ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
「ミチフミ、今日は突然無理を言って悪かったな」
白を基調とした、清潔感あふれる近代的なデザインのビルは、TLT関連企業が入っているオフィスビルの一つだった。そのいくつかの企業の名前の中には、サイテック・コーポレーションの名前もあった。
そのビルの入り口で、ネゴロは旧知の人物に改めて頭を下げた。
「ちょ、ちょっとそんなに頭下げないでくださいよ!! ま、参ったな……」
そう言って頭をかいたのは、その昔にネゴロとともに仕事していたカメラマンの男だった。
「ただ、失礼はないようにしてくださいよ? マサキさんの記事は人気が高いっていうんで、上も気に入っているんですから」
「そのくらい弁えてるよ。何年この仕事していると思ってんだ」
ネゴロの言葉に、ミチフミは訝しげな表情を浮かべた。
「本当ですかぁ? ネゴロさんがTLTの案件に首突っ込んでいるって聞いてますよ」
「ネゴロじゃねぇ。今はネトウ・イチロウだ」
そう言ってネゴロは首から下げたネームプレートを指差してみせた。ミチフミにはよくわからなかったが、どうやら身分を偽らなくてはいけない理由があるらしい。
「それにしても、何だ、お前知ってたのかよ」
「割と噂になってるみたいですよ? 断ろうとも思いましたけど、ネゴ……ネトウさんには新人時代にだいぶご迷惑おかけしましたし」
「新人時代もなにも、まだ二年かそこらだろうが。まだまだ新人だっつうの。……だけどまあ、お前にもそんな殊勝な心意気があったとはな」
「……まあ、最悪何かあっても、もう辞めちゃう職場ですから」
ミチフミと呼ばれた男はそう言って頭をかいた。
「何だ、お前。辞めちまうのか」
驚いた、というようにネゴロが聞き返すと、ミチフミはニヤリとして返した。
「来年からは、テレビ局ーーしかもキー局ですよ? そっちに就職することになりまして」
「へえ。そいつはまた。採用担当の目利きが悪かったんだな」
「ひ、酷い」
「ていうか、雑誌の写真とテレビの動画とじゃあ勝手も違うだろ」
「そ、そりゃあおおよそ技術は一からおぼえ直しかもしれませんけど、それでも最大手ですよ? 業界の隅っこでカメラ構えるよりも、よっぽど働きがいがあるというか」
ミチフミの言葉に、ネゴロは呆れたようにため息をついた。
「お前のその舐めた態度っつうか、妙に軽薄なところは治らずじまいか。今から来年のお前の姿が目に浮かぶよ」
「華々しい活躍をする僕の姿が?」
「しこたま怒られてしばかれてるお前の姿が」
「ひ、酷い」
ひとしきり会話をし終え、二人は同時にコーヒーを傾けた。口の中に広がる苦味はどうにも薄くて、刺激に欠ける。
話題は再び、今回の取材……ひいてはマサキ・ケイゴのものに移った。
「正直、マサキさんの周りを嗅ぎ回っても大したものは出て来ないと思いますけどね」
ミチフミは、そう言って胸ポケットからタバコを一本取り出した。
「これから取材なんだから、タバコは控えとけよ。ていうか禁煙だろうが、ここ」
「う、つい癖で。こう待たされて手持ち無沙汰になるとついつい胸元に手が伸びちゃうんすよねぇ」
二人そう言い合って、またコーヒーを一口傾けた。
エントランスホールはそこそこ人の出入りが多い。受付で本人確認などは行われているようだが、それほど厳重そうには見えなかった。
(見られて不味いもんはここには置いてないってわけか。まあ、本人確認もおざなりだったし、予想できてたけどよ)
周囲を観察しながら、ネゴロは内心でそう結論づけた。恐らくこの建物も対メディア用に用意されたものでしかないのだろう。であれば、この警備の手薄さも納得がいく。
