ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
天空に漂う浮島では、ティガとゴブニュ・オグマの戦闘が佳境を迎えていた。
コントロールを失い不時着したアートデッセイ号。それを背に守りながらの戦いを強いられているティガは、先の海底での戦闘で負ったダメージが回復し切っていないこともあって万全とは言い難い。
一方、ゴブニュ・オグマも母体である機械島本体が大きく損傷したために十分なバックアップを受けられてはいない。
お互いに万全とは言えない。ならば、まだまだ勝機はある。
「デュアッ!!」
膝をついていたティガが立ち上がった。
ダッシュからのチャージング。ゴブニュ・オグマに飛びついて、超近距離からの打撃を装甲の薄い関節部に叩きこむ。
未知の合金で構成された機械の身体を誇るゴブニュ・オグマと言えど、ティガのパンチは堪えるようだ。防御の姿勢を崩さない。
パワータイプをも凌ぐ怪力を誇るゴブニュ相手に、受け身に回るわけにはいかない。攻めの手を緩めないことで、相手に何もさせない。
攻めるティガ、耐えるゴブニュ・オグマ。
天秤は、残念ながらゴブニュに傾いた。
「ゼアッ、ハアッ……」
ティガが拳を振り下ろす回数が、目に見えて低下した。
機械の身体に疲労はない。痛みも恐怖も感じない。一方のティガは、光の巨人という超常の存在であろうとも生物であることには違いがない。
不気味に点る四つの目が、怪しく輝いた。
鋼鉄の手が、ティガの攻撃の合間を掻い潜って届いた。
「グアァッ!?」
差し込まれた鋼鉄製の剛腕は正確にティガの首を締めあげた。
指が食い込む。呼吸もままならない。藻掻くティガをゴブニュ・オグマは執拗に責め立てた。
片手でティガを吊り上げ、がら空きになったボディに二度三度と膝蹴りを喰らわす。苦痛に折れ曲がるティガに、機械特有の冷めた視線が突き刺さる。
ピ、ピ、ピ。
感情の伴わない電子音が処刑の合図。
「させねぇ!!」
背後からレーザー。
完全に不意を突かれたゴブニュ・オグマが感覚器官と思われる顔を上げた。
ゴブニュ・オグマの正面。科学の翼が風を切った。
WING1。そして、背後には既に発射シークエンスを終えたWING2が翼を広げていた。
「撃て!!」
ムナカタの号令のもと、極太のレーザー光がゴブニュ・オグマのメインモニターユニットを貫いた。
「やったか!?」
「……いや。奴は機械島とリンクしている。視界を奪った程度で動きを緩めるとは思えん」
ムナカタは攻撃を命中させてなお浮かれることなく、冷徹に現実を見定める。
だが、とWING1を駆るハヤテは獰猛に笑った。
「どうやら機械島は、マキシマ砲を喰らって受けたダメージを回復し切れていないらしい。あのデカブツを十分援護できるほど余裕があるわけじゃないみたいだぜ」
鋼鉄の巨人は、膝をついていた。ギチギチ、と音を立てて動こうとしているが、今まで受けたダメージが遂に表に現れたようだ。軋む音だけを全身から放って動きを止めていた。
「ようやくティガのダメージが効いてきたらしい……」
呟き、ムナカタは操縦桿を滑らした。そしてティガを見る。お互いに頷き合った。
WING2のデキサスビームだけでは、到底ゴブニュ・オグマを打倒できない。だがティガと同時なら、互いの火力不足を補い合える。
ティガが両腕を胸の前で伸ばし、交差させた。
光の奔流がティガの身体を駆け巡り、そして腕へと集中する。それがL字の構えをとった。
ゼペリオン光線。
ティガの放った光線とWING2が発射したデキサスビームの同時攻撃を受け、遂にゴブニュ・オグマは身体を半壊させ、そして背中から崩れ落ちた。
※
「終わったの……?」
不時着したアートデッセイ号の中で、レナが呆然と呟いた。
アートデッセイ号が動けない中、予備機として持ってきていたWINGを駆ってムナカタ、ハヤテが飛び出していったが、その危険を冒した分だけの成果はあった。
難攻不落とさえ思えたこの島の守護神は、ティガとGUTSの前に敗れ去った。
「でも、なんでこんなに……」
胸を押さえて、レナは呻いた。動悸が収まらない。まだ何も終わった気がしないのは、どうしてだろうか。
レナ同様に難しい顔をしていたイルマが突然艦長席から腰を浮かせた。
