ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#53

 ……突如姿を現した浮かぶ小島は、ゴルザの死体を横からかすめ取る形で奪うと、ゆっくりと上昇。大気圏付近にてその高度を保ちながら移動し、TPC極東支部──ダイブハンガー直上に停止した。

 

 一方、その真下にあるダイブハンガーでは、各地で回収されていた謎の機械兵が起動して暴走。ダイブハンガー地下施設を瞬く間に占拠した。基地内の隊員たちの機転によって地下施設内に閉じ込めることができたが、同時にダイブハンガーの出入り及び相互通信も著しく制限されることとなった。それは事実上、TPC極東支部の機能停止を意味していた。

 

 機械兵たちと直上に浮かぶ島の関連性が指摘されているが、事件発生から一週間経過した今も事実確認には至っていない。

 

 現在、空に浮かぶ島は不気味なほどの沈黙を保ったままである。機能停止に陥ったTPCに代わり、GUTSは新型母艦アートデッセイ号を臨時指令室として、各地のTPC支部と連携して事態解決に動いている。だが、未だ光明は見えないようだ……。

 

 以降は、うっすらと聞いたことがあるような気がする何かの評論家の、見るに堪えない個人的主張が書き連ねてあった。

 

 手のひらでぐちゃぐちゃに丸めて、ぽいと投げた。

 

「好き放題言っちゃってくれるよなぁ」

 

 これだからマスコミは、とキリノは自分の過去を思い出しながら溜め息を吐く。

 

 トンカラリン遺跡の地下から抜け出して、外の空気を吸いに来ていた。明け方の空気はいつも以上に澄んでいて、肺に取り込む空気もいつもよりおいしく感じる。

 

 ぐん、と伸びをする彼の足もとにじゃれつくように小さな影が駆け寄る。口元には、キリノが先ほど投げ捨てた丸めた新聞紙が涎まみれになっていた。

 

「うわ。……別に、フリスビーよろしく持ってこなくてもいいんだけど」

 

 それとも、ポイ捨てを咎めに来たのだろうか。考えて、まさかとキリノは頭を振った。

 

「最近よく見るけど、お前は野良かなんかか?」

 

 理解したのかどうかは甚だ疑問だが、その犬はキリノの問いにワンと、元気に吠えた。そして、キリノの足もとで、つぶらな瞳を潤ませて彼を見上げている。

 

「…………なんだよ。別に、サボりってわけじゃないぞ。ユザレはGUTSの連中に付きっ切りだし、アイツは人探し中だし。俺は丁度手持無沙汰なんだよ」

 

 そこまで言って、キリノはまた溜め息を吐いた。

 

「何故、犬ころ相手に言い訳を重ねているんだ……」

 

 ワン、と元気に吠える足もとの犬を見て、また溜め息。そして、彼は鬱蒼とした瞳で空を……正確には、遠く離れた空で今も浮かぶその島を、睨みつけた。

 

「空から見下すなんて、機械のクセに性根が悪い。……機械相手に腹を立てても仕方ないけど」

 

 

 アートデッセイ号のデッキ内部には、ヤズミを除くGUTSの精鋭たちが集まっていた。

 

「モニター、映してちょうだい」

 

 イルマがそう言い、ホリイがコンソールを操作する。

 

 映るのは、現在も空に浮かんだままの正体不明の島。ダイブハンガーを機能停止に追い込んだ謎の機械兵の軍団との関連が強く疑われることから、隊員たちからは機械島と呼ばれている。

 

「あの島が現れてから、もう一週間が経過しようとしているけれど。新たな動きは確認されないままね」

 

「ええ。島自体はあそこから一歩も動こうとはしておりません。……ただ、全く動きがないってわけでもないみたいですが」

 

 ムナカタが頷いた。

 

「全国各地で、例の機械兵が目撃されています。……いや、つい二時間前には中国で目撃証言が出て、もはや世界各地ですが」

 

 各地で相次ぐ、ダイブハンガーを襲った機械兵の目撃証言。ホリイとヤオの解析では、何かを探しているのではないかということだが、詳細は闇に包まれたままだ。

 

「機械兵たちが探しているモノが何なのかは不明ですけど、それが見つかるまでは、あの島は大きな動きを見せないちゃうんか、というのが分析班の結論です」

 

 となると、その探し物の正体が気になるところだが。

 

「そのあたり、説明はしていただけるのかしら?」

 

 中空に問う。イルマは、誰に知られることもなくいつの間にかこのアートデッセイ号に憑りついた、電子の幽霊に尋ねた。

 

 僅かな沈黙の後、音声だけがスピーカーから響いた。

 

「黙秘します」

 

 この返答に、GUTSメンバーたちが溜め息を吐いた。

 

「どうしても、ダメなんですか?」

 

 イルマに代わってレナが問うが、電子の幽霊からは色よい返事をもらうことができない。

 

「おいおい。こっちだって困っているんだぞ!! 俺たちに手を貸すってのは噓だったのか!!」

 

 シンジョウが声を荒げて立ち上がるが、それをイルマが手で制した。

 

「答えて、ユザレ。貴方は私たちに協力してくれると言ったわ。それは今も、変わらない?」

 

 対ゴルザ戦で最後の一射のサポートを担ってくれた正体不明の声は、GUTSメンバーの前でユザレと名乗った。

 

 現代の人々にタイムカプセルという形で予言を残した、あの白い女性と同じ名を、この声だけの存在は答えたのだ。

 

 そうして、続けて彼女は、途方に暮れていたGUTSメンバーに協力を申し出てくれた。

 

 ダイブハンガーが機能停止に陥り、内部に残ったヤズミ隊員らスタッフたちとの通信も大きく制限されている現在、彼女の情報収集能力と解析能力が無ければ、今もGUTSは満足に動けないままだったに違いない。

