ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
そして話は進んでいません!! どうして……
帰ってきたらキリノが失踪していた件について。
「どこに行ったんだよ、アイツ……」
ゴルザ強化体、機械島との連戦から明けて、ようやくトンカラリン遺跡地下の隠れ家にまで戻ってきた日の夜。
普段なら引き籠ってポテチをつまみつつ午後の情報バラエティを見てケツをかいているあの男が、どうにも見当たらない。買い出しにでも行ったのかと夜まで待ってみたのだが、一向に返ってくる気配がない。
「襲われた、っていうのは考えにくいんだが……」
腕を組む。キリノの超能力は融通こそ利かないものの、どれも強力だ。そう簡単に後れをとるとは思えないんだが。
「特に、キリノの未来予知は自分から未来を見ることはできなくとも、近い未来に危険が迫ったときには、確実に発動するはず……」
普段からキリノはそう言っていた。実際、過去にはその能力で何度も命を拾っているらしい。アルコールが入って口が軽くなると、鬱陶しいことに、アイツはいつも過去の武勇伝を俺に語って聞かせてきた。一部『盛った』表現があったことは察しが付くが、流石に何もかもホラ話ということはあるまい。
だが、
『今、映像を』
そう言ってAIユザレがモニターに映し出したのは、遺跡の入口で拉致られるキリノの姿だった。
「えー……」
如何せん映像が荒いが、キリノと思われる男が、背後から首元を叩かれて意識を失ったあと、大柄な、誘拐犯にしては随分と派手な赤と白の服を着た人物に担がれて車に乗せられている。
めっちゃ普通に攫われていた。
「未来予知はどうした、未来予知は……」
まさかアイツ、自分のスペックを本当に盛ってたのか?
「いや、あるいは自分の超能力の発動条件を誤解していた? ありえそうだな……」
人間不信を拗らせているくせに妙に脇の甘いキリノのことだ。自分の超能力のトリガーを勘違いしていたなんて、いかにもらしいような気がする。
『そうとも限らないのでは』
そう言って、ユザレが映像の解像度を引き上げる。モザイクがかってはっきりとはしなかった誘拐犯の輪郭が、鮮明になる。
「おいおい……」
赤い服を着ていたのではなかった。体色が最初から赤かったのだ。
「スタンデル星人レドル……!? どうして、こいつがキリノを!?」
『宇宙人という、地球人とは異なる脳波をもつイレギュラーが、キリノの超能力発動の妨げになった可能性は否定できません。……まあ、来訪者相手に超能力が正常に発動しているので、可能性は低いですが』
スタンデル星人。それはウルトラマンティガに登場した宇宙人の名前だ。
彼らは、昼の種族レドルと夜の種族アボルバスで戦争を行っており、自分たちが行動を大きく制限される時間帯にも動くことができる兵士を求めて地球に飛来した。
ティガ本編では、人間の拉致という使命を任じられたレドルの一人と独り身のお婆さんとの間での異種間コミュニケーションが描かれ、その日常の中で異星人は「使命よりも大切なもの」を知るという心温まるエピソードが綴られる。
そのはずなのだが。
「この世界では、お婆さんとの出会いが起き得なかった……?」
何らかの原因で、原作エピソードから外れたということなのか。
「バタフライ・エフェクト……。遂に恐れていた事態が現実になってきたな」
そりゃあ、原作介入しまくってきたし。何なら、そもそもティガ世界にネクサスがいる時点で何もかも違っているのだが、それでもこれまではどうにか原作の大筋をなぞってここまで来ていた。だけど、それが遂に破綻した。
『兵士を求めるスタンデル星人にとって、キリノ・マキオという存在は魅力的に映るはずです。なにせ超能力者ですからね』
原作では運動神経に優れたスポーツ選手がスタンデル星人アボルバスに攫われていたが、そりゃあ、超能力者がいたらそっちを優先する。
「だとしたら不味いな。キリノがスタンデル星人の母星に連れ去られる前に助け出さなきゃならない」
『彼らの目的に沿うなら、まとまった数の人間が必要になります。他にも被害者がいる可能性も』
「……ほかにも、か。なあ、そのレドルが乗ってった車の助手席に、もう一人いないか。見切れててよくわかんないけど」
AIユザレが、フォーカスをその助手席の人物に向ける。画質以前に、見切れているせいで後ろ姿が僅かに映る程度だが、確かに誰かが乗り合わせている。
『これは……体格的に子供、でしょうか』
一緒に映りこんでいるレドルやキリノの体格と見比べてみると、確かにその人物は一回り小さい。それこそ小学生から中学生くらいの、二次性徴前の身長だろう。
「子供まで被害にあっているのか……」
『……いえ、あるいは』
僅かに言い淀んで、AIユザレは続けた。
『被害者ではなく、加害者』
「何……?」
『見たところ、拘束されている様子はありません。それに』
停止されていた映像が動き出す。