「……アレは……!?」
イルマが指を差した方向に、ヤズミがサーチャーをかけた。
未だエンジンが再起動を果たしておらず、ヤオ、ホリイ、そしてユザレはエンジン機関部に総がかりとなっている。ユザレの情報処理能力は、今は期待できない。
「これは、」
だから、ヤズミが驚愕の声を漏らすのと、島が大きく揺れたのはほぼ同時となった。
「あれを見てください!!」
ヤズミの示す方向では、目を疑うような光景が広がっていた。
地上から機械島へ。何百基もの機械兵……ゴブニュが集まっていた。
地から天へと降り注ぐさかしまの流星群。あるいは、怖気の走る蝗害の光景が見るものの脳裏をよぎる。
半壊し起動停止したゴブニュ・オグマに、ゴブニュ・ヴァハが集っていく。そして機械島から青白い光が投射され、互いの輪郭が崩れて一つになっていく。
「ゴルザ……」
人型の機械兵は、直立の姿勢から前傾の姿勢へ。鋼鉄の身体と獰猛なる獣性の両立がここに成った。
砂のかかったような信号音が、ビ、ビビと点滅する。それが咆哮の代わりだった。
機械仕掛けの獣が産声を上げる。それは、正史には存在しなかった、ヴァハ、ギガ、オグマに続く第四の機械兵。
否、兵というにはあまりにも凶暴。ゴルザの保有していた獣性と本能が機械によってエミュレートされたそれは、すでに人形を離れ獣に堕し、理性的に暴走するという矛盾を孕んで生誕した。
機械獣ゴブニュ・ミディール。
ケルト神話におけるトゥアハ・デ・ダナーンが人柱、ダグザの子の一人。鍛冶神オグマの兄でもある地下神ミディールの名を不遜にも冠した、人類の敵。
今静かに、巨神が一歩踏み出した。
※
咆哮は無かった。
ゴルザを模した機械の獣の額部に極光が集まり、そして収束。そして一条の線を描いた。
ティガのすぐ隣が爆ぜた。
次いでギンッ、という浮遊島の揺れる鈍い音と大気が灼けた証であるオゾン臭があたりに漂う。
呆然として、ティガは目の前の機獣を見る。
反応できなかった。超古代の巨人の超感覚をもってしても。
エネルギーの収束から発射までが速すぎる。攻撃の徴候を読みとく前に攻撃が来る。今こうして無事でいられるのは、単に敵がまだ調整不十分であっただけだ。次は確実にアジャストしてくる。
ビ、ビビという歪な電子音を鳴らせて、四つ目の機獣は僅かに首をしならせた。
一瞬、頭部が煌めいた。
そして放たれる一条の光。ティガは賭けで左に身体を転がした。直撃はなかったが、爆発した土砂が身体に降りかかった。それを気にも留めず、ティガはゴブニュの動向から視線を切らさない。
遠距離戦では、明らかにあちら側に分があるだろう。ティガは即座に決断。足に力を込めて、前へ出た。
ゴブニュ・ミディールの射線を避けながら駆ける。狙いを定めさせないようにして、飛び込む。アッパーカット。顎に直撃させ、頭部を揺らす。
だが、ゴブニュ・ミディールは動じない。文字通り比喩ではない鋼鉄でできた爪がティガを切り裂く。
「デュアッ!?」
火花が散る。だが、後退の選択はない。半端に距離をとれば、今度こそあの極光の束によって風穴を開けられる。
インファイトの選択。だがそれは消極策でしかない。依然として、決定打はない。振り上げた拳をどれだけの数振り下ろしても、手ごたえは感じられない。
守勢に回れば死ぬ。追い立てられるように攻めるティガは、前のめりになってしまったが故に、背後からの打撃に反応できなかった。
衝撃。
太い靭尾がティガの背を強かに打ちのめした。よろめいたティガが視界の端で煌めく光を認めた。
慌てて身体を右に投げ出した。
案の定、轟音。この近距離であの極光を放射したのだ。もしも直撃したのなら、自分も巻き込まれかねないというのに、逡巡することはなかった。機械ゆえの冷徹な思考。己の保全よりも島の守護と敵の打倒という使命に準じたのだ。
足もとに這いつくばったティガの鳩尾を無造作に蹴りつけた。
浮き上がって吹き飛ぶ。受け身をすることも許されず、ティガは背中から着地した。
絶体絶命のティガ。数えて四度目の光線が、ティガをついに捉えようというところで、別の巨人がゴブニュ・ミディールを背後から襲撃した。
「デュアッ!!」
日本兜を思わせる特徴的な頭部をもつ、銀と赤の巨人。ウルトラマンネクサス。
