ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
「ええっと・・・・・・」
ヒメヤが出て行き、残される形となったコモンは気まずそうにサクタを見遣った。彼女とは今回が初対面なこともあり、一体何を喋ったらいいのか、とまごつく。
それを見てと言うわけではないのだろうが、サクタはコモンに視線を向けて口を開いた。
「・・・・・・とりあえず、座ってくれませんか?」
「あ、は、はい」
改めて、コモンはサクタと向き合うように座った。
「ええと」
「ごめんなさい。少し、頭に血が上ってたみたい」
少しは落ち着いたのか、サクタはそう言って頭を下げた。
「気にしないでください。誰にでも、譲れないことはありますよ」
「そう言ってもらえると、気持ちが楽だわ」
先程の刺々しい雰囲気は緩和され、彼女の表情も柔らかいものになった。それを確認して、コモンは内心でほっと一息ついた。
「そういえば、コモンさんはどういった理由でヒメヤ君と知り合ったんですか? あなたもジャーナリスト?」
サクタからそう聞かれて、コモンは今更になって自己紹介も碌にしていないことに気づいた。
慌てて、コモンは胸元から隊員証を取り出して見せた。
「あら、TPCの隊員さんなんですか?」
「ええ。今はTLTに出向中という感じですが」
TLTという単語に反応して、サクタは眉根を寄せた。
「TLTってネゴロさんが調べてた組織ですよね? どうして、そこの関係者であるコモンさんが」
確かにサクタから見れば、TLTに一応は所属しているコモンがここにいるのは不思議を通り越して怪しくさえ感じるだろう。コモンはこれまでの経緯を掻い摘んで話すことにした。
ヒメヤやネゴロとの出会いから、先のバグバズン襲撃時の時のことなどを、コモン自身も記憶の整理がてら話していく。勿論、ヒメヤがウルトラマンであることなんかは伏せてだが。
話し上手とは言い難いコモンの語り口であったが、サクタは頷きながら時には質問を挟むなどして聞き役に回っていた。ジャーナリストというだけあって聞き上手であるらしく、コモンはつい口が滑って余計な機密情報を口走らないように気をつけなければならなかった。
「アメリカ政府とTLT、そしてTPCアメリカ支部の癒着に、プロメテウス・プロジェクト。怪獣の兵器化に記憶の消去なんていうトンデモ技術。しかもそれを悪用している節さえある。そんな組織をネゴロさんもヒメヤくんも追いかけてたわけか」
訂正。大分話し過ぎたかもしれなかった。
一通り話しを聞き終えて、サクタは腕を組んで背もたれに体重を預けた。
「そこにさらに、ミゾロギっていう目的不明の第三者まで・・・・・・。何だか随分ととんでもないヤマに手を出しちゃった感じねぇ」
「やっぱり、危ないですから日本に帰「それは絶対ない」」
強い拒絶。彼女の視線は痛いほどこちらを突き刺してくる。
「私ね、これでも報道関係者ですから。こんなの聞いておいて知らんぷりできません」
それに、とサクタは続けた。
「ここまで私に話したっていうことは、私に協力してほしいって少なくとも貴方は考えているってことよね?」
言われて、コモンは視線を下げた。
「・・・・・・ヒメヤさんは、多分怒ると思いますけど」
僅かに口籠る。ヒメヤが、旧知の間柄であるサクタをこの一件から遠ざけたいと考えていることは重々承知している。ましてネゴロが拉致された今、サクタも安全が保証された状況ではない。だが一方で、調査の手が足りないというのも事実だ。コモンも職務がある。いつでも手伝える立場ではないし、ヒメヤもまた巨人としての責務がある。怪獣との戦闘の頻度も増してきている今、ネゴロとミゾロギの行方やTLTの内部調査などの余裕はないはずだ。
