ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
公的記録において初めての、日本国外におけるウルトラマン顕現。その観測時間は49秒と極めて短時間であったものの、然る巨人の出現というのは、多くの人間の関心を集めたらしい。
「君は先日、作戦行動中にかの巨人と接触した。これに、間違いはないね?」
「は、はい」
会議室の大きな卓上を挟んで、コモン・カズキの前には名だたる上官たちが壁のように並んでいた。
先日の、米国内では初となる巨人の出現を受けて急遽催されることとなった、米国政府、TPCアメリカの合同会議。コモンはその当事者として出席を命じられたのだ。
隣には、コモンの直属の上官となるワクラも控えていたが、流石に多勢に無勢。緊張を隠せない彼は、しきりに太腿の上に載せた手のひらを握ったり閉じたりして落ち着かない。
白髪を丁寧になでた男が、次いで口を開いた。
「コモン・カズキ隊員、君は作戦行動中に判断を誤り、隊から逸れた。そして単独行動中に敵性生命体……ペドレオンの群れに遭遇。これから逃走している最中、巨人が現れるところを目撃した……。ここまでは相違ないかな?」
「そ、そのとおりであります」
これだけの上官の前で、自分のミスが話題に上ると言うのは、もはや死に等しい思いだった。羞恥心と至らなさで、コモンは僅かに視線を下に落とした。
これから盛大に吊るしあげられるのだろうか、と内心で戦々恐々としていたコモンだった(ワクラも表情には一切出すことは無かったが、同様に内心で恐々としていた)が、幸運なことにコモンの失態が議題の焦点になることはなかった。
「我が国初めてのウルトラマン。これは……」
「
映像に示されているのは、日本で観測されたという二人の巨人。新宿事変以降、姿をくらませているネクスト。そしてその後、間をおいて姿を見せ始めた五番目の巨人ネクサス。
「現在までに観測されてきた巨人はその他に三体。九州近海に出現した後は姿を見せないファースト。東北地方の未踏遺跡より復活したというティガ。そしてそのティガと姿かたちが酷似しているオルタナティブ・ティガ。ファーストに関しては、当時の混乱した状況から信頼性は著しく低いですが」
ファーストは、九州近海での事件以降は姿を見せず、そもそも混乱した状況下で映像も残っていないことから、ネクストあるいはティガ、またはオルタナティブ・ティガではないかと噂されているが、既に識別名称として定着してしまったことから改訂されないままここまで来ていた。
ティガ、オルタナティブ・ティガは両個体とも戦闘記録が多く残されている。一方で、このネクサスにまつわるデータはそう多くない。
「時間的空間的に断絶した、特殊な空間を形成する特殊能力か。……厄介な」
現状ネクサスだけが発現させている、時間空間的に隔絶された特殊な戦闘用のフィールドを形成すると言う能力。この能力故に、ネクサスの目撃証言は著しく少ないのだろうと言われている。
上官たちの一人である小太りの男が忌々し気に呟いた。
「目撃された戦闘は多くありませんが、おそらくそれ以上の戦闘を行っていると思われます」
「『三番目』や『四番目』とはかなりスタンスが異なるな。秘密主義者なのか、あるいは」
「後ろ暗いことをしている。可能性は否定できませんね」
議論の雲行きが怪しくなるのを感じて、コモンは知らずのうちに口を開いてしまった。
「それは違う!! ……ああ、いや、ええと。……違うと、思います」
「君に発言を許可した覚えはないぞ」
そう言い放った上官の内の一人に対し、手で制す者がいた。
白髪交じりの痩身。白人が多い上官たちの中で少数派のアジア人種——十中八九日本人だろう——であることが目を引いた。一見柔和な表情で笑みを湛えているように見えるが、眼鏡の奥の瞳は鋭く、底知れなさを醸し出している。
「彼は、その巨人……ネクサスと直に接触した数少ない人間です。彼の言葉には、我々が傾聴する価値がある。違いますか?」
「ま、マツナガ管理官……そうは言うがね」
納得は行かないようではあったが、その男はその先を口にすることは無かった。
(マツナガ管理官……僕を、実際にスカウトに来た人だ……)
コモンをナイトレイダーに抜擢した張本人は、コモンの想像以上に立場のある人物らしかった。
男が座るのを見届けて、マツナガは視線をコモンに向けた。
「単刀直入に訊きましょう、コモン隊員。『五番目』は、何のために君の目の前に現れたのでしょうか」
そう問われ、コモンは意を決して答えた。
「僕を……僕を助けるために、彼は現れたんです!!」
「何故、そう思ったのですか?」
間髪入れずに続けられた次の問い。それにコモンは答える術を持たなかった。
「それは……」
「『五番目』は、貴方を助けると、そう言ったのですか?」
「い、いいえ」
あの銀色の巨人は、ほんのわずかな時間でペドレオンの群れを駆逐すると、その姿を消した。コモンとその巨人との間に、言葉を交わす暇はなかった。
「では何故、貴方はそう断言できるのですか」
「た、確かに僕と彼の間に言葉はありませんでした。でも!! 僕には、分かるんです!! 彼は、僕たちを護るために……!!」
「コモン……!!」
