ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
ウルトラマンが初めて確認されるより前。新宿事変以前から、地球は地球外生命体から接触を受けていた。あるいは、UMAと呼ばれる未確認生命体の目撃情報などはその情報の正確性はさておいて、数々の証言と共に噂になることもしばしばであった。
南米に古くから住まうという吸血鬼。中国崑崙に墜落したという宇宙船。第二次世界大戦の非人道的な人体実験から生まれ落ちた、人から外れた獣。
地球外生命体にせよ未知の生物にせよ政府の陰謀にせよ、これらは一括りに都市伝説とされ、その多くが作り話かあるいはおとぎ話として消化されてきた。
だが、日本で発生した新宿事変を皮切りに、それらの都市伝説を一笑に付すというのは難しくなってきている。
世間一般では、まだ面白おかしくバラエティ的に扱われることがほとんどだ。だが、各国政府は現在水面下で、国内における民間伝承や都市伝説を積極的に蒐集しているという。
アメリカ政府もまた、その各国政府のうちの一つだ。
特にアメリカは、新宿事変以前では、地球上でもっともUMAやUFOの目撃証言が多かった地域である。現在幸いにも、目立った怪獣災害は起きていないが、それも嵐の前の静けさではないのか、とホワイトハウスは恐々としているのだ。
「とはいえ、アメリカ政府も暇じゃない。だから、こういう地道な調査は俺たちに回ってくることが多い」
紺色で統一された隊員服のベルトを締めなおしながら、珍しくもワクラ・エイスケは作戦前でありながら、世間話を始めた。
支給された移動用のワンボックスカーの中はどうにも息苦しい。ましてこれが、コモン・カズキ初めての公式任務となる。緊張で固くなっているコモンを慮ってのことだった。
「な、なるほど」
口調も硬く、コモンは頷いた。ナイトレイダーに入隊して日が浅い彼にとって隊長であるワクラは上官に当たる。距離感を掴みかねていた。
「空振りの方が多いんだけどね~」
隊長の隣でヒラキ・シオリが笑った。作戦前の緊張感は感じられず、普段通り爪の手入れに勤しんでいる。コモンから見て、だらけているというよりは、現場慣れしているように伺えた。
「それでも前回はアタリを引いた」
サイジョウの言葉に、ヒラキが頷いた。
「ああ、あのカラス人間ね。……あいつら、仕留めそこなったからなあ」
「カラス人間?」
聞き返すと、ワクラが口を開いた。
「恐らくは敵性宇宙人だろう。まだ目的は判然としないが、そういった特徴の宇宙人が水面下で活動しているようだ」
「アメリカでも日本と同じように、宇宙人が……」
「元より、宇宙人の目撃情報は日本よりアメリカの方が多かったからな。おかしな話でもない」
ワクラの言葉に、「でも」とヒラキが続けた。
「最近、増えましたよね?」
「まあな。いつ日本のように怪獣災害が本格化してもおかしくはない。そのための我々だ」
ワクラはそう告げて、手にした銃を掲げて見せた。
「ディバイトランチャー……これもTLTの開発した対怪獣用兵器だ」
「TLT……」
アメリカ政府の研究機関から分離した、民間研究施設。それがTLTだ。現在では、アメリカ政府やTPCアメリカ支部と共同で、対怪獣用兵器の開発に携わっている。
ナイトレイダーは、TPCアメリカが本格的な特捜チームを設立するまでの繋ぎとしての役割のほか、TLTが開発した対怪獣兵器のトライアルを担ってもいる。そのため、ナイトレイダーに配備された装備のほとんどはTLT製である。
「現場への本格導入はまだだが、性能は折り紙付きだ。何せ、コストパフォーマンス度外視らしいからな」
試験的に作成された革新的な兵器群は、流石は本場アメリカといったところか。このあたりは日本にない強みだと言えた。
さらに銃器以外に、航空兵器の開発もすでに佳境を迎えているという。発端は政府組織であるとはいえ、一民間企業にしておくにはあるまじき技術力と開発力ではあった。
「はあ、すごいんですねぇ」
などとコモンは呑気に感心しているが、ヨシオカ長官から密命を帯びているワクラやサイジョウにとっては、ただ感心しているわけにもいかない。
この技術力は、どこからきているのか? 開発資金は? 公表されている米国政府からの補助金では、到底賄えるレベルではないはずだ。
(……今はまだ。だが近いうちに必ず、この裏側を)
