ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
「コモン隊員!! 脇をもっと締めなさいっ!!」
「は、はいっ」
上官の檄に、青年は身を縮めながらも第二射を放つ。
ガシュンッ、という重量感のある発砲音。ノックバックで上体が仰け反り、視界がブレた。急いで目標を視界に納めなおす。だが、土煙が巻き上がっているために判断がつかない。
「あ、当たって……」
「……ギリギリってところかしら」
着弾の衝撃で巻き上がった土煙が晴れ、肩を抉られた射撃用の的がようやく見えた。
目標にクリティカルとはいかなかったが、コモンが放った光弾は確かにターゲットを捉えていた。
「ふ、ふう。良かった……」
コモン、と呼ばれた青年はそこで銃口を下げた。口に飛び込んできた砂が、緊張で乾いた粘膜に張り付いて気持ちが悪い。訓練の結果とも相まって、彼の表情は苦々しい。
だが、それ以上に彼の上官は、厳しい表情で憮然と告げた。
「良くないわ。このくらいの距離は初撃で仕留めなさいよ」
女の声音には多分に苛立ちが含まれているが、この不機嫌な声音が彼女のデフォルトであるというのを、コモンは最近ようやく理解し始めていた。
部下であるコモンの不出来に腹を立てているのも、間違いではないのだが。
「す、すいません」
「アナタのミスで仲間が殺されても、同じように謝るつもり?」
ぐ、と言葉に詰まる。厳しいが、事実には違いなかった。
「TLTが開発したこの新型は、TPCのものと比べて威力が高い分反動も大きい。それを頭に入れておきなさい」
「りょ、了解です」
殊勝に頷くコモンを一瞥して、彼女は「はあ」と溜め息を吐いた。
「これも、先のブリーフィングで伝えられたでしょう?」
「た、確かにそうですが、頭で分かっているのと実際に経験するのとでは違いますよ」
無茶いわないでください、とコモンが訴えれば、彼女は「あ、そう」と頷いた。
「それじゃあ、あと百発。身体に覚えさせなさい」
「え、あの。ひゃっぱつ……?」
目を見開く彼に、何でもないように続けた。
「それだけ撃てば、アナタでも身体に染みこむでしょう」
どうやら、拒否権はないらしい。
コモンは、これは藪蛇だったなあと肩を落として、もう一度銃を構えなおした。
※
「随分と指導に熱が入っていたじゃないか」
コモンの射撃演習は、予定時刻を一時間以上超過して解散となった。乳酸の溜まり切った両腕をぶら下げて、コモンはどうにか訓練をやりきったようだ。それでも、最後には情けなく半泣きになっていたが。
彼が這う這うの体で訓練場を出ていったあと。彼の上官であるサイジョウ・ナギは黙々と散らかった訓練場の後始末を行っていた。そこにこの隊——ナイトレイダーの隊長を務めるワクラ・エイスケ隊長が顔を出した。
ワクラから差し出されたペットボトルを、サイジョウは首肯して受け取る。
「他の隊員よりも半年遅れての合流ですから。足並みを揃えてもらうために必要だからしているだけです」
「そうか。まあ、ここの前はTPC輸送部、さらにその前は山岳救助隊という経歴だからな。運動神経は問題ないだろうが、銃の扱いはこれが初めてだろう」
ワクラの言葉に、しかしサイジョウは素直に頷かなかった。
「だからって手取り足取り、なんてしませんよ」
「相変わらず厳しいな……。彼はこれが初めてのアメリカ生活だというし、私生活でもできれば目を配ってほしいんだが」
苦笑してワクラがそう言うと、サイジョウは「それは必要ないと思いますよ」と返した。
「どうやら、彼女がいるようですし」
「へえ? いやでも、ウチに入隊前の人事との面談では、確か恋人はいないって言ってたんだが……。こっちきてからできたのか? だとしたら、見た目に反して意外と……」
