ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
オフィス街に突如として出現した異生獣の雄叫びに呼応するように、銀光の御柱が天へと差し込んだ。
光が徐々に形をとり、一瞬のうちに人の形へと変貌を遂げる。
銀色の巨人。甲冑を彷彿とさせる特徴的な頭部。矢型の赤光が胸に灯る。人類が五番目に遭遇したヒューマノイドタイプの大型生命体にして、人類に友好的であると目されるモノ。すなわち、ウルトラマン。『五番目』とも呼ばれるその巨人の名は、ネクサス。
「デュアッ!!」
裂帛の気合いと共に、ネクサスが戦闘態勢の構えをとった。
「グルウオオオオッッッ!!」
三つの狗頭が同時に放った咆哮は、共鳴りを起こして周囲に撒き散らされる。ガルベロスにとっては戦前の威嚇程度の意識だが、その咆哮は音響兵器にも劣らない。
だが、ネクサスはそれを正面から受け止めて、なお平然としている。
ーー吠えた程度で、怯むと思うな!!
突進。力強い踏み込みと共に、全身全霊の拳を見舞う。
喉元を貫く勢いで放たれた拳撃。ガルベロスの咆哮は強制的に停止する。だが、
「「「グルアアアッ」」」
推定五万トンはくだらない破壊力を秘めたネクサスの拳を、生物の弱点の一つである呼吸器に受けてなお、ガルベロスは平然としていた。三つの狗頭が反撃の狼煙とばかりに再び叫音。鋭い爪で、ネクサスの胸を切り裂いた。
火花が散る。巨人の胸部装甲をそれごと引き裂こうという一撃。ネクサスの上体が仰反る。
ーーだが!!
後退した足を、前に一歩踏み込む。距離を詰めて手刀を怪獣の首へと叩き込む。
二度目の衝撃に、今度こそガルベロスの体勢が崩れた。ガルベロスはたたらを踏んで一歩二歩と後退した。
「デュアッ!!」
今、ヒメヤ=ネクサスを突き動かしているのは、激しい怒りだった。
日常を引き裂いた目の前の怪獣に、コモンの彼女の置かれた悲惨な境遇に、それを笑みと共に手引きした闇の巨人に、そもそもの原因である非人道的な実験に手を染めたマサキ・ケイゴに。そして、何も救えなかった自分自身に、彼は怒っていた。
普段のクレバーな戦い方は鳴りを潜め、彼は今、衝動の赴くままに拳を振るっていた。
決して良いことではない。だが、これまで何処か鬱屈としていたヒメヤにとっては、それは必要なことだった。
前へ。前へ。
ガルベロスはネクサスの攻撃を受け止め続ける。今までの異生獣であれば、この攻撃に耐えられなかったかもしれない。だが、このガルベロスは異生獣の中でもトップクラスのタフネスを誇る。その身に与えられた防御力も、スタミナも、他の追随を許さない。
そのガルベロスが、それでもなお後退を余儀なくされている。
我慢しきれなくなったガルベロスの側が、ここで動いた。
身を反転させ、尾を振るう。強かにネクサスの横っ面を打ち据えた。
「デュアっ!?」
吹き飛ばされた巨人の体が、ビルへと突っ込む。ガラガラと音を立てて崩壊する瓦礫を一身に浴びて、ネクサスは天を仰いだ。
追撃が来る。ネクサスは咄嗟に体を右に振った。
回避に成功。その隙を逃すつもりはない。
真下からのアッパーカット。鳩尾を深く抉る。衝撃でガルベロスの身体が浮き上がる。
「「「グルアアアッ」」」
悲鳴じみた絶叫。だが負けじとガルベロスは三つの首を動かしてネクサスに噛み付いた。
「デュオッ!?」
肩に牙が食い込む。その痛みに耐えて、今度は膝蹴りを見舞う。
衝撃で顎が外れ、ネクサスとガルベロスは互いに距離をとった。
仕切り直し。だが、ネクサスが有利の戦況。
ガルベロスが再び距離を詰めようと足を一歩進める。
だが、その侵攻を空からの線条が阻止した。
空を舞う、三機の戦闘機。クロムチェスターだ。
コモンがいち早くナイトレイダー隊に連絡をとったことで、彼らは想定以上のスピードでこの事態に駆けつけられた。
『僕もすぐに向かいます!! 地上から援護を!!』
地上で避難誘導をしているコモンに、ワクラは「いや」と首を横に振った。
「近くに米軍の発着場がある。コモンは避難誘導が落ち着き次第、そこに行け。この状態では、地上からの援護は危険だ」
『で、ですが』
「非番で装備も整っていないだろ。しっかり準備してから来い」
「……コモン隊員が抜けたところで、ナイトレイダー隊は揺らいだりしない。いいから指示に従いなさい」
ワクラに続いてサイジョウからも嗜められ、コモンは『……了解』と渋々ながら頷いて通信を切った。
「……コモン隊員、随分と浮き足立っていたような」
後部座席で解析を続けながらそういったイシボリに、ワクラは頷いた。
「心配は心配だが、こちらもそんな余裕はない。我々はこのまま戦線を維持。ウルトラマンを援護するぞ」
クロムチェスターβに搭乗したワクラの号令に、隊員たちが頷く。
「α号、先行します」
サイジョウがガルベロスの目の前を横切る。意識が逸れたガルベロスの隙をついて、γ号がミサイルの集中砲火を見舞う。
「よっし命中ぅ!!」
「ヒラキ隊員、余裕かますにはまだ早いわよ」
