ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
ですが現在、私生活が多忙につき感想への返信がだいぶ滞っております。申し訳ないのですが、しばらくは(というか今後ずっと?)感想へのお返事よりは本文の更新を優先したいと思っております。
爆発。
熱と音が大挙として訪れる破滅を前に、考えるよりも先に身体が動いた。
超古代のオーパーツ。人を光へと変換する奇跡のデヴァイスが、花咲くように開いた。
傍らでは、ヒメヤもまた白と赤の短刀を鞘から引き抜いた。そして光があふれ出る。
由来を異にする、二人の光の巨人が並び立つ。青き瞳の銀色の巨人──オルタナティブ・ティガ。そして、兜を思わせる特徴的な頭部と血のように赤いエナジーコアを持つ銀色の巨人──ウルトラマンネクサス。
その二人と相対するのは、闇より出でた二体の巨人だ。
爆発による土煙がようやく収まり、その向こうに人間体から巨人へと姿を変えたヒュドラ、ダーラムの姿が見える。
先手必勝とばかりに、ネクサスが動いた。
腰に一度溜め、指先から光の矢を放つ。それをヒュドラは仰け反って躱した。
──戦士の礼儀って奴が分からないみてぇだな。
僅かに苛立った声で、ヒュドラが首を鳴らした。巨人へと変じたヒュドラは、普段の酷薄さに加えて粗暴さが際立つらしい。蛇のような視線をネクサスに絡みつかせた。
今回の戦い、奴は完全にネクサスに標的を合わせたようだ。
──ヒュドラがその調子ならば、そうだな。今日の俺の相手は、お前だ。
ヒュドラに続く形で、ダーラムが不敵に笑う。己がうちから湧き出る昏い闘志を漲らせて臨戦態勢に入った。
曇天が覆う空を背景に、四人の巨人の戦意がぶつかる。きっと今頃、TPCも日本政府も、突如現れた俺たちに慌てふためいていることだろう。それをこちらが慮る余裕はない。
──邪魔するなよ。
──そちらこそ。
ヒュドラとダーラムはそれぞれに一対一での戦闘を望んだようだ。
──そちらは任せた。こちらは任せろ。
そっけなく念話を飛ばして、ヒメヤはヒュドラ相手に構えた。想定していた事態ではないが、連中のコンビネーションには過去に辛酸をなめさせられた。これならこれで臨むところだ。
ヒュドラ対ネクサス。そしてオルタナティブ・ティガ対ダーラム。
手招くダーラムを前に、俺はファイティングポーズをとった。
※
俊敏戦士の名に違わず、ヒュドラは一瞬のうちにネクサスとの距離を詰めた。
放たれた貫手は、ネクサスの首を取らんとする殺意を迸らせた凶手。それを寸でのところで見切った。
二度、三度と連続して放たれる必滅の爪撃をネクサスは凌いでいく。
──考えてみれば、真面な知性をもった相手との戦いはこれが初めてか。
いまさらになって、ヒメヤは思う。彼がこれまで戦ってきたのは、どれもスペースビースト……が人の手を加えられた怪物たちだ。獲物を駆る捕食者が生来備える、本能に根付いた合理的な動きには経験があったが、この相手には人に準じた知性がある。
これまでに蓄積したであろう経験、鍛えられ練り上げられた武、弱者を嬲ろうとする歪んだ欲求がないまぜになった動き。ネクサスは、それを見定めるようにヒュドラの一挙手一投足を観察する。
──どうした!? 怖くて反撃もできないか!?