動画の中で、後部座席にキリノを座らせたスタンデル星人レドルは運転席に乗り込んだ。そして、そこで助手席の人物に向かって顔を向けている。何か、会話をしているようにも見える。
そして、それに応えるように助手席に座っている少年らしき人物が、頷いているようにも見える。少なくとも、察せられる雰囲気では、誘拐犯とその被害者という感じではなさそうだ。
その後車は走り去っていった。
「……スタンデル星人レドルは、原作での描写では少なくとも単独犯だったぞ」
『ですね。そもそも人間のようですし、スタンデル星人ではないのではないでしょうか』
スタンデル星人レドルと謎の少年が共謀して、キリノ・マキオを攫った? 全くもって分からなくなってきたぞ。
「こうなってくると、兵士の確保って線も薄くなるな。……マジで、何者なんだよこの少年」
『映像からは、これ以上の情報は得られそうにありません』
頭を抱えざるをえない。動こうにも、これだけの情報じゃあな……。
「来訪者たちは、何か見たり聞いたりしてないかな」
『だとしても、キリノが居なければコミュニケーションが取れませんからね』
視線を向けると、水槽の中でクラゲのような姿の来訪者たちが、ふゆふよと浮かんでいる。何かを訴えたいような、そうでもないような。何やら触手をしきりに動かしているのだが、如何せん何を伝えたいのかさっぱりだ。
「困ったな……相談したいこともあったのに」
懐の中で脈動する、スパークレンスに触れる。
『ダーラムの闇の力を取り込んだ、その弊害についてですね』
「ああ。……取り込んだ闇の力が光にならない。スパークレンスの中に、そのままで渦巻いている感じだ」
普段は柔らかな光の温もりを返してくるスパークレンスは、今は触れるものを拒絶するような焼け付く熱を灯したままだ。
「これがティガであれば、闇を光に変換することができたんだろうが」
ウルトラマンティガ劇場版では、ティガはダーラムの闇の力を光に転換させて取り込んで、己の力に変えた。だが、どうにも俺にはそれができていない。
『ティガは闇から光へと還った過去がありますから。それに、マドカ・ダイゴの光の戦士としての適性の高さも。それこそ、3000万年前の戦士たちと比べても頭一つ抜け出ていると感じるほどに』
慰めなのだろうか。らしくもない言葉がユザレからもたらされたものの、気持ちは晴れない。どう言い繕おうとも、俺の力不足であることには変わりない。
「ま、流石は原作主人公ってところか。気にしても仕方ない」
幸い、闇の力は抑え込もうとすれば可能なレベルだ。常に闇を抑え込まねばならない分だけ、余計な力を割く必要があるから、万全とは言えないだろうが、オルタ・ティガへの変身も制限されることはない。
ただ、トルネードへのタイプチェンジは慎重にしなければならない。暴走の危惧は依然あるのだから。
「ともあれ、だ。キリノ奪還が第一だろ。あれでしぶといから、案外自分でどうにかしそうではあるけど」
良い意味で、生き汚さというか。そういうバイタリティがあるから、最悪の状況には至っていないだろうが。それでも放置という選択肢はない。
「でも、これ以上の情報がないしなぁ。車のナンバーも、あれ偽造っぽいし」
短い間にコロコロとナンバーを付け替えたのだろう。プレートの固定ボルト周りに傷が目立つ。車種もありふれたものだし、これではユザレが警察のサーバーに潜ったとて、手掛かりをつかむのは簡単では無いだろう。
『それなのですが、』
ユザレが言葉を続けようとしたときに、ガサガサと獣の足音がした。そして足もとでワンという鳴き声。
「お前は……」
「ワンッ!!」
茶色毛のどこにでもいそうな小型の雑種犬……のように見える。しいて言えば野良犬にしては毛並みが良いことが特徴といえるだろうか。
『キリノが最近餌付けしていた、野良犬のようです。遺跡の入口でうろうろとしていたので、セキュリティを切って中に招かせていただきました』
しゃがんで、その犬を抱え上げた。
「なあ、こいつもしかして……」
『ええ。想像の通りですよ』
犬は犬だが、並み以上の賢さが瞳から滲み出ている、ような気がする。いやでも、これ分かんないな……。
「コイツが、キリノの居場所を?」
『ええ。匂いを辿れるようです』
「まじか」
犬の嗅覚とは言え、車で誘拐された人間を追跡できるというのか? それとも、光の継承者としての遺伝子を色濃く継いでいるからか。
俺に視線を向けられたその犬は、ワンと自信気に一咆えした。
※
そうして、不可思議なワンコの導かれるまま辿り着いたのは、東京の空港だった。そこで聞き込みを行ったところ、不思議な雰囲気の男と小学校高学年ほどの男の子が、眼鏡をかけたとっぽい男とともにいたという目撃証言を得られた。
そして、その三人はアメリカ行の飛行機に乗っていったという。
「アメリカ……」
人類最大国家アメリカ。そしてウルトラ世界でも、いくつかの作品でその舞台となった場所。特にここ一、二か月で怪獣被害が急速に発生しており、日本に次ぐ怪獣災害国家になりつつある。
こうして、俺はアメリカへと旅立つことを決めたのだった。