ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#8 ×ティガ 〇ザ・ネクスト

 マキシマ・エンジンの試験運転中に発生した墜落事故は、現場に詰めていたスタッフたちに大きな動揺を与えていた。

 

「一体、何が……」

 

 マキシマの研究スタッフたちとともにその場に居合わせた養成コースの生徒たちもまた同様だった。特に、イルマは見るからに焦燥を隠せずにいた。彼女は震える指先を両手で押さえつけたが、ハヤテにはその姿は神に祈っているようにも見えた。

 

「この光の歪みは、いったいなんだ。……これは尋常な数値ではない……」

 

 画面を次々にスクロールさせながら、ヤオ教授は呆然と呟く。スノーホワイトから送られてきた最後の通信映像を、直に確認していく。通信状況が悪くノイズが多いが、画像解析結果には今回の原因と呼べるものが確かに映し出されていた。

 

「未確認飛行物体……UFO……」

 

 昨今においては、もはやおとぎ話とは言っていられなくなった、人類の直面する新たな未知。そして脅威。それが今、なぜどうして。

 

 すでに事態は、自身の手に余る局面に入ったと彼は確信した。

 

「軍に要請を────」

 

「電波異常の影響範囲、現在も拡大中。軍への通信は不可能です!!」

 

 悲鳴を上げるようにスタッフの一人が叫んだ。不味い、このままでは、彼が危ない────

 

「行かせてください!!」

 

 そこにいるすべての人間の視線を、声の主が奪った。

 

「行かせてください、ヤオ教授」

 

 強い決意を秘めた瞳で、イルマはヤオ教授を貫いた。

 

「そ、そんなこと」

 

 許可できるはずがなかった。少なくとも未だ途上にいる彼らを。ましてミウラ・カツヒトが大事にしているこの教え子たちを、危険な地に送るなど……。

 

 だが彼を射竦めたのはイルマだけではなかった。ハヤテも、そして生徒たち全員が同じ気持ちだった。

 

「WINGシステムは、未確認飛行物体への対処のために設計されたものでしょ? なら今行かなくてどうするんです?」

 

 ハヤテの挑発的な言葉に、ヤオは瞑目した。

 

「君たちは、未だ学徒だ。発展途上の身だ。君たちの身が不当に危険にさらされるのを、きっとミウラ君も許しはしないだろう」

 

「ですが!!」

 

「だが!!」

 

 イルマの言葉を遮って、彼は続けた。

 

「ここでただ指をくわえていることもまた、できない。………………この現場における最高責任者として、君たちに緊急スクランブルを要請する」

 

 苦悩の表情のまま、しかしヤオ教授は続けた。

 

「あくまで、現地調査だ。ミウラ・カツヒト特尉を見つけ次第救命及び搬送せよ。ただしUFOと遭遇した場合は、速やかに距離を取り、自身の安全を最優先に」

 

「「「ラジャー!!」」」

 

 ヤオ教授の言葉を合図に、彼らは一斉に飛び出した。

 

「今あるWINGは6機だけよ。今いるメンバーの中で成績順に乗り込みなさい!! そのほかはテイクオフ前の整備を!! 今の整備員の数では到底足りないはず!!」

 

 イルマの指揮のもと、彼らは出撃の用意を高速で開始した。

 

 そしてヤオ教授は、そんな彼らに背を向けて、どっかりと椅子に落ち込んだ。

 

「どうか……。恨んでくれるなよ、ミウラ君」

 

 

 何かが、俺の中に入ってこようとするのを感じた。

 

 青い光球。墜落の原因となったあの未確認飛行物体が俺の予想通りであれば、これは極めて深刻な事態だった。

 

 スペースビースト。知生体の恐怖心を餌に無限に増殖する、宇宙の獣とも称される悪魔のごとき怪物たち。ウルトラ作品においてはしばしば怪獣との共存についてもテーマとなるが、スペースビーストに関してだけは共存という話がついぞ出てくることは無かった。怪獣ではなく、異生獣と表現され明確に区別されることもある彼らは、そのグロテスクな見た目と、知生体に対して総体としての悪意を抱えていることから明確に『敵』として描かれている。

 

 映画ULTRAMANにて初登場したスペースビースト、それがビースト・ザ・ワン。青い光球となって地球に飛来した奴は、海上自衛隊のウドウ・タカフミに寄生しこの地球で活動を始めるわけだが、どうやらその役回りが俺に回ってきてしまったらしい。

 

 これは、不味い──。

 

 墜落時に頭を強く打ってしまったらしい俺は、朦朧とする意識で碌に抵抗もできない。

 

『カラダ……ヨコセ……』

 

 ザ・ワンの声が聞こえる。奴の悍ましい手が、俺の内側をなぞろうとした瞬間。『光』が起きた。

 

 スパークレンスが、光った──?

