ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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更新遅れて申し訳ありません!!
これから徐々にまた頻度戻していきたいと思います


#65

「どうして、分かってくれないんだろう」

 

 腰を下ろした木製のベンチは、季節柄ゆえにひんやりとし過ぎていて心地よいとは言えなかった。伝わる冷気が、心の裡のモヤモヤと合わさってどうにも気分を陰鬱とさせる。

 

 それに相反するように、天気はカラリとしていた。日本の湿った空気がいっそ恋しくなるほどの快晴だった。

 

 力を抜いて、背もたれに体重を預けた。腰に悪い座り方だという認識はあったが、どうにも座りなおそうという気分にはなれない。

 

 視線の先では、売店でホットスナックを頼んでいる恋人がいた。コモン同様、日本人の彼女だが、英語でのやり取りはすでに慣れたものであるらしい。コモンも英語にはようやく慣れてきたところだが、まだ発音は覚束ない。あそこまでスムーズにできるかと問われれば難しいだろう。

 

 両手でポテトの袋と飲み物を携えながら、彼女がこちらに戻ってきた。

 

「大丈夫……?」

 

 コモンの顔色が優れないことを察したのだろう。彼女は、コモンを慮るような口ぶりで言った。

 

「うん、大丈夫。ちょっと仕事で嫌なことがあったのを思い出しちゃっただけだから」

 

 彼女にいらぬ心配をかけるのは本意ではなかった。だから、コモンは無理やりにでも苦笑の表情を作って、彼女の手から飲み物を受け取った。

 

「ありがと」

 

「うん、どういたしまして」

 

 微笑と共に、彼女はコモンの隣……拳一つ空けて座った。

 

 無言の時が流れた。飲み物をストローで吸い上げる音と、わずかな咀嚼音だけ。お互いに、あまり話すことは得意ではなかった。けれどこの無言の時間が、不快ではなく心地よい。

 

「食べる?」

 

「食べる」

 

 彼女が手にしたポテトの小袋を指さしして言った。見れば、中身が中途半端に余っている。お腹いっぱいになってしまったようだ。

 

 彼女が手にしているポテトを受け取ろうとしてコモンが手を伸ばした。途中まで、それを手渡そうとしていた彼女は、しかし何か思いついたのか、すんでのところでコモンの手からポテトを逃した。

 

「もう食べられないんじゃないの?」

 

 問えば、彼女はうっすらと笑った。どこか悪戯を思いついた子供めいた笑顔だった。

 

「どうせなら、こうしてみようと思って」

 

 彼女はポテトを一本つまんで、コモンの口元に持っていった。

 

「はい、あーん」

 

「う、あの。こんなバカップルみたいな……」

 

 躊躇うコモンに、彼女は言った。

 

「む、私のポテトが食べられないと申すか」

 

「なんで時代劇風?」

 

 耳の端が、赤くなっている。このままにしておくのも可哀そうだった。

 

 ひょい、と啄むように食べた。

 

「おいしい」

 

「良かった」

 

 やはり彼女は薄く笑った。そのまま、その塩気がついた指も舐めてやろうという発想が頭の中に浮かんだ。

 

「……? どうしたの?」

 

「……何でもない」

 

 流石に変態的過ぎて辞めた。太陽が出ている内にやることじゃない。

 

 そのまま、餌付けされるようにポテトを与えられた。残りをすべて食べさせ終えた彼女は、それで満足したようで、指先を紙で拭った。

 

「もっと食べたかった?」

 

「いや、お腹いっぱい」

 

「そう? なんだか、物足りなさそうな顔してるけど」

 

「いや本当にお腹いっぱいだなあアメリカってホントSサイズでも大きくて困るよねえアハハ」

 

 早口でそう答えた。

 

 彼女は、不思議そうに首を傾げた。だが特に気に留めることでもないと思ったようだ。先ほど彼女を待っていた時のコモンと同じように、ベンチに体重を預けた。

 

「穏やかだねえ」

 

「うん。そうだね。天気も良いし」

 

 目の前では、柵の中でシマウマの親子が互いに毛づくろいをしていた。

 

「まさに日本晴れって感じ」

 