それに何より。
彼の垣間見せる表情が、コモンの心に暗い影を落とす。
コモンは下げた顔を上げて、サクタに視線を合わせた。
「ヒメヤさんには、支えてくれる人が必要だと思うんです。・・・・・・あの人は、一人にしたらいけないんだ」
時折、彼が見せる表情を思い出す。覚悟・・・・・・『良くない』覚悟を決めた表情を、良く彼は浮かべる。コモンにはそれがどうしても気になって仕方ない。
「ヒメヤさんはきっと色々抱え込んでいて、誰にも言えないことが沢山ある人です。あの人だから、平気そうに見えるだけで、本当は・・・・・・」
辛い、はずなのだ。
「あの人の抱え込んだものを、その中身も知らないままで、それでも無理矢理に奪い取って一緒に背負ってくれる、お節介で強引な人が、あの人には必要だと思います」
「お節介で強引、ね」
「あ、あの、それは言葉のあやというか、何というか」
口が滑った、とあたふたして訂正を試みるコモンの姿に、サクタはつい吹き出した。
「ふふ、大丈夫。自覚あるから」
くつくつと笑うサクタは、ひとつ咳払いした。
「彼の秘密には踏み込まずに、でも協力しろってことよねそれ。要は、都合のいい女になれと」
「い、言い方」
「少し揶揄っただけよ。・・・・・・でも、そうね。これでも先輩だし、なってあげようじゃない。ヒメヤくんの都合のいい女に」
サクタは少しだけ諦めた表情をして、さらに続けた。
「放っておけない人間っているけど、ヒメヤくんがまさにそれよね。・・・・・・いいわ、貴方も協力してくれるんでしょう?」
「え、ええ」
「なら良し。ヒメヤくんの説得、貴方も手伝ってくれるんでしょ?」
「はい。でも、本当に危ないことはやめてくださいね」
コモンの言葉に、サクタは唇を尖らせた。
「ネゴロさんじゃないんだから、そんなホイホイ危ない所に首を突っ込んだりはしないわ。コモンくんもヒメヤくんも、私を何だと思っているのかしらね」
そう言いながらも、彼女はコモンに手を差し伸べた。
「よろしくね、コモンくん」
「はい、よろしくお願いします。サクタさん」
そう言って、コモンは彼女の手を取った
※
コモンとサクタが共同戦線をとったころ、丁度良くヒメヤが戻ってきた。
「あ、ええとヒメヤさん実は」
「いい。サクタさんに事情を話したんだろ?」
言い切る前にヒメヤにそう言われ、コモンは続く言葉を尻すぼみにしたまま頷いた。
頭を冷やしてくる、というのは嘘ではなかったようで、出て行く前のような肩に力が入った感じではない。ヒメヤは「分かっていたことだ」とやや大袈裟にため息をついた。
「・・・・・・考えてみればいつもそうだった。結局、サクタさんの『押し』に俺が勝てるはずがない」
「まるで私が強引な女みたいに言うわね」
「間違ってないじゃないですか」
コモンは、二人に挟まれて縮こまりながらもヒメヤの方を向いた。
「僕の判断で、大体のことはサクタさんに話しちゃいました。すいません」
「別に謝らなくてもいい。・・・・・・もともと手が足りないというのは本当だった。それに、サクタさんをここで突き放しても、この人は絶対諦めない。なら俺たちの目が届く所に居てもらった方がいい」
「何よその言い方。あのね、寧ろヒメヤくんの方が、私の目の届く所にいてもらわなきゃ困るのよ? 貴方が何にも言わずに会社辞めちゃったこと、私まだ根に持ってるんだから」
「ま、まあまあまあ」
また言い合いになりかけた二人の間に割って入る。旧い付き合いで気の置けない仲ではあるようだが、同時にそれと同じくらい、二人の間には確執があるらしい。
噴き上がるサクタに対し、ヒメヤは気まずそうに視線を逸らした。だがすぐにサクタの言い分を無視することに決めたようだ。
「それより」
「それよりって、あのねえ」