 

『グゥッ……!? キサマ、ヨモヤ……!!』

 

 奴が急速に離れていくのを感じた。光が、俺を守った……?

 

『カラダ……!! タイコウスルタメノ、コイツヲコロスタメノ……!!』

 

 ザ・ワンはこの地球で活動できるための身体を求めていた。スペースビーストは現地の生物を取り込んで自身を強化する。作中では人間を取り込んだ奴をこのまま放っておけば、確実に被害者が出るだろう。そしてその被害者は、この近くにいる俺の生徒や研究室のスタッフたちだ。

 

 それだけは……それだけは……──!!

 

「させない……!!」

 

 脳裏によぎる。ハヤテを始めとした生徒たち。俺を見守ってくれていたヤオ教授、研究室のスタッフたち。そして、イルマ・メグミのことが頭の中を駆け巡っていく。

 

 守りたいものを強く意識したとき、光は応えてくれるのだというのなら。

 

「光よ──────!!」

 

 どうか、俺に守るだけの力を。

 

 

「あれは!!」

 

 WINGに搭乗したイルマは、暗い海の底から立ち上がる巨大な怪物を見た。

 

 どこかウミウシを彷彿とさせる、しかしグロテスクな形状のそれは「グオオォ!!」と嘶きを上げて、海上を飛ぶWINGに攻撃を仕掛けてきた。明らかな敵意を持った地球外生命体。地球外生命体とのファースト・コンタクトは、人類にとって最悪の形となった。

 

『怪獣……!!』

 

 通信越しに誰かが言った。映画やテレビ作品で人間が空想してきた、人知を超えた巨大な生命体。正しく、妄想の中から飛び出してきたような光景に、イルマはめまいがする思いだった。

 

 ヤオ教授はUFOと接触した場合は、安全を最優先にせよと命令した。だが、その命令は簡単に守れそうもない。奴は、身体から生えた鞭をしならせて周囲を飛び回る煩いハエを叩きに来た。

 

「避けて!!」

 

 狙われたWINGは、しかしイルマの叫びも空しく翼をもがれ、海上へと堕ちていった。幸いクリーンヒットというわけではなかったが、煙を上げて高度を落としていく機体はもう戦線復帰は絶望的だ。早くも1機落とされ、明らかにチームは怯んだ。今更になって、操縦桿を握る手が震えだす。

 

 返す刀で、怪獣が次の狙いを定めた。

 

 肌で感じた。次は、私だ──。

 

 奴は、イルマに狙いをつけた。しなる鞭を振り下ろす。ハヤテたちの声が通信機越しに聞こえたが、耳には入ってこなかった。命の危機に、感覚が研ぎ澄まされる。視覚情報が引き延ばされ、スローモーションになった世界で、彼女は死の覚悟を決めた。

 

 しかし、振り上げられた触手が彼女を捉えることは無かった。

 

 代わりに、海が光ったのを彼女は見た。

 

 海中より、光とともに立ち上がったのは、銀色の巨人。

 

 灰色に近いくすんだ銀色。黒と青のラインがはしる巨躯の胸部には青い光が灯っている。そしてその青い瞳は、知性と優しさを感じさせた。

 

 見たままに、呆然と彼女は言葉を紡いだ。

 

「光の、巨人……」

 

 いや、とハヤテが言った。

 

『あれは、ウルトラマン…………』

 

 テレビの中だけの存在だった、子供たちの憧憬の存在。デザインこそ違うが、その立ち姿に──WINGを背に怪獣と相対するその姿に、彼はフィクションの中のウルトラマンを見た。

 

 こうして、光の巨人が降り立つ。人類はその日、再び『ウルトラマン』を知った。

 

 

 新たな手足の感覚は、早々に慣れた。いや、慣れたというよりは知っていたという方が近い。この身体の知識が、俺に逆流してきているのだ。

 

 前傾姿勢で構える。敵を見据える。

 

 目の前の敵は恐らくザ・ワンと思われるが、その見た目はウミウシを思わせた。ペドレオン・グロースと呼ばれるスペースビーストの見た目に酷似している。恐らく奴は、俺と戦うために咄嗟に海中の生命体を捕食して進化したのだ。

 

 ザ・ワンは頭部から火球を放ってくる。それを避け、時に手で撃ち落としながら近づく。

 

 牽制としてはなってきた触手を、逆に手でつかみ取る。

 

「ハァ!!」

 

