ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
「ぐっ……!!」
背後で爆発。背中で衝撃を受けて、コモンは呼吸を詰まらせて転がった。
それでも、持ち前の運動神経によってどうにか顔面から地面に激突することは避けられた。そのまま衝撃を逃がすように体を転がす。
「くっそ……。本当は休日だったんだ、畜生……!!」
久々の休日を恋人のリコと満喫していたコモンを非情な現実に引き戻したのは、一本の緊急招集コールだった。コモンは泣く泣くリコと別れ、緊急掃討作戦への参加を命じられたのだ。
その内容はこうだ。
先日確認された小型Eビーストが再び郊外にて確認された。しかも今回は、前回と異なり人の往来も多い場所での目撃報告だった。
TPCアメリカは、即座にナイトレイダーを招集し、事件の処理を命じたのだ。
仕方ないことと理解しているが、空気を読まずに現れた怪獣には腹が立った。コモンは恨み節を吐きながら、ホルスターからハンドガンを取り出し構えた。
ディバイトシューターと名付けられたその小銃は、TLTにより開発された対怪獣兵器のうちの一つ。カートリッジ換装による対応力こそ犠牲にしたものの、単純な破壊力だけで比較すれば小銃GUTSハイパーをも凌ぐと言われている。
「これで、どうだっ!!」
連日の訓練の成果か。放たれた光条は、どれも怪獣の体表を焼いた。生ものが焼ける生々しい臭いを放ちながら、ペドレオンたちは後退した。
「大丈夫か、コモン」
片膝をついて息を荒げたままのコモンの腕を、隊長のワクラが掴んで引き上げた。
「……ありがとうございます」
チームで一塊になりながら、油断なく怪物の集団を見やる。
「隊長、想像以上に数が多いですね」
背後で、モンスタースキャナーを走らせていたイシボリが口を開いた。作戦開始時に想定された怪獣の数を優に超えていると彼は言った。
「Eビーストの細胞は、増殖力が落ちているんじゃないのぉ?」
大型銃のディバイトシューターを担ぎながらヒラキが弱音を吐く。普段ならその態度を嗜めるサイジョウも、内心では同意見だったのか。視線を向けるだけで注意することもなかった。
「元のビースト細胞は知生体の恐怖を栄養にして細胞増殖を行うらしいんだ。でもサナダの実験によってビースト細胞にエボリュウ細胞が合成されたEビースト細胞は、出力が上昇した代わりに活動維持のための電気エネルギーも必要になった。だから正確には、増殖スピードに比例して指数関数的に上昇する維持費用としての電力供給が追い付かなくなって増殖が停止するんだ」
「長い!! 難しい!! 結論だけ言って!!」
「今のアイツらは、電気エネルギーが豊富だから増殖が止まらないんだ」
そんなヒラキとイシボリのやり取りを訊いたサイジョウが忌々し気に呟いた。
「つまり、近くの発電施設がこいつらの根城なわけね」
近隣にある発電施設は現在稼働しており、従業員も勤めている。だが、この様子では彼らの生存は絶望的だろう。
「何より、飛行型が多すぎる。ここは……」
サイジョウの言葉に、ワクラは頷いた。
「仕方ない。いったん退いて『上』から叩くぞ」
※
隊長の号令の下、ナイトレイダー隊は作戦域内から離脱。そして温存させていた航空戦力を投入する決断を下した。
TLTにより開発された新型の航空戦力が、ついに初めての戦闘を迎える。
青を基調とした機体。それが、3つ。
クロムチェスター。
TPCが開発したWINGシリーズとは異なる系統樹に位置する、最新鋭の科学の翼。チェスターシリーズと銘打たれた三機だ。α、β、γと名付けられた各機体は、それぞれが特徴的な見た目をしている。
「チェスターα、オールグリーン。離陸します」
サイジョウとコモンが乗り込んだのは、チェスターα。高い運動性能を有する小型戦闘機で、その機体特性はWING1に通じるものがある。
