ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
今回は話の切りどころが分らずいつもより長くなってしまいました。
コモンの窮地を救った男は、猛禽類を思わせる鋭い視線を怪物の群れへと向けた。
「うじゃうじゃと……」
耳にした男の声音は、低音の中にどこか鬱屈した感情を滲ませている。男は屈折した感情を叩きつけるように蟲人間どもに向けて発砲した。
放たれた黒光の弾丸は、一度に五体の怪物どもをまとめて薙ぎ払った。
「すごい……」
感嘆を漏らすコモンを一瞥し、黒コートの男は声を荒げた。
「何をぼさっとしている!! 手を止めるな!!」
「は、はい!!」
叱咤され、コモンは再び銃口を敵の群れに向けた。そしてトリガーを引く。
黒コートの男ほどの数は無理だが、それでも一体一体撃ち漏らさないよう注意しながらコモンは怪人たちを処理していった。
そうして、いったいどれだけ経ったのか。体感としては一時間とも二時間ともとれるほどの濃密な時間だった。だが、ちらりと手元の腕時計を見れば、経過した時間はせいぜい二十分といったところだった。
ほう、と安堵の息を吐いて、コモンは銃をホルスターに仕舞い込む。そして、助けてくれた男に声をかけた。
「あの、」
ありがとう、というところで腹部に強い衝撃。
「あ、ぐう……!?」
殴られたのだと理解するころには、コモンは膝を屈していた。
「警戒心が薄すぎる。ナギにいったい何を習ったんだ」
軽蔑の眼差しの中に若干の呆れを混じらせて、男はコモンをせせら笑った。
「どうして、副隊長の名前を……」
男の突然の凶行を見て怯えながらも、ネゴロは黒コートの男を指さして言った。
「お前、ミゾロギ・シンヤだな……?」
「ミゾロギ……シンヤ……?」
「お前がアメリカに来るより前に、ナイトレイダーの副隊長だった男だ。作戦中の事故で消息不明になっていたはずだが、まさか生きていて、おまけにこんなところに居るなんてな」
警戒心を滲ませるネゴロを一瞥して、ミゾロギは口角を引き上げた。
「一応ナイトレイダーのメンバーは機密扱いなんだが。……ネゴロ・ジンゾウ、やはりその捜査能力は危険だ」
その言葉に不穏を感じたコモンは、這う這うの体でネゴロを庇うようにミゾロギの前に立ったが、
「邪魔だ」
「あがっ」
裾長のコートを翻して放たれた鋭いハイキック。そのつま先がコモンのこめかみを急襲した。その一撃を無防備に受け、コモンは白目になって背中から崩れ落ちた。
「し、死んでねぇよな……?」
「蹴り程度で死ぬものか」
吐き捨てて、ミゾロギはネゴロの二の腕を乱暴につかんで引き上げた。
「大人しくついてこい。……お前まで気絶させると、運んでいくのに面倒だ」
ネゴロのたるんだ体型を一瞥して、ミゾロギは言った。
「……今日は厄日だ」
天に悪態をつくのが精いっぱいだった。ネゴロは観念したように両手を上げた。
※
地上では、ネクサスが二体の怪獣に挟まれて窮地に立たされていた。
二体目のバグバズン。一体目に比べて、やや朱を帯びた体色の甲殻と鎌状の両手を持つ虫型のEビースト。
バグバズングローラー。
虫の細胞を急襲したEビーストが派生進化した、バグバズンの亜種あるいは発展形である。
「先手必勝……!!」
サイジョウの操るチェスターαがタタタッと軽快な発砲音を上げて旋回する。
弾丸は全弾がバグバズングローラーに命中。これが通常種のバグバズンであれば、怯んだりする挙動を見せただろう。
だが、
「全くの無傷、だと……」
チェスターβの各種計測器から返される解析結果に、ワクラは愕然とした。今チェスターαから放たれたミサイル射撃であれば通常のバグバズンの装甲を軽度ではあるが破壊し得るというのがTLTから提示された情報だった。だが、二体目のバグバズンはその計算結果を理不尽にもねじ伏せた。
「確実に全弾命中していた。しかもクリーンヒットだ。これで無傷となると、いよいよ打つ手がないぞ……」
一体目を凌ぐ装甲を盾に、バグバズングローラーは甲高い方向を上げてネクサスに迫る。
「デュアッ!!」
痛めた肩を庇いながらも、ネクサスが構えた。だが、一体目のバグバズンも処理できていないままの状況。形勢は極めて不利だ。
