しているところはよく覚えている。

 

 その後悔が、きっと彼にこの決断をなさしめたのだろう。

 

(ヤオ教授にも、彼が生きていることを伝えてあげたいのだけれど)

 

 内心でイルマはそう呟くが、決して口には出せなかった。

 

 イルマの内心の葛藤に気付くことは無く、ヤオは言葉をつづけた。

 

「アートデッセイ号は試験運転もまだなされていない。月からヘリウム3が届いたのも本当に最近になってだから、エンジンの灯火も初めてに等しい。技術者の端くれとしては、こんな状況で世に出したくはないのだが」

 

「それについては俺たちガロワ基地にも責任があるからなぁ」

 

 今まで、ヤオの傍らで口を閉ざしていたハヤテが苦笑いをした。

 

「まったく、地球に来ていたのなら伝えてくれればよかったのに」

 

「言ったろ。本当につい最近なんだ、帰ってきたのは。ヘリウム3の第一便にまさかこんなに手間取るとは思わなかったが」

 

 ジュピター3号の事件の折りに、月に現れた蜘蛛型怪獣の被害が響き、ヘリウム3の採集は遅れに遅れたらしい。今週になってようやく、安定供給の目途がたったのだと言う。

 

「ギリギリだが、それでも間に合った。今は、それでいい」

 

 サワイがそう告げ、イルマが頷いた。

 

「ええ。ここから先は、我々現場の人間が間に合わせます。安心してください、GUTSには凄腕のパイロットも科学者もいますから。どんなトラブルも乗り越えます」

 

「……そうか。それは頼もしい」

 

 ヤオは淡く笑って、その時を待つアートデッセイ号を見上げて誰に聞かせることもなく呟いた。

 

「ミウラ君。君の教え子たちは、こんなにたくましく成長したようだよ」

 

 

 TPCが、サワイの号令のもと遂に秘密裏に建造されていたアートデッセイ号の起動に踏み切った。

 

 慌ただしく動き出すTPC本部の動きをネットワーク上から確認した俺たちは、それを踏まえた計画を練っていた。

 

「まあ、これがTPCがとれる最善手ではあるか……」

 

 アートデッセイ号を起動させ、マキシマ・オーバードライブを点火。その推進力を火力へと変換して、マキシマ砲としてゴルザに撃つ。やることはそれだけだ。

 

「一射目を氷解前のゴルザに発射し、それで討てればそれまで。……もしも、それを耐えられた場合は、即座に二射目、三射目を用意する」

 

 ただし、その場合二射目以降はわざとゴルザに取り込ませる。

 

「TPC科学部の見解だと、ゴルザがマキシマ砲のエネルギーを背中の鉱石に取り込めるのは、およそ二発まで」

 

 一射目は、凍ったゴルザに撃ち込むので吸収されることはない。二、三射目をゴルザに吸収させる。

 

 そして四射目でトドメを刺す、というのがTPCの計画だという。

 

「ごり押しにも程があるだろ」

 

 キリノが半ば呆れたように言う。

 

「ていうか、あのゴルザは地下のマグマやらビクトリウムやらを取り込んで強くなったんだろ? なら今度はマキシマ・エネルギーを取り込んで、さらに強くなっちまうんじゃないのか」

 

 その疑問にはユザレが答えた。

 

『マキシマは光のエネルギー。闇の力を根幹に持つゴルザとは致命的に相性が悪い。だから、マキシマ・エネルギーやティガのエネルギーをどれだけ取り込もうと、それを自身の進化の材料として使うことは、ゴルザにはできません』

 

 単純にエネルギーをプールすることは出来ても、それを有効活用することはできないらしい。それなら安心できる。

 

「ま、TPCはそれを知らないだろうけどな」

 

 これがマキシマ以外のエネルギーを使った兵器であれば、最悪の場合は力づくででも止めに行かなければならなかった。不幸中の幸い、と言っていいだろう。

 

『むしろ、問題なのは別にあります』

 