「ここ、日本じゃないけどね」

 

 日本人街からほど近い動物公園に、思ったほどの人気はなかった。世間的には平日の昼間に当たるので、人が少ないのも道理だった。これが休日だったら、人で溢れて、こんな風に縁側で茶を飲む老夫婦みたいなのんびりとした空気感は味わえなかっただろう。

 

 そう言えば、とコモンは思う。彼女……リコと出会ったのも、こんな良く晴れた平日だったな、と。

 

 アメリカに着いてすぐのことだった。慣れない職場環境も合わさって即行でホームシック気味になってしまったコモンは、部屋に一人でいるのもしんどくなり、当てもなく外をぶらついていた。

 

 偶然目にした、動物公園に興味本位で入ると、思った以上に日本人がいた。後で調べれば、日本人街からほど近いこの動物園では、客に日系人の比率が高く、局所的に日本と同じような光景が造り出されるらしい。

 

 子供連れの家族がまばらに居るだけ。男一人というのも居た堪れなくなって、コモンはすぐに離れようとした。

 

 そこで、彼女を見つけたのだ。

 

 彼女は絵を描いていた。一心不乱に、筆とキャンパスと目の前のキリンの家族を見つめていた。

 

 息を潜めて絵を盗み見れば、驚くほどに上手い。

 

 その姿に、どうしてかコモンは目を奪われた。どうにもその場から帰る気もなくなって、彼は一人、彼女の後ろのベンチに座っていた。

 

 キリンを見るのではなく、キリンを観る彼女の姿をずっと見ていた。

 

 それが、彼と彼女の最初の出会いだった。

 

「どうしたの、コモンくん? ぼーっとしちゃって」

 

「いや……ただ、僕たちが出会ったのもこれくらい天気が良い日だったなって」

 

 言えば、彼女は僅かに首を傾げた。

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「そうだよ。忘れちゃったの?」

 

「え? いや、そんなことないよ」

 

 彼女は、微笑を湛えて続けた。

 

「確かに、こんな天気だったかな」

 

「まあ、リコはあのとき絵を描くのに必死だったし、覚えてないか」

 

 結局、コモンが彼女に声をかけたのは、夕方になってからだった。天気がどうとかも覚えていなくて当たり前か。

 

「最近は、絵の調子はどう?」

 

「うーん、どうだろう。家に帰っても描いてはいるんだけど。理想にはまだまだ届かないかなあ」

 

 リコは大学で絵画を専攻している。今は、自由課題として『家族』の絵を描くことにしたらしいのだが、まだ全体像が定まっていないらしい。

 

「コモンくんは? GUTSのお仕事、大変?」

 

 問われて、曖昧に笑った。正確にはコモンの所属するナイトレイダーはGUTSではなく、TPCの一セクションなのだが、素人には同じように見えるのだろう。訂正のために話の腰を折るのも躊躇われた。

 

「どうだろう……。仕事には慣れたと思う、けど」

 

 本当に?

 

 無様にも、恐怖に駆られて前後不覚にまで陥った自分が?

 

 次の言葉は、見当たらなかった。本当のことを言って、彼女を心配させたくはなかったし、失望させたくもなかった。でもここで嘘をついても虚しいだけだ。

 

 だから、曖昧に笑った。

 

「上手くいかないことも多いし……。周りには、考えが違う人の方が多くて、僕の方が間違っているのかもしれない、なんて思うこともある、かな」

 

「そっか」

 

 リコはそう言った。その優し気なまなざしに、居た堪れなくなる。多分、きっと彼女はコモンを見透かした。その上で、笑って受け止めてくれたのだ。

 

「大丈夫だよ、コモンくんなら」

 

 ただ、そう言って微笑んだ。

 

 

 深夜のナイトレイダーの作戦室を、モニターの明かりだけが照らしている。

 

『すまないな。こんな時間に』

 

 画面の中のヨシオカはそう言って、済まなさそうに頭を掻いた。

 

「いえ。ちょうど当直ではありましたから」

 

 コーヒーを手元に置いて、ナイトレイダー隊長ワクラはそう答えた。

 