「さあ? アメリカに着いて、我々と合流する前の研修期間でできたらしいですよ。お相手も日本人らしいです」
興味なさげにそう言って、サイジョウはボトルをあおった。
「まあ、あれで精神的には結構タフみたいですから、隊長が特別気を配る必要はないと思いますよ」
言えば、ワクラは一瞬虚を突かれたような顔をした後、破顔した。
「これでも隊長なんでな。部下にもいろいろ気を配ってるんだ、これでも」
「大変ですね」
「まあな。……でも、お前も意外にちゃんと見ているんだな」
「はい?」
「コモンのことだ。案外、気にかけているんだなと」
言われて、サイジョウはふいと目を逸らした。
「……あれだけわかりやすく鼻の下を伸ばしていれば、誰だって察しますよ」
サイジョウは、勢いで飲み干したボトルの口を閉めた。
「それより、そんなことのためにこちらに?」
言外に、本題に入れという態度をとる彼女に、ワクラはやはり苦笑した後、居住まいを糺した。そして、すこしだけ声を潜めて続けた。
「……極秘任務だ」
サイジョウは、僅かに眉間に皺を寄せた。
「……それは『どちら』の、でしょうか」
ナイトレイダーの立ち位置は、現在複雑なものとなっている。元はTPC警務部長官ヨシオカによって設立されたナイトレイダーは、あくまで捜査を第一とするGUTSとは異なり、敵性体の殲滅をコンセプトに集められた特別遊撃部隊である。
その名の通り、目標への攻撃および殲滅能力を重視して組織されたナイトレイダーは、しかしTPCの掲げる『世界平和』の理念からは遠い位置に存在しているのも事実だった。そして、武装化が進んだGUTSを押しのけてまでナイトレイダーが作戦行動を任じられるということも政治的に難しい状況が続いていた。
そこでヨシオカ長官は、ナイトレイダーを日本国外で活動させ、まずは実績をつくることを考えた。
そうして、白羽の矢が立ったのは、アメリカ。
第二次世界大戦以降の世界で覇権を握った、地球上の最大国家である。
そして日本で怪獣災害が頻発するようになる前までは、地球上でもっともUMAの目撃証言が多い国でもあった。
TPC米国支部がGUTSに倣った形での特捜チーム設立に一歩遅れていた状況とも合わさり、ナイトレイダーはTPCアメリカにすんなりと組み込まれた。
そうした経緯で、現在、ナイトレイダーはアメリカ国内での怪獣災害や宇宙人が関係していると思われる事件の調査を請け負っている。
それが、彼らナイトレイダーの『表側』の任務だ。
「ヨシオカ長官から、だよ」
ヨシオカ長官によって組織されたナイトレイダーは、TPC米国支部に所属を移してからは指揮権をアメリカ支部長に移譲してある。つまりは———
サイジョウは、手の内のボトルを無意識に握りこんだ。
ナイトレイダーが担う、もう一つ。『裏側』の任務。ヨシオカ長官からということは、つまりはそういうことを意味している。
「いよいよ本格的に始まるんですね」
「ああ。我々の本来の仕事だ」
口元を吊り上げ、しかし目だけは笑うことなくワクラは続けた。
「アメリカ政府とTPC米国支部が、いったい裏で何をしているのか。……ようやく尻尾を掴めそうだ」
※
海上の遥か上を、日本発の旅客機が行く。
雲の上では太陽の光を遮るものはない。雲海の少し上を悠然と進む鉄の鳥。その腹の中で、ヒメヤ・ジュンは一人、真新しい紙束を捲っていた。
これまでのコネクションや自分の足でかき集めた情報をまとめたもの。情報自体は既に自分の頭の中に納まっているのだが、それを改めて見返していく。
いったん情報を頭の外に吸い出してそれを改めて読み返すというのは、記者時代に教わった思考整理の方法の一つだった。
(……アメリカに運び出されたビーストヒューマンは2体。アメリカ入国後の動向は判然としない)
