ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
ネゴロが残したという抜け道は未整備に近い林道であった。
三人は早足に獣道を駆け下る。コモンは一番後ろで、追跡者を警戒しながらの行軍となった。
(サクタさん、すごいな・・・・・・)
ヒメヤのスピードに負けじと彼女も付いて行っている。元山岳警備隊であるコモンの目から見ても、その足取りは危なげない。
彼女はいつの間にか厚底のスニーカーに履き替えていた。その用意周到さも、彼女の強みであろう。この分であれば、サクタが足を引っ張るという心配は無さそうだ。
ざっと一キロは離れたあたりで、視界の木々が晴れ、すぐ近くには細々とした水脈が見られた。彼らは一時そこで休息を取ることにした。
「この後はどうしましょう」
「何か当てがある?」
二人がヒメヤに問う。ここまで先導してきたのはヒメヤだ。何かしら、目論見があるのではないかとサクタは察していた。
「これを見ろ」
四つ折りの紙を広げる。
「地図ですか?」
「外に備え付けられていた従業員用の男子トイレの便器の裏側。そこに貼り付けてあった」
「じゃあこれって・・・・・・」
印刷が荒いその地図は、明らかにアメリカの国土が記されていた。そしてそこに、ご丁寧に丸印が幾つか書き足されている。
「外の男子トイレ、しかもそこの便座裏は盲点だったわね・・・・・・」
「部屋に残されていた手紙は、ミゾロギに見つけさせるためのダミーだったんだろうな。本命はこちらだ」
ヒメヤはそう言って、地図を改めて広げて見せた。
「じゃあ、ミゾロギはこの丸印のところに?」
「・・・・・・いや」
ヒメヤはコモンの言葉を否定した。
「この丸印、全部TLT関連施設がある場所よね?」
サクタがヒメヤに確かめると、彼は頷いた。
「そうです。そして、その場合不自然な点がある」
「ここ・・・・・・コロラド州ね」
サクタが指を刺した場所に目を向けたが、そこには丸印がついていない。どういうことか、とコモンが首を捻っているとヒメヤが解説してくれた。
「サクタさんが指差した場所にもTLTの施設があるんだ。だっていうのに、丸印がそこだけ記されていないっていうのは不自然だろ?」
「な、なるほど・・・・・・」
ネゴロが残した手掛かりが指し示す場所。コロラド州北部に、ミゾロギとネゴロがいる。
「それじゃあ、そうと決まれば・・・・・・」
早速いきましょう、と言いかけたところでコモンはヒメヤに突き飛ばされた。
「コモン、危ない」
やや遅れて、そうと言う割には切迫感のないヒメヤの声を聞きながら、コモンは川に頭から落ちた。
天地がひっくり返るような独特の感覚に、幼少期の頃のトラウマを刺激されたが、川は想像以上に浅瀬で容易に足がついた。
「な、何するんですか!?」
全身ずぶ濡れになりながら、コモンは憤慨するようにヒメヤを睨みつけたが、当の本人は済ました顔をしている。サクタも同様だ。
「これで良し、だな」
「演技力に疑問が残るわね。私がした方が良かったんじゃないかしら」
「ど、え? な、何の話を」
怒るよりも先に困惑の感情が先行したコモンは、すっかり毒気が抜かれてしまった。疑問のままに二人に聞けば、サクタが答えた。
「盗聴器よ。多分、コモンくんの身につけているものに付いてると思う」
「え!?」
「あの黒服連中に勘付かれた原因はそれしか思いつかなかったんでな」
ヒメヤにそう言われて、コモンは慌てて身につけているものを外して中身をゴソゴソと取り出した。
そうしてみると、それらしき物が手に当たった。
「こ、これ・・・・・・」
コモンが身につけていたウェストポーチの底から、身に覚えがない黒々とした小型の機械が出てきた。水没して既に機能は破損しているが、恐らく間違いない。
「発信機兼盗聴器ってところか」
「そんな、これ私物のポーチなのに・・・・・・」
TLTがここまでしてくるとは完全に想定外だった。呆然とするコモンは、しかしハッとしてヒメヤに顔を向けた。
「さっきの会話、聞かれちゃったんじゃあ・・・・・・!?」
ミゾロギとネゴロが向かったであろう場所。それを盗聴越しに聞かれてしまった。焦るコモンだったが、ヒメヤはむしろ落ち着いている。そして、口の端を僅かに吊り上げた。
「聞かせたんだよ」
「え?」
「急ぐぞコモン。ここから先は競争だ」
※
コモンたちは途中でレンタカーを借りて、目的の場所へと急いだ。
その道すがら、コモンは二人から先の出来事の真意を聞かされていた。
「コモンの身につけているものに何かしら細工がされているところまでは予想できたんだが、盗聴器の場合は下手に口にすることもできないし、探す暇もなかった。少々手荒だが、ああやって水場に落としてしまうのが一番だと思ってな」