 ヨシオカのいる日本は今ごろ昼時だろうが、アメリカではすでに夜も更け、ナイトシフトに移行していた。

 

『そうか。それならいいんだが』

 

 ヨシオカは微苦笑と共に、同じくコーヒーを掲げて見せた。立場上は上下の関係だが、二人は気安い。ワクラが防衛軍からTPCに入局したのも、ヨシオカの誘いがあってのことだった。

 

 現在こそTPCアメリカ支部の預かりとなっているナイトレイダーだが、本来はヨシオカ長官が直々に組織した戦闘部隊だ。そのため、定期的な報告が行われている。今回もその定期報告にと、ワクラは通信を繋げたのだった。

 

『そちらでも遂に巨人が確認されたようだな』

 

 直近の出動案件の口頭での報告を挟んで、ヨシオカはそう切り出した。

 

「ええ。確認された巨人は、五番目の巨人……ウルトラマンネクサスです」

 

『ああ、それはTPCアメリカ支部の長官からも報告が来ていたな。聞くところによると、そっちの上層部は随分とヒステリックな反応のようだが』

 

 ワクラは、ええ、と憂いを帯びて頷いた。

 

 TPCアメリカや米国政府、そしてTLTの上層部は、かの巨人たちを潜在的な敵性因子と捉えているようだった。薄々感じてはいたが、先の会議で巨人を敵視する意志が表面化したのだ。

 

 ワクラは、会議での一件……上層部がウルトラマンを警戒していることやマツナガが言った言葉をヨシオカに伝えた。

 

『ふうん。まあ、気持ちはわかるがな』

 

「ヨシオカ長官も、ウルトラマンは危険だと考えていらっしゃるのですか?」

 

 問えば、ヨシオカ長官は僅かに顔を顰めた。

 

『……どうだろうな。確かに、彼らのような大きな力が人類の制御下にないと言う状況には危機感を覚えるが』

 

 つい先日には、黒い巨人の存在も明らかになっている。情報は公にはされていないが、TPC上層部でもその黒い巨人については議論の俎上にはあがっているらしい。

 

『だが、彼らを敵視するのもまた、賢明な判断とは言えないだろう』

 

 ヨシオカは腕を組んで、考え込むように口を開いた。

 

『敵の敵は味方……とは言わんが、わざわざ彼らを敵視して関係を悪化させるなど愚か以外の何物でもあるまい』

 

 人類に仇なす敵性宇宙人や怪獣たちと、人類から守るように戦ってくれている彼ら。ウルトラマンを敵性認定する必要性をヨシオカは感じてはいない。

 

『盲目的に、彼らを英雄視しているわけではない。ただ単純に、巨人を敵に回して勝てるビジョンが浮かんでこないというだけだ』

 

「それは、確かに」

 

『彼らは、その意図は不明だが人類の敵性存在を駆逐してくれている。GUTSの意志を汲み、協力する姿勢も見せた。私は、最低限彼ら……ティガとオルタナティブ・ティガに関しては、コミュニケーションは成立していると考えている』

 

 あくまでも冷静な視線でもって、ヨシオカは巨人を判断していた。今は様子見に徹すべし、ということらしい。

 

「こうして考えてみると、随分とアメリカ側は感情的に反応しているように感じますね」

 

 世界の警察。米国はこれまでそう例えられてきた。だが、巨人が現れた今、その立場を脅かされると考えたのだろうか。あるいは、ウルトラマンという『力』を世界の和を乱すものと考えたか。

 

『さて、どうだろうな。アメリカが……そして、マツナガが巨人を敵に回すリスクを考えていないわけがないと思うが』

 

「マツナガ管理官とは親しい間柄なのですか?」

 

 ワクラが問うと、ヨシオカは首を横に振った。

 

『格別親しかったわけではないが、奴がTPCにいたころには幾度かな』

 

「マツナガ管理官はTPCにいらっしゃったんですか?」

 

『TPC設立時のほんのわずかな間だけだがな。その前は内閣府にいたのだったか。物腰穏やかで頭も切れてな。サワイの派閥で、長いことTPC設立に奔走していた』

 