 

「ええ。私は、かつてこの地球で生きた人間の人格を基にして作成されたAIです。迫り来る闇と戦わんとする貴方たちの手助けをすることに否はありません」

 

「それでも、私たちには教えられない?」

 

「…………それは、」

 

 答えあぐねるユザレの反応を察して、イルマはふう、と鼻から空気を漏らした。

 

「答えられないことに、意味があるのね。……今のところは、そう理解しておくわ」

 

「ありがとうございます。イルマ隊長」

 

「……別に、畏まらなくてもいいのよ。人類に味方をするという貴女が、なお我々に伝えられない事実があると言うのなら、それは知りえない方がいいということでしょうから。GUTS隊長として、その意志を尊重します」

 

 その代わり、今以上に役に立ってもらうからね、と彼女は付け足し、これ以上の詮索はなしとなった。

 

「話を進めましょう。そもそも、今回の議題は別にあるのだから」

 

 イルマの言葉に、この場にいる全員が頷いた。

 

 ダイゴが、表情を引き締めて言った。

 

「ダイブハンガーを、奪還する……」

 

 

 機械兵……TPCが定めたコードネームはゴブニュ……は、一週間が経過した今も、ダイブハンガー地下を占拠したままになっている。

 

「基地内にいたヤズミが、機転を利かせて地下プラント内に連中を閉じ込めることには成功しましたが。システム設計上、このままだと他の区画も閉じられたままですから」

 

 ヤズミが作動させたシステムは、本来未曾有の災害時に、隊員たちがダイブハンガー内に立てこもるためのシステムであった。そのためイマイチ融通が利かないところがある。

 

 ダイブハンガーの上階を開錠してしまうと、同時に地下プラントの出入り口も一時的に開錠されてしまうのだ。

 

「開錠されても、一時的なんだろ? またすぐに閉めなおせばいいじゃないか」

 

 対ゴルザ作戦から引き続きの参加となったハヤテから、そう素朴な意見がでた。

 

「その一瞬で、ゴブニュたちが上階に漏れ出る可能性は低くないわ。……現状、ダイブハンガー内に取り残されている隊員たちは多くが非戦闘員よ。上階に侵入されれば、その数次第ではいくら緊急時訓練を受けているからと言ったって、万が一は否定できない」

 

 最後の通信記録に残された地下プラントの映像では、広い施設内を埋め尽くすほどのゴブニュ達で溢れかえっていた。基地内に残された非戦闘員たちが、あの数の暴力に対抗できるかは限りなく怪しい。

 

「それに、あの地下プラントは情報漏洩が起きないようにと、システムが半分独立してますからね。プラント内からは、ダイブハンガーの基幹システムにはアクセスできへんようになってます。現状、そのおかげで封じ込めができてますから」

 

 もし、上階にゴブニュの群れが漏れ出て、それの撃ち漏らしがあった場合、TPCの基幹システムを乗っ取られる可能性があるとホリイは語る。

 

「各地で目撃されたゴブニュの一部は鹵獲出来ていて、その性能もある程度把握できてきてます」

 

 そう言って、ホリイは解析班から上がってきたデータを開示した。

 

「この機械兵は、中はがらんどうですけど、この鎧自体に我々で言うところの回路が刻まれています。人類が使うものとはかけ離れた未知のものですから、解析も進んでませんが、このゴブニュには我々の電子システムに潜入してハッキングする程度のスペックは持ち合わせているだろうと思われます」

 

「一体一体がサイバーテロを引き起こせる頭を持っているわけか。腕っぷしも強いしやってらんねぇな」

 

 ハヤテが深い溜め息を吐いた。

 

「なぁに、完全にお手上げってほどでもありません」

 

 そう言って、ホリイは解析班の電子レポートの次の項を示した。

 

「あの機械兵たちは、どうやらマキシマ・エンジンの光……より正確にはマキシマ・エネルギ―そのものに引き寄せられる性質があるみたいなんです」

 

 この一週間で回収された機械兵たちに対して多くの実験が行われてきた。その中で機械兵が何を好むか、というのも明らかにされつつあった。

 

「マキシマ・エネルギーあるいは、それと同等クラスの純度の高いエネルギーに、あの機械兵は引き寄せられる。今回は、それを利用するわ」

 

 そうしてイルマが中心となって、計画がなされた。

 

「海底にて、マキシマ・エンジンを起動。地下プラントに引きこもっているゴブニュたちを海中におびき寄せる」

 

 ゴブニュたちの自律思考の程度は高くないと推定される。事前に決められた設定に忠実に従うしかないのが、あの機械兵なのだ。

 

 彼らが与えられた命令の中で、マキシマ・エネルギーの下に集るというのは最も高いところに位置しているらしい。彼らは、マキシマの光を観測すれば、集まらずにはいられないのだ。

 

「かの機械兵は人ではない。せっかく占拠した重要拠点に、兵を残しておくという発想はとれない。応用の利かない彼らは、一斉にマキシマの光に集まってくる」

 

「そうやって、プラント内部を空っぽにしている内に、システムを解除するわけか」

 

 ハヤテに、イルマは「ええ」と頷いた。

 

 そこに、おずおずとレナが手を挙げた。

 

「でも、その場合……」

 

「ええ。海中で、マキシマ・エンジンを点火した上で、ゴブニュの群れから逃げ回る囮役が必要になる」

 

 ダイブハンガー地下に巣食ったゴブニュの数、推定千。

 

「千体の機械兵と海中で鬼ごっこ、か」

 

 捕まれば最後。海の藻屑と消えるだろう。今まででも最高クラスに危険度の高いミッションだ。

 

「僕が」

 

 マドカ・ダイゴは、すっと右手を上げた。

 

「僕がやります」

 


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