ヒュドラの分かり切った挑発。腹を立てることは無いが、驚きはある。
──成るほど、この敵は『人間』か。
悪意はあってもものを考えぬ怪物に、これほど分かりやすい挑発などされたことはない。そういう意味でも、今まで自身が戦ってきた敵とは毛色が違う。
──とはいえ、やることは変わらないか。
一人のジャーナリストとして戦地をカメラ片手に駆け回ったヒメヤには、悪意や敵意、あるいは殺意を持った相手と対峙する経験が豊富にあった。今更物怖じするようなこともない。
目の前の、青と黒の痩身の巨人。動きの速さと弱点を的確に狙ってくる底意地の悪さは透けて見えるが、今はその動きもやや単調だ。蛇のようにしなる右腕から放たれる音速の拳を躱し、その拳が引き戻されるタイミングで一歩踏み込んだ。
合いの手をとるように拍を取る。そして突き出した拳は、吸い込まれるようにヒュドラの胸を捉えた。
「グガァッ」
濁った悲鳴は、痛みによる苦悶が齎すものか。速さを追求した代わりに、ヒュドラの身体には鎧となる鋼の肉体はない。痩身ゆえの打たれ弱さだ。
──く、そが。
ネクサスの拳を受けて、ヒュドラの纏うプレッシャーがより一層濃密なものとなる。相手をいたぶる嗜虐性が鳴りを潜め、最短効率で敵対者を絶命せしめんという冷たい殺意が表層に出でる。
ヒュドラが天に手をかざす。そして、昏き天が二人を覆い始めた。
夢限空間ルマージョン。対象を閉じ込め嬲り、最後には必ず殺す。ヒュドラのヒュドラによるヒュドラのための絶対処刑空間。
「ク、ハ」
哄笑を上げるヒュドラは、舌なめずりして獲物を捕らえる爬虫類のよう。だがもはや、その愉悦はヒュドラを酔わせることはない。矜持に傷をつけられたヒュドラの意識の奥底には冷たい殺意が張り付いて、彼の理性を掴んで離さない。
殺意によって理性が保たれるという異常。闇に呑まれ狂気に身を沈めた超古代の戦士のなれの果て。
それを前に、ネクサスもまた拳を握り締めた。
銀から赤へ。ジュネッスへと変化したネクサスが、異形の空間でヒュドラへと飛び上がった。
※
牽制として放ったハンドスラッシュは、そのこと如くがダーラムの肉体に弾き返された。卓越したフィジカルによる天然の鎧。天性の打たれ強さと相まって、ダーラムのインファイターとしての性能は飛躍的に引き上げられている。
目の前の全てを圧壊して進軍する様は、戦車の行進を彷彿とさせる。
ダーラムは、恵まれた肉体を存分に活かしたシンプルな肉弾戦を最も得意とする。わざわざ相手の土俵に立つつもりもないので、一歩後退し光線技を主体に戦略を組んでいく。
胸のプロテクターに光を集め、半月の刃として打ち出す。真っすぐにダーラムへと向かっていったティガスライサー目掛けて、ダーラムはあろうことか拳一つで迎え撃つ。
「ふんっ」
鉄拳が光の刃を正面から打ち破った。衝撃で、僅かにダーラムがよろけるが目立ったダメージはなさそうだ。
ダメージ無し、なはずがないんだが。戦闘狂であるダーラムはこの程度の痛みでは怯ませることもできないようだ。
ならば量で攻める。
光線技の連打。雨のような光の矢を前に、ダーラムの進撃はなお止まらない。
──いい加減、五月蠅いな。
ダーラムが地面を強く踏みつけた。
「デュアッ!?」
足もとを踏みしめる感覚が消失する。液状化した地面が巨人の体重を支え切れずに深く沈んだ。
足もとを取られ、思うように動けない。その明確にできた隙を、ダーラムは当然見逃さない。
最短距離を行く直進。そして大振りの拳。芸もなく術理もない、単純な力任せの一撃だが、ダーラムにとってはこれこそが最適解なのだ。
渾身の一振り。避けることも出来ず、顔面に突き刺さる。
身体が浮くような衝撃。遅れて痛みを自覚するが、錐揉みするように飛んだ身体は平衡感覚を失っている。
ふらつきを押さえられない。そこにダーラムの二撃目が襲い掛かる。
転がるようにして、かろうじてこれを避けた。その勢いのまま跳んだ。
地面の液状化はダーラムの固有能力。多用することはできないようだが、これがある限り、足に地をつけて戦うことさえ躊躇われる。
空中で一回転。体勢を整えて、一気に降下。
空中からの急降下キックを警戒して、ダーラムが手で十字を組んで防御の姿勢に入る。
──かかった!!
蹴りはブラフ。そのまま素通りするように、ダーラムの頭上を飛び越える。虚を突かれたダーラムが、こちらを振り返る瞬間。
「ゼェヤァッ!!」
左手首から引き延ばした、光の剣。奴の筋肉の鎧を貫くイメージをもって脇腹にねじ込んだ。
「グ、ルオオオッ!?」
狙い過たず、光剣はダーラムの脇腹を貫いた。
痛みと驚愕で、ダーラムの動きが止まった。ここが好機。
踏み込み、さらに一閃。横一文字に振るった剣筋を後追うように光が散る。胸を裂く一撃がダーラムに入った。胸部のプロテクターから火花が走り、ダーラムが一歩後ずさった。
畳みかけるように、二度三度剣を振るう。手ごたえは十分。
──これで、
四度目の往復。しかし、これは俺のミスだった。
届く直前、手首を捻り上げられるように掴まれた。
──調子に、乗るなァ!!