 マツナガ管理官の意外な経歴を聴いて、ワクラは驚いた。サワイ派といえば根っからのハト派だ。その彼が、ウルトラマンに対して攻撃も辞さないという態度をとると言うのは、随分な宗旨替えだ。

 

『……新宿事変の後に急に退官してしまってな。どうしているのかと思っていたが、そうか、TLTにか』

 

 ヨシオカは考え込むように唸った。

 

『俺の知る奴であれば、『排除するくらいなら未知のままでも手綱を握れ』くらいは言いそうなものだがな。随分と乱暴な論を振りかざすようになった』

 

 マツナガ管理官の変節。これはいったい何が原因なのか。

 

「TLTに所属したことが原因、なのでしょうか」

 

『かもしれんな』

 

 ヨシオカ長官がナイトレイダーをアメリカ支部に預けた、もう一つの理由。アメリカの裏で暗躍する何者かの影を追うこと。そして影はTLTを中心に蠢いている。

 

 その隠された何かが、彼らアメリカ陣営が巨人に対して強硬姿勢を取っていることと関係があるのかもしれない。ワクラは、おぼろげながらにそう予感した。

 

 覆われた真実への手掛かりは、未だ霧の中にある。だが、最近になってようやく動きがあった。

 

『……アメリカに出現したEビースト。これはやはり』

 

「ええ。日本で行方不明になったEビーストヒューマンが恐らくはアメリカに運び込まれたと考えるべきです」

 

 サナダ・リョウスケの暴走によって生み出された、ビースト細胞とエボリュウ細胞が掛け合わさった超常細胞。研究の最中Eビースト細胞を植え付けられた死体たちは、事件後、謎の女の手によって奪われ、行方不明となっていた。

 

『つい最近の調査で、どうやらネクサスがそのEビーストを追っていることが明らかになった。そのネクサスがアメリカに現れたということを踏まえても、確実であろうな』

 

 ティガ、オルタナティブ・ティガとは行動原理が異なるとされていたネクサス。少ないながらも集められた目撃証言や現場検証から、ネクサスはEビーストを起源とした怪獣に反応して現れることが判明したのだ。

 

「そのEビーストヒューマンをアメリカに取り寄せたのが、TLTだと……?」

 

『そうだ。事実、不審な流通経路が複数確認されている。最も、まだ確たる証拠は掴めていないがな』

 

「も、申し訳ありません」

 

『いや、責めているわけではない。相手の方が一枚上手だったということなのだろう』

 

 ヨシオカは深く溜め息を吐いた。

 

『TLTはこの件以外にも、国際法違反の研究を秘密裏に行っている疑いもある。その証拠も未だ明るみにならない。秘密工作はお手の物ということだな』

 

 なかなかTLTはその裏の顔を見せてはくれない。だが、だからといって諦めるわけにもいかないだろう。

 

『Eビーストを植え付けられ、動く死体となった憐れな被害者たち。この身元を手掛かりにするほかあるまい』

 

 サナダ・リョウスケの破棄された研究レポートから、彼がEビースト細胞を植え付けた死体の顔写真データが、最近になってようやく復元されたのだ。この情報を活用できないか、という意見だった。だが、

 

「顔写真をもとにしてイシボリに画像検索させるしかありませんか」

 

『毎日ハロウィンパーティーしているわけもない。街中であんなグロテスクで凶暴な見た目の人間がほいほい日の下を歩いていたらすぐに通報されているがな』

 

 厳重に管理されているだろう彼らの顔写真が分かった程度で、手掛かりにはなりえない。

 

 ワクラは「そうですよね……」と溜め息を吐いて、手元の資料を捲った。そこにはEビースト細胞を植え付けられ、死後の眠りを妨げられた被害者たちの顔写真が名前と共に映し出されていた。

 

 そこには、七人の名が記されている。

 

 イシガキ・コウダイ。

 

 サトウ・ケイスケ。

 

 スズキ・サチコ。

 

 タジマ・タカコ。

 

 ツシマ・ケン。

 

 ナカジマ・ハジメ。

 

 そして、

 

 サイダ・リコ。

 

 以上が、Eビーストによって生ける屍とされた被害者たちの名前だった。

 


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