ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#55

 TPC特殊車両開発部より緊急で取り寄せられた、特殊作戦用潜水艇ドルファー202が房総半島沖に着水した。

 

 潜水艇乗りであったヨシオカ長官の意向が多く取り入れられたこの最新鋭潜水艇は、今回大幅に前倒しされてロールアウトされることになった。

 

「開発スタッフには、真面目に頭が上がらねえな」

 

 コクピットで設定をいじりながら、シンジョウがそう呟く。

 

 きっと陸地では、スタッフたちが計器とにらめっこしながら、ドルファーのデビュー戦を隈をこさえた顔で見守っているのだろう。

 

「ここから先は、俺たちが歯を食いしばる番だ。覚悟はいいな、ダイゴ」

 

「勿論です」

 

 潜水艇であるドルファー202は、WINGシリーズとは操作系が異なる。実戦に耐えうるレベルの運転技能を持っているのは、GUTS隊員の中ではシンジョウとレナのみだった。

 

 そのため今回、シンジョウが処女航海となるドルファー202の操舵を任され、サブの乗組員としてダイゴが搭乗することとなった。

 

 これは、開発スケジュールを大幅に繰り上げる形で実戦配備となったドルファー202の操作系は、いまだ洗練されておらず、運転と敵性体の撃墜を同時にこなすことは、現在では事実上不可能であるとされたためである。

 

 ダイゴは、後部座席に仮設置されたロックオンシステムの操縦桿に、そっと触れた。

 

 作戦決定からの三日間で、海中での狙撃訓練は十分に受けた。シミュレーターのスコアも悪くない。

 

 大きく深呼吸。いつの間にか汗で濡れていた手のひらを、スーツの裾で拭った。

 

 ピピッ、という電子音。地上の臨時作戦室からの通信だ。

 

『お二方、準備はよろしいですか』

 

 聞き慣れない、若い男の声だった。

 

『本作戦では、海中での作戦であること、GUTSオペレーターのヤズミ隊員が現在作戦目標内におり、作戦オペレーションが不可能であることから、元海上自衛隊の私、ウドウ・タカフミが臨時でオペレーションを行います』

 

 声からも、よく鍛えられているのが判る。ハキハキとした通る声の持ち主だ。

 

「了解。よろしくお願いします、ウドウ隊員」

 

「同じく了解。新婚の持つ運気って奴、期待しているぜ」

 

『フフ、ええ。期待していてください。……絶対に成功させましょう』

 

 空気を緩ませるための、シンジョウにいささか似合わない冗談だった。ウドウは通信越しに淡く笑って答えた。

 

 通信が切り替わり、GUTS隊長のイルマの声が聞こえる。

 

『それでは、これよりダイブハンガー奪還作戦を開始します。……ドルファー202、発進!!』

 

「ドルファー202、発進!!」

 

 シンジョウの気合の入った号令と共に、ドルファー202が泡をたてて海中を進み始めた。

 

 

 GUTSによるダイブハンガー奪還作戦が、遂に始まった。

 

 海底を進むのはドルファー202。開発途中であったものを、急遽動かせるように急造させたもので、いわばプロト機である。

 

 それでも手が回っていないのは操縦周りと兵装関連だけで、耐水圧と機動力は十分に担保されている。海底での作戦遂行は問題なく行えると判断された。

 

 海底作業用のマニュピレーターは、本機体で実戦運用となった代物で、海底でのケーブル修理などもこなせるなど精緻な動作を可能とする。だが、本作戦では二本のロボットアームは自由に扱うことは出来ない。

 

 機械腕が携えているのは、本作戦の要であるマキシマ・エンジンだ。

 

「ドルファー202、作戦水域に到達」

 

「了解。……それでは、マキシマ・エンジンに火を」

 

 ウドウの言葉に従って、ダイゴがマニピュレーターを動かす。仮設されたマニピュレーター用の操縦桿を、強く握った。

 