言葉に熱がこもりだしたコモンを隣にいたワクラがたしなめた。
「す、すいません」
礼を失したと、コモンは頭を下げた。それに対してマツナガは気分を害した様子もなく、紳士然とした態度を崩さずないままだった。
「構いませんよ。実際に助けられた彼からすれば、どうしてもあの巨人の肩を持ちたくなるのも分かります」
マツナガはコモンの感情に理解を示した。だが彼は「ですが」と言葉を続けた。
「これを」
モニターが切り替わる。映し出されたのは、鮮明とは言い難い映像だった。動画内は暗く、ブレが酷い。混乱の中で撮影されたものだと言うのがわかる。
「マツナガ管理官、これは?」
ワクラが問う。
「つい先日、TPC極東支部が、謎の機械兵の大群に占拠された事件があったのは覚えていますね?」
「え、ええ」
機械島と呼称された、未知の浮遊島が契機となった一連の事件。TPC極東のコントロールが敵性体に奪取されるというこの事件は、世間に大きな衝撃を与えた。マツナガがこれから示すのは、その時に記録された映像だという。
「海底の定点カメラが捉えた映像です。映像の内容が与える影響度を考慮し、世間には公表されていませんが」
轟音と潮の流れに翻弄され、画角は安定しない。だが、しばらくのノイズの後、それは映し出された。
「……これは、何だ……?」
ワクラに衝撃が走る。海底にて行われた人知を超えた二人の巨人の決闘。一人は、『四番目』——オルタナティブ・ティガだろう。だが、もう一人には見覚えがない。
「『四番目』と対峙する赤と黒の巨人。当時の作戦海域においてこの巨人の目撃証言が複数あります。その全員がTPC関係者だったこともあり今のところ情報が外部にもれている様子はありませんが。これを『六番目』とするかどうかは、意見が分かれるところですね」
ネクサスに次ぐ、第六の巨人。
映像の中のその巨人は、今までの巨人と一線を画す。雄々しく荒々しいその姿は、昂りのまま破壊の限りを尽くす鬼神にさえ思える。
破壊の権化。暴力の化身。海底の中にあってなお、衰えることのない灼熱。
「これまで、胸に光を——カラータイマーを灯した巨人たちは、我々人類と敵対することは無かった。いや、多くの場合、我々を救ってくれさえした。まるで救世主のように」
マツナガは、中指でずれた眼鏡を押し上げた。
「我々はその巨人を『ウルトラマン』などとフィクションの中の存在に当てはめて、礼賛した。……あまりにも、無邪気に。そして不用意に」
「何を、おっしゃりたいんですか」
コモンの言葉に、マツナガは答えた。
「彼らは、本当に人類の味方なのでしょうか?」
マツナガは言う。ウルトラマンが人類の守護者であると断言できる理由はあるか、と。
「私たちは、知らないのです。彼らのことを、何ひとつ」
何故、人類を守るのか。何故、怪獣を倒すのか。何故、そんな大きな力を持つに至ったのか。
「分からないことは怖い。……少なくとも私はそう思います」
マツナガの言葉が、コモンに重くのしかかった。きっとマツナガ以外の上官たちも同じなのだろう。未知なる存在を憂いている。少なくとも、巨人を味方とは思っていない。
無言の重圧。彼らの視線がコモンに問う。それでも、お前は。
「僕は……僕はそれでもあの巨人を……『ウルトラマン』を、信じます」
言葉にできるような根拠は、コモンの中にはない。一分にも満たない邂逅だった。交わす言葉もなかった。だが、あの巨人の目には憂いと慈愛の心があった。少なくとも、コモン・カズキはそう捉えたのだ。
「そう、ですか。……その場にいた君だからこそ、分かることもあるかもしれませんね」
マツナガは、そう言うだけにとどめそれ以上の言及を避けた。議論にならないと思ったのか、あるいはそうではないのか。薄い笑みという仮面を被った彼の内面をうかがい知ることは、コモンにはできなかった。
その後、会議はそれ以上荒れることは無かった。
巨人については、積極的に敵対はしないものの、潜在的な敵性因子とすること。
ペドレオン……日本で生み出されたEビースト細胞を基に生まれ落ちたと思われる怪獣たちについては、その細胞の出どころも含めて調査を継続するということ。
この二点が確認され、臨時議会は終了した。
コモンはその会議室を最後に退出した。重苦しい扉を開けると、廊下の壁に背中を預けるようにしてサイジョウが佇んでいた。
「副隊長、いつから……」
「貴方がマツナガ管理官に食って掛かったところから」
「べ、別に食って掛かってなんか」
「上官にあれだけ反論してたら、食って掛かってると見られても仕方ないわ。ワクラ隊長には後で謝罪しておきなさい。『教育がなっていない』って言われるのは、隊長なのよ」
「は、はい。すいません」
「アタシに謝っても仕方ないでしょ。それにそもそも、」
サイジョウはいつにも増して、冷たい表情で——そして煮えたぎる激情を瞳の中に灯したまま、視線でコモンを射抜いた。
「考えが甘いのよ。巨人が、人類の味方だなんて保証はどこにもない」
そう言って、サイジョウはコモンに背を向けた。
「それが『怪獣』だというのなら。人に仇なすというのなら。……今すぐ殺すべきよ」
去り際にそう吐き捨てたサイジョウの言葉が、コモンの耳にはやけにこびりついた。