ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
「A1狙いが甘い。B3はもっと加速させろ。ビビってるのが挙動にですぎだ」
いつもとは違う空を飛ぶ生徒たちを見上げ、俺は手元のトランシーバーで個々人に指導を行っていく。
「精がでるな」
通信機越しに生徒たちをドヤしているところに、ヤオ教授が隣に立った。
「いえ、すみません。無理を言ってしまって」
マキシマ・エンジンの試験起動当日という大切な日に、わざわざ九州沖まで生徒たちを連れてきていたのには理由があった。
先日のWINGシステムのお披露目は各国に衝撃を齎したが、それには日本も含まれていた。追加で日本政府からの資金援助が行われると同時に、WINGシステムのパイロット養成コースの定員を倍にしろというお達しが下ったのだ。
資金援助こそ嬉しいものだったが、この無茶ぶりにはスタッフ全員が頭を抱えた。現状、日本国内で指導を行えるレベルにWINGシステムを動かせるのは、先の合同訓練で飛んだ3人だけだ。
3人の内1人──つまりは俺だが──はすでに指導教官役として生徒を一クラス持っている。そのため残りの2人に打診がいった。うち一人は、試合開始早々に撃墜されてしまったことを理由にこれを辞退。そしてもう一人は、防衛軍に退官届を提出した後だった。
退官届を提出したマキには、思いとどまるようにと関係各所から慰留(という名の圧力)が掛かりつつあるが、マキの意思は固いらしい。必然、指導役が足りないという事態に陥っていた。
よって当初の指導スケジュールを変更し、養成パイロットたちの早期卒業を目指すことになった。そのため、俺はマキシマ・エンジンの試運転のパイロット役を務める片手間に、こうして生徒を指導する羽目になっているのだ。
頭を下げる俺に、ヤオ教授は苦笑して首を横に振った。
「仕方がないさ。御上からのお達しではね。それに、丁度と言っては何だが、マキシマの直前調整にも手間取っていることだしな」
この飛行場の隣の臨時施設では、東京からここまで運び込まれたマキシマ・エンジンの最終調整が行われていた。このマキシマ・エンジンの稼働に必要な燃料であるヘリウム3は現状かなり希少なものだ。今回失敗すれば、次回の試験飛行までにはかなりの期間が空くことになる。彼らもギリギリまで微調整に余念がない。
「ヤオ教授はここにいてよろしいのですか?」
「まあ、いいとは言えないが。……人間、どんなに切羽詰まっていても休息は必要だろう?」
彼は手に持った缶コーヒーとサンドウィッチを見せた。
「もう昼時は過ぎてしまったが、流石に空腹で頭が働かなくなってね。君は食べたのかい?」
「ええ。軽くですが」
「そうか。では私だけで申し訳ないが」
ヤオ教授は、折り畳み式の椅子を広げて座った。
俺は生徒たちから目を離さないまま、ヤオ教授との他愛ない会話を続けていると、もう一組の生徒たちがやってきた。
リーダーであるイルマが敬礼した。
「教官、C,Dグループ6名。ここに揃いました」
「よし。あと十分後にA,Bグループを帰投させる。機体メンテナンス後に飛行訓練を行う。今飛んでいる彼らにも言ったが、俺が君たちに教えられることはもうないと言っていい。基本は叩き込んだ。あとは個人でどれだけWINGシステムに慣れるかだ。突然の予定変更に君たちも動揺しているだろうが、自分を信じて飛んでこい」
「「「ハイっ」」」
気合の籠った返事にうなずいた。
「それでは各自準備に取り掛かれ」
言われて散っていく生徒たちだったが、イルマはここに残った。
「教官に、今のうちにこれをと思いまして」
彼女はそう言って手渡してきたのは、青と黒、そして白でできたミサンガだった。
「……これは」
「今日は、マキシマ・エンジンの初めての試験運転ですから。験担ぎにと、思いまして。……ご迷惑でしたか?」
「いや」
続く言葉を上手く取り繕えない。
彼女の手作りには違いないが、所詮ただのミサンガだろう。だというのに、心はなぜこんなにも温かくなるのだろうか。
「ありがとう。嬉しいよ」
