ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#71

「この人は?」

 

 コモンに問われ、ヒメヤがその中年の男を紹介した。

 

「この人はネゴロ・ジンゾウ。俺がジャーナリストだったころにお世話になった人だ。今は毎朝新聞社に勤めていたはずだが」

 

 ヒメヤの伺うような視線を受けて、ネゴロは頭を掻いた。

 

「ああ。俺も、あとは定年までのんべんだらりとしていたかったんだがな」

 

 毎朝新聞に勤めている記者だというネゴロは、そう言うと眉根を上げた。

 

「積もる話もある。それに、そこのナイトレイダーの坊主についても聞きてぇな。ちょいと腰を落ち着けて情報共有しようや」

 

 ヒメヤとコモンは頷き合って、三人は円になって座った。

 

 僅かにだが差し込んでいた陽の光も、感じ取れなくなって久しい。どうやら外はもう日が傾いてきているようだ。ヒメヤの持ち込んだものであろう古びたランプの灯が、今の廃坑道の唯一の光源だった。

 

 ランプを中心にして円になった三人の中で、まずはコモンが口火を切った。

 

 自身の所属と、ナイトレイダーに配属された経緯。彼がヒメヤやネゴロの追う黒幕とは関係ないこと、そしてコモンとヒメヤがここで出会った経緯を話した。

 

「(ネゴロさんに、俺の正体は明かしていない)」

 

「(秘密にしてくれってことですね)」

 

 ネゴロにバレないように、裏でそのような意思疎通を図りつつ、ヒメヤもまたアメリカに来るまでの経緯を、一部を秘しつつ語った。

 

 二人の言葉を聞いて、ネゴロは情報を噛み含めるようにして整理していく。

 

「ていうと、つまりナイトレイダーも単に使い勝手の良い戦闘ユニット扱いなわけか」

 

「ええ。少なくとも、僕の知る限りでは」

 

 ここにワクラやサイジョウがいれば、実はナイトレイダーもまたTLT暗部の調査を裏任務として負っていることを説明できたかもしれないが、残念ながら二人はここにいない。またコモンもその極秘任務を明かされるほど経験や信頼を得られているわけではなかった。

 

 コモンの言葉を聞いて、ネゴロは顎に手をやった。

 

「っていうと、やっぱりTPC極東は『白』で間違いないな」

 

 今回の一連の計画——プロメテウス・プロジェクトに、少なくともTPC極東は絡んでいないとネゴロは結論付けた。ヒメヤもそれに頷くあたり、どうやら彼らの調査は日本も対象外ではなかったらしい。

 

 コモンとヒメヤの説明が終わると、次はネゴロが口を開く番だった。

 

「ヒメヤがアメリカに来た理由も、知り合いと連絡が取れなくなったかららしいが、俺がこの件に手を出したのも似たようなもんだ。知り合いが被害にあったんだ」

 

「被害?」

 

 コモンの復唱に、ネゴロは「ああ」と憤りを隠せないという感じで首肯した。

 

「アメリカに住んでいた俺の同期が、ある日ぱたっと連絡がつかなくなってよ」

 

 ネゴロはその厳つい顔を殊更に険しくした。

 

「幸い、そいつは一週間ほどで見つかったんだが、それが随分とおかしな話でな」

 

 ネゴロの同期は、アメリカでもジャーナリストとして界隈では知られた人物だったらしい。それが、ある日突然姿をくらまし、その一週間後に、人気のない山麓の山小屋で発見されたという。

 

「何も、覚えていなかったんだ」

 

ネゴロは、ここでペットボトルをあおって舌を濡らした。

 

「そいつは、姿をくらましていた一週間の間に何をしていたのか欠片も覚えちゃいなかった。それどころか、ここ半年分の記憶をごっそり失っていた」

 

「記憶を、失っていた……?」

 

 コモンの言葉に、ネゴロは頷いた。

 

「記憶だけじゃねえ。これまでの取材記録も、写真のデータもきれいさっぱりだ。おまけに、そいつの家も、いくつかのセーフハウスも、全部燃やされた」

 

 くそ、と悪態をついてネゴロは続けた。

 

「周囲の連中によれば、そいつは丁度半年前からTLTとアメリカ政府、TPCアメリカ、この三者の癒着を追っていたらしいんだ。確かに、見る奴が見れば、金の流れがおかしいのはすぐにわかった。……だから、そいつ以外にもTLTを嗅ぎまわっていた連中はそれなりの数いたらしいが、そいつらも次々に記憶喪失の状態で見つかってな」

 

 ネゴロの言葉に、ヒメヤも補足するように付け加えた。

 

「俺の知り合いも最近連絡が取れなくなったんだが、そういうことか。命までは取られてはいないようだが……」

 

「だが、俺たちジャーナリストにとっては命よりも大事なモンだろ、自分の手でつかんだ真実って奴は」

 

 悔しさを滲ませて、ネゴロは視線を下げた。

 

