ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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シン・ウルトラマン見てきました!! 開始数秒で心を掴まれ、数分で身を乗り出した自分が居ました。ウルトラを長く追いかけてきたオタクならニヤけるほどのネタの数々でしたし、ウルトラマンをよく知らない人にもおすすめできる作品でした。

どこかでネタバレありの感想をまとめたいですね


#73

 地上から、甲虫を思わせる怪獣が飛び立ち、それを追うように銀色の巨人が姿を見せた。

 

「あれは……!!」

 

 逃げ遅れた人がいないかどうかの見回りをようやく終え、仮設本部へと帰投したサイジョウは、再び地上に姿を見せた両者を目にした。

 

「休む暇も与えては貰えないわね」

 

 疲労の拭えない中、それでもと自分自身に鞭をうつ。

 

「隊長、指示を」

 

 サイジョウの言葉に、ワクラは頷いた。

 

「サイジョウ副隊長はチェスターα、私はチェスターβで出る。ヒラキとイシボリは念のため避難住民たちを2キロ先の第二避難所まで誘導しろ!!」

 

 ワクラの号令で、それぞれが慌ただしく動き出した。

 

 身支度を整えながら、ワクラはサイジョウに問うた。

 

「コモンはどうした?」

 

「二手に分かれて逃げ遅れた住民がいないか見回っていたのですが、まだ戻ってきていませんか?」

 

「こちらには戻ってきていないし、連絡もとれていない」

 

 サイジョウは眉間に皺を寄せた。

 

「……どこで何をしているんだか」

 

「そうキリキリするな。コモンが連絡を怠るとは考えにくい。何かトラブルに見舞われた可能性はある」

 

 ワクラはそう言いながらチェスターβに乗り込んだ。

 

「コモンを待っている時間はないな。……いくぞ」

 

「勿論です」

 

 コモンが赴任してくる前は、チェスターαを一人で乗り回していたのだ。不安はない。

 

 それよりも、サイジョウにはワクラに確認すべきことがあった。「ワクラ隊長」とコックピットの扉を閉める寸前のワクラを呼び止めた。

 

「ウルトラマンは、どうしますか」

 

 ワクラは、視線を僅かに下げた。

 

「今回のターゲットは、あくまで怪獣だ」

 

「ですが先の作戦では、上は巨人への攻撃を指示しました」

 

 一瞬の沈黙があった。

 

「巨人への攻撃はするべきではない。これは私個人だけの考えじゃない。TPC極東も同じ考えだ」

 

「お言葉ですが」

 

 サイジョウの言葉を遮るように、ワクラは言葉を被せた。

 

「サイジョウ副隊長。君が、巨人に対して不信感を覚えているのは理解している。だがそれは、自分の復讐心からくるものではないと断言できるか?」

 

 言い返そうとして、しかしうまく言葉が出てこなかった。

 

「その感情は、お前を前に進ませる動力源なのかもしれない。だが、過ぎれば目を曇らせるぞ」

 

 諭すように告げて、ワクラはチェスターβの扉を閉めた。

 

「上からの命令がこない間は、積極的に巨人を攻撃することはしない。いいな」

 

「……了解」

 

 短く告げて、サイジョウもまたチェスターαに搭乗した。

 

 エンジンに火を灯し、空に浮き上がる。独特の浮遊感を体に感じながら、しかし気分は底に沈んだまま。

 

 一瞬だけ、強く目を閉じた。

 

 瞼の裏に幼い日の光景が浮かび上がる。

 

 倒れ伏す両親。立ち尽くす私。嘲笑う人影。

 

「あれは、ウルトラマンだった」

 

幼いころの記憶だ。おまけに当時は激しい混乱の中にいた。サイジョウの記憶に客観的な信憑性はない。それは自分自身でも分かっている。それでも、暗闇に人魂のように浮かぶ瞳も、光沢をたたえた無機質な肌も、記憶に焼き付いて離れない。

 

恐怖と混乱に心が千々に乱れ、視界は夜闇と涙で歪んでいた。その中で捉えられたのは朧げな輪郭だけ。

 