 触手を引きちぎれば、奴は悲鳴のような鳴き声を上げた。

 

 怯んだところに、蹴りを入れる。態勢を崩したザ・ワンの頭部にヘッドロックをかけ、そのまま引き倒した。

 

「グギャアア」

 

 悍ましい叫び声は、生理的な嫌悪を引き起こす。マウントポジションを取ろうとした俺は、その鳴き声に怯んだ。そこを見逃してくれる相手ではない。

 

 奴の触手が身体に巻き付き、電流を流される。激痛に身体が強張った。クソ、反撃を許してしまった。

 

 ザ・ワンは再生させたもう1本の触手も使って、俺を縛り上げ電流攻撃を仕掛けてきた。雷撃が俺の身体を焼き、体力を奪っていく。

 

 だがそこにWINGが編隊を組んで信号弾を撃ち込んだ。訓練機故に真面な兵器は積んでいない。そのため大した攻撃力は期待できない。しかしザ・ワンの注意は逸れた。

 

 触手が緩む。その一瞬の隙をついて縛りを引き千切った。そのまま指先から光弾──ハンドスライサーを撃ち込み、反撃を今度は許さない。ザ・ワンは俺の攻撃にたたらを踏み、明らかに疲労を隠せない様子だ。

 

 だが奴は最後の抵抗とばかりに、今度は触手ではなく足もとで身体をうごめかせると、水を操り大きな渦を作り出した。

 

 ──こんな攻撃方法があったのか!!

 

 恐らくは作品中には無かった攻撃だった。これがザ・ワン故のものなのかは分からないが、ともかく不意を突かれた俺はバランスを崩して膝をついた。

 

 奴はそのまま海中に俺を引きずりこんだ。

 

 海の中での戦闘は、多くのウルトラマンたちを苦戦させてきた。光の届かない海中は、光をエネルギーへと変える光の巨人にとってアウェー以外の何物でもない。さらにこのタイミングで胸の光──カラータイマーが点滅しだした。

 

 だが、相手もまた這う這うの体であることは間違いなかった。実際に戦ってみた感触で分かる。ザ・ワンは明らかに疲れている。

 

 原作では、その想像以上のタフネスさで人類を驚愕させてきたザ・ワンだが、宇宙から地球に飛来した直後では、その長旅による疲労を癒せていないのだ。また地球環境への適応もまだ不十分のはずだ。だからザ・ワンはまだそのフルスペックを発揮できていない。

 

 ──この瞬間が、こいつを殺しきる最大のチャンス……!!

 

 両腕を開き、光を集める。そして両腕をL字に組んで放つは、必殺の一撃。

 

 ──これで終わりだ!!

 

「イイヤ、マダオワリジャナイ」

 

 ザ・ワンの影から現れたそれを見て、俺はようやくザ・ワンの狙いに気付いた。アイツが何故海中を攪拌したのか。それは俺が不慣れな海中戦に引き込むためだと思っていた。だが違ったのだ。

 

 無論、自身の有利なフィールドでという意図もあったろう。だがその本当の意図は、自身の望む形の潮流を作るためだった。奴は自身の造り出した太平洋から来る海流に乗らせて、目的のモノをこの場所に運び込んだのだ。

 

 それは、全長にして50mは優にくだらない巨大な腐乱死体だった。その形状は、おおよそクジラなどとは似ても似つかない、正しく怪獣の姿。

 俺は、それを知っていた。

 

 ──シーリザー……!?

 

 ウルトラマンティガ第5話に登場した、ゾンビ怪獣シーリザー。戦時中に偶発的に遭遇した日本海軍所属の潜水艦によって撃破された怪獣の死体がシーリザーの正体だった。長らく太平洋を漂っていたその死体は、ティガ本編にて静岡県海岸に漂着し、そして外界からの刺激を機に蘇生し地上で暴れ回った。今回、どうやらその漂流していた死体をザ・ワンは呼び寄せたらしい。

 

 動かない死体に奴は無造作に触手を差し込み、何かを流し込んだ。恐らくはスペースビーストの細胞だ。

 

 死して動かないはずのシーリザー。その瞳が暗い海中の中で光りを点した。

 

『オレハニゲル……。オマエハソノアイテデモシテイルンダナ』

 

 そう捨て台詞を吐くとザ・ワンは海中の奥深くに沈んでいった。

 

 ──待て!! 

 

 追おうとするも、進路はシーリザーに塞がれてしまった。

 

「グギュオオオオオ!!」

 

 永い眠りから目覚めた怪獣は、そう雄たけびをあげると俺に食らいつく。

 

 ──そこを退け!!

