ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#57

 ダイゴは、カミーラの手をそっと握り、そしてゆっくりと引き剥がした。

 

 そして身体を起こす。凝固した筋肉の線維の一つ一つを引き剥がし、油を差し忘れた歯車のごとき関節を強引に動かした。

 

「痛っ」

 

「まだ起きられるような身体じゃあ……」

 

 引き止めるのを押しとどめて、それでもダイゴは立ち上がった。そして、傷だらけの自分の身体を見た。

 

「そりゃあ、今の僕はボロボロだ。こうして立ち上がるのにも一苦労だしね」

 

 苦笑いして、そう言う。だが、その笑顔は次の瞬間には戦士の顔つきに変わった。

 

「でも、僕は一人じゃない」

 

「……私の言った言葉を聞いていたのかしら? 他のウルトラマンは来ないのよ」

 

 ああ、とダイゴは頷いた。なら、と続けようとするカミーラの言葉を遮って、ダイゴは海を見た。

 

 遠くでは、ダイブハンガーのハッチが開いてく。コントロールを取り戻したTPC極東支部が稼働している。理不尽な脅威を振りまく、空に浮かぶ島目掛けて、彼らは飛び立とうとしている。

 

「GUTSの皆が、TPCの人たちが、それ以外のたくさんの人たちがいる。だから、僕は一人じゃない」

 

「なにを、」

 

 目の前の男が何を言っているのか、カミーラには理解できなかった。呆気にとられ、時間をかけてその音の連なりを意味のある言葉として咀嚼していく。それでも、彼女にはダイゴの言っている言葉の意味がまるで理解できなかった。理解しようとも思わなかった。

 

 心の底が粟立つ。正体不明の苛立ちを覚える。判らない。判らないが、この男の言葉を心底から否定したいと、彼女は思った。

 

「笑わせないで!! 人間どもに何ができるというの!? 無力で矮小な有象無象に、ウルトラマンに守られるばかりの無能どもに!! 何が!!」

 

「何でも」

 

 自分でも抑えの利かない感情が、怒りとなって言葉を、問いを作る。そして目の前の男は、考えるまでもないとでも言うように、その問いに即答した。

 

「何でもできるよ。人間には」

 

 噛み締めるように。海の向こうで今まさに飛び立とうとしているアートデッセイ号を見ながら、マドカ・ダイゴは目を細めた。

 

「今はまだか細い光だ。……でもいずれ、大きな光を生み出す可能性が、人にはある」

 

 内側に格納されていた砲身が、ゆっくりとせり出してく。一条の青白い光が螺旋を伴いながら、暗闇を伸び上がっていく。

 

 届いた。

 

「そんな、まさか」

 

 機械島の未知のテクノロジーを前に、人類は成す術はないと思っていた。だというのに、何故だ。

 

「機械島が、ダメージを受けている……!?」

 

 驚愕に晒されるカミーラを置いて、ダイゴは一歩踏み出した。

 

「例え、他の巨人が居なくとも。僕の隣には、彼らがいる。……つい最近まで、僕も忘れかけていたことだけどね」

 

 彼の手には、金色の光。それが形となった物が握られていた。

 

「ティガ————!!」

 

 天にスパークレンスを翳し、ダイゴは光となって戦場へと向かった。

 

 彼女を一人、暗闇に残して。

 

 

 機械兵たちから奪還が果たされたダイブハンガーはその直後からフル稼働を強いられていた。

 

 直上の大気圏内に陣取る敵の主城……機械島が不穏な動きを見せたからだ。

 

「正体不明のエネルギー鉱石を取り込んだゴルザ……その死体を手に入れた機械島は、そのエネルギーを再利用して超高密度エネルギーを一地点に収束させています」

 

 現隊復帰を果たしたヤズミが、各地より上がってきた情報を精査しながら現在の状況を解析していく。

 

 モニターに映された機械島は、紫電を迸らせる暗黒の雲を纏わせながら、不気味に脈動していた。

 

「機械島の底が、造り替えられている……?」

 

「その通りです、隊長。今、拡大画像をお見せします」

 

 映し出されたのは、無人の機械がひとりでに動き、何かを島の底に建造している瞬間だった。

 

「あれは、対地砲か……!?」

 

「連中、地上を焼き払おうって魂胆か……」

 

 ムナカタが慄き、シンジョウが呻いた。あの空に浮かぶ招かれざる来訪者たちは、空の上から地上を焦土にかえようというらしい。

 

「探し物をする前に、邪魔者を一掃しようというわけね」

 

 ユザレより齎された機械兵たちの目的。それが何なのかまでは彼女は明かさなかったが、彼ら機械兵はこの地球に眠る何かを探しているという。人類は、その障害になり得ると、奴らは判断したのか。

 

「あれの破壊は可能かね?」

 

 ヨシオカ長官がヤズミに問う。ヤズミは重く首を振った。

 

「……いいえ。科学分析班の解析結果だと、あの機械島を構成する特殊金属はマキシマ砲さえ耐えうると……」

 

「じゃあ、打つ手がないってこと!?」

 

 レナが立ち上がるが、ヘナヘナと力なく腰を落とした。

 

「ここから、どうすれば……」

 

 沈黙が支配する空気を、しかし空気の読まない合成の声が切り裂いた。

 

『まだ、諦めるには早いですよ』

 

「ユザレ……!?」

 

 姿なき声の主。ユザレを名乗る彼女の声が指令室に響いた。

 

「君が、報告にあったユザレか」

 

『ええ、サワイ・ソウイチロウ総監。今は緊急事態につき、諸々の追及は後回しにしていただけると』

 