「なあ、マサキって、どんな人物なんだ?」
待ち時間の間ということもあり、ネゴロはこの歳の離れた後輩がマサキをどう見ているのか聞いてみたくなった。
「どうって……。まあ、一言に天才って感じですか。技術畑出身だから現場からの支持は厚いし、経営センスもある。物腰も何かとスマートだし、喋りも上手い。何より顔がいい」
「そこら辺は前評判通りか。人となりの方はどうだ」
「うーん、まあ人によっちゃ鼻につくところがあるかもしれませんが。それも大体はやっかみでしょう。……ただ」
「ただ?」
ミチフミは「これはただの所感なんですが」と前置いて続けた。
「なーんか、薄っぺらいというか。表面の見栄えの良いとこだけ見せられている感じがして気持ち悪いんすよねぇ」
「なるほどねぇ」
「あの下に何が隠れてんのか、暴いてみたくはありますが」
ミチフミは、苦笑と共に続けた。
「サイテック・コーポレーションは今やTLTだけじゃなくTPCとも取引している一大企業。そこの社長なんて、敵に回したくありません」
「けっ。お前はいっつもそうだ。ここぞってところで日和りやがる」
ネゴロの悪態にも慣れた様子で、ミチフミは笑った。
「僕はネゴ……ネトウさんやヒルカワみたいに、狂ってないんで」
ヒルカワという言葉に、ネゴロは心底といった様子で顔を顰めた。
「俺とヒルカワみてぇな奴を一緒くたにすんな。俺はあんな恥知らずじゃあねぇよ」
「ははは、違いない」
「どうせなら現代のエドガワ・ユリコと言ってほしいなあ」
「エドガワ……? ああ『ウルトラQ』ですか。勘弁してくださいよ、性別も何もかも違うじゃないですか」
ネゴロも本気で言ったわけではなかったので、違いない、と言って笑った。
「にしても、よくすぐに出てきたな。『ウルトラQ』なんてだいぶ前の作品じゃねぇか」
「そりゃあ、今界隈じゃあ超ホットな話題ですし」
頭の上でクエスチョンマークを浮かべるネゴロに、ミチフミは「知らないんですか?」と言って続けた。
「『預言者ツブラヤ』」
「預言者……?」
「だってそうでしょ。全長五十メートルの正義の巨人ーーウルトラマンの存在を、彼は予見してみせた」
ミチフミの言葉に、ネゴロは首を振って否定した。
「いや。流石に単なる偶然の一致だろ。名称だって、先に創作物としてウルトラマンがあって、それに現実の側が……政府が寄せたにすぎない」
「じゃあ『ゴモラ』は何だっていうんですか」
ゴモラ。それは半年前に出現した怪獣の名前だった。詳細は伏せられているが、その立ち姿があまりにも共通していることから、世間では、創作物としてのウルトラマンに登場したゴモラの名前をそのまま付けられたのだったか。
「アメリカのギアナ高地で最近討伐された『レッドキング』だってそうでしょ。偶然にしては似過ぎてる」
先日、ナイトレイダーによって単独討伐された怪獣の名前も話題にだし、ミチフミは主張した。
「そりゃあ、似てるけどよ……」
確かに、その二体は作品中に出てきた「怪獣」に身体的特徴が酷似している。それはネゴロにも否定できなかった。
「当時のデザイナーは、怪獣のデザインの多くは当時の社長『ツブラヤ・エンジ』の意向が多く採用されているって話でした。それに彼は酒の席でよく『私は彼と親友なんだ』とこぼしていた、何て話もありますし。……ますます、それっぽいでしょ」
「そんで、その当の本人は何て言ってるんだよ」
ネゴロがそう問うと、ミチフミはお手上げのポーズをとった。
「当のご本人は既に鬼籍に入られてます。当時のスタッフも、既に多くの方が……。社長のワンマンで回ってた職場だったようで、記録もきちんとしたものがないんだそうです」
