ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
「ここがアメリカ・・・・・・」
一人の日本人女性が、大きなキャリーケースを引っ張りながら空港の出口前に立った。グレーのビジネススーツをきっちりと着こなした彼女は、強い陽射しをやや鬱陶しそうにして片手を太陽に翳した。
周囲には観光客が多い。どうにも団体客とかち合ってしまったらしい。あちこちから聞こえるはしゃいだ声は、彼女の気持ちを大いに下げさせた。
「はあ。遊びに来た人たちに囲まれるのは、気が滅入ってくるわね」
一人、ため息とともに吐き出して、気を取り直した彼女は、アメリカにまで来る理由となった一通のメールを改めて開いて見た。
文章を生業とする記者としては落第点と言わざるを得ない、散らばった文章。要点を抜き出せば、メールの送り主である彼は誰でもいいから人手が欲しいらしかった。しかし、一体何を知り得たのか、何があったのかという重要な点は曖昧にされたまま要領を得ない。普通、これでは応援を送ろうという気にはならないだろう。
ただ、熱だけは伝わってくる。もはや中年の域を超えてなお現場にこだわる姿勢を崩さない、ネゴロ・ジンゾウという人物の人となりを知らなければ、彼女もわざわざこうして出向くこともなかった。
「まあ、ネゴロさんが応援依頼を出してきたってことは、何かしら掴んだということなんでしょうし」
ネゴロが単身アメリカにまで乗り込んで探りを入れているという一件は、彼女も知り得ていた。その都市伝説一歩手前まで来ている奇妙な事件の尻尾を掴んだというのなら、同じくジャーナリストの端くれとして手を差し伸べないわけにはいかなかった。
彼からのメールには、彼の滞在先のホテルの住所が記されている。まずはそこで落ち合おうということらしい。
「女性に『ホテルで会いましょう』なんて、ほんとに・・・・・・」
デリカシーとか思いやりとか配慮とか、そういった概念を最初から知らないような人物であることは前々から知っていたが、これで彼はよく問題を起こさずにこれたものだ。
若干の呆れを含みながらも、彼女ーーサクタ・メグミはタクシーを拾って記された滞在先赴くのだった。
彼女がネゴロの失踪に気づいたのは、それからすぐのことだった。
※
ラフレイア撃破から一夜明けて、コモン・カズキは臨時の休暇をもらっていた。意気消沈の彼に気晴らしでもしてこい、というワクラの配慮だった。
当初はそれを固辞したコモンだったが、ヒラキやイシボリにも押し切られてしまい、あえなく休日を享受する身になってしまった。
「気晴らしって言ったってな・・・・・・」
ネゴロの行方は分かっていない。自分から姿をくらませた可能性もあるが、恐らくはミゾロギ・シンヤに拉致された可能性が高い。
突如あの場に現れたミゾロギの真意は掴めず、TLTの暗部にも踏み入れない。収穫といえば、ナイトレイダーが実は裏でTLT暗部を捜査していたことをワクラに聞かされたことくらいか。闇の中で蠢く陰謀に立ち向かっているのが自分だけではないと知った時は、幾分か気が楽になった。それでももう少し早く打ち明けてくれても良かったと思うのだが。
「それだけ頼りなく見えるってことだよな・・・・・・」
自分の言葉に、さらにコモンは肩を落とした。ただでさえ低かった自信はミゾロギに敗北したことでさらに低くなってしまった。自分自身に、自信が持てない。
おまけに、いつもなら厳しいながらもコモンに喝を入れるはずのサイジョウも最近は精彩を欠いているようだ。今回ワクラが気を遣ってコモンに休みを取らせたのも、ここで隊内の空気を入れ替えたいということなのだろう。
一人部屋のベッドで横になって天井を仰ぎ見た。手には携帯を握ったままだ。
休みになるのが分かったのは昨日の夜のこと。連絡をした彼女からは、まだ返信が来ていない。いつもならすぐメールが返ってくるのだが。
「もうすぐ、大学の試験が近いって言ってたっけ」
リコも学業で忙しいのだろう。コモンは彼女の返信を待つことを諦めて、外出の準備を始めた。
※
行くあてもなく、異国の街を歩く。日本に比べれば治安は悪いが、この辺りはまだ穏やかだ。特に日中ともなれば川沿いの公園には家族連れが多い。日本人街もほど近いこの公園は、よく手入れが行き届いているのもあって居心地が良い。リコと出会った動物公園と並んで、コモンにとってのお気に入りの場所だった。
中心には噴水があって、そこでは子供たちがはしゃぎ回って水遊びに興じている。何とはなしにそれを眺めていると、隣りに知った顔の男が腰をかけた。
「ひ、ヒメヤさん・・・・・・!!」
いつものように着古した革ジャン肩にかけたヒメヤが、缶コーヒーを傾けて座っていた。
「久しぶり・・・・・・というわけでもないか」
バグバズン討伐騒動の際には途中までは共に行動し、その後はラフレイア戦でウルトラマンとしてだが同じ戦場にいた。だが、こうして会話を交わすのはあれ以来初めてかもしれない。
「すいません。本当はこちらから連絡をするべきだったのに」
