ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
コモンがヒメヤに連れられて訪れたのは、随分と草臥れた雰囲気のホテルだった。
「なんていうか、雰囲気ありますね・・・・・・」
元は富豪の別荘だったというこの洋館は、その建築様式が珍しいものであったということもあって、所有者が亡くなってからは少し珍しいホテルとして運用されてきたらしい。だが、数十年経って建物自体も老朽化が進んでからは客足も遠のき、今では利用者は最盛期の5分の1にも満たないという。
近隣には住宅もスーパーもなく、人気はない。どうやら管理も最低限しかされていないようで、廃墟の一歩手前まできており、見た目はB級ホラー映画に出てくる洋館といった具合だ。
「・・・・・・本当にここなんですか?」
厚い雲に覆われた曇天も相まって、すっかり館の雰囲気に飲まれたコモンは尻込みしてヒメヤに聞くが、
「ああ」
何でもないようにそう言われてしまっては、もう付いていくほかなかった。
※
「よくもまあ、ネゴロさんはこんなところ見つけましたね・・・・・・」
入口の扉は当然のごとくガタがきていて、鍵を差し込んだ時には耳障りな金属音を軋ませた。ドアノブも錆びついて満足に回せず、力づくで、僅かにできた隙間に身体を滑り込ませる。
「営業している形跡は無さそうですけど」
「今はシーズンオフらしいからな。本来、この時期は泊まれないらしい」
ロビーであろう広間には椅子と机がいくつか並んでいるが、どれもうっすら埃を被っていた。
無人のカウンターの奥を覗きながら、ヒメヤは続けた。
「アメリカで活動するにあたってネゴロさんが用意していたセーフハウスの一つだ。何でも、古い友人の紹介だって話だが」
周囲に人気がない、シーズンオフ中の宿泊施設。確かに、身を隠すには悪くないかもしれない。
「・・・・・・この様子だと、あまり帰ってきてはいなかったようだな」
ヒメヤはそう言ってあたりを見渡す。確かに、埃が薄く積もったままで使用された形跡はない。忙しなく飛び回っていたネゴロは、きっとここを借りたはいいもののあまり使ってはいなかったのだろう。
それでも、2階の客室フロアに繋がる階段への扉は開け閉めされた跡がある。どうやら出入り自体はあったようだ。
「でも、さっき入ってきた入口は何だか暫く使われた感じがしませんでしたけど」
「もしかしたら裏口があるのかもしれないな」
二人はそう言いながら、階段に続く扉を開いた。
扉を開いてすぐ目の前に、やや急な勾配の階段が現れた。
「これは・・・・・・足跡ですね」
数ミリ程度積もった埃に、誰かが踏み入れた足跡が残されている。冬の日に積もった雪を踏み締めたときを思い浮かべながら、コモンは口を開いた。
「ネゴロさんのものでしょうか」
足跡は多くあるが、新旧混在している。複数回に分けての出入りがあったようだ。
「この靴跡は、ネゴロさんが普段使っている靴に一致している。間違いないだろう」
ヒメヤは足跡に顔を近づけてそう結論づけた。
「特にこの足跡は、そう日が経っていない。恐らくは、ミゾロギに攫われてからのものだろうな」
「じゃああの後、ネゴロさんがここに・・・・・・?」
ヒメヤは一つ頷いた。
「・・・・・・あの人は口が上手い。ミゾロギをうまくのせてここに立ち寄ったんだろう」
ミゾロギがネゴロを誘拐した動機は未だわかっていないが、恐らくミゾロギはネゴロに何かを調べさせようとしているのではないか、とヒメヤは推測を立てていた。であるなら、ミゾロギとネゴロには最低限コミュニケーションをとる時間があったはずだ。
「あの人なら、ミゾロギからの要求に従いつつ、こちらに手がかりを残してくれるはずだと思った」
「大当たり、ですね」
恐らく、ネゴロはミゾロギからの調査を請け負った際に、一度拠点に戻ることを了承させたのだろう。そして抜け目のない彼ならば、ミゾロギの目を盗んで何かしらメッセージを残しているかもしれない。