何とも締まらないオチに、ネゴロは肩を落とした。
「んだよ。それじゃあ都市伝説に変わりないじゃねぇか」
「それを言うなら、TLTの話も半分都市伝説じゃないですか」
ミチフミにそう言われて、ネゴロは顔を顰めた。
「一緒にしないでほしいんだが?」
「側からみれば一緒ですって」
「けっ。今に見てろよ、後で吠え面かいても知らんからな」
言いたいことをグッと我慢して、ネゴロはそう言う他なかった。流石に、今までのあれこれをここでぶちまける訳にもいかなかった。
「そういえば、この話には続きがあって」
「続き?」
「そうです。何でも、ウルトラシリーズは『ウルトラQ』含めて、『80』までの全八作ですけど実は幻の次回作の構想があったとか何とか」
「あーはいはい、それも確証がない噂話だろ?」
「そりゃあそうですけど、こういうのってワクワクしませんか?」
「子供かお前は……」
ネゴロは呆れたようにまたため息をついた。
ちょうどその時になって、取材陣のリーダーがようやく受付から出てきた。
「おーい、そろそろ用意始めてくれー。リンブンも、だべってないで手を動かせよー」
「了解でーす」
取材陣のリーダーにそう言われて、ミチフミは手を振って了解の意を示した。
「リンブン?」
「ああ、僕の名前を音読みすると『リンブン』なんで。あだ名ですよ」
そう言って、ミチフミーー改め、リンブンはグッと背を伸ばした後、手にしていた空き缶をゴミ箱に捨てて動き出す。それに合わせて、ネゴロもまたそれに続いた。
「ところでなんですけど。ネゴロさんの後ろの方って」
「あー、まあ気にすんな。えーっと、あー、俺の弟子ってところだ」
リンブンの視線に気づいて、帽子を深く被った男は一礼した。
「それじゃあ、僕の弟弟子かぁ。よろしくぅ」
帽子の男は、そう言って肩を組んでくるリンブンに、盛大に顔を顰めたのだった。
※
日本のものではない強い日差しが、その部屋には差し込んでいた。
「本日はよろしくお願いします」
ネームカードを首から下げた女性の記者が、外向きの笑みを浮かべてそう言った。質の良いソファーに深く腰掛けたままのマサキはそれに鷹揚に頷いてみせた。
「ええ。こちらこそ」
社長という肩書に似つかない若さと、彫りが濃いながらも爽やかさが勝る顔立ち。柔和な笑みを浮かべてはにかんで見せれば、それだけで多くの人間はこの男の評価を無意識に引き上げるだろう。
マサキという男は、技術者としての開発力と経営者としてのセンスを持ち合わせた傑物であったが、彼はそれに加えて自己プレゼンテーションの能力も高かった。自分の魅せ方というものも熟知していたようだ。
定期的に開かれるこのインタビューも、その一つだ。今をときめく敏腕社長という肩書と華のある立ち姿。業界関係者からも評判はよく、海外に拠点を移してからもこうして、日本の雑誌による連載形式のインタビューが行われていた。
記者の女性が椅子に座り、これからというところで、取材陣の後ろがざわめいた。
「ちょ、ネゴロさん、大人しくしてくれるって約束だったでしょ!?」
「お、俺もそのつもりだっただがよう……。おい、ちょっと待てって!!」
取材用のセットと人員をかき分けてマサキの前に姿を見せたのは、二人の男だった。
一人は、突き出た腹を抱えてひいふうと息を整えている中年の男。ネゴロと呼ばれていた男だった。
そしてもう一人は、隣のネゴロに比してだいぶ引き締まった身体をした男だった。帽子を深く被っておりその人相はすぐには窺い知れない。だが、マサキには既視感があった。そしてネゴロという苗字を聞いて、マサキは、ああ、と合点した。