「謝らなくていい。連絡先を教えていなかったのは俺の方だ」
もう一本の缶コーヒーを取り出して、ヒメヤはそれをコモンに手渡した。それ受け取りながらも、コモンは暗い顔で続けた。
「それでも、僕はネゴロさんを守れませんでした」
「それこそ、謝らなくていい。自身の身の安全の責任は、他の誰でもなく自分自身にある。ジャーナリストとして当然だ。あの人は、危険であることをわかっていてあそこに留まったんだ」
気にするな、ともう一度そう言って、さらにヒメヤは続けた。
「あれであの人はしぶとい。そう心配することもない」
「そ、そうでしょうか・・・・・・?」
ネゴロとはそこそこに付き合いがあったと思われるヒメヤは、あまり深刻には捉えていないようだ。信頼ともとれるが、どちらかと言えば何か別の確信があるように見えた。
「ネゴロさんを拐ったのは、ミゾロギ・シンヤ。ナイトレイダーの元副隊長。・・・・・・それは間違いないな?」
「え、ええ。調べられたんですね」
一応、元とは言えナイトレイダー副隊長まで務めた人物が一般人を誘拐した可能性があるという事実は、おいそれと公にはできない。隠蔽体質が殊更に深まりつつある今のTPC米国支部は、身内のはずの極東支部にさえも報告してはいないだろう。
そういう徹底して隠された情報にもアクセスできるあたり、ヒメヤはジャーナリストとしての能力も高いようだ。
「ミゾロギの行動は現状極めて不可解だ。あの地下施設にいたということは、TLT暗部を探っているということなんだろうが、同じ志であるはずのナイトレイダーからは離反している。・・・・・・そして恐らく奴は・・・・・・」
「恐らく・・・・・・?」
「いや、今は置いておこう。まだ確信が持てていない」
何か言いかけた素振りを見せたヒメヤだったが、最後まで口にすることはなかった。ヒメヤは気を取り直して続きの言葉を作った。
「ミゾロギの行動原理はまだ解明できない。だが、あの場でネゴロを攫ったということは、少なくとも奴にはネゴロ・ジンゾウという男が必要だったということなんだろう」
つまり、ミゾロギは高い調査能力や多くの伝手を各地に持つジャーナリストとしての彼が必要だった、という推測が成り立つ。
「だとすれば、ネゴロさんの命に今すぐに危険が及ぶ可能性はない。武装していて、お前に暴力を行使した以上、危険人物には間違いないんだが」
ミゾロギは何かしらネゴロにさせたいことがあって、ネゴロを誘拐した。それがなにかは不明だが、その用事が済むまでは彼の安全は保証される。それがヒメヤがネゴロの安否を心配していない理由だった。
「ミゾロギが何をネゴロさんに調べさせたがっているのか。それが分かれば、ネゴロさんの居場所の手がかりになるかもしれない」
「ミゾロギの、知りたいことですか?」
「ああ。奴は元とは言えコモンと同じナイトレイダーだったんだ。何か知らないかと思ってな」
ヒメヤにそう問われて、コモンは困った顔をした。
「そう言われても、僕が配属された時にはもういませんでしたし・・・・・・。隊の他の人にあれこれ聞いて回るのも憚られますし」
コモンも気になって、ミゾロギという男について何人かに尋ねたことがある。だが、あのいかにも口が軽いヒラキ隊員も案外口が軽いイシボリ隊員も、ミゾロギのことに関しては口の回りが悪くなる。
「優秀な人だったとは聞き及んでいます。ただその分性格に問題があったとも。それでも副隊長を任じられるくらいには協調性は保てていたようですけど」
自分の能力に絶対の自信があって、時には上官にも食ってかかる人物だったらしい。だが、その性質が前線指揮官としては良い方向に働いていたようだ。ワクラの口ぶりから、ワクラ自身もミゾロギに少なくない信頼を寄せていたことが伺えた。
そしてナイトレイダーの副隊長に就任してからは、サイジョウを直々に鍛え上げたという。あの一件以降、明らかに本調子ではないサイジョウの様子を見ても、彼女がミゾロギから受けた影響は強いのだろう。
ナイトレイダーの中でも重要な立ち位置を占めていたミゾロギは、しかし唐突に皆の前から姿を消した。
「・・・・・・ミゾロギがナイトレイダーから姿をくらませたのは、とある怪獣の討伐を終えた直後だったと言います」
事後に発生した小規模な火災で、建物に取り残された人々の救助をしている最中。燃える建物の中に入っていったのが、最後の目撃証言だったという。
鎮火後の建物中には、人の焼死体はついぞ発見されることはなく事後にMIAとして処理された。
「・・・・・・そうか」
ヒメヤは何か考え込んでいたようだが、それを口にすることはなく端的にそう言うだけだった。
「・・・・・・あまり有益な情報じゃなかったですよね。すいません、力になれなくて」
「いや、ミゾロギという男の客観的な背景事実を知るには十分だった」
礼を言って、ヒメヤは立ち上がった。
「・・・・・・この後、まだ時間はあるか」
「え、ええ、はい。今日は休暇だったので」
コモンは頷いた。
「少し調べたい場所がある。人手が必要かもしれないから、手伝ってくれるか」
ヒメヤに請われ、コモンは二つ返事で頷いた。