「ここのトップとしては、こうも簡単にネットワークに侵入されている事態は看過できないのだがね……。ただ、事態が逼迫しているのも確かだ。何か、策があるのだね」

 

 サワイの言葉に、ユザレは「ええ」と同意した。そしてモニターにいくつかの設計図を提示した。

 

「これは……マキシマ砲の改善プランか……!?」

 

 ヤオが食いつくように身を起こした。ここに示されているのは、マキシマ砲、ひいてはマキシマ・エンジンの改善案だ。

 

『こちらの設計であれば、マキシマ・エンジンの熱効率を13%向上させることが可能です。そして、マキシマ・エンジンの複数基並列によるマキシマ砲の火力向上案も併記しています』

 

「……確かにこれなら性能アップも期待できる。だが、現在以上に出力を上げた場合、ハードの問題で安全を担保できない。この改善案は、エンジンのオーバーフロースレスレを長時間維持することになる。経験値の浅い今の我々では、もはや曲芸の類だ」

 

 出力と安全性は、この段階ではトレードオフの関係にある。アートデッセイ号の乗組員の安全を憂慮するヤオは、苦い顔を示した。

 

『エンジンの制御は私が行います』

 

「AIである君が、か。確かに君の演算能力であれば……」

 

 ヤオは腕を組んで、瞑目した。

 

「技術者としての私にこれ以上の言葉は無い……。あとは、GUTS諸君。アートデッセイに乗る君たちが、彼女に命を預けたいと思うかどうかだ」

 

 ヤオの言葉に真っ先に反応したのはレナだった。

 

「預けます!! ……あんな機械の島、さっさと倒しちゃってダイゴを探しに行かなきゃいけないんだから!!」

 

 気炎を上げる彼女に、苦笑いしてシンジョウが追従した。

 

「俺がこうして助かってピンピンしてんだ。ダイゴだって大丈夫だと思うが。……まあ、どっかの無人島にでも流れ着いて途方に暮れてるかもしれねぇしな」

 

「せやな。こんなの通過点や。さっさとアイツを迎えに行かんとあかん」

 

 ホリイの言葉に、GUTS一同が頷いた。

 

「頼むわ、ユザレ。私たちを導いて」

 

 僅かな沈黙の後、ユザレの電子音声が静かに返答した。

 

『了解しました』

 

 AIらしい短い端的な言葉で。どこか滲むような声で。

 

 

 アートデッセイ号がダイブハンガーを飛び立った。

 

 急造でアップデートが行われたマキシマ・エンジンは、今までであればとっくにアラートが鳴り響く過負荷状態での稼働、運行がなされている。

 

 ユザレによって齎された改善案は、接続や熱変換の効率化がメインで、すべてが既存技術によるものだった。それゆえに、ここまで短期間でのエンジン効率改善が可能であった。

 

 ただ出力が上昇した分、エンジン本体にかかる負荷は大きくなった。そのモニタリング、限界の見定めを、ユザレを制御中枢に据えることで強引に解決したのだ。

 

 ユザレはその演算能力のほとんどを、エンジン制御に回している。そのためヤズミが今回の作戦の概要を改めて周知する。

 

「エネルギー効率が改善されたマキシマ砲ですが、それでも機械島の破壊には至らないというのが解析班の結論になります」

 

 しかし、とヤズミは続けた。

 

「機械島の底部に新造された対地砲。あれにエネルギーが充填されている瞬間、その砲身にマキシマ砲を直撃させれば、誘爆を引き起こすことは可能です」

 

 その誘爆でもって機械島にダメージを与える。あとはどこまで延焼してくれるかだが、そこはもう結果次第だ。

 

「いずれにせよ、この攻撃が成功すれば機械島はしばらくその動きを停止させるしかなくなる」

 

 勿論、危険性は大きい。失敗すればそのまま対地砲の餌食だ。

 

 目標の対地砲が、マキシマ砲の攻撃範囲内に入った。

 

「対地砲の稼働を確認。莫大なエネルギーが砲身奥に集約されていきます……!!」

 

 対地砲が紫電を迸らせながらチャージを始めた。最大の効果を得るには、発射のギリギリまで我慢する必要がある。相手がエネルギーを溜め切る直前に狙いを定め、

 

「っ発射ああああっ!!」

 

 イルマの号令で、撃鉄は下ろされた。対地砲は発射の直前にマキシマ砲の直撃を受けて停止。そして爆発を起こした。

 

「よし!!」

 

 作戦の成功によってデッキの空気が僅かに緩んだ。だが、ヤズミがそこに警鐘を鳴らす。

 

「見てください!! 機械島の地表に、巨大な機械兵が……!!」

 

 感情の見えない四つの信号光を点滅させて、それはそこに佇んでいた。

 

「この島の、守護神だとでもいうの……?」

 

 イルマの疑問と共に、アートデッセイ号が不自然に揺れた。

 

「引っ張られている……!?」

 

 アートデッセイ号がそのコントロールを失い、機械島へと引き寄せられていく。まるでアリジゴクに捕まった蟻のように。

 

 引き寄せられていくアートデッセイ号に狙いを定めて、島の守護神……ゴブニュ・オグマが腕を上げた。このままでは、その万力によって、アートデッセイ号は無残に破壊されてしまうだろう。

 

 来る衝撃に歯を食いしばったクルーたちは、しかし視界いっぱいに広がる光に目を細めた。

 

「……ウルトラマン、ティガ……!!」

 

 海中戦を最後に消息を絶った、光の巨人が機械島に降り立った。

 

「デュアっ!!」

 

 両手を構え、超古代の巨人が戦闘態勢に入った。

 

 


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