ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#68

 コモンとサイジョウがメンバーのもとに合流を果たしたとき、すでに発電施設からは最後の一人が運び出されているところだった。

 

「彼らは?」

 

 サイジョウに問われて、ワクラ隊長は頷いた。

 

「生き残りだ。数少ないがな」

 

 この施設に勤めていた人数の10%にも満たない人数でしかなかったが、幸いにも生き残った人々がいたようだ。その事実を聞いて、コモンは息を吐いた。

 

「良かった……!! それでも、命を救うことは出来たんだ……」

 

 そう呟くコモンに反して、ワクラの表情は浮かないものだった。

 

「……あれを『助かった』と言っていいかどうかは」

 

「え……?」

 

 ワクラの言葉の真意。それを問う前に、答えあわせがやってきた。

 

 運び出されていた一人が、目を覚ました。

 

「う、あ」

 

「落ち着いて。落ち着いてくださ、」

 

「うわああああああああ!?」

 

 悲鳴にも似た叫び声をあげて、救出者は両腕で顔を覆いながら逃げ出そうと藻掻きだした。それまでその男を抱えていたイシボリが慌てて彼の肩を揺さぶるが、一向に錯乱状態から抜け出せない。

 

「お前たちが来る前に救出した13名も、皆同じような反応だった。……余程ひどい目にあったのだろう」

 

「そんな……」

 

 命を確かに救うことは出来た。だが救えたのは命だけだった。彼らが負った心の傷は一朝一夕でどうにかなるものではない深刻な物であると、一目で分かった。

 

 過酷な現実に打ちひしがれるコモンらの前に、一台のバンが止まった。

 

 ドアを開いて出てきたのは、鉄火場には似あわないスーツ姿の人間。それが3名だった。

 

 コモンがワクラに問おうとしたが、その前にワクラは敬礼でもってその3人を迎えた。

 

「お疲れ様です、シュドウさん」

 

「いえ」

 

 3人のうちでリーダーなのだろうきつめの表情の女が、言葉短くワクラに応えた。そして、そのまま現場に入っていく。

 

「彼らは……」

 

「メモリーポリス。怪獣災害被害者の心理的ケアと情報統制を専門にしたTLTの下部組織よ。指揮系統上、我々の上に位置している組織だから、貴方も失礼のないようにね」

 

 コモンの疑問にサイジョウが答えた。

 

 コモンの視線の先で、メモリーポリスたちは携帯を取り出すとその画面を錯乱する人の目の前にかざした。

 

「彼らいったい何を」

 

 画面が点滅し、そして強烈な光が放たれた。それを目にした男は、すっと生気の抜けたような虚ろな目をした後気を失った。

 

 唖然とするコモンの疑問に答えるように、メモリーポリスのうちの一人である女が口を開いた。

 

「これで、彼らの記憶は消去されました。残りの被害者たちは、どちらに」

 

「あちらのテントに集められています」

 

「分かりました」

 

 ワクラと短いやり取りを交わし、彼らはそちらに向かっていった。

 

「記憶を、消す……?」

 

「怪獣に襲われ、日常生活を過ごすことが困難になった人々の記憶から、恐怖の源となる記憶を消去する。それが、かれらメモリーポリスの仕事よ」

 

 サイジョウの言葉に、コモンは何も言うことができなかった。

 

 

 煩悶とする、というのはこういうことを言うのだろう。

 

 項垂れるようにして、コモンは深い溜め息を吐いた。

 

 記憶の消去。それは決して良いことではないはずだ。でも、怪獣の恐怖に怯え、恐慌した姿を見せたあの男の姿を思い出せば、頭ごなしに否定も出来なかった。

 

 何が正しく、何が間違っているのか。ナイトレイダーに入隊してからというもの、信じていたものが根本から揺らいでいるような気がした。

 

「大丈夫?」

 

 恋人のリコが慮るように、コーヒーの入ったカップを差し出した。

 

 礼を言って受け取り、そっと口につける。

 

 温かな苦みを舌の上で転がしながら、コモンは意図して笑顔を作った。貴重な彼女との時間なのだから、このわだかまった感情を引きずるのももったいない。何より、リコに心配をかけたくないという気持ちが勝った。

 

「まあ、仕事のことでちょっとね」

 

 そうとだけ言ってお茶を濁してみたものの、リコの意見を訊いてみたいという想いもあった。

 

 例えば、そう枕詞をつけて、コモンはぼんやりと話し出した。

 

「嫌な記憶を全部忘れられるとしたら、それは幸せだと思う?」

 

「え? うぅん、そうだなぁ」

 