「ああ。……果たして四発目を撃つまでに、どれくらい時間がかかるか、だな」

 

 マキシマ砲がどれだけのクールタイムで連発できるか、というところが今回の作戦最大のネックだろう。まして、試運転も済ませていない兵器である。砲身、あるいはマキシマ・エンジンそれ自体が四発目を待たずして焼け付く可能性だってある。

 

 TPCが立てた計画では、このクールタイムにWINGとTPC陸戦部隊を総動員して足止めする、とあるが、その足止めにどれだけの犠牲が出るかは想像もつかない。

 

「それに鉱石に貯蔵したエネルギーを吐き出された場合、計画はご破算だ。正直、今のままじゃ分が悪い」

 

 無論、これはウルトラマンが現れないことを前提とした計画だ。

 

「俺も、それにティガも、万全とは言い難い。今回はこのTPCが立てた作戦に乗っかろう」

 

 ゴルザの目をこちらに釘付けにし、そして、奴に取り込んだエネルギーを吐き出させないようにすることが、今回俺がなすべきことだ。

 

 あとは、地下世界に戻ったショウが何らかの情報を持ち帰ってくれれば、よりとれる手は増えるのだが。

 

 もう時間はない。そちらに期待するのは、もう無理筋だろう。あるいはぶっつけ本番になる。

 

「あと、一時間か」

 

 凍り付いた太古の闇の尖兵を見上げる。

 

 やれるだけはやった。あとはイルマにこちらの動向を伝えることくらいしかやることはない。俺の考えを共有できていれば、現場指揮を務める彼女も幾分か動きやすいはずだ。

 

 もうすぐ、かの怪獣が再び動き出す。審判の時はもうすぐに迫っていた。

 

 

 ダイブハンガーの地下プラントが、遂に地上へとせりあがる。

 

「ったく。僕にまで秘密にしているなんて、本当にどいつもこいつも、僕を何だと思っているんだ」

 

 計画を大きく前倒しする形で実戦配備となったアートデッセイ号の最終調整に、タンゴ博士は借り出されていた。

 

 忙しなく手を動かして、モニターの画面を見つめる彼は、不機嫌さを隠そうともしない。責任ある立場の身ながら、部下たちはその勘気を恐れて遠巻きに彼を見つめるばかりだった。

 

 そこに、彼宛てのホットラインがけたたましく鳴り響いた。

 

 舌打ちを一つして、渋々彼はそれに出た。

 

「もしもしぃ? 何、こんなクソ忙しい時にさぁ」

 

 電話口の相手は、彼の部下だった。

 

「はあ? 等身大の人形? 鉄でできた? そんなの、適当に処理しておけよ、どうせ何かの悪戯だろ。最近そういうの増えてただろ」

 

 使えない部下だ、と苛立ち紛れに悪態をつく。

 

 そんな彼の後ろから、サワイが声をかけた。

 

「タンゴ博士、調子はどうかね」

 

「あ、ああ!!?? これはこれはサワイ総監」

 

「……君には随分と無理をさせていて申し訳ないと思っている。だが、だからといって部下に当たるのは宜しくない。不平不満は、ぜひ私に伝えてほしい。善処しよう」

 

「は、ははは。い、いえいえ。そんな滅相もない」

 

 冷や汗を垂らしながら、タンゴ博士はしどろもどろ受け答えた。そして、バツの悪い顔でそのまま電話を切った。

 

「なに、あと数十分もすればお仕舞いだ。君も、全力を尽くしてほしい」

 

「は、ははッ」

 

 肩に手を置いてサワイは爽やかに笑って去って行った。

 

 その背中を、タンゴ博士は恨めしそうに睨んだ。

 

「だ~れが、アンタに意見できるっていうんだ」

 

 はあ、と溜め息を吐いて、タンゴ博士は画面に向き直った。

 

 その時にはもう、先の電話の内容などすでに頭のどこにもありはしなかった。

 


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