——二体同時に相手取るには……——
銀の戦士から赤の戦士へ。
より攻撃力に特化した姿。だがその分だけエネルギーの消費量と消費速度は跳ね上がる。間を置かない連続変身も相まって、これでどれだけ戦えるか。
——メタフィールドを展開できるほどの余力はない、か。
膝をつきかけて、しかしそれをどうにか耐えた。
ここでの転身は賭けだ。一度でも防御に転ずれば、時間切れでこちらが敗北する。だがそれでもネクサス=ヒメヤは勝てる方を選択した。
バグバズングローラーの振りかぶる鎌を躱し、腕の付け根を掴む。そしてバグバズンに向かって投げ飛ばす。
そして連続して光弾。怪獣に攻めに転じさせない怒涛の攻撃。
「シュアッ!!」
——だがこれがいつまで保てるか……。
※
ネクサスが二体の怪獣を相手にしている間、コモンを欠くナイトレイダーは対抗策を練っていた。
住民を避難させていたヒラキ、イシボリ両名が戻ってきたものの、すぐさま反撃とはいかない。
「二体目のバグバズン……バグバズングローラーの装甲は一体目のものの約三倍の耐久度ですね」
イシボリがリアルタイム解析のデータを読み上げていく。
「両腕の鎌も合わせて、スタイルは日本で確認されたリガトロンに似ています」
ジュピター3号を取り込みながら宇宙から飛来した怪獣、リガトロン。奴はティガとオルタナティブ・ティガによって討伐された怪獣だったはずだ、とワクラは腕を組んだ。
「その時はどうやって倒したんだ?」
「ログによれば、両巨人は装甲の合間に攻撃を当てて有効打を与えています。あとは、やはり高火力の光線技ですね」
「今のネクサスに、どこまでその余力があるでしょうね……」
ヒラキが懸念を口に出す。現状どうにか二対一の状況を保っているネクサスの動きは、今や精細を欠いている。少なくとも二体同時に敵を相手にするのは、どう考えても無理がある。
「我々で、とどめを刺す。少なくとも一体目は確実に我々で仕留める」
そう言い切って、ワクラは大型携帯銃であるディバイトランチャーを肩に担いだ。
「チェスター各機でネクサスを援護。奴らの注意を引いたところで、地上から俺とヒラキで一体目のバグバズンを討つ」
「あまりに危険です」
さしものサイジョウも、その特攻に近い作戦には異を唱えざるをえない。
だがワクラはそれを視線だけで押さえつけた。
「イシボリ、ディバイドランチャーの攻撃は奴らにどれくらい効く?」
「……一体目のバグバズン——茶色い方であれば、理論上およそ15メートルまで近づくことができれば、甲殻の上からでも討伐可能です。ですが」
「そこまで近づくなんて、あまりにも……」
「だが、やらねば我々の敗北だ。チェスター各機に積んである火器の補充も間に合っていない。『これ』で奴を倒すしかないんだ」
そう言って担いだディバイドランチャーを差しながら、ワクラはヒラキを見た。
「すまないヒラキ。どうしても、お前の狙撃能力が必要だ」
顔を顰めて、だが厳然とした決意とともにヒラキは頷いた。
「隊長にそこまで言われたら仕方ないですねー。まあ、あのゴキブリ、なんだかわかんないですけど、一発ぶち込んどかないといけない気がしますし」
どこか緊張感に欠けたいつも砕けた口調。ここにいる全員が、それが無理をして言っていることに気付いていたが、あえてそれを口にすることは無かった。
「サイジョウ、いいか」
ワクラの真っすぐな視線からサイジョウは目をそらした。
——弱くなったな、私は。
くすぶり続ける復讐心と仲間たちとの記憶が交互に脳裏をかすめる。そして最後に、火の中に消えていった『あの男』の後ろ姿——
そのすべてを振り払う。
「了解しました。全力で囮役を務めさせていただきます」
※
天高くから紺色の翼が降下する。
チェスターα。サイジョウが駆る、ナイトレイダー配備の中では最も機動力に優れた機体だ。
怪獣と巨人の合間を滑るように横切る。
「ぎしゃあ」
動くものに反射的に反応したのは、茶褐色に身を包んだバグバズンだ。
虫をベースにしたバグバズンは狡猾さも垣間見せるが、一方で動物的な本能には逆らえない。手近な動くものをどうしても追いかけてしまうという狩人としての性質。TLTの解析班による情報の通りだ。
振り向いたバグバズンにつられ、バグバズングローラーもチェスターαに視線を誘導された。