 一瞬戸惑ったリコだったが、コモンの様子を察して少し真面目に考えてみることにしたようだ。可愛らしく顎に手など当ててみて目を瞑った。

 

「失敗した記憶は、それこそたくさんあるしなぁ。忘れたい記憶だって、まあ」

 

 滔々とリコは言葉を続けた。

 

「それこそ大学入りたてのころは、教授にけちょんけちょんにダメ出しされたし。しかも、みんなの前で」

 

「ああ、それは確かに」

 

 頷くコモンに、でもとリコは言った。

 

「すごい恥ずかしかった……けど、あの失敗は貴重でもあったかな」

 

「貴重?」

 

「そう。あの頃、私天狗になってたと思うんだよね。だから、その鼻っ柱を折ってくれたのには感謝しているかなぁ。それでも言い方ってものがあると思うケド」

 

 顔を顰めて、けれどすぐに笑ってリコは言った。

 

「悔しいって思ったし、だからそれをバネにして私は成長できた。だからそれを忘れたいとは思わない」

 

 それに、とリコはさらに言葉を紡いだ。

 

「なにより、それを忘れたら申し訳ないじゃない」

 

「申し訳ない? それは、教授に対して?」

 

「まっさかー。違うよ。……申し訳ないって思うのは、その貶された絵に対してだよ」

 

「?」

 

 ピンと来ていないコモンの顔が面白くてリコは笑みを深めた。

 

「私の未熟のせいで、その絵は、いわば犠牲になったってことだからね。だからその先に行く私は、せめてそれを糧にして成長しなければならないでしょ? でなきゃ、その絵は一体何のために描かれたのか分からなくなっちゃう」

 

 他者から評価を得るために描いた絵だった。それがただ貶され、脚光を浴びることなくただ打ち捨てられる。それにどうしようもない申し訳なさを抱いたのだと、彼女は言う。

 

「ホントを言えば、評価されるための絵って時点で間違っていたんだけどね。……でも、それを否定してしまったら、それこそその絵は何のために生まれたのか分からなくなってしまうから」

 

 せめて意味が欲しい。意義が欲しい。忘れてしまったら、それを失うから。

 

「忘れてしまうのは、不誠実だから」

 

「誠実じゃ、ないか」

 

 彼女の言葉の意味を、噛み締めるようして繰り返した。

 

「まあ、あくまで私の個人的な意見だし。何より、私も普段からそんなこと意識してないから」

 

 誤魔化すように笑うリコを見て、コモンは首を振った。

 

「いや、すごく参考になったよ」

 

 まだ、答えは出ない。正気を失った男の無体とメモリーポリスのしていること。そして、リコの言葉。どれも、僅かな時間で答えを出すのは難しかった。

 

 ありがとう、と言ってコモンは話題を変えることにした。よくよく考えなくても、恋人同士の貴重な時間にする問答ではなかった。

 

「絵は、もう完成したの?」

 

 いつもの通り動物園のベンチに腰を掛けたときは、いつでも彼女はスケッチブックを手にしていたが、今日はそれがない。

 

「ああ、ううん。そんなわけじゃないんだけど」

 

 毛先をくるくると指で弄びながら、彼女はゆるゆると首を振った。

 

「今日は持ってきてないの」

 

「そうなんだ。珍しいね」

 

 言えば、恥ずかしそうにしてリコは笑みを浮かべた。

 

「『家族』の肖像でずっと描いているけど、どうにも筆が進まなくて」

 

 これまでずっと一貫したテーマで描いてきた彼女だが、ここでスランプに陥りつつあるらしい。だから、今日は気分転換もかねて手ぶらでここまで来たという。

 

「『家族』かぁ」

 

 繰り返すようにコモンは呟いた。アメリカに来てから、というかTPCに転職してからは、自分の両親とも碌に顔を合わせていない。かろうじて節目節目に電話をするくらいだ。

 

「いつか私の家族とも、会ってほしいな」

 

「え?」

 

 聞き返すと、リコははにかんだような笑顔で笑った。

 

 急に早鐘のようになりだす心臓を押さえつけて、コモンは口を開いた。

 

「それは、つまり、ええと」

 

 不意打ち染みた言葉で、心臓を穿たれた。一気に口が回らなくなって言葉が出ない。それがもどかしくて仕方なかった。

 

「ご、ごめん。ああもう、こういうときにすっと言葉が出てこなくて。つくづくアドリブに弱いなぁ、僕は」

 

「ううん。そういうところも含めて、コモン君のことが好きだから」

 

 二人して、顔を赤くして笑いあった。好きな人とこうして心を通わせることの、なんと幸福なことか。

 