サイジョウがコンソールを操作し、ディスプレイが点灯。鋼鉄の翼に仮初の命が吹き込まれる。
『チェスターβ、オールグリーン』
索敵や通信機能に優れた指揮官機に搭乗するのは、隊長のワクラ。
『チェスターγ、オールグリーン』
大型高出力ジェネレータを搭載した後方火力機であるγには、ヒラキとイシボリが搭乗している。
『フォーメーション・スリー。上空から地上の怪獣たちを掃討する』
ワクラにより採用されたのは、非情ともいえる作戦だった。
「フォーメーション・スリーって……。要は絨毯爆撃ですよ……!! いくらほぼ無人の森林山だからって乱暴すぎる。近くには、発電所だって」
コモンが顔を顰めた。だが、サイジョウは動揺もなく返した。
「それだけ怪獣の増殖が予想以上ってことよ。Eビースト細胞産の怪獣は、他の怪獣たちよりも輪をかけて凶暴だし、増殖能力も高い。このままネズミ算式に増えていったら駆除の手が足りなくなる」
そのまま行けば、アメリカ大陸が怪獣たちに埋め尽くされる可能性だってあるとサイジョウは語る。手が付けられなくなる前に、これを根絶させなければならない。
「発電施設を根城にした奴らが、いったいどれだけ増殖しているのか想像もつかない。一体一体的当てしてたら絶対に追いつかない」
「でも、発電所にはまだ人が、」
「生きていると思う?」
その問いかけ。きっと答えは一つしかない。そして、サイジョウはコモンが答える時間を与えなかった。
「それに、すぐ近くには住宅街がある。彼ら従業員たちの多くが生活している集合住宅がね。そこには、彼らの家族だっているでしょう」
サイジョウは、操縦桿を握ったまま。後部座席に座るコモンからは、その表情は窺い知れない。
「せめて、彼らが大切にしていたものは守らなければならない。それが、間に合わなかった私たちの為すべきことよ」
コモンは咄嗟に反論することができず、口を開け閉めするほかなかった。サイジョウの言葉は正しく、そして重みがあった。
経験による重さ。新人の域を出ないコモンの言葉は、それと比べれば紙のように軽い。
でも、
「せめて。せめて、発電施設への爆撃はギリギリまで後まわしにしてくれませんか。彼らが自力で避難してくれる可能性を、僅かにでも残したいんです」
「貴方、状況がわかってないの? 発電施設は敵の本拠地よ。そこを叩かないことには、延々と援軍がやってくることになる」
「分かってます!! でも、他人の命を簡単に諦められない。……貴女の言葉にナイトレイダー隊員としての重みがあるように、僕にだって、ある。元山岳救助隊としての、意地が」
一触即発の空気になった二人の間に、ノイズがかった音が響いた。
『コモンの意見を採用しよう。発電所は最後だ』
ワクラの言葉。
「ですが」
『安易に巣を叩けば、四方八方にEビーストが散る可能性もある。そうなれば、今度は山一つどころか街一つ焼くことになる』
「……了解」
ナイトレイダーの方針は定まった。地上の山々に隠れ巣食う怪物たちを、山ごと焼き払う。乱暴な作戦ではあるが、これ以上被害が拡大する前に対処するには、もうこれしかない。
『って言ってますけどぉ、地上に戦力向ける以前の話ですよ!!』
通信機越しにヒラキの声がした。同乗するイシボリが切羽詰まった声で続けた。
『発電所から多数のEビーストが!! しかも、飛行型です!!』
「ちっ、対応が早い」
サイジョウが舌打ちを一つ打って急旋回する。
慌てて座りなおしながら、コモンはコックピットの中から外を見た。
「そんな」
天を覆わんとばかりにペドレオンの群れがこちらに向かって飛び上がっている。
穀物を食い荒らす飛蝗の群れが引き起こす蝗害のような、生物の群れる様が否応に肌を粟立たせた。
『全機、飛行型を殲滅せよ』
ワクラの攻撃指令が掛けられ、三機は一斉に射撃。次々に怪獣たちを撃ち落としていく。