ネクサスとサイジョウが一瞬のアイコンタクト。
——行きなさいよ。今はその背中、狙わないでいてあげるから。
複雑に屈折した心を押し殺した瞳。どこまでネクサスがそれを理解したかは分からない。だが、ネクサスは戦闘のリソースをバグバズングローラーの方へ向けた。
巨人の手から離れたバグバズン。背後ががら空きになったネクサス目掛けてその鋭い牙を突き立てようとし、
「あまり俺たちを無視してくれるなよ!!」
文字通りに足元を掬われた。
最大火力で放たれたディバイドシューターは、その火力を遺憾なく発揮した。
「うっぐ、肩が持っていかれる……!!」
理論上は高硬度の怪獣の体表を貫いて絶命させることも可能なディバイドシューターは、しかしその反面ノックバックが酷く、熟練の兵士であろうとも扱いに難渋するじゃじゃ馬兵器だ。ワクラであっても短時間での連発は不可能に近い。
だが、その成果はあった。
「ギシャアッ!?」
自重を支え切れず、バグバズンは悲鳴を上げて背中から倒れこんだ。そして、地面に叩きつけられた頭を傾けると、
「ようこそ~」
にやり、と渾身の笑みを浮かべたヒラキが、待ってましたとばかりに小柄な体に似つかわしくない砲身を構えていた。
「ファイアッ」
一瞬のフラッシュアウト。そして、鼓膜を揺らす激裂な爆発音と空気の焼けるに臭いが鼻をつんざく。
口の隙間から撃ち込まれたディバイドシューターの弾丸は、口内の歯を次々に砕きながら喉頭、そして脳幹までを一直線に貫く。
「ぎ、し」
断末魔すら許さない。多くの無辜の人々を食い荒らした怪物は、人の手によって討ち果たされた。
「これでいっちょ上がり、ね」
※
同胞の死。バグバズングローラーにとって、それはまるで意味を持たない。
彼らはEビースト。スペースビーストの新たな可能性。文明の根幹をなすライフライン——すなわち電気を喰らい、知生体の根源たる感情——すなわち恐怖を喰らう怪物。知的生命体すべての天敵。
彼らに種としての同族意識はない。元より、ベースとして取り込んだ原生生物の遺伝子データを基に身体を改編する彼らは、その生体からしてもはや個々が独立した別種といって差し支えないだろう。
彼らは一世代の間で『進化』する。より効率的に、より効果的に飢餓を満たすために。
バグバズングローラーは、バグバズンと同様地球上の昆虫類の遺伝子を取り込んだが、その進化はすでに異なった発展を遂げていた。
『彼女』は、群れを成す昆虫の生体そのものを模倣した。
「ギシャアアアアッ」
ナイトレイダーにバグバズンが撃たれた直後。バグバズングローラーは、一際甲高い鳴き声を上げた。
その高周波は地下にさえ届く。そして、バグバズングローラーの足もとから続々と人型の蟲たちが沸いて出てきた。
「何なの、アレは……!?」
上空からサイジョウが捉えたのは、悍ましい光景。
神にささげられる供物のように、蟲人間たちが頭を垂れる。そしてそのままバグバズングローラーに捕食されていく。
「女王蟻か何かの生態を真似ているのか……!?」
ワクラに代わってチェスターβを駆るイシボリが驚愕の表情を浮かべた。
そうこうしている内に、手早く『補給』を済ませたバグバズングローラーの体表が蠢き、身体の各部から角が伸びる。
「部下を取り込んで、力を増した……?」
嘶いて、バグバズングローラーはネクサスに体当たりをかます。粗雑な攻撃だが、ネクサスは受け止め切れずに吹き飛ばされた。
明らかな膂力の上昇。このごく短時間で怪獣は進化したのだ。
「最悪ね」
苦虫を噛み潰したようにして、サイジョウがバグバズングローラーの前に躍り出る。
攻撃が通用するとは思えない。だが、このままみすみす黙ってウルトラマンが敗北するのを見ているだけというのも癪だ。
「……お前を庇ったわけじゃない」
いっそ怒りさえ滲ませて、サイジョウは巨人を睨みつける。そして怪獣を見やった。
砲撃。なけなしのミサイルを一斉掃射。どれも、さらに硬度を増したバグバズングローラーの硬い装甲に阻まれる。ダメージを与えられないことは判っていた。たった一瞬でも怪獣の意識から巨人を外したかった。
サイジョウの献身もあってネクサスは態勢を立て直す。だが、
「ちぃ。ここまでか……」