「ま、まあまあまあまあ」
宥めるコモンを他人事のように見ながら、ヒメヤは続けた。
「外に、俺たちを見張っている連中がいる」
その言葉に、コモンとサクタは同時に目を見開いた。
「ミゾロギですか? それとも」
「それは分からない。だが、少なくとも単独犯ではない」
「ヒメヤくん、どうして分かったの?」
サクタの問いにヒメヤが答えた。
「外の牧草地があるだろ? あそこの一部に不自然な跡があった。明らかに獣のそれじゃない。人間が踏み入れて、そして隠蔽する目的で消し去った跡だ」
ヒメヤの言葉を聞いて、コモンは無意識に顎を撫でた。
「ミゾロギやネゴロさんだったら、そんなことをする必要性は薄い。なら、TLT・・・・・・?」
「決めつけは良くないが、可能性はある。そいつらがいつからここを見張っていたのかは分からないが・・・・・・」
ヒメヤに視線を向けられたサクタは、首を横に振った。
「ここに来た2週間で、貴方たち以外にこの屋敷の中に入った人間は、ネゴロさんとミゾロギくらいのものよ。最後に買い出しに遠出したのも3日前だけど、その時も特に何もなかったわ」
「・・・・・・なら俺たちが付けられていたか。あるいは偶然か。・・・・・・いずれにせよ、奴らがこちらに侵入してくる前に脱出しなきゃな」
「数は少ないけど即席トラップは仕掛けてあるわ。それを使って、迎え撃つのは?」
「ここを見張っていた連中がどういう連中かは分からないし、狙いも分からない。ただTLTだった場合、連中は最悪この家ごと燃やしてしまう可能性もある」
今まで、TLTを嗅ぎ回っていた人たちを殺すような真似はしてこなかったが、だからといって全く警戒しないわけにもいかない。こちらがまだ家の中にいると分かっていて火をつけるなんて真似をする可能性を捨てきれない。
「裏口からここをでる。コモン、殿を任せられるか?」
ヒメヤの言葉に、コモンは強く頷いた。そして、携帯していた護身用の拳銃を手に取って構えた。
「俺が先頭で。サクタさんは俺たちの間に」
「ええ」
ジャーナリストとして場数を踏んでいるという自己申告はどうやら嘘ではなかったようで、サクタは取り乱すこともせずにヒメヤの言葉に頷いた。
三人は一塊になって裏口まで足音を殺して近づいた。そして、ゆっくりとドアノブを開ける。
何事もなく、三人は外に出た。だが、全く気は抜けない。ここは人気がなく、一番近い集落からも1キロほど離れた場所にある。そして見晴らしのいい開けた牧草地と緩やかな丘に囲まれていて、視界を遮るものがない。つまり、監視者たちから身を隠す術がない。
「・・・・・・!! 気づかれた・・・・・・!!」
真っ先に気づいたには、やはりヒメヤだった。一際だった彼の感覚が、身をかがめてこちらに近づく黒服の集団を捉えた。
「黒服・・・・・・メモリーポリスか・・・・・・!!」
現場で彼らを見たことがあるコモンが、そう叫んだ。彼らは皆、どんな時も喪服じみた真っ黒のジャケットスーツを着用している。恐らく間違いない。
「数は、5人か」
「どうしますか」
彼らとの距離はまだ縮まってはいない。だが突き放せてもいない。応援を呼ばれる可能性も考えれば、モタモタしてはいられないだろう。
ヒメヤは一瞬、自分自身のジャケット・・・・・・その内側に潜ませた光の鞘を意識した。巨人となれば、この状況は簡単に突破できるだろう。だが、
(この力をただ人には向けられない。向けてはいけない。そうだろう、ウルトラマン)
ほんの僅かの沈黙の後、ヒメヤはコモンとサクタに告げた。
「付いてきてくれ。この先に、ネゴロさんが確保していた抜け道がある」
その言葉に二人は頷いた。彼らは、迫り来る黒服たちの無言のプレッシャーを背中に受けながら、その歩みを進めた。