ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#60

 次元の狭間に揺蕩う、異次元の魔女の根城だったそこが、闇の三巨人の潜伏先となってからそれなりの時間が過ぎていた。

 

「クソったれが!!」

 

 普段から素行の悪いヒュドラが、憤激を隠そうともせずに声を荒げた。振り上げた拳が机を真っ二つに割り、ガシャンという物の壊れた音が響く。

 

 同胞の死。彼らにとっては初めてではなくとも、それでも久方ぶりの喪失だった。巨人で溢れていた3000万年前ならいざ知らず、この現代で同胞を失うというのは想定外だった。

 

「どォすんだ、これから」

 

 底冷えするようで、裏側に憤怒の炎を燃え募らせたヒュドラの言葉。問われたカミーラは、しかし能面のような表情を崩さない。

 

「初期の計画は失敗したわ。認めがたいけれどね。……だから、今はいったん潜伏して準備を整える」

 

「っざっけんなァッ!!」

 

 元の家主の持ち物であったろう家財を蹴り飛ばしてひっくり返し、ヒュドラは怒気を強めた。

 

「泣き寝入りなんざ、俺の腹の虫がおさまらねェんだよ。さっさとシビトゾイガ―どもを解き放ちゃいいんだ!!」

 

「……今、あれらを世に放ったとて、我々の思い描く未来にはたどり着けはしない。そもそもアレは、計画の締めの追い打ちとして使う代物よ。メインに据えるにはいささか力不足だわ」

 

「じゃあ、テメェに従っとけばいいってか?」

 

 嘲りの表情さえ浮かべて、ヒュドラはカミーラに迫った。

 

「テメェの個人的な執着で無駄な時間と力を使った結果がこれだ!! ティガを迎え入れるどころか、ダーラムを失ったんだぞ!!」

 

 怒りのままにヒュドラはカミーラの胸倉をつかみ上げた。

 

 カミーラは、僅かに顔を顰めた。そしてヒュドラの手を無造作に払いのける。

 

「離せ」

 

「あっ、グゥ……」

 

 そのまま片腕を捻り上げて、突き飛ばす。

 

「て、めぇ」

 

 眦を吊り上げてカミーラを睨みつけるヒュドラを前に、カミーラは溜め息と共に言葉を放った。

 

「……ダーラムを失ったのは確かに惜しい。私の見込みが甘かったことも認めよう。だが、だからこそ、ここでティガを諦めるわけには行かなくなった。そうだろう?」

 

 巨人を一人失う、というのはかなりの痛手だ。熱されたヒュドラの思考でも、それは理解できた。ダーラムが欠けた穴を、ティガを引き入れることで埋めようと、カミーラは言っているのだ。

 

「……分かったよ。しばらくはテメェの言う通り大人しくしておいてやる。……だが、どうする。ビクトリアンどもが引き籠ったっていうなら、次はデロスどもでも叩き起こすのか?」

 

「いや」

 

 カミーラはヒュドラの言葉を否定して続けた。

 

「既に第二の手は用意してあるわ。……念のために育てておいたのが、ね」

 

 カミーラは普段から羽織っているローブを脱ぎ捨てた。その下に着ていたものが、露になった。

 

「……なんだ、その恰好は」

 

「ビジネススーツよ。こんな動きにくいものを制服として採用しているなんて、やはり現代人の感性は理解できないわね」

 

 そう言い、いつの間にかかけていたフレームレスの眼鏡のツルを押し上げて、カミーラは妖艶に嗤った。

 

「次の舞台は、アメリカ」

 

 現代における人類最大国家アメリカ。その下に潜む闇を想い、女は愛おし気に目を細めた。

 

「今に分かるわ。……人が、どれほど醜悪であるのかが」

 

 ねぇ、ティガ。

 

 

 空に浮かぶ機械島は、三人の巨人とGUTSの手によって葬られた。

 

 その事実は、速報となってテレビ各局をにぎわせていた。ゴルザ復活から続き、TPC極東支部の事実上の機能停止にまで発展した、今回の一連の事件はようやく終息の目途が付きそうだ。

 

「助かったよ」

 

 人気のない海岸の砂浜で身体を疲労困憊のまま五体投地。その状態のまま、俺は告げた。

 

 朝焼けに白む水平線が反射する光に目を細めていたその男は「いいや」と事も無げにそう言った。

 

「貴重な戦闘経験になった」

 

「ヒュドラとの戦いを、経験になった、か」

 

 こちらはダーラム相手に何度死線を潜り抜けたか分からない。少なくとも、ヒメヤのように何事もなかったようには語れない。

 

「奴は、俺のことをどこか舐めてかかってきていたからな。それに、途中からは怒りで精神が不安定だった。……本来のポテンシャルを発揮されていたならば、俺がここに立っていられたかは判らない」

 

 謙遜、というわけでもないのだろう。彼の冷徹な思考は、自身に対しても他者に対しても偏ることがない。戦場カメラマンをしていたが故に磨かれた観察眼もそれを補強しているようだ。

 

 いつも通りの着古した革ジャンを羽織り、ヒメヤは俺に背を向けた。

 

「もう行くのか」

 

「……ああ」

 

 問えば、どこか陰鬱さを滲ませた瞳のままヒメヤは頷いた。

 