憤怒をそのまま力に変えて、ダーラムは片手一本でオレの身体を釣り上げた。
「デュア!?」
「ヌウウウオオオッ!!」
そのまま、海へと放り投げられる。
海へ墜落した俺を追い、ダーラムもまた海中へ飛び込んだ。
海底に舞台を移し、俺とダーラムの一騎打ちは次なる局面に入ったのだった。
※
誰かの腕に抱かれている。柔らかな身体でそっと包み込まれている感覚のまま、微睡に沈んでいた。
……レナ……?
いや、違う。
慈愛ではない。友愛でもない。一見柔らかな愛情の裏側に、ドロドロとした想念を宿した女の魂を感じ取る。
その狂気的な愛が自身に、一身に向けられている。その恐怖がマドカ・ダイゴに覚醒を促した。
「こ、こは」
後頭部から伝わる、人の温もり。女性のものだろう細くも柔らかな太腿。状況から察するに、誰かに膝枕をされているらしい。
「あら、起きたようね」
頭上から降る声の主を探して、視線を上に向けると、どこかで見たことのある女がぞっとするほどの艶を見せて微笑していた。
「お前は……!!」
「まだ身体の回復が追い付いていないわ。もう少し、安静にしていなさいな」
黒い女。怜悧で理知的な瞳の裏側に、狂奔する情愛を抱く魔女。無力を嘆いていた夜に、黒いスパークレンスを手渡して消えた闇色の乙女がそこにいた。
幾度かの邂逅を経ていながら、この女が何を目的としているのかは分からない。だが、それが良くないものであることをダイゴは直感的に理解していた。
そんな危険人物に介抱されているという事態に、ダイゴは目を白黒とさせるしかない。本能はしきりに危険事態を叫んでいるが、理性は一応とはいえ自分を介抱してくれた相手に失礼な真似はできないと訴える。
……今のところ、こちらを害する様子もなさそうだし……。
そう考えて、身体が動くようになるまで彼女に身を預ける判断をした。何より、現在の状況や未だ正体の分からぬこの女のことなど聞きたいことは山ほどもある。
ダイゴが諦めて肩の力を抜いたことを感じ取った黒い女は、口元に艶やかな微笑を携えた。
「……君が、僕を助けてくれたのか?」
「ええ。ま、そんなところね」
どうやらここは房総半島沖の小さな無人島のようで、少し首を傾ければ海面に映る月の光とそれに照らされて鎮座するダイブハンガーが揃って一望できた。
ダイブハンガーには人工の明かりが灯り、ハッチにはアートデッセイ号が暖気状態のまま着陸していた。遠目からでも、そこから慌ただしく出入りする人の姿も確認できる。どうやら、無事にGUTSは本部を奪還することができたようだ。
まずは一安心といったところか。ほっと胸をなでおろすダイゴに、それはどうかしら、と黒い女は意地悪に告げた。
「空を見てみなさい」
ダイブハンガー直上に、雷雲纏う黒雲を引き連れて浮かぶのは、正体不明の人工島……通称機械島。それが、TPC極東本部直上の制空権を握って離さない。
「夜が明けぬうちに、あの島はあそこに本格的な攻撃を開始するわ」
「何だって……!?」
何故、それが分るのか。そう問うたところで意味はないのだろう。この不可思議な女の言うことは恐らく真実だ。
「そして、オルタナティブ・ティガも、あのネクサスとかいうウルトラマンも現れない。間に合わない」
ゆっくりと慈しむように、あるいは絡めとるように、黒い女はダイゴの頬をそっと撫でた。
「戦えるのは、貴方だけ。……でも、今のティガでは、ゴルザの死体を弄び、この星の奇跡の結晶の一かけらさえ手中にしたあの機械島を押し返すことは出来ないでしょう」
太腿にのせた愛しき男の顔を両の掌ではさんで、恋人同士が唇を交わす距離で、彼女は歌うように囁いた。
「闇に身を委ねなさい、ウルトラマンティガ」