 ガチャン、と安全バーが下がり、ゴォン、とエンジンが回りだす。

 

 マキシマの白い光が、海底を照らす。高エネルギーを発生させる。

 

『…………動いたっ』

 

 臨時作戦室からのウドウの声。ドルファー202からはまだ目視出来ないが、ゴブニュたちは目敏くマキシマの光に反応したらしい。

 

「来ましたっ」

 

「了解!!」

 

 ウドウの通信から一分とかからずに、目視できる範囲にゴブニュの群が、遠巻きで分かった。スクリューを回したような空気の泡を撒き散らしながら、海底を暴進する機械の大群。ダイゴは、鳥肌がたつのを押さえられなかった。

 

「うじゃうじゃとっ!!」

 

「撃ち落とします!!」

 

 囮のマキシマ光を点灯させたまま、ドルファー202は回頭。スペック上の最高速度で海中を突っ切る。

 

 後方から迫るゴブニュの群れに向けて、ダイゴは発砲。ドルファー202に搭載された魚雷群を逐次発射していく。

 

「うまく機械兵同士を誘爆させて爆発の壁を作るんだ!!」

 

 搭載された武装で、あの数のゴブニュをいちいち相手にはしていられない。一発当たりの撃墜数の最高効率を考えつつ、相手の進行速度を遅らせる必要がある。

 

 爆発の膨張が海水を動かす。不規則に揺れる艦内からの銃撃は、手元がどうしても覚束ない。

 

 それでも群れとなったゴブニュは壁のようになって海中を進んでいる。外すということは無かった。

 

「……想定以上にゴブニュが硬い……!!」

 

 ここまで撃ち終えて、ダイゴが苦悶の声を漏らした。

 

 想定ではここまでで半数のゴブニュを脱落させているはずだが、後方より迫る大群はどうみてもそこまで減っているようには見えなかった。

 

「連中、友軍機を壁にしてんな」

 

 人間であれば非情な行動でも、命なき機械であれば合理を追求した策の一つだろう。

 

「電磁ネット、発射!!」

 

 ダイゴはここで作戦を切り替えた。高電圧の電流が流れる電磁ネットを壁のように放出し、ゴブニュを絡めとる。

 

 そして、雷撃。

 

 未知の文明によって製造されたゴブニュだが、精密機械である以上はどうしても電気には反応を見せる。TPC分析班からの報告では、電気による刺激は数分で解除されるようだが、今はその数分が値千金の価値を持つ。

 

「全機撃墜は無理です。……逃げ切ることに専念します!!」

 

 港湾部海上まで浮上できれば、陸上部隊が展開している。それに今頃は、がら空きとなったダイブハンガーをGUTSのメンバーたちが奪い返しているはずだ。それまでに逃げ切れれば、こちらが断然有利になる。

 

『予定ポイント到達まであと五分。……いや待て、何故民間船がこんなところに!? 密漁者か!?』

 

「っ」

 

 本作戦を受けて、ダイブハンガーから本土を結んだ近海は封鎖がなされているはずだ。だがどうやら密漁船が紛れ込んでいたらしい。動転したウドウの声が聞こえた。

 

 すでに海上保安庁が出動し、密漁船拿捕に動いているらしい。だが、人命を考えれば浮上ポイントは変更せざるを得ないだろう。

 

「ドルファー202、浮上中止」

 

 艦内が再び海底に近づく。民間船が海上にある限りウドウから提示された範囲を航行中の間は、兵器を展開するのは難しい。

 

「ダイゴ、撃つなよ」

 

「そ、そんな。じゃあ、どうしたら」

 

 迫り来るゴブニュは、わき目も降らずマキシマの光に一直線に向かっている。民間船に被害が及ばなそうであるのは救いだが、こちらが狙われているのは変わらない。

 

 シンジョウは、しかし不敵に笑った。

 

「こうするんだよっ」

 

 ドルファー202が急浮上する。突然の高低差で耳なりが起きる。

 