 その姿は、ノアと呼ばれた巨人によく似ていた。

 

 

 バグバズンとネクサスの第二戦は、ネクサスのワンサイドゲームと化していた。

 

「デュアッ!!」

 

 右腕から放たれる重たいストレートパンチ。ネクサス=ヒメヤが、先の戦闘を踏まえてバグバズンの動きに順応し始めてきたのに加えて、バグバズンは地下施設にあった怪獣の死体を吸収し損ねて回復が間に合っていないようだ。バグバズンは自慢の甲殻で連打を耐えるが、負荷に耐えられなくなった装甲がピシリピシリとひび割れていく。

 

「グルギャアア」

 

 長い尾を器用に動かし、バグバズンはネクサスの背後を襲った。だがネクサスはそれを早々に見抜き、身体を翻した。

 

 両者の距離が開く。先手をとったのは、やはりネクサスだ。

 

 指先から放たれた光弾がバグバズンの顔面を直撃した。

 

「グユアアッ!?」

 

 感覚器が集中する顔面を焼かれ、さしものバグバズンも痛みに悲鳴を上げた。明確な隙を前に、今度はナイトレイダーが狙い打つ。

 

 チェスターαから放たれた十数発のミサイルは、ネクサスを飛び越えて怪獣を直撃した。

 

「今だけは……!!」

 

 コックピットで呟いたサイジョウの言葉は、ネクサスに届くことは無い。それでもネクサスはナイトレイダー側に今は敵対の意思はないことを読み取った。

 

 改めて、ネクサスはバグバズンに向き直った。

 

 怪獣はネクサスとナイトレイダーの連続攻撃にたじろいでいる。午前中の戦闘の疲労もあるだろう。明らかに動きが緩慢だ。

 

 だが、疲労を蓄積させているのはネクサスも同じだ。さほど時間を置かずの連続変身は、確実に変身者であるヒメヤの体力を削っている。

 

 早々に決着をつける。そう判断を下したネクサスは、両腕を交差させ必殺の光線を放とうとし、

 

「デュアッ!?」

 

 肩に衝撃。堪らずネクサスが吹き飛んだ。

 

「一体何!?」

 

 動揺が声になって漏れたサイジョウのイヤホンに、チェスターβを駆るワクラの声が届いた。

 

 索敵を主目的とするチェスターβは、ネクサスを意識外から攻撃してきた敵の位置をいち早く掴んだ。

 

「地下だ!! 地下にまだ怪獣がいる!!」

 

見れば、地割れの奥底からこちらを伺う無機質な瞳。そして長くのばされた舌がうにょうにょと蠢いている。

 

「このっ!!」

 

 隙間を狙うようにサイジョウがその地割れの向こうに潜む敵を狙い撃つ。

 

「ギシャアアア」

 

甲高い声。それは悲鳴ではなく、開戦の狼煙となる雄叫びであった。巻き上げられた土煙を吹き飛ばして、地下から怪獣が飛び出してくる。

 

「もう一体の、バグバズンだと……!?」

 

 ワクラの動揺する声を耳にしながら、サイジョウはごくりと生唾を飲んだ。

 

 

 二体目のバグバズンが地上に姿を見せていたころ。コモンとネゴロは、もはや無人となった地下施設を進んでいた。

 

 元来た道は、バグバズンの侵攻によって安全とは言い難い。生き埋めになる可能性があったため、避難ルートには使えなかった。そのため二人は、先に逃げた研究員たちが使ったであろう経路を辿っていた。

 

「これで先に逃げた連中と鉢合わせになったら全部おじゃんだ、畜生」

 

 大事そうにパソコンの本体を抱えて、ネゴロがぼやく。

 

「仕方ないじゃないですか。文句言ってないで早く歩いてください」

 

「俺は善良な民間人なんだぞ。ナイトレイダーの隊員なんだから、もっと恭しく扱えよ」

 

 唇を尖らせてネゴロは言った。

 

「お前さん、俺に対する扱い雑になってない?」

 

「そんなことないですよ」

 