内心でそう思いながらも、ワクラはそれを表情に出すことは無かった。アメリカ政府とTPCアメリカ支部、そしてTLTの後ろ暗い裏側を白日の下にさらすという極秘任務は、ナイトレイダー隊内であっても、一部以外には伏せられている。特に、新入りのコモンにはまだ明かされていない。
(隠し事、苦手そうだもんなぁ)
素直で実直。運動神経も悪くない。だが、素直さは愚直さに、実直さは直情的にも映る。できないとは言わないが腹芸も得意な人間性ではないだろう。
ナイトレイダーの活動を通して、精神的にも成長してくれるといいが。
ワクラはそう思いながら、意識をこれからの任務に移した。
——廃工場跡で、失踪事件と怪物の目撃情報か。最近、物騒な事件が増えてきているが。
目的地まであと少し。ワクラは瞑目し、意識を集中させた。
※
彼らが降り立ったのは、都市部からはかなり離れた場所にある、山間部に近い工場跡地だった。もとは自動車関連の下請けであったようだが、昨今の不景気で倒産したらしい。
「アメリカも日本と変わらないんですね」
「アメリカの主要産業から自動車関連は取り残されているっていう話だからな。直に西海岸側の方が高給取りになるって話だ」
コモンとワクラがそう言葉を交わしながら、敷地内を歩く。中小企業だったと訊いていたが、敷地面積の大きさはかなりのものだ。この少人数で、隅から隅まで調べるのには苦労しそうだ。
「確か、怪物の目撃情報があったのは、地下のあたりでしたね」
サイジョウがワクラに確認を取る。ワクラは、無言でうなずいたあと、続けた。
「最近ここを『集会所』にしていた近所の悪ガキどもが、どこで見つけてきたのか、たちの悪い薬物を手に入れたらしい。それで人目の付かないところで試そうってんで、今まで入ってなかった地下に入ったら……」
『化け物に襲われたってわけさ』
現場の四人以外の声が、ナイトレイダーに支給された通信機から聞こえた。
「イシボリ、どうだ? 何か見つかったか?」
イシボリ・ミツヒコもまた、コモンが来るより前からナイトレイダーに所属している隊員であった。専門はアナライズで、特に生物学の知見に優れている。今回は、本部での情報解析と施設内のマッピングが彼の任務だった。
『その先に、かつて使われていたオイルタンクが残されています。どうやら引き上げの際にそのままにしていったようですね』
「その近くに、怪獣が……?」
『まだなんとも。ヒラキ隊員、モンスタースキャナーをその扉にむけてください』
言われたまま、手持無沙汰だったヒラキが大型の機械のスイッチを押した。
『そうですそうです。いやあ、これがもっと高性能だったら、わざわざ情報解析のために僕がこっちに残ることもなかったのになあ』
「その割には、随分口調がうれしそうね」
サイジョウの指摘に、イシボリが苦笑いで否定した。
『は、はは。いやあ、そんなことは』
「まだ研究員のころの習性が抜けないな。フィールドワークも大事だぞ」
『う、善処します』
サイジョウとワクラにたしなめながらも、イシボリは手を動かしていたらしい。数分と待たずに解析の結果が出た。
『……この向こうに、動く熱源反応を検知しました。しかも、これは……一体じゃない。複数います』
「群れで行動するタイプか。……イシボリはそのまま情報解析とこちらのバックアップを。行くぞ」
ワクラの掛け声で、重たい鉄の扉が開け放たれた。
「酷い臭いだ……」
思わず、コモンは鼻を押さえた。狭い空間にこもった重油の臭いと磯臭さが合わさったような、極めて不快な臭気が彼の鼻腔を襲った。
それぞれが臭いに顔を顰める。そして、それだけではない。この臭いそのものに、ワクラは危機感を抱いた。
(オイル漏れ……。しかもこんな密閉された地下の空間だ。いつ爆発が起きるか分からんぞ)
聞いていた話では、この施設は廃棄されてからまだそこまで日が経っていないという。ここまでの事態は想定外だった。少なくとも、タンクの経年劣化が原因ではあるまい。
いずれにせよ、一度外に出て仕切りなおすしかない。
ワクラはハンドサインでサイジョウとヒラキに指示を出した。
だが、そこで気付く。コモンがいない。
「う、うわあ!?」
やや情けない叫び声がして、振り向く。そこには、尻もちをついたコモンと、今にもコモンに覆い被さろうというナメクジ型の怪獣がいた。
「コモンっ」
「コモン隊員っ!!」
サイジョウが銃を構えるが、トリガーを引きかけて止まった。そうだ、こんなところで撃てば、気化したガスに引火して大惨事になる。