日本のとある科学者が生み出してしまった異形の生命体。知生体の恐怖と電気の二つを動力にして駆動する新細胞——Eビースト細胞。それを植え付けられて仮初の生を与えられた死体の内、二体が日本国外に持ち出されていた。
(そして、ほぼ同時期に『とある企業』がアメリカに研究施設を移転したという)
日本で順調に業績を伸ばしていたこの時期に、突然の方針転換。社内幹部の反対や株主たちからのバッシングさえも黙殺しての強行と、一時期はニュースにもなっていた。
(社長曰く『自身の古巣の近くに施設を構えたい』ということだったが)
会社は元来ベンチャーでワンマン気質が強く、また自身も優秀な科学者であるその社長は他人には分からない拘りも強い性格であると伝え聞く。だがそれでも不自然といえば不自然ではあった。
研究施設の新設に伴う物流の活性化。その中でビーストヒューマンの行方を失ったのだ。それが、どうにも引っかかった。
(関連付けるには、弱い。だが)
記者としての直感が告げる。これは、明確な目的の下で物流の混乱は引き起こされたのだと。
(サイテックコーポレーション、か)
天才物理学者が社長を務める、新進気鋭の宇宙開発企業。TPCとも取引がある、投資家たちの中で今最も熱いとされている企業でもある。
次のページをめくる。そこにはサイテックコーポレーションの取引先をまとめた項目があった。
TPCを始め、各国の政府機関がここの部品を利用している。日本政府や米国政府とも小規模ながら取引をしているようで、そこからもこの新興企業がどれだけ勢いがあるかが判る。
(創業数年程度の企業でありながら、日本の並みいる大企業と競り合うレベルか。これも、この天才社長ありきなんだろうか)
そんなことを思考の傍らで考えつつ、彼はさらにページを捲った。
そこには、一人の男のプロフィールが簡潔にまとめてある。
マサキ・ケイゴ。
起業以来、業績右肩上がりのサイテックコーポレーション社長という俊英な経営者の顔と、この年齢でノーベル物理学賞に早くもノミネートされているという天才物理学者としての顔を持つ、若き才人。
日本の九州地方に生を受けた彼は、幼少期をアメリカで過ごしている。高校は日本だったようだが、大学はアメリカの有名な工科大学を選択したようだ。
入学後はメキメキと頭角を現し、大学院まで含めた六年間で彼が得た特許による収入は卒業時点で男性の平均年収を大きく上回るものであったという。
大学院で学問を修めた後、マサキはとある研究機関に籍を置き、その数年後に退社。その後すぐに日本でサイテックコーポレーションを立ち上げている。
その後のことは、多くのメディアが取り上げている。輝かしい業績の数々が続いている。
(まずは、ここから)
過去、彼が勤めたという研究機関。ここでマサキは米国政府関係者とコネクションを得、起業後の取引に繋がったのだろうことが予測された。そこに、ヒメヤは目的を定めた。
場所は、アメリカ・コロラド州。もとは政府機関が切り離されて民間となった研究組織であるという。
「TLT……」
現在も米国政府と繋がっていると考えられるこの研究機関は、今ではTPC米国政府にも数々の技術提供を行っているという。
それだけならば、数ある施設の中の一つに過ぎない。だが、ここを探っていたヒメヤの古なじみの一人が、数日前に連絡を絶った。
消息を絶ったその男が最後にヒメヤに告げた言葉が、彼をそこに向かわせた。
「プロメテウス・プロジェクト、か」
知恵の火。人間に英知を与えたもうた神——プロメテウスの名を冠しもの。
果たして、そこではどのような『火』が灯されているというのか。
ヒメヤは、一つ息を吐いて、瞼を閉じた。
——……プロメテウスの行いは主神の怒りを買った。その末に主神は、ヘパイストスにパンドラの箱を造らせたと言うが、その通りでないといいのだが。
あるいは、
「既に開かれた後、だったりしてな」
陰鬱そうに呟いて、ヒメヤは微睡に身を委ねた。