「それはそうなんでしょうけど」
やや憮然とした表情で、後部座席に座るコモンは唇を尖らせた。ヒメヤの言い分は最もだし、盗聴器に気づかなかったコモンにも落ち度はある。だが、この全身ずぶ濡れの気持ち悪さに現在進行形で悩まされている身としては、もう少しやり方があったのでは、と思わずにはいられなかった。
「それで、ただ壊すのも芸がないんでな。一芝居打ってみたわけだ」
ネゴロの残したという地図には、最初は丸印が一つしかついていなかったらしい。ヒメヤはそこに丸を付け足して、コモンーーそして盗聴器の向こう側にいるTLTを騙してみせた。
「これで連中はしばらく見当違いの方向に向かってくれるはずだ。いずれ気づかれるだろうが、初動を遅らせるだけでも価値があるはずだ」
「あの演技で騙されてくれたらの話だけどねー。タイミングも若干不自然だったし、期待値は高くはないわね」
「サクタさんも知ってたんですか?」
ヒメヤが外から帰ってきて、あの館を脱出するまで時間はほとんどなかった。その中でコモンに気づかれないように、二人は意思疎通を図ったというのだろうか。
「ううん。アドリブ」
「ええ・・・・・・」
事もなげにそう言う助手席のサクタに、ヒメヤはハンドルを握ったまま訊いた。
「いつ気づいたんです?」
「ヒメヤくんって、嘘をつく時話初めに唇舐める癖があるのよ」
「・・・・・・本当ですか」
「ホントホント。なんだ、自覚なかったんだ」
にんまりと笑うサクタの反応を見て、ヒメヤは苦々しい表情を浮かべた。そんなヒメヤの反応を見て満足したのか、サクタはそこで笑みを引っ込めて話を変えた。
「それで、この後の予定は?」
問われ、ヒメヤは前を見据えながら答えた。
「向かう先は、サイテックコーポレーション北米支部。TLT重役であるマサキ・ケイゴがそこにいる」
※
ミゾロギが、なぜネゴロを誘拐したのか。ネゴロに対して、どんな価値を見出したのか。
「最初は、単純にネゴロさんが長年培ってきた調査能力が必要だったのかと思っていた。だが、冷静になって考えてみれば、ミゾロギ本人にもそれなりの情報収集能力はあるはずだ。今更、ネゴロさんを抱き込む理由はない」
ミゾロギ・シンヤがナイトレイダーに配属される前。彼はTPC情報局に在籍していた期間があった。
「元は陸自上がりで、ヨシオカ長官に直々にヘッドハンティングされた経緯がある。奴自身が現場主義者だったからナイトレイダーに配属されることになったが、元はキャリア組として将来を嘱望されていたようだ。情報局や警務局のポストを短い間で往復している」
「つまり、ジャーナリスト一人をわざわざ拉致してまでコキ使うなんてこと、本来は必要ない人物ってことよね」
サクタの合いの手にヒメヤは頷いた。
「まして奴はーーいや、何でもない」
一瞬言いかけたが、ヒメヤは口をつぐんだ。そして、別のことを口にした。
「ともかく、奴がネゴロさんを欲した理由。そこがこれまではわからなかった」
だが、今回ネゴロが残していった地図からヒメヤは薄らとミゾロギの思惑を察した。
「ミゾロギが必要だったのは、ネゴロが持つコネクションだ」
日本国内が拠点ではあるが、業界歴の長いネゴロにはそれなりに各所に顔が利く。特に、報道関係者に対しては。
「これは?」
ヒメヤが手渡してきた、ネゴロが書き残した地図。その裏側を見る。
「これ、雑誌の切り抜きね。・・・・・・ふうん、なるほど」
詳細は文字が掠れていてよく読めないが、切り抜きの内容はマサキのインタビュー記事だった。
「マサキはサイテックコーポレーション社長として定期的に取材を受け入れていて、最近では、日本の経済誌で連載形式でのインタビュー記事がリリースされている」
「経済誌・・・・・・毎朝新聞社の」
サクタがハッとした表情を浮かべた。それに対してヒメヤが頷いた。
「ネゴロさんの古巣です。取材班の中に紛れ込むくらいなら不可能じゃない」
「でもそこに紛れ込んだとして、何をしようって言うの? そのインタビューに乱入してTLTの後ろ暗い事情に踏み込んでみてもはぐらかされるだけじゃない」
決定的な証拠を突きつけなければ、マサキに詰め寄っても馬鹿正直に話してくれるはずがない。だからネゴロもそんなコネクションがあっても使わなかったのだ。
「ミゾロギは、何か掴んでいて、マサキにそれをその場で突きつけるつもりなのかしら」
サクタは顎に手を添えて首を傾げた。
「・・・・・・そうだと、いいんですけどね」
ヒメヤは険しい顔つきでそう返した。
ミゾロギという男が果たしてそんな『平和的な』行動をとるだろうか。ヒメヤとコモンはこれから起こる事態を想像して、身を構えたのだった。