「コモン、走れ!!」
ワクラの声に、我に返ったコモンが立ち上がった。恐怖に顔を引きつらせながら、目の前の扉目がけて一目散に駆ける。
「違う、コモン隊員!! そっちじゃない!!」
恐らくはほとんど反射的に、視界に入った扉に向かって走ったのだろうが、そっちは入ってきた扉とは逆方向の扉だ。
「あのバカ……!!」
『あっちの扉も、裏手ですが外に繋がっています。僕の方で、経路案内を彼の端末に送ります』
「頼む」
イシボリがコモンのフォローを入れてくれるようだ。後は彼が無事に逃げてくれるのを祈るしかない。
「こっちも、余裕がないんでな……」
音に反応したのだろう。奥からぞろぞろと、気味の悪いナメクジのような怪物が集まってきた。
「ひいい!! 気持ち悪っ」
ヒラキが鳥肌を立てて身をよじった。表情には出さないが、ワクラも同感だった。どうにも見る者に生理的な嫌悪感を与えてくる見た目をしている。
「……あれは、新宿事変で目撃された」
サイジョウの言葉に頷く。
「ああ。なんだってこんなところに……」
TPC極東によって与えられたコードネームは、ペドレオン。
歯噛みした様子で、ワクラは呟いた。
そこで、状況はさらに混迷を極め始めた。大きな爆発音が一度、二度と連続した。
「クソ、奥もすでにガスで充満しているのか。いつこちらも引火するか分からんぞ……!!」
恐らくは、一人別方向に逃げたコモンが、別の群れと遭遇したのだろう。このガス漏れにはコモンも気づいているだろうから、流石に自分から撃ったとは思わないが、こんな状況では何を拍子に爆発してもおかしくはなかった。
「退くぞ!!」
ワクラの号令とともに、三人は地下室を退却した。そしてそのすぐあと、紅蓮の炎が轟音と共に地下施設を薙ぎ払った。
※
「は、あ」
打ちっぱなしのコンクリの床に背中を強く打ち付ける。息が止まり、心臓の拍動が一瞬挙動を不確かにした。
「すぅ、ぐぅっ……ガハッ」
呼吸を落ち着けようとして、吸い上げた空気の熱さに咽こんだ。慌てて袖口で口元を押さえる。先の爆発で熱された空気を吸い込んでしまったらしい。
(まずい。気道熱傷はシャレにならない……)
落ち着け、落ち着け。
心の中で必死にそう唱える。
(クソ、どうして僕はこう……)
怪獣。生理的な嫌悪感を嫌でも引き起こすあの化け物が、コモンの閉じ込めていた記憶を強引に引っ張りだした。
幼いころに、溺れかけた記憶。その時の恐怖が今になって甦り、コモンをパニックに陥れた。そして恐怖に支配された思考は、容易に判断を誤らせた。コモンはひとりチームから逸れてしまった。
その後、イシボリの手助けもあり、怪獣を避けながら外に繋がる通路に出たのだが、そこでナメクジ型の怪獣と鉢合わせたのだ。慌てて逃げる途中で、どこかで火花でも散ったのだろう。気化したガソリンが着火し、周囲一帯ごと吹き飛ばされた。
(……逃げ、ないと)
痛む身体を強引に引き起こす。
どうやら、先の爆発で扉ごと外に吹き飛ばされたらしい。工場の裏手はそのまま山道に繋がっていた。開けてはいるが、身を隠す場所はない。
逃走を、と足を動かそうとしたところに、悍ましい光景が飛び込んできた。
薄暗い曇天の空を黒々とした染みが塗りつぶそうとしている。
「こんなに、いたのか」
先ほどの爆発程度では、怪獣の群れが全滅することはないだろうと思っていたが、ここまでとは思っていなかった。いったいあの工場のどこに潜んでいたのか。視界を埋め尽くすほどの怪獣が、ヒダをくねらせて空を泳いでいる。
無理だ。
吹き飛ばされた拍子に、銃はどこかに飛んでいってしまった。応援もすぐに来れるとは思えない。
くたり、と手から力が抜けた。
「僕は、もう」
諦念がコモンの身体から力を奪った。だが、
——諦めるな!!
声が、聞こえた。
それは、あの日に、溺れる自分の手を掴んだ誰かに言われた言葉。記憶の中のそれと重なるように、声がした。
誰が。
聞き返すことはない。答える者もいない。だがその代わり、次の瞬間には視界いっぱいに銀色の光が広がっていた。
目を焼くほどの光量に、顔を背ける。そして光が止んだのを感じたコモンが再び瞼を開いたとき、そこには、
「…………うるとら、まん」
曇天の空を地から照らす、鈍く輝く銀の光。大いなるモノ。人類の守護者が静かにそこにいた。
例え、どれほど捻じ曲げられようと、運命はそこに収束する。
場所も、時も、立場も変わって、それでも。
コモン・カズキは、彼と出会う。