長い尾が、チェスターαの翼をかすめた。挙動が不安定となり、不時着を余儀なくされる。
残るチェスターβは指揮官機であり、攻性兵装は既に使い切っていた。
すなわち、巨人と怪獣の一騎打ち。
だが、すでにネクサスは死に体に近い。敗北はすぐそこまで迫っていた。
※
現場の誰もが、そしてネクサス=ヒメヤでさえ敗北を幻視した。その間際だった。
漆黒の光。
「グギャアアッ!?」
全くの意識の外からの攻撃に、バグバズングローラーが悲鳴を上げて数歩後ずさりした。
「何が、」
攻撃した何者かの方向にあたりをつけて、ネクサスがそちらに顔を向ける。だが、そこには誰もいない。
否。
ネクサスの瞳は、人の可視光域を超えた範囲を視認できる。その眼が、おぼろげに揺らめく空間を見つけた。
断絶された空間。その先を垣間見る。
水面のように揺らめく境界の向こうは暗く、昏い。黄昏のまま止まった朧の世界に佇むのは、見たこともない黒い巨人。
恐らくはネクサスが使うメタフィールドと同様の特殊空間。その中に黒い巨人が居る。
黒い巨人は、二度三度と光弾を放つ。破壊に特化したその攻撃は狙いも正確だった。甲殻と甲殻のつなぎ目を正確に狙撃していく。
圧倒的な攻撃にバグバズングローラーが遂に膝をつきかけた。そして、追い打ちのように、黒い巨人は両腕を交差させた。
ネクサスの必殺技を彷彿とさせる、破壊の光。ダークレイ・シュトローム。
「———っ!!」
声は聞こえない。ただ破壊の光だけが、現世に投影された。
そして、爆発。
バグバズングローラーは、誰に殺されたのかもわからぬまま、嬲り殺されて果てたのだった。
※
「っはあ、」
身体にわだかまる熱を、吐息にして吐き出す。それでも心の裡で暴れ狂う『闇』は男の制御から逃れようと暴れ回る。
意味もなく、手近にあったコンクリの塊に拳を打ち付けた。
闇が齎す破壊衝動。殺意。コンクリを砕いたところでこの熱は一向に冷めはしないだろう。
耳元で誰かが囁く。壊せ、殺せ。何もかも台無しにしろ。そんな幻聴を振り払うように、男は誰もいない空間に拳を振るった。
だが、それを受け止める人物がいた。
「落ち着け、ミゾロギ・シンヤ」
黒色ゴシック調の服を着た女だった。いや、女というには若すぎる。放たれるオーラは魔女のそれだが、見た目は裏腹にひどく若い。十代後半といって差し支えないだろう。
穏やかながらどこか冷たく、陰を帯びた表情をたたえる少女は、纏う雰囲気も重たく、そして鋭い。裡に秘めた強い使命感故か。まるで剣のような、触れれば切り裂かれるような存在感があった。
ゴシックドレスの少女は労うようにミゾロギの手を握る。そして、ここにいるもう一人の少女に声をかけた。
「頼む」
「了解なのです!!」
ふんす、とやる気十分とばかりに両手を握る。
少女が何かをしたようだ。肩を上下させていたミゾロギの呼吸が、徐々に落ち着いていく。
「……すみません」
「いえいえ。ミゾロギさんには、ご迷惑をおかけしてますから」
ミゾロギを回復させた少女は、そう言ってはにかんだ。
黒の少女に反して、彼女は白を基調にした服を纏っていた。そしてその雰囲気も正反対だ。黒の少女が陰なら、白の少女は陽。どれほどの暗がりでも陽だまりに変えてしまう、夜明けを齎す朝の陽ざしのような少女だった。
「それにしても無理をしたな。危うく『闇』に飲み込まれるところだった」
「そうですよ!! もう少し押さえないと」
二人の少女に交互にたしなめられ、ミゾロギは苦笑いを浮かべた。
「分かって、います。……だが、あのままでは危なかった」
「それは、そうですけどぉ……」
しょぼん、と白い少女は肩を落とした。
「ごめんなさい、私たちが変身できないばっかりに……」
「いえ、そんなに謝らないでください。……あの日、闇に囚われかけた俺を引っ張り上げてくれたのは、貴女たちなんですから」
殊勝なミゾロギの言葉を、やんわりと黒い少女が否定する。
「いや。私たちはあくまできっかけに過ぎない。最後に踏みとどまったのは、お前の意思だ」
黒い少女はそう言い切り、そして続けた。
「だが、お前の中に巣食う『闇』は厄介だ。あまり無茶はするな。……一度暴走したら、今の私たちではお前を押さえられない」