「……皆、自分が何を調べてたのか、覚えている奴は一人もいない。あんまり気味が悪いんで、もう誰もTLTに近づきたがらない。だから仕方なく、俺が現地取材する羽目になってるんだが」

 

 嘆くようにして、ネゴロは溜め息を吐いた。

 

「例えば、不謹慎だが、ジャーナリストが死んだとなれば騒ぎようもあるんだが、誰も彼も記憶を失って見つかってるのが、逆に不気味でな。これじゃあ、スキャンダルじゃなくてオカルトだってんで、他の奴らもすっかり二の足踏んじまっててよ。いったい、どういう手品を使ったんだか」

 

 ここまで黙っていたコモンが、血の気が引いたような顔をして呟いた。

 

「僕、見ました」

 

「見た? 何をだ」

 

 ネゴロに向かって顔を上げたコモンの顔は、明かりのない空間であっても、よほど青ざめているのが分かった。

 

「……TLTの人が、人の記憶を消すところを」

 

 

「つまり、だ」

 

 勢いあまってコモンの襟首に掴みかかったネゴロだったが、ヒメヤにそれを諭されて幾分か落ち着きを取り戻した。

 

 コモンは、心理的な衝撃からいまだ動揺を隠せていないが、つっかえながらも、二人に先日あった出来事を話して聞かせた。

 

「そのメモリーポリスっていう連中は、怪獣被害にあって恐慌状態の人間から、被害時の記憶を消した。……そういうことでいいんだな」

 

「……はい」

 

 力なくコモンが首を僅かに動かす。

 

ネゴロは、「かあーッ」と頭を掻きむしった。

 

「本気でオカルトに片足突っ込んでるぜ。進んだ科学は魔法と区別がつかない、とは言うがよぉ」

 

 TPCに入局してからというものの、最先端の科学に触れ続けているせいで随分感覚が鈍っているが、冷静になってみれば、人の記憶を消すという事象がどれだけ不可思議なことか。ネゴロの反応を見て、コモンは自分の常識が随分と麻痺しつつあることに気付いた。

 

「確かに、『記憶消去』が現代科学と地続きなっているかと言われると……。しかも、かなりインスタントな手段で行われているようだ」

 

 ヒメヤの疑問も最もだ。

 

 記憶の研究は、これまでは脳科学や心理療法の分野で盛んに研究されてきている。だが、人の記憶というのはスイッチのオンオフのように、容易に操作できるものではない。現在において、医療現場で広く行われている心理療法も、様々な手順を踏んで行われるものだ。

 

「専門家でもないから、何とも言えないが。それでも素人目に見れば、かなり技術的な飛躍がある」

 

 科学の発展は、基本的に積み重ねだ。TPCが開発したWINGシステムのように一見既存のものから大きくジャンプしたように見えるものも、ひとつずつ紐解いていけば、全てこれまでの積み重ねの上にある。だが、メモリーポリスが行ったという記憶消去には、その積み重ねが見えない。

 

「ヒメヤ、何か心当たりでもあるのか?」

 

 そんなネゴロの問いかけに、ヒメヤは若干ぎこちないながらも否定した。

 

「……いいえ。まだ、何とも」

 

 歯切れの悪い返ししかできなかったヒメヤは、そこで話題を切り替えるように「ともかく」と言葉を重ねた。

 

「TLTが、下手すればTPCの保有する科学力を越えた技術を抱え込んでいる可能性は、十分ある。……それは分かりましたけど、ネゴロさんはどうしてここへ?」

 

 ネゴロは、今思い出したとばかりに膝を叩いた。

 

「そうだった。こんな悠長に時間使っているわけには行かねぇんだった」

 

 ネゴロはそう言って、その重たそうな腰を「よっこらせ」と上げた。そして、

 

「見せたいもんがあるんだ」

 

 

 廃坑道の奥を、三人はさらに進んでいく。

 

 ヒメヤがセーフハウスとしていた横穴よりもさらに地下へ地下へと歩みを進める。奥に行くほど、壁は綻び、至る所に罅が入っていた。暗闇が齎す心理的な恐怖よりも、崩落への物理的な恐怖の方が、コモンの心を占めた。

 

「ここを見つけたのは、本当に偶然だった」

 

 ランプを片手に先頭をいくネゴロが膝と腰を押さえて歩きながら言った。

 

「アメリカに着いてすぐにTLTの調査に入ったが、所詮伝手もない他国の記者だ。取材許可も下りるわけない。だから、まあいろいろと研究施設や事務所やらにちょいとお邪魔してたんだが」

 

「ええ、それ無断でってことですよね? 普通に犯罪なんじゃ」

 

「うるせぇ。見つかんなきゃ犯罪じゃねぇ」

 

「す、すごい理屈だ……」

 

 割と育ちが良いコモンにとって、アウトロー気質が極まったネゴロの言動は受け入れがたいものがあった。だが、それを今ここで指摘するほど子供でもない。ぐっと飲み込んで、話の先を促した。

 

「公にされてない研究施設があるのをどうにか突き止めてな。それで、その調査のためにここまできたってわけだ」

 