「今はまだ忙しいから、もう少し落ち着いてからになると思うけど」

 

「私も、大学の卒業作品がまだ完成してないから」

 

 顔を見合わせて、そしてはにかむ。いつの日にかやってくる幸せな明日を思い描いて、二人は静かに手を繋いだ。

 

 春の昼下がりのことだった。

 

 

次の日。

 

 若干、色ボケの気配が残るコモンの横っ面を張り倒すようにエマージェンシーコールが指令室に鳴り響いた。

 

 テキサス郊外の田舎町で連続失踪事件の報せ。しかも、その現場検証から怪獣による被害の可能性ありだという。

 

 現場に急行したナイトレイダー隊を急襲したのは、茶褐色の甲殻を全身に纏った怪獣だった。

 

 TPCアメリカによってつけられた個体識別名は、バグバズン。

 

『うっわ。ゾクゾクするぅ』

 

 バグバズンを一目見たヒラキが、自分の肩を抱いて身震いする仕草を見せた。無論、通信先にいる彼女の姿をコモンは視界に納めることは出来なかったが。

 

 他の隊員も口には出さないが、彼女と同意見だった。キチン質めいた外骨格も、横に開く不揃いな口部も、ぞわぞわと動かす節足も、台所に群れを成して湧き出てくる黒いアイツを思い出させるのだ。

 

「まったく、外見からして人を不快にさせてくれる」

 

 ため息交じりにサイジョウがそう漏らしつつ、迎撃態勢をとる。

 

 チェスターαが急速旋回をしながら、バグバズンに向けて射撃。炸裂音を響かせて、火花が散る。

 

 だが、

 

「キィシャアアアアッ」

 

 見た目通り、その甲殻は堅牢を誇るようだ。チェスターαの攻撃に怯む様子もない。

 

 バグバズンは咆え声を甲高く挙げると、尾部を思いっきり振り上げた。長く強靭な尾は、空気を鋭く切り裂きながらチェスターαに迫る。サイジョウはそれを危なげなくかわすが、迂闊には近づけない。

 

『装甲が固いな。まずは、攻撃範囲外から牽制しつつ様子をさぐ、』

 

 ワクラからの指示が終わるより前に、バグバズンの方に動きがあった。

 

 長い尾が届かないことにしびれを切らしたのか。怪獣は背中の翼膜を広げ、跳んだ。

 

 跳躍。からの飛行。

 

「くそっ。いよいよゴキブリ染みてきたわねっ」

 

 慌ててサイジョウが操縦桿を上に引き上げた。サマーソルトの軌道を描いてチェスターαが旋回。怪獣の攻撃を避けていく。

 

 当初、怪獣は地中から出現したという報告だったが、敵は空も飛べるらしい。予想外の展開に、チェスター3機の隊列が乱れた。

 

「追ってくる!!」

 

 バグバズンはどうやらチェスターαにまずは目をつけたようだ。逃げ回るチェスターαを執拗に追いかけてくる。

 

「どうしましょうっ!?」

 

「情けない声を上げるなっ。甲殻に覆われていない場所を狙いなさい!!」

 

「こんな状況で狙いをつけるも何も」

 

「できないと喚く前にやって見せなさいよ!!」

 

 無茶苦茶だ、と内心でコモンは叫ぶ。だが、かといってサイジョウに止まってくださいとは言えない。

 

「このっ!!」

 

 苛立ち混じりに撃鉄を引いた。勿論、狙いをつけられるような余裕はなく乱射に近い射撃。だが、山勘で放った弾丸はバグバズンを運よく捉えた。

 

「やったっ!!」

 

「やってないわよっ!!」

 

 見れば、バグバズンの装甲と装甲の隙間に、確かに当たった証拠の焼けた跡がある。だが、そもそもが火力不足だったらしい。ダメージこそ与えたものの、それで墜とせるような一撃ではなかった。

 

「もう一度……!!」

 

 怒りに任せてさらに速度を上げたバグバズン。それに相対するようにチェスターαがその砲門を向けたが、これはタイミング的に間に合うかどうか。

 

 そこに、一条の光。

 

『ウルトラマン……!!』

 

 通信機越しから、機会を狙っていたワクラの言葉を聞いた。

 

「デュアッ!!」

 

 天から放たれた矢のように、急降下したままキックがバグバズンに突き刺さった。

 

 地に落下するバグバズン。そしてその隣に静かに降り立ったのは、銀色の巨人。

 

 ウルトラマンネクサス。

 

 彼の、アメリカでの二度目の狩りが始まる。

 

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