口ではそう言うが、コモンもいい加減ネゴロに対して気を使うことは無くなりつつあった。

 

「そんなことより」

 

「そんなことってよぉ……」

 

 言いたいことがあると口を開きかけたネゴロの言葉の続きを、コモンはジェスチャーで黙らせた。

 

「静かに」

 

「な、なんだよ」

 

 歩みを止めたコモンが耳をそばだてて、首をひねった。

 

「おかしい。人の気配がない」

 

「……もう皆外に出たんじゃないのか」

 

 コモンは、逃げ出す際に回収したこの地下施設内のフロアマップの写しを開いて首を横に振った。

 

「この規模に加えて、研究員のパニックの度合い、それに警備隊の避難誘導の拙さを見るに、彼らがもう地上に出られたとは考えにくいです」

 

「そ、そんなもんか?」

 

「避難誘導の誘導係の訓練は、TPC隊員の基本ですから。感覚的に、多分間違いないと思います」

 

 半分パニックになりつつあった彼らが、こうも迅速に、しかも全員が逃げ切れたとは考えにくい。

 

「ならこの地図に描かれてない避難経路があるとか」

 

「このフロアマップは、身内用のもののはずです。少なくとも、有事の際の避難経路がこれに描かれていないというのはあり得ないはずですよ」

 

 壁際に身を寄せながら、コモンは思案した。

 

「あるいは、もしかして」

 

 歩みを止めたコモンに対して、苛立ったようにネゴロが足踏みした。

 

「おいおい、早いとこトンズラしねぇと……」

 

 そこで、ネゴロは通路の先に人影を見つけた。

 

「なんだよ、いるじゃねぇか」

 

 指さした先には、光の加減でよく見えないが、確かに人のようなシルエットが確認できた。見ればどうにも歩き方がヨタヨタとしており、体調を崩しているのであろうことが歩き方で分かった。

 

「一人だけか。逃げ遅れたのかねぇ」

 

 ネゴロは首を傾げた。

 

「……ここに居るのがばれたらまずい身の上とはいえ、見過ごすのも寝覚めが悪いか。おーい、こっちだこっち」

 

 根が悪人ではないネゴロがここで仏心がでたのか、その人影に向かって手を振って声をかけた。すると、その人影はこちらに気付いたようだ。

 

「お、気づい「ダメだネゴロさん!!」

 

 コモンがネゴロを突き飛ばした。

 

「何しやが……ひっ」

 

 しゃくりあげるような空気の漏れる音を喉で鳴らして、ネゴロはたじろいだ。先ほどまで立っていた場所に、気色悪い人型の蟲が這っていた。

 

「お、おい。こいつが、さっきの人影だったのかよ……」

 

 慄くように表情を固まらせたネゴロが震えた指で、その怪人を指し示した。

 

「あの距離を一瞬で詰められた。恐ろしいほどの跳躍力だ……」

 

 コモンはディバイドシューターを構えた。怪人は、跳びついた先に人がいなかったことにようやく気付いたらしい。よろめくように立ち上がった。

 

「きし、しゃ」

 

 空気の漏れるような鳴き声を漏らし、怪人が顔を上げた。その眼は虫の複眼であり、そこから感情は何も読み取れない。無機質な殺意。あるいは食欲だけが、全身から発散されている。

 

「キシャアッ!!」

 

「このっ!!」

 

 足に力を貯め、再び跳躍の姿勢を見せた怪人。コモンは先んじて、ディバイドシューターの引き金を引いた。狙いは外しにくい体の中心。腹部に吸い込まれた弾丸は、怪人の身体を貫いた。

 

「ギッ」

 

 短い断末魔を上げて、蟲怪人は崩れ落ちた。緊張を解いたコモンは「ふう」と息を吐いて、構えを解いた。

 

「な、なんだったんだ、こいつは……」

 

「わ、わかりません。こんな奴は、見たことがない」

 

 これまで、人間大の怪獣はナメクジ型のペドレオンしか確認されていない。このような人のような挙動をする虫人間の目撃例はない。

 

「な、なあ、もしかして、皆コイツに食われちまったのか……?」

 