「公にされていない研究施設……? このあたりで、そんなレベルの大きさの施設は無かったはずですけど」

 

 そこで、ヒメヤがまさか、という表情を作った。

 

「まさか、この廃坑道の奥に……!?」

 

 ネゴロは、振り向いてにやりと笑った。

 

「その通りだ。いやあ、見つけるのには苦労したぜ」

 

 年齢不相応に子供じみた笑みを浮かべてネゴロは続けた。

 

「最近じゃあ、衛星画像もだいぶ画質が良くなってきたからな。隠したいモノは地下にこさえるしかねぇと思ってよ。この廃棄された地下坑道にアタリをつけてみたら、ビンゴだったってわけだ」

 

「さすがは長年ジャーナリストやっていただけありますね。勘ってやつですか」

 

「そう褒めるなよ。……まあ、その大当たりで浮足立って警備員どもに見つかってなけりゃあ、ミソも付かなかったんだが」

 

 見つかった後、ネゴロはどうにか追っ手を撒いて、この辺りに潜伏。機会をうかがっていたのだという。そこで、ヒメヤとコモンを見つけたという次第だった。

 

「ここはいわば仮設の研究所みたいでな。急遽必要になって誂えられた施設らしい。だから、連中も蟻の巣みたいになった廃坑道の全部の出入り口を把握しているわけじゃねえんだ」

 

 彼らが進んでいるこの道も、施設員が把握していない坑道の一つらしい。

 

「それにしても、『急遽』か」

 

 ネゴロの言葉の中に出てきた単語に引っかかりを覚えたヒメヤがそう呟いた。

 

「そう、急遽だ。見りゃその意味も分かる」

 

 ネゴロは背中越しでそう言った。そこからは、三人とも口を開くことなく、言葉を交わすことは無かった。これより先には、警備の人間が居る可能性が十分に考えられたからだ。

 

 そうして進むこと暫し。狭苦しい視界が急に開けた。

 

「うわ、広い……」

 

 コモンが小声でそう漏らした。これまでの道筋からは想像できないほどに、開けた空間が地下に広がっていた。

 

 そして、その空間にあるものを視界に入れ、コモンとヒメヤは生唾を飲み込んだ。

 

「なんだ、これは……」

 

 コモンの横で、珍しくもヒメヤが呆然とした声音で呟いた。

 

「……怪獣の、死体……?」

 

 コモンの言葉に、ネゴロが頷いた。

 

「そうだ。こいつらはどれも怪獣の死体だ」

 

 大きな水槽に浮かべられたいくつもの怪獣の死体たち。その手や頭など、部位ごとに腑分けされた状態で保管されている。

 

「こいつは、日本でティガにやられたガギ。こっちも、ついこの前ティガに負けたシルバゴンだな」

 

 ネゴロが水槽を指さして説明していく。中には、やはり説明された通りの怪獣の死体がバラバラになって浮かんでいる。

 

「あっちのは、確かギアナ高地で暴れてた怪獣だな。コモンが赴任する前に、ナイトレイダーがどうにか単独討伐に成功した奴だ。確か、レッドキングだったか」

 

 そのほかにも、同定はできないが、怪獣たちの死体から剥ぎ取られたものだろう爪や鱗、牙などが小型ケースの中に入れられ保管されている。

 

 そして、そのケースの周りを多くの研究員たちが忙しなく動いて回っている。

 

「……これも、プロメテウス・プロジェクトなのか」

 

 ヒメヤの問いに、ネゴロは「恐らくな」と返した。

 

「最近になって、生物系の科学者たちがこぞってヘッドハンティングされているのは小耳にはさんでたんだ。日本でもTPC科学局にいたタンゴ博士やゼルダガスの開発者であるネヅ博士なんかもこの計画に合流したらしい」

 

「その人たちを集めて、ここで何を……」

 

 複数の研究が並列され独自に動いているというプロメテウス・プロジェクト。その一セクションによる研究がここで行われていると言う。

 

 コモンに向かって、ネゴロはこう言い放った。

 

「表向きは、怪獣の生体研究。……その裏の目的は、怪獣の兵器化だ」

 




TIPS:ネゴロ・ジンゾウ
ウルトラマンネクサスに登場したジャーナリスト。ヒメヤと旧知の仲。やや強引かつ乱暴なやり方で取材・調査を行うが、胸の内に強い正義感を抱えている。
性格は、やや乱暴かつ自己中心的でスクープのためなら何でもする危うさがある。一方で真実を追い求める強い覚悟がある。また、ヒメヤの撮る写真をいたく気に入っている。善人と言い切ることは出来ないが、悪人とも言えない。そんな感じの人。

主人公の一人称だと、初登場の原作登場キャラは作中で説明できるんですが、長らく主人公不在のまま進んでいてメタ的な説明が不足するので、こうやってさらっと補足。ネゴロの本編の活躍などにいたっては各自本編見ていただくなりググっていただくなりしてもろて。

なお主人公がいつ出てくるのかは作者にも分からない模様(プロットの段階ではこんなに長くなるはずなかった……)
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