 それに耐えながら、ダイゴは後ろを見た。

 

「ゴブニュたちが、追突した……!?」

 

「海底だって地形の高低はある。大した高さじゃないが、あのバカみたいな速度で動いてたんじゃ急に目の前に壁が出てきたように感じるだろうな」

 

 壁にぶつかったゴブニュの群れの一部はその動きを鈍らせた。

 

『民間船が作戦水域外に移動しました。ここからは兵器使用が許可されます!!』

 

 ウドウの再びのアナウンス。

 

「発射っ!!」

 

 爆撃。海中で爆発が起き、ゴブニュたちの動きが再び弱まった。

 

『目標ポイント到達!! 浮上開始してください!!』 

 

 そうしてシンジョウがドルファー202を浮上させる。湾口部からは、地上部隊が対応してくれるはずだが……。

 

「グオオオオッ!?」

 

 今までにない揺れが、二人を襲う。

 

「何が!?」

 

「う、後ろから巨大な手が……!!」

 

 振り向けば、海中の暗がりの奥から巨大な手がドルファー202をつかんで離さない。

 

「でっかくなりやがったのか……!?」

 

 シンジョウが動転した声を上げた。ドルファー202を今まで追いかけていたゴブニュの群れが集合し、巨人の姿へと変貌したのだ。

 

「ダイブハンガーからの応援は!?」

 

『まだ時間がかかります……』

 

 再びの揺れ。先よりも大きい。ドルファー202は遂にシンジョウのコントロールを外れ、大きくなったゴブニュに取り付かれながら海底に引きずり込まれていく。

 

「く、くそっ。ダイゴは脱出艇で逃げ───」

 

 三度の揺れは上下に艦内を揺らした。シンジョウは強かに天井に後頭部をぶつけて、意識を飛ばした。

 

酸素はまだ余裕があるが、状況はひっ迫している。ダイゴもまた揺れる艦内で頭を打っていた。

 

「ティガ……!!」

 

 ダイゴは薄れ良く意識を必死でつなぎとめて、懐からスパークレンスを取り出した。

 

 

 海底に姿を現した、超古代の戦士。

 

 ティガは登場と同時に、ゴブニュの手首を狙い澄まして蹴撃。ドルファー202を掴む手が緩んだ。

 

 即座にドルファー202を両腕で掴みながら反転。ゴブニュから距離を取る。

 

 ティガはそっと海底の離れた場所にドルファー202を置いた。まだ艦内の酸素には余裕がある。

 

「デュアッ!!」

 

 ティガが構える。相対するは、機械仕掛けの巨人ゴブニュ・ギガ。人間大のゴブニュ・ヴァハが集合し合体した鋼鉄の巨人が、ピピピ、と感情の読み取れない電子音を発している。

 

 ドシリと重量感のある緩慢な動きでもってゴブニュが一歩動く。ティガもそれに応戦する。

 

 だが、ティガは今回が初めての海中戦だった。地上でできたはずの俊敏な動きは、水に阻まれて思うようにいかない。

 

 鋼鉄の拳がティガを捉える。同様にティガもまた、握った拳をゴブニュに突き刺した。

 

 クロスカウンター。両者ともに、お互いの顎を捉えたが、膝をついたのはティガだけだった。

 

 ガクリと膝から力が抜けたティガにゴブニュの追い打ちが襲う。無造作な膝蹴りに吹き飛ばされ、仰け反るように飛ばされた。

 

 馬力の差がでた。機械の身体が持つ頑強さと出力、そして海中というフィールドがティガを苛む。

 

 両者の距離が開いた。すかさずティガは額のクリスタルの前で両腕を交差。パワータイプへと姿を変じた。

 

 水圧に抗ってなお力強く動ける力の巨人が拳を握る。

 

 赤き超古代の巨人と機械人形、剛力を誇る巨躯同士がぶつかる。

 