「ははは。まさか、君の方からやってくるとはね。正直驚いたよ、ミゾロギ・シンヤ」
ミゾロギはそこで帽子を取り払った。そして腰から抜き出した拳銃の銃口をマサキに向けた。
「ひっ」
女性記者が引き攣った声で悲鳴にならない声をあげる。俄に騒然としかけた取材陣だったが、ミゾロギが天井に一発発砲したことで強制的に黙らされた。
「お、おいミゾロギ、話が違うぞ!?」
「お前は黙っていろ」
ネゴロが止めようとミゾロギの肩に手をかけて制止しようとしたが、ミゾロギはそれを振り解いて一発蹴りを入れた。
「う、グゥうおおお」
ミゾロギに脛を蹴り上げられたネゴロは蹲って呻き声を上げた。
「随分暴力的だね」
笑みを浮かべたまま、しかしどこか皮肉げに聞こえる声音でマサキが言う。神経を逆撫でるその言葉をミゾロギは努めて無視した。
「貴様か」
ミゾロギは何かを押さえつけるように、苦しげにうめく様な声で唸った。
「貴様が、アンノウン・ハンドか……!!」
「アンノウン? 一体何のことかな」
「まさか、とぼけるつもりか……!?」
マサキは、顎に手を当てて首を傾げた。
「さあ。知らないものはしょうがないさ。……それよりも、見たところだいぶ体調が悪いようだが」
確かにミゾロギは胸を握り潰さんばかりに押さえつけていた。息も荒く、とても正常な状態とは思えない。
「どうやらミゾロギくんは、先の作戦で正常な判断ができなくなってしまったようだ。今すぐ病院を手配しましょう」
「巫山戯るなよ、貴様!!」
怒りを滲ませて、ミゾロギが吠えた。
「この建物の中に来てから、俺の中の『闇』が蠢いて止まらん……。貴様なんだろう、あの日、俺の中に『闇』を植え付けたのは……!!」
「『闇』……? 私も暇ではないのでね。その手のお話は精神科の医師が来てからにしてくれないか」
「あくまでとぼけるつもりなんだな」
ミゾロギは構えた拳銃の撃鉄を下ろした。
「ここで貴様を撃つ」
「ほ、本気か!?」
ようやく痛みが抜けて立ち上がったネゴロが驚いてミゾロギを見やる。ミゾロギはそれを意に解することなく……あるいは、気にする余裕がなく……マサキを睨みつけながら続けた。
「この衆人環視の中で、拳銃で撃たれてもなお死なないとくれば、お前も言い逃れはできないだろう……!!」
マサキ・ケイゴがヒトではないと証明する。取材陣が多く同席する中で凶行に及ぶに至ったミゾロギの狙いはそこにあった。
「正体を見せろ、マサキ・ケイゴ……!!」
ミゾロギがその引き鉄を引き掛けた、その時ーー
轟音。そして、地響きが建物全体を大きく揺らした。
「貴様、まさかここにビーストを呼び出したのか……!?」
いち早く立ち直ったミゾロギが憤怒の表情を浮かべてマサキを睨みつけた。
だが、
「どういうことだ……」
ミゾロギに銃口を突きつけられてなお平然として顔色を変えずにいたマサキが、この日初めて顔色を変えた。その表情は、戸惑い。
(これは、マサキの意図したものではない……?)
ミゾロギがマサキから視線を切り、窓の外に目を向けた。
窓の外のビル街は、その地盤ごと抉り取られている。濛々たる土煙が、都市全体を覆っている。砂塵けぶる視界の中に、獣の唸り声が長く響いた。
それは、三つ首の悪魔。地獄の番犬。
オオオオオオオオオオッ!!!!
共振する三つの咆哮が窓ガラスを叩き割り、破滅の到来を告げる。
ガルベロス。
ビースト・ザ・ワンの遺伝子を最も色濃く受け継いだ怪獣が、狂乱の咆哮を持って告げる。
そうして『その日』は始まった。
アメリカ史に残る第一次怪獣災害。その初日であった。
トモフミ→ミチフミ に変更
単純に間違えて読んでました。すみません