行方不明のネゴロの所在。その手がかりが掴めるかもしれないと顔色を明るくしたコモンだったが、ヒメヤの表情はむしろ曇っていった。
「どうしたんですか?」
聞けば、ヒメヤは先程のネゴロが残したであろう靴跡を指差した。
「よく見てみろ。この靴跡のさらに上から、誰かが足を置いた跡がある」
「え?」
目を凝らしてみても、いまいちコモンには分からなかった。
「多分、細いピンヒールで慎重に靴跡をなぞっていったんだろうな」
そう言われれば確かに、不自然な点状の跡が、ネゴロの残した靴跡の踵の辺りに重なっている。爪先の部分も、うまく重なって分からなくなるように付けられており、注意して見てみても簡単には分からないようになっている。
「・・・・・・よく気づきましたね」
「仕事柄、誰かの後を追うこともよくあったからな・・・・・・。この足跡の付け方を見るに、『分かっている奴』なんだろう」
「・・・・・・TLTの人間でしょうか」
TLTが、組織の秘密を嗅ぎ回ってくる記者たちの記憶を消して回っているというのは、ほぼほぼ間違いない。ネゴロも目をつけられていてもおかしくはないだろう。
「可能性は十分ある。・・・・・・ここからは出来るだけ注意を払って進もう」
二人はそう言いあって、足音を押し殺しながら階段を登っていく。
2階は、長い廊下の両脇に客室扉が数枚ずつ存在しており、どの部屋の扉も当然ながら閉まっている。
二人は慎重に、一室ずつ確かめていった。いくつかのハズレを引いた後、彼らはお目当ての部屋を引き当てた。
「(ここだ)」
小声でそう呟いて、ヒメヤはドアの前に立った。
扉の向こうから、人の気配はない。ヒメヤはゆっくりと古びた木製の扉を押し開いた。
そのまま二人は前転し入室。即座にあたりを警戒するが、待ち伏せや罠は見当たらない。
警戒を緩めつつ、コモンは部屋を見渡した。
室内はアンティーク調の家具で揃えられており、趣のある一室だ。そこにネゴロの私物であろうキャリーバッグが口を開けたまま床に置かれている。荒らされたのか、あるいはネゴロが自堕落なのかは判断に迷うところだ。
机には白熱電球のデスクライトが置かれており、その近くには使い古して表紙の擦り切れた手帳や紙資料をまとめた手製のファイリングノートが広げられたままになっている。
ネゴロが何かメッセージを残したとすれば、これだろうか。
コモンが何気なくそのファイル近づいて手を伸ばしたのと、何かを察したヒメヤがコモンを止めようと手を伸ばしたのほぼ同時・・・・・・いや、一瞬ヒメヤの反応が遅れた。
コモンの手がファイルに触れる。捲られたページの端には紐が括り付けられていた。その先には、パーティ用のクラッカー。
パァンという破裂音。
「うわ!?」
突然の音にコモンの思考が止まった。そしてそこを狙ったかのように、部屋の外から人影が飛び込んでくる。
その人影がコモンの首筋に手刀を添えたのと、その人影の眼前にヒメヤが拳銃を突きつけたのはほとんど同時のことだった。
コモンが状況を把握することで精一杯な間に、人影とヒメヤの視線が交差する。
そして、二人は同時に素っ頓狂な声を上げた。
「ひ、ヒメヤくん!?」
「サクタさん!?」
※
「いやー、ビックリしたよ。まさかヒメヤ君とこんな所で会うだなんて」
1階のロビーにある古い机の埃を取り払って、二人と彼女は向かい合った。さっと手でソファーの汚れを雑に払って、彼女ーーサクタ・メグミは朗らかに笑いながら腰を下ろした。
「ええと、それでこの方は・・・・・・?」
ネゴロのセーフハウスで意図せず出会った彼女は、どうやらヒメヤの知人であるらしい。コモンはヒメヤに説明を求めて視線をやったが、その前にサクタが口を開いた。
「私はサクタ・メグミって言います。新聞記者をしてます。・・・・・・ごめんなさい、名刺は今切らしてしまっていて」
苦笑して謝罪する彼女に「いえ、滅相もない」と首を振って、コモンは口を開いた。
「記者の方ですか? ということは」
「はい。ネゴロさんの後輩になります。・・・・・・そして、ヒメヤくんの先輩でもあるんです」