「でも、だからこそですよ。お二人が変身できない間は、せめて俺が貴女たちの矛となり盾となる。それがせめてもの恩返しですから」
未だ震える膝を押さえつけて、ミゾロギは立ち上がった。
「それで、首尾の方は」
黒い少女が頷き、懐から人形を取り出した。
「この研究所に持ち込まれていた『ゴモラ』のスパークドールズは確保した」
「そしてこっちも」
白い少女が手にしているのは、厳重な箱の中に仕舞われた、一見ただの砂に見えるもの。
「……これが『アーク』。黄金のピラミッドにティガと共に眠っていた、二人の巨人像の破片……」
彼らがこの研究施設に潜入した理由。それはTPCから引き抜かれた『ある研究員』が秘密裏に持ち出した希少品を確保するためだった。
「『アーク』の方は、それで全部ではないでしょうね。各地のTLT関連施設にも分割して保存・研究されているはずだ。全部確保するのは、現実的ではない……」
ミゾロギの言葉に黒い少女も同意した。
「ああ。だが、これだけあれば目標は達することが可能だろう」
その目標までは、ミゾロギは聞かされてはいない。だが、強引に聞き出そうとも思わなかった。
彼女たちは、歴史の裏で人類を守護してきたという。助けられた恩もあって、ミゾロギは二人を必要以上に問い詰めるようなことは出来なかった。いずれ、時が来れば話てくれるのだろう。
「ところで、その男は」
黒い少女はミゾロギの傍らで意識を失って縛られている中年の男——ネゴロを見て訪ねた。
「TLTを嗅ぎまわっていたジャーナリストです。……腕が良さそうだったので、使えるかと」
その言葉に、白の少女は顔を歪めた。
「もう!! 相手の意見も聞かずに連れてきちゃダメじゃないですか。ミゾロギさんはちょっと乱暴ですよ!!」
「まあ落ち着け。どうせミゾロギがここに連れてこなければ、今頃土の中か、TLTに捕まって記憶消去されていただろう。あまり責めてやるな」
黒の少女がミゾロギを庇ったことで、白の少女は不満そうではあるがこれ以上口を挟むことは無かった。
「この後は」
ミゾロギの言葉に、黒い少女は苦笑を浮かべた。
「ミゾロギ、お前が戦いたいと思っているのは判っている。だが、私たちは今満足に戦えないし、お前もまだ暴走する危険がある。——古き友は言った。急いては事を仕損じる、と」
「そうですよ。……私も悔しいですけど、今はシフクの時、ですから」
「ああ。まだ、どこで誰がこの地球を見ているとも限らないからな」
「うう、あの人とか、あの人とか……。もうそろそろ目を覚ましてもおかしくないですからね……」
はあ、と二人そろって溜め息を吐く二人。ミゾロギには分からないが、彼女たちにしか分からない悩みや懸念があるようだ。
「ではこれまで通りに?」
問えば、黒い少女が頷いた。
「この地球の地脈の要所を押さえつつ、流れ着いた『人形』探しだ。……地球の外はあの風来坊に頼んだ分、こちらもサボっていられない。それにTLTの研究資料の中にあった『マリア』というのも気になる。こちらも調べよう」
「それじゃあ改めて、がんばりましょー!! おー!!」
「おー」
「ほら、ミゾロギさんも」
「お、おー」
黒い少女はともかく、白い少女のテンションには時々ついていけないな、と内心で溜め息を吐くミゾロギだった。
二人の少女の口調が全く安定しません。おかしかったら言ってください……。
おまけ
「ところで、どうして敬語なんですか?」
「そうだな。これからは人目に付く場所での活動もあるだろう。私たちみたいな小娘に、ミゾロギのような男が敬語で話すのも不自然だろう」
「すいません。何分、長いこと軍にいましたから。どうしても年長者の方には敬語になってしまうというか。敬老の精神が抜けないと言いますか」
「…………ネンチョウ???」
「…………ケイロウ???」
「はい。勿論助けられた恩もありますが、一回り二回りどころか百年単位で上ともなると、やはり畏敬の念が痛い痛い痛い両方のつま先がピンヒールで踏み抜かれたように痛いっ!!??」
「ミゾロギ、そんなんだから振られるんだぞ」
「そうですよっ!! 女の人に年齢の話題はタブーです!!」
「ふ、振られてはいませんっ。『今までそういう対象として見ていませんでした』と言われただけで」
「「え、えー……」」