そして追い打ちをかけるように三人目の巨人が脳天から急降下キックを喰らわせながら着地した。
もう一人のティガ。青き瞳の巨人。オルタナティブ・ティガ。
ようやく、ここに三人の巨人が揃った。
※
どうにか間に合った。
気を抜けば肩で息をしてしまいそうになるのをどうにか押さえつけて、俺は機械の獣と相対した。
機械島がビクトリウムゴルザの情報を集積・解析して生み出した、正史には存在しないイレギュラー存在。ケルト神話の鍛冶神オグマと同じダーナ神族……ミディール神を彷彿とさせる地下の神。大地の力を取り込んだ破壊の獣神が目の前で立ちすくんでいる。
ネクサス、そして俺の連続攻撃を受けてなお堪えた様子はない。タフネスはゴブニュ・オグマ以上だ。
既に疲労が蓄積して膝をついているティガを庇うようにして、俺とネクサスが並んで構えた。
とはいえ、ネクサスはそうでもないようだが、俺の方もとっくに余裕はない。初めて故か、それとも別の原因があるのか。俺の行うタイプチェンジはティガと異なり維持することにも体力と気力を使うようで、既にトルネードを維持できずに通常形態に戻ってしまっている。
まだ幾分か余裕があるネクサスを軸に、短期決戦というのが今採れる最善の選択だろう。
ネクサスが牽制として指先から光矢パーティクルフェザーを放つ。
直撃、するもゴブニュに傷がつくことは無い。超硬度の外装を貫くのは牽制技程度では不可能か。
ゴブニュの額に光が集積した、と同時に光線が迫る。予備動作から攻撃までのタイムラグが短すぎる。躱すのは不可能に近い。
ネクサスは、しかし咄嗟に片手でサークルシールドを展開。ずらすようにして凌ぐが、堪え切れず上体が開いて仰け反った。
尻尾を振り回し、ネクサスを薙ぎ払う。
ネクサスを退けた機械獣が迫る。爪による一閃。こちらもゼペリオン・スピアで応対し、内側から差し込んで弾く。そのままの勢いで、突き刺す。
狙いは過たない。装甲と装甲の隙間、関節部を狙い澄まして貫く。
ここにきて初の有効打。ゴブニュ・ミディールの関節から火の粉が舞った。
二撃目を仕掛けようというところで、またもゴブニュ・ミディールの額が光る。背中を走る悪寒の命令するまま攻撃を中断し、一歩退いた。
極光が、先ほどまで俺がいた場所を灼熱の地獄へと変えた。今の状態であれを受ければ一発KOだ。
兎も角、あの光線が厄介すぎる。必殺級の火力にしては発射シークエンスに隙が無い。尚且つ、そこそこのクールタイムで連発できるのもいやらしい。
手をこまねく。三人の巨人を以てしても、状況は困難極まっていた。
そんな膠着した状況を打開したのは、人の光だった。
「撃てェ!!」
どこか禍々しかったゴブニュ・ミディールの光とは違う、穢れなき真白の光がゴブニュ・ミディールを直撃した。
ここにきて戦線に復帰したアートデッセイ号から放たれたマキシマ砲が、ゴブニュ・ミディールを捉えた。
致命傷とまではいかない。だがゴブニュ・ミディールは確かに怯んだ。
そしてゴブニュに刻まれた原初のプログラムが、奴の思考を停止させる。
マキシマの光という本来のターゲットと脅威度の高い光の巨人という二択を突き付けられたゴブニュ・ミディールの動きがぎこちなく静止した。
それを逃すネクサスではなかった。尻尾の分回しを受けて吹き飛ばされていた銀色の巨人だったが、ここで背後から急襲。ゴブニュ・ミディールの尾を掴んで動きを押さえつける。
急造の機械知能故の齟齬に、ゴブニュ・ミディールは自ら動きを固まらせたまま。当初の目的である目の前のマキシマの光と、光の巨人の優先度の優劣を上手く処理できていない。
千載一遇の好機。
ティガが立つ。
両腕を交差させた後に、L字に組んで放つ。ゼペリオン光線。
追う形で、俺もゼペリオン光線を放つ。
そして最後に、身を翻したネクサスが即座に十字に構えて、クロスレイ・シュトロームを放つ。
三人の巨人の放つ超高熱の光の奔流。そこにダメ押しの一手として、マキシマ砲が加わった。
高火力の一点集中を前に、遂にゴブニュ・ミディールの装甲は砕け散った。
爆散。
同時に、足元の機械島が、小規模な爆発を繰り返しながら千々に離散していく。
その爆発を背にして、俺たち三人の巨人とアートデッセイ号は地球へと帰還する道へと就いた。