そうですよね、とサクタは人好きのする笑顔を浮かべてヒメヤに同意をとった。ヒメヤは、やや窮屈そうな見たこともない表情を浮かべて頷いた。
「ええ、まあ。短い間でしたけど」
聞けば、ヒメヤが初めて報道業界に足を踏み入れた時に入社した会社の先輩であるらしい。
「ヒメヤくん、割とすぐにフリーになっちゃったからねぇ。それでも二、三年は一緒に現場に出たりしてたんですよ」
「へえ」
そういえば、とコモンは思う。ヒメヤの過去・・・・・・特にウルトラマンになる前のことはあまり聞いたことがない。ネゴロとの会話からそれなりに推測はできたが、ヒメヤはあまり自分のことを話さないし、何だかヒメヤにとっては軽々しく扱えない話題もあるようで、コモンも聞きそびれていた。
何だかこのままヒメヤの思い出話を聞いてみたかったが、空気を察したヒメヤが脱線しかけていた話題を元に戻した。
「それで、サクタさんこそどうしてこんな所に?」
問えば、彼女はショルダーバッグから一枚の便箋を取り出してみせた。
それを受け取って、ヒメヤはさっと目を通す。
「ネゴロさんの筆跡だ。・・・・・・そうですか、ネゴロさんの応援要請を受けてここに」
「そ。まあ、来てみたら行方不明になってて頭抱えたけどね」
苦笑して、サクタは続けた。
「それで、仕方ないから本来合流予定だったこの施設に腰を下ろして、いろいろ聞いて回ってたわけ」
サクタが渡米してきたのは、今から半月ほど前になるという。丁度、バグバズン事変が起きた直後だ。
「ネゴロさんは、こちらには」
ヒメヤが聞けば、サクタは首肯した。
「誘拐されてから、ここに一度来てる。・・・・・・丁度、私が外で聞き込みをしていたのと入れ違いになってしまったから直接会ってはいないんだけど」
やはり読み通り、ネゴロはここに一度戻ってきていたようだ。
「多分、私が来ていることを察したんでしょうね。私を巻き込まないように、すぐに出て行ってしまったみたいだけど」
「そうですか・・・・・・」
サクタはここで顔を曇らせた。
「大方、ネゴロさんが何か手がかりを残していないか探しにきたんでしょう? 残念だけど、彼の居場所の手がかりになりそうなものはなかったわ」
そう言って、サクタは一枚の切れ端をヒメヤに差し出した。
コモンも覗き込むようにそれを見た。
『思った以上にヤバいヤマだった。これ以上関わるな。日本に帰れ』
「ひどい話よね。人を呼びつけておいてコレなんだから」
やや憤慨したようにサクタは唇を尖らせた。
「これはいつ?」
「三日前よ」
「帰るつもりは?」
「ヒメヤくんまで私に帰れって言うの!?」
サクタは立ち上がって、ヒメヤに詰め寄った。
「これでもジャーナリストの端くれです。こんな状況で帰れるわけないでしょう!?」
「でも、ネゴロさんはこうしてサクタさんを巻き込まないように置き手紙を残していったんです。・・・・・・今すぐにでも、日本に帰るべきだ」
「随分生意気言うようになったわね、ヒメヤくん。誰が貴方に記者のイロハを教えてあげたのか忘れたわけじゃないでしょうね?」
「この一件は、日本のぬるい政治闘争とは訳が違うんです。命の危険だってある!!」
「それはヒメヤくんも一緒でしょ!? 何で私にだけ帰れだなんて言うの!?」
ヒートアップし出した二人の間に、どうにかこうにかコモンは滑り込んだ。
「ま、まあまあまあ、お、落ち着いてください、二人とも」
強引に二人の間に距離を作る。コモンに言われて冷静さが戻ってきたのか、ヒメヤとサクタは互いに気まずそうに視線を彷徨わせた。
「すまん。少し熱くなり過ぎた」
先に引いたのはヒメヤだった。彼はそう謝罪すると、席を立った。
「少し、外に出てくる」
そうとだけ言って、彼は背を向けてしまった。
「え、ちょ、ちょっと」
「・・・・・・私、帰らないからね」
「ちょ、サクタさん」
サクタの言葉を背に受けたまま、ヒメヤは出ていってしまった。
尚もむすっとしたままのサクタと共に残されたコモンは、困り果てたように天を仰いだ。