「俺の中に眠る光が、急げと言っている。……事態は風雲急を告げているようだ」

 

 彼の中に眠る光。ネクサスが追うものと言えば、それはスペースビーストしかいない。

 

「俺はアメリカに向かう。もしもどこかでまた会うことがあれば、その時はまた力になろう。……いや、次は力を貸してほしいと俺の方から頭を下げるかもしれない」

 

 疲労をどこか滲ませた背中越しにそう言って、彼は俺の前から去って行った。

 

 

 機械島の撃破。そしてTPC極東支部の奪還という朗報は、世界各地に瞬く間に拡散されていった。

 

 現在ではニュースはその話題で持ちきりとなっている。事件解決を素直に称賛する一方で、辛口のメディアではTPC限界論も囁かれているなど、その内容に関しては一長一短ではあった。

 

各国の防衛戦力の縮小・解体およびTPCへの集約化が進む中に起きた今回の事件は、各国の動きを大いに鈍らせることになるだろう、とは言われている。

 

 特に米国や中国、ロシアなどは、TPCとは別に戦力を未だ手元に残しているのではないかと言われている。各国に多大な影響力を与えていたサワイ総監も、今回の件で発言力を減じることはなるのだろう。

 

 地球一丸、のスローガンの達成は今を持って道半ばにある。

 

 そんな世界情勢を面白おかしく報道する情報バラエティー番組を、キリノ・マキオは煎餅と煎茶を手元に置いて呑気に眺めていた。

 

 はずだった。

 

(どう、なっているんだ)

 

 眠っていたのだろう。重たい瞼を開く。振動で、朦朧としていた意識が、ようやくピントを戻してきた。

 

 うっすらと目を開く。今を持って状況は分からないが、どうやら広めの車内の後部座席に座らせられているらしい。

 

 アイマスクはされていなかったが、眼鏡がずり落ちていてピントが合わない。両手両足には拘束具を巻かれている。

 

 意識を失う前のことを、頭の中身をひっくり返す勢いで必死に思い出す。

 

(テレビを見てて、それで)

 

 それも飽きてきて、遺跡の外に出たのだったか。

 

 最近遺跡周辺に現れるようになった、妙に賢い野良犬に餌でもあげてやろうとペットフード片手に外に出たはずだった。

 

 その野良犬を呼ぼうと指笛を鳴らそうか、というところで記憶は途切れている。恐らくは、そこを背後から襲われたのだろう。

 

 気を抜いていたと言われれば、その通りだった。だが、それでもキリノ・マキオには破格の超能力があった。自分に害をなそうという人間に、これまでの人生の中で何度も遭遇してきたが、こんな後れを取ったことは一度も無い。

 

「目が覚めたようだね」

 

 前の方……運転席から声が聞こえた。深い音色の、壮年の男を思わせるそれは、しかし耳朶を叩くよりまえに脳に直接響いた。

 

「お、目が覚めた? なんだ、思ったよりかは早かったね」

 

 助手席からもう一つの声。こちらは、声変わり前の少年のものだろう。

 

 裸眼で、きちんと像を結んでいない視界であってなお、それが異質であるとすぐに分かる。

 

「お、」

 

 驚き、そして恐怖が遅れてやってきた。

 

 やや大きめの車。その運転席に座る異形のものを目の前に、キリノの喉はから回るように震えた。

 

 赤を基調にした無機質な肌。感覚器らしき、人にとっては顔がある場所には青い宝石が埋め込まれている。いや、あるいはそれは宝石に見えるだけか。

 

 人ならざる者。宇宙人。

 

車のミラー越しに、視線が合った。いや、やはり顔が宝石なので視線があったかどうかは、キリノには分からなかったが。

 

「すまない。怖がらせてしまった」

 

 そう謝罪を前置いて、その宇宙人は続けた。

 

「私は、スタンデル星人レドル。故あって、君を誘拐させてもらった」

 

「ゆ、誘拐……!?」

 

 やはり顔色は分からなかったが、彼の声音は申し訳なさを多分に滲ませていた。

 

「事情を話している暇が無くてね。それぐらい、事態は急を要するのさ」

 

 そうしてレドルは続けた。

 

「私たちと共にアメリカに来てほしいのだ」

 

「あめ、りか……?」

 

 疑問符を浮かべて、キリノはオウム返しに訊き返した。

 

「うむ。君の困惑は察して余りあるのだが……」

 

 レドルは助手席で口笛を吹く少年に話しかけた。

 

「やはり、きちんと事情を話すべきだったのでは?」

 

「いいんだよ。この人、サイコメトリーなんだから。落ち着いたら勝手に記憶を呼んで事情を呑み込んでくれるからさ」

 

「人としての筋の通し方を解いているのだがね」

 

「まさか『人として』を宇宙人に諭されるとはなぁ」

 

 異形の宇宙人相手に気安く話す少年は、ある意味では運転席に座る宇宙人以上に目を引いた。

 

「君は、」

 

 問えば、彼はどこか人好きのする笑みを浮かべた。

 

「僕は、レン。センジュ・レンって言うんだ」

 

 そして、こう続けた。

 

「初めましてだね、おとうさん?」

 

 

 




というわけで、次回から新章突入です。
ネクサス本編など原作映像を見直す時間を頂くため、次回更新まで少し間が空くと思いますが、どうかお待ちいただきたく思います。

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