 ゴブニュの拳を躱し、ティガは懐に飛び込む。そして二度三度と打撃。だが、ゴブニュは僅かに重心を動かしただけで堪えたようには見えない。すかさず腰に回し蹴りを放つ。これはゴブニュの身体を崩すことに成功した。

 

 畳みかけるようにティガが迫る。だが、近づいたところをゴブニュにからめとられた。両手首をがっしりと掴まれたティガは身動きが取れない。

 

 そして、不吉な電子音がゴブニュから放たれ始めた。カウントダウンのように、だんだんとそのリズムを早めていく信号音。ティガは、それが自爆の合図であることを悟った。

 

 藻掻くティガ。だが、ゴブニュの締めから逃れることができない。

 

「───いま助けるぜ、ティガ!!」

 

 海底から一条の光。細く頼りないそれは、息を吹き返したドルファー202のヘッドライトだった。

 

 奇跡的に目を覚ましたシンジョウのファインプレー。だがドルファー202は兵装のコントロールはすべて後部座席にある。運転席に座るシンジョウは、それらを起動させることは出来ない。朦朧とした意識のまま、決死の覚悟でシンジョウは囮になるべく、ゴブニュの前をただ通り過ぎた。

 

 ふらふらと海中を漂うように進むドルファー202。この状態では真面に戦うことすらできそうには見えず、脅威とはみなされない。敵からすれば煩いハエ以下の存在で、囮の役目を果たすことすら難しい。

 

だが、それでもゴブニュはドルファー202に意識を向けざるを得なかった。彼らにプログラミングされた行動原理。ドルファー202が掴んで離さないマキシマ・エンジンに、ゴブニュは機械的に反応する。

 

 ティガはすかさずゴブニュの戒めを解く。そして距離を取った。

 

 そして、ドルファー202を背にして守るように立つと、そのままデラシウム光流を放った。直撃を受けたゴブニュ・ギガは海上へと吹き飛ばされていく。

 

 そして、空中で自爆。ドガガガガッ、という衝撃が海の中にまで響いた。

 

 それを見届けたティガは、片膝をつくと力尽きるようにその姿を消したのだった。

 

 

 ティガとゴブニュ。両者が相対したそのころ。

 

 けた外れの馬力を誇りながらもGUTSハイパーの狙撃で簡単に停止するヴァハシリーズとは違い、ゴブニュ・ギガは機械の身体から繰り出すパワータイプを凌ぐ馬力と未知の金属からなる体躯特有のタフさを持ってティガを苦しめた、作中屈指の強敵だ。

 

 原作ではティガを散々に苦戦させた挙句散り際に自爆。ティガ、そして変身者であるダイゴに大きなダメージを負わせた。それこそ一歩間違えていれば海に放り出されたまま、ダイゴは死んでいただろう。

 

 このまま座して見ていれば、それが現実でも起こりえる。それにビクトリウムゴルザの死体を回収した奴らは、原作にはない更なる切り札を得た可能性も考えられる。

 

 だから今回、どうにかネクサス……ヒメヤ・ジュンとコンタクトをとり、この戦いに備えたのだが……。

 

「どうしたんだ、そんなに難しそうな顔をしてさぁ」

 

 酷薄な性情を隠しもしない、爬虫類を思わせる薄笑いを浮かべたヒュドラが舌を出して挑発の言葉を並べた。

 

「そうだ。……今は、ただ戦おう。その拳、俺に向けるのだ。オルタナティブ・ティガ」

 

 目の前の戦いに舌なめずりをして頬を釣り上げたダーラムが、血に酔った戦鬼よろしく咆哮する。

 

「最悪だ」

 

「……そのようだな」

 

 隣には、第二の適能者。ヒメヤ・ジュン。

 

 彼は戸惑いながらも、初見である闇の巨人二人に対して臨戦態勢をとる。

 

 こうして、ティガ対ゴブニュの裏側で、四体の巨人が一堂に会した。

 


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