 

 着き飛ばし距離を開ける。間合いを取り、ティガに倣ってL字に組んで放ったのは、本来ならば必殺の光。

 

 焦る俺が放ったゼぺリオン光線は、しかし奴の腹の中に納まってしまった。

 

 シーリザーの特徴は、動く死体であるという点のほかにもう一点存在する。奴は、何物であろうとも飲み込み吸収するのだ。

 

「グゥッ……」

 

 渾身の一撃を放った俺は膝をついた。

 

 本編ではティガさえも取り込もうとしたシーリザーだが、奴は明らかに弱っている俺を無視して海上に浮上した。地上への進軍を画策しているその動きには、知性の影が見える。勿論それは本来シーリザーの持ち得ていたものではない。

 

 ──スペースビーストの細胞が、奴を動かしているのか!!

 

 シーリザーの周囲を飛行し、奴を牽制しているWINGが次々に信号弾で威嚇射撃を撃つが効果はない。ミサイルでさえ効果のないその腐乱した身体に、ましてや信号弾など足止めにもならないだろう。このまま行けば、奴は本土に上陸してしまう。そうなれば、被害は甚大なものになる。

 

 今はまだ、この世界に俺以外のウルトラマンは存在しない。ここで、俺が奴を止めなければならない。

 

 ──聞こえるか、ユザレ。

 

『ええ。ここに』

 

 念話でもって海底に沈んだスノーホワイトの中のユザレに語り掛ける。

 

 ──スノーホワイトはまだ動くか?

 

 AIであるユザレとシステムを繋げてある今のスノーホワイトならば、無人でも離陸できる。

 

『ええ。……しかし動かしてどうするのですか? この機体は信号弾さえ装備していません。とても役に立つとは』

 

 ──シーリザーに、マキシマ・エンジンごとスノーホワイトを飲み込ませて自爆させる。

 

 ユザレの驚いたような声が聞こえた気がした。

 

 原作において、ガスタンクを飲み込んだ状態で、さらにゼペリオン光線を飲み込んだシーリザーは、一度は耐えきってその光を飲み込んだように見えたが、直後にオーバーフローを起こして最終的には爆発四散した。この攻略法に倣う。勿論、ガスタンクはこの場にないが、代用になるエネルギー源には、マキシマ・エンジンというお誂え向きなものがある。

 

『いいのですか? この数年、貴方はずっとあのマキシマ・エンジンを手に入れるために努力してきたのでは?』

 

 ユザレが問うた。

 

 何を聞くまでもないこと聞くのか。このポンコツAIは。

 

 ──天秤にかけるまでもない。

 

『了解しました。……ええ。やはり貴方もまた『光』の継承者なのですね』

 

 その言葉とともに、沈黙していたスノーホワイトが唸りを上げて飛翔した。

 

 ユザレが操るスノーホワイトはシーリザーの腹に自ら突き刺さるようにして突貫し、そして盛大な光量を放って自爆した。

 

 夜空に輝く散り際の光は、シーリザーの腹のうちに納まることは無かった。ずっと離れた、日本の首都からでさえ観測できたほどの光。シーリザーはそれを本能に従って飲み干したが、すでにゼペリオン光線を飲み込んでいた奴の身体は、原作同様に、当然の如くオーバーフローを起こした。

 

 だが、スペースビーストの細胞を埋め込まれた奴の身体をそのまま爆発させるわけにはいかない。

 

 俺は最後の力を振り絞る。

 

 フリーザー光線によって爆発寸前のシーリザーの身体を固めた。そしてもう一度、両腕をL字に組んで光を放つ。細胞の一かけらも残さぬほどの火力でもって、あの細胞を殲滅する。

 

 ──これで最後だ!!

 

 

 光の巨人の放つ光が、再び夜を照らす。

 

 大気を震わせる、大爆発が起きた。そしてホワイトアウトした視界が晴れた時、そこには怪獣の一かけらも存在してはいなかった。

 

 そして、光の巨人もまた、忽然と姿を消していた。

 

 日本近海で発生した、人類が初めて遭遇した巨大怪獣と光の巨人の戦いはこうして幕を下ろした。そしてここから、地球は、日本は、怒涛にして波乱待ち受ける時代に突入していくことになる。そしてその第2ステージはこの出来事の裏で人知れず起きていた。

 

 同日深夜、航空自衛隊第204飛行隊所属のF-15Jが未確認飛行物体と接触し、墜落。搭乗していた隊員1名は奇跡的に目立った外傷もなく生還した。病院へと運ばれる救急車の中で、件の隊員はこう言っていたという。

 

 光り輝く巨人に出会ったのだ、と。

 

 

 


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