「い、いえっ!! こ、この後の私のフライト、見ていてください。教官に恥ずかしくないように飛びますので!!」
言うが早いか、彼女はバビューンという効果音が聞こえてきそうな速さで走り去っていった。
空気を読んだのか隣で黙っていたヤオ教授は、彼女が走り去ったのを見てから口を開いた。
「最近、君の雰囲気がすこし柔らかくなった理由が分かったよ」
「何にもありませんよ」
「とてもそうは見えないが……」
彼は好々爺めいて笑った。
「昔から、君はどうにも余裕がないように見えた。君が、いったい何をそんなに急いているのか私には分からなかったが。その調子では、早晩潰れてしまうと危惧していた」
ヤオ教授は、そんなことを考えていたのか。彼からの意外な言葉に驚いていると、彼は苦笑した。
「私も口下手だということは理解している。君のような若い才能にどう助言すべきか随分前から悩んでいたんだが、その必要はもうないかもしれないな」
言って、彼は立ち上がった。いつの間にか、サンドウィッチはなくなっていた。
「遅くとも夕刻までには終わらせる。夜間飛行となるが、君ならば問題あるまい」
缶コーヒーの残りを飲み干しながら去っていく彼に、俺は複雑な心境を隠したまま、ただ敬礼をして返した。
※
ヤオ教授の宣言通りマキシマ・エンジンの調整は夕刻までで終了し、午後5時より件の試験飛行が行われる算段となった。
「こちらスノーホワイト。これより発進シークエンスに入る」
「こちら管制室。了解しました」
ルーチンで各種メーターを確認していくが、今回は一つ、本来にはないメーターが追加されていた。マキシマ・エンジン出力のインジケーターだ。
今回のテストフライト用にチューニングされたWINGは機体の色を白に塗装され、スノーホワイトと名付けられた。名付け親はもちろんヤオ教授だ。
『心拍数上昇を確認。緊張していますか』
AIユザレの言葉に、俺は首を横に振った。
「緊張というよりも、罪悪感だな。これは」
後ろめたいことをこれからするというときの、何とも言えない据わりの悪さが俺の身体をこわばらせていた。
ヤオ教授の期待に胸を膨らませた表情を思い出す。そして昼に告げられた、思いもしなかったこちらを思いやる言葉も。
左につけた、三色のミサンガに触れる。
俺がこれからやろうとしているのは、彼らへの裏切りに他ならない。
『では、やめますか』
端的なAIユザレの言葉。俺はこれを一笑に付した。
「まさか。彼らを裏切っても、人類の未来は裏切れない」
このままマキシマ・エンジンの開発を進めても碌なことにはならないだろう。新たなエネルギー獲得競争が、サワイを中心に纏まりつつあるこの地球を引き裂きかねない。
それにいい加減、観測のための『目』が欲しい。このままでは後手後手に回り続けることになる。
まあ、ウルトラ作品の観測装置なんて当てにならないというか、誤魔化されるものなんだが、それはそれ。あるのとないのとではやはり違うし、考える能力のない怪獣になんかは有効に作用する。それに宇宙人に対しても、見張っているぞというポーズが、抑止力に繋がるだろう。
目を閉じて、今回の作戦を頭の中に描く。
離陸後、マキシマ・エンジンの不良を装い、事前に定めていたポイントに緊急着陸する。そこでマキシマ・エンジンのダミーに付け替え、本物を古代遺跡から伸びたルートに運び込む。遺跡へと繋がる道は蟻の巣のように入り組んでいて初見ではまず遺跡まで辿り着けないし、運び込んだ後は使ったルートは爆破するつもりだ。
あとは、ウルトラ作品にありがちな、
『おーーーーい』
『ぶ、無事だったのか!! 運のいい奴め!!』
で何食わぬ顔で皆の下に戻る。
後は、墜落時の怪我を理由に徐々に防衛軍をフェードアウトしていく作戦だ。
「問題は俺の後のWINGの教官役がいないことだが、もうすぐあいつらが卒業するしな」
今現在俺が指導している養成コースのパイロットたちには、もう既に俺の教えられることはすべて叩き込んである。先の激励は飾りでも何でもない。ハヤテはもちろんのこと、ハヤテ以外にも、すでに教官として耐えうる人材となる生徒は多くいる。そのために今まで教育してきたのだ。その点で言えば、今回のスケジュールの加速も都合が良かった。