 身近に差し迫った生命の恐怖を今更に実感したのか、ネゴロは顔を真っ青にしてコモンの肩をつかんだ。

 

「……そんなはずはないですよ。だって、それほどの脅威じゃない。動きこそ素早いですけど、硬くはない。現に、弾丸一発で死んでますから」

 

「た、弾が一発でも当たれば生き物は大概死ぬんだよ」

 

「大概の怪獣はそれじゃあ死なないんですよ」

 

 ネゴロを諭しながらコモンは続けた。

 

「この程度であれば、ここの警備兵一人でも倒せるレベルですよ。それこそ」

 

 自分自身の発言に、コモンははっと目を見開いた。

 

「それこそ、一体程度じゃあ……」

 

「ま、待ってくれよ。じゃあ、」

 

 一体ではなかったら?

 

 ネゴロが言い終わるよりも前に、コモンたちが進んできた方から、新たに人影が現れた。しかもそれは十や二十では利かない数だ。

 

「ネゴロさん走って!!」

 

 後ろから輪唱の様に聞こえてくる虫の鳴き声を置き去りにして、二人は駆けだした。

 

「く、くそ!! ゴキブリかなんかか!?」

 

「こんな数、どうすれば……!!」

 

 全速力で走る二人の前に、新たに集団の人影。見るまでもなく、蟲人間の集団だ。

 

「こっち!!」

 

 立ち止まりかけたネゴロの手を掴んでコモンは進路を変えた。

 

「あ、ああ!? パソコンがあ!?」

 

「もうそんなこと言っている場合じゃない!!」

 

遂にネゴロが抱えきれなくなって落としてしまったパソコンは、雪崩のように向かってくる蟲人間の波の中に消えていった。

 

「だ、大事な戦利品が……」

 

「あんな大荷物抱えて逃げ切れるはずがない!! もう諦めてください!!」

 

 そうやり取りしながらも、二人は懸命に走る。だが、後ろから迫る蟲人間は衰えを知らない。一方こちらは、コモンはまだしもネゴロが既にスタミナ切れに近い。

 

「あぐっ」

 

 案の定、足をもつれさせてネゴロは頭から地面に激突した。

 

「ダメだ、もう逃げ切れない……!!」

 

 ネゴロを捨て置くことなど出来るはずもなかった。コモンは意を決して銃を構えた。だが、向かってくる怪人たちの群れは、目算で既に百に近い。この手にある銃一つでは到底この数を迎え撃つことは出来ないだろう。

 

「それでも——」

 

 歯を食いしばる。きっと一人だったら絶望に足を折っていた。だが、守るべき民間人を前にして、自分が真っ先に諦めるわけにはいかないのだ。

 

 恐怖と疲労で震える足を拳で叩きつけて、自分自身に言い聞かせた。

 

「諦めるな……っ」

 

 コモンのディバイドシューターが火を噴いた。それは先頭を走る怪人を数匹撃ち殺したものの、敵はその屍を踏み越えて、あるいは壁にして迫ってくる。

 

「ひっ、ひいいい!?」

 

 ネゴロが遂に両手で顔を覆い隠して、蹲って、きたる死の衝撃に備えた。

 

 だが、一向にやってくる気配がない。

 

「何が……」

 

 銃撃音が連続する。それはコモンの撃つものだけではなかった。

 

 二人の背後から、怪人たちを撃ち殺しながら歩いてきたのは、一人の男だった。

 

 いっそ暑苦しいほどの漆黒のロングコートを翻し、逆立てた髪を風で靡かせて、男は戦場に姿を見せた。

 

 銃のようにして手に持っているのは、闇が凝縮されたような未知のデヴァイス。だがそれを見て、コモンは息をのんだ。

 

 肌で感じるのだ。ひりつくような『闇』が、それには込められている。

 

「貴方は、」

 

 コモンの問いかけに応えることなく、男は怪人たちとコモンたちの間に身を滑り込ませた。

 

 男の名は、ミゾロギ・シンヤ。

 

 コモンは知る由もない。かつてナイトレイダーの副隊長であった男だった。

 


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