「大して強くはないけど、数が多い……!!」
「本当に際限なく出てくるわね……!!」
サイジョウは、空中で華麗にターンを繰り返しながら片手間に通信を開いた。
「チェスターα、βに搭載されている火器では間に合わない。チェスターγの高火力で面制圧を」
『了解。ただチャージに時間がかかるし、連続使用にはクールタイムも必要だ。フォローを頼む』
「了解」
サイジョウが操縦桿を一気に引き上げた。
「連中を出来るだけ惹きつけるわ。私は操縦に専念するから、近づいてくる奴を片っ端から撃ち落としなさい」
「りょ、了解」
言った瞬間、機体が大きく傾いた。
「うえあ!?」
「この程度でビビるな!! さっさと撃ちなさい!!」
WING1より戦闘に特化した設計となっているチェスターαは、火力・機動力共にWINGを凌ぐとも言われているが、その分飛行時の安定性とユーザビリティには難がある。搭乗者の負担は大きい。まして、そこで曲芸レベルの軌道で飛ぶのだ。コモンにかかるGは計り知れない。
「う、おおおおッ」
飛びかける意識を雄叫びで無理やり押さえつけ、撃鉄を引く。
狙いをつけている余裕はなかったが、巨大な群相手だったことが救いだった。適当に撃ってもかなりの数が撃墜できる。
「もう一度!!」
サイジョウが再び、軌道を翻らせた。対応に遅れたペドレオンの群れをコモンが撃つ。これをあと三度繰り返した。
『お膳立てサンキュー!! 後はこっちに任せなさい!!』
ヒラキの声。次いで、γ機から極太の光の束が放たれた。
高出力ジェネレータをレーザー出力に変換させて放つ光線。それがペドレオンの群れを焼き尽くした。
「よ、よし!! これで、」
ひと段落ですね、と言おうとしたコモンは、地上の変化を視界にとらえた。
「副隊長!! アレ!!」
コモンの指さす先。地上で這っていたペドレオンたちが一塊に集まり、一体の巨大怪獣へと合成されていく。
『させんぞ!!』
ここでα、γ機のバックアップに回っていたワクラの操るβ機が牽制射撃を放つ。だが、通信と索敵を専門とするβ機では圧倒時に火力が不足していた。
「キシャアアアアアッ!!」
鼓膜をつんざく、異形のものの産声。ペドレオン・グロースが両手の触手をしならせて叫んだ。
「っまず」
バシンッという不吉な機械音。急速に落ちる高度に、コモンは何が起きたかを悟った。
振るわれた鞭のような触手の先端が、α機の尾翼をかすめたのだ。とたんに制御を失い、α機は不時着せざるを得ない。
ドガガガッという芯に響く振動を全身に感じた。そして地を引きずり、森の木々を次々と薙ぎ払ってようやくクロムチェスターαは停止した。
激しい衝撃だったが、辛うじて森林の木々にやわらげられたおかげか、大きなケガとまではいかなかった。だが落下の衝撃で、サイジョウは脳震盪を起こしたらしい。呻くような声だけが聞こえる。
「不味い……!!」
ペドレオン・グロースがこちらを見ている。目がどこにあるかなんてわからないが、奴はこちらに確実に狙いを定めた。
「まだだ」
身体を固定していたベルトを外そうとした手が震えた。
怯懦。怯えの感情。Eビーストを前にした時、知性生命体のすべからくに襲い来る忌避反応。それと死を間近に向かえたゆえの恐怖。感情の奔流となって、それはコモンの心を千々に引き裂き惑わせる。
「それでも、」
これ以上、無様は晒さないという意地。そして、あの日の言葉を支えに自らを奮い立たせた。
「諦めない……!!」
怪獣が嗤った気がした。たかが手に収まる程度の小銃で何ができると。
だが、
「キシャアアッ!?」
不愉快な笑い声が悲鳴へと変わる。
「ウルトラマン、ネクサス……!!」
光の天幕が引かれ、それが一瞬の後に晴れた。そしてそこには、あの日に見た巨人がいる。
銀の巨人は、再び彼の前に現れた。