「ユザレ、計器については宜しくな」
『気は乗りませんが、仕方ありませんか』
渋々ではあるが、ユザレの協力も取り付けられた。
試験飛行中はスノーホワイトの計器類は全て、本部でモニタリングされることになっている。これを誤魔化さなければ墜落も事故を装えない。
彼女とスノーホワイトのコントロールを繋げることで計器類をハッキングすることになっている。というか、こうすれば計器を誤魔化すどころか無人飛行も可能になる。タカヤマ・ガムの開発したEXの人工知能PALに近いか。
『離陸まで、あと3、2、────』
カウントダウンが始まった。
『────1、0!!』
ゴオッというエンジン音を上げて、純白の機体が夜空に勢いよく飛び出した。
※
離陸してしばらくは、スノーホワイトは通常のエンジンで航行していた。
『飛行は安定しているかね』
管制室からヤオ教授の言葉が聞こえた。
「平時の通りです。問題ありません」
『そうか。…………それでは、マキシマ・エンジンに灯をともしてくれ』
「ラジャー」
ヤオ教授の、固唾を飲み込む音が聞こえた。通信越しにも、管制室での緊張が伝わってくる。
これからすることを想うとやはり気が重いが、今更だ。
「それじゃあユザレ、ハッキング頼む」
『了解』
ユザレがWINGのシステムに介入し、マキシマ・エンジンのインジケーターが見た目にはオーバーロードを起こした。
『────ミウラ特尉!? いったい何が起きている!?』
「マキシマがオーバーロードを起こしているようです!! こ、コントロールが!!」
『な、なんだと!?』
我ながらクサい演技だったが、疑われることは無かった。管制室が俄かに騒然となるのが伝わってくる。
「よし、順調に来たな。さて、後は指定ポイントに不時着するだけか。──────ってユザレ、計器類流石にいじりすぎだぞ? 誤魔化すのはマキシマ・エンジンの計器だけでいいって」
『違います!! 私ではない!!』
普段の冷静な彼女とは思えない慌てた声に、俺は一瞬反応が送れた。
ガクンと、機体の高度が落ちた。
「何が起こっている!?」
ユザレに問えば、彼女が声を張り上げた。
『本当に計器類が狂っています!! それだけじゃない……。強力な電磁波で管制室との通信も機体のコントロールもダメになりました!!』
「ハア!?!?!?!!?!!?」
ハア!?!?!?!?!!?!!?
嘘だろ? もしかしてマジで墜落しちゃうのこれ!? これまで計画通りだったのにどうしてぇ!?
操縦桿を必死に押さえつけて、機体が暴れるのをどうにか抑えているが、これもいつまでもつか……!!
「原因は!!??」
『前に!!』
視界にあるのは、ただの夜空に見えた。──いや、よく見れば空間が微妙に歪んでいる。あれは、光学迷彩か!?
勿論、光学迷彩を実戦段階で投入できる国など地球には今は存在しない。とすれば思い浮かぶのは、
「宇宙人か!?」
あれが異常電波の発信源か?
ユザレがさらに警告を発した。
『あれだけではありません!! 上を!!』
「今度は何だ!?」
言われて視線を向ければ、機体上空に見えたのは『青い光』。
どうしようもなく嫌な予感がした。
『どうやら、あの光学迷彩のUFOを追いかけているように見えますが』
冷静に状況を分析するユザレの言葉は、しかし俺に今聞いている余裕はない。
必死で機体制御に苦労しているところに、ユザレがさらに言葉を重ねてきた。
『あの『青い光』……どうやらターゲットをこちらに変更したようです』
「うっそだろお前…………!!」
見られた。
青い光の注意が、明らかにこちらに向いたのを肌で感じた。
青い光の取った選択は、極めて原始的な体当たり。だが、今のこの状態ではさしものWINGシステムも形無しだった。だがそれでも、操縦桿を引っ張り上げてかろうじて正面衝突は避けられた。
だが、青い光はこちらの尾翼に接触した。機体はコントロールを失い、ついには海中に落ちていった。