「分かってますよ。でも、士気はあげてかないと」
通信越しに軽口を叩きながら、ナイトレイダー隊は空からガルベロスを攻め立てる。
ここで、ネクサスが動いた。
指先から放つ光の矢尻。単発の威力が決して高くはないが、連射可能な攻撃だ。並はずれた耐久力を誇るガルベロスの体力を確実に削り取っていく。
「「「グルウオオオオオオ!!」」」
ナイトレイダー隊とネクサスによる四方向からの攻撃に、ガルベロスは怒りの咆哮を上げる。だが、反抗の一手を打つ余裕はないようだ。
ーーこのまま畳み掛ける。
これほどの攻撃を受けてなお、ガルベロスは逃走の意思を見せない。今は動きこそ拘束できているが、目の前の怪獣には致命傷と言えるような傷もない。
ガルベロスのスタミナと耐久力からくる継戦能力の高さは脅威だ。これまでの戦いで傷つき、徐々に消耗を重ねている今のヒメヤにとっては、なおさらと言っていい。長期戦では敗北は必至。それを感じ取ったヒメヤは、ここで勝負を決めるべく必殺の一撃の構え。両腕をL字にして放つ、一撃必殺。
胸のコアが輝く。そして、
※
「あら? お目覚め?」
怪獣の出現により、街の機能はそのほとんどを停止させていた。大多数の人々は、すでに戦闘予測区域から遠ざけられている。あれほどの喧騒に包まれていた市街地は、今は人の気配がない。
粉塵が視界を白く染め上げる無人の街の真ん中にカミーラはいた。
頽れた瓦礫に腰掛けて、暴れ狂う怪獣と巨人の戦いを見つめている。
目覚めたリコが見たのは、クツクツと愉快げに笑う、そんな女の横顔だった。
「どうして、どうしてこんなことを……」
リコは今を以てなお、自分を取り巻く状況の全てを理解しているわけではなかった。彼女が今分かっているのは、自分がもう人間とは呼べない存在であることと、もう最愛の彼のもとには帰れないということだけだった。自分を連れ回す、このカミーラと名乗る女のことを、リコはよく知らない。
闇の巨人と呼ばれる人智を超えた存在であることは分かる。だが、リコが知りたいのはそういうことではなかった。
「貴女は、何が目的なの……?」
「そうだなァ。そいつは、俺も知りたいところだった」
声は、彼女たちの後ろから聞こえてきた。
振り向いた先にいたのは、人相の悪い痩せ型の男。苛立ちを表情に出すその男は、カミーラと既知であるようだ。
「ヒュドラじゃない、どうしたの?」
ヒュドラ、と呼ばれた男は、怒りに顔を歪ませて歯を剥き出しにした。
「どうしたのじゃねェ!! テメェ、どういうことだ? マサキ・ケイゴを担いでティガを追い詰めるんじゃなかったのか?」
問い詰められたカミーラは、目の前のヒュドラの怒りも大して気にしていないようだ。なんでもないように、サラリとカミーラは言ってのけた。
「やめたわ。それ」
「は、はあ!?」
「マサキ・ケイゴを、私は許さない。私の恋は、誰にも否定させない」
カミーラの纏う雰囲気が、一瞬だけ冷えた気がした。ぞくりと、背骨を引っつかまれるような怖気が走る。だが、ヒュドラはそのプレッシャーを正面から受けても怯んだ様子がない。どうやら怒りがそれを上回っているようだ。
「ざけんなよ……。テメェが立てた計画だろうが!?」
「なら私がやめたって言ったっていいじゃない」
「テメェが我慢しろっていうから、俺は……!!」
頭を掻きむしって、ヒュドラは奥底に溜まった怒気を絞り出すように続けた。
「……ダーラムの仇は、いつ取れる?」
「言ったでしょ? まずはティガを仲間に引き入れることを優先すると」
「ならそれはいつだ!! ティガを仲間に引き入れるために!! 人間に愛想をつかさせるために、今日までコソコソとしてきたんだろうが!! なのに『やめた』だァ!? ふざけんのも大概にしろやァ!!」
ヒュドラは、カミーラを睨みつけた。
「いつだ。これまであっためてた計画を全部ご破産にしといて、次はまだ考えてないなんて言わねぇよなァ」
やはりカミーラに揺らぎはない。怒気にさらされて、それでも彼女は平然としている。そして、あろうことかヒュドラの精神を逆撫でにするようなことを呟いた。
「……あー、まあ衝動的に動いちゃったから、まだ次は考えてないわね」
すん、とヒュドラの表情からあらゆる感情が抜け落ちた。あらゆる全てが閾値を超えて、爆発する前の一瞬の静まりなのだと、リコは直感的に悟った。
「この気狂い女がァッ!!」
衝撃波がリコを襲った。突然のことに驚いて、リコはただ転がることしかできない。どうにか起き上がると、カミーラとヒュドラが鍔迫り合いをしていた。
「テメェの感情がそんなに大事か!? ダーラムの仇よりも俺たちの悲願よりも大事だっていうのかァ!!」
ヒュドラの手には、いつの間にか暗殺者が使っていそうな鉤爪があった。それがカミーラの首を掻き切ろうと踊り狂う。
対するカミーラは煩わしそうに顔を歪めながら対応している。単純なパワーなら男であるヒュドラの方が強いのだろうが、彼は怒りに支配されていて動きが単調だ。カミーラは冷静にヒュドラの動きに合わせて対応していく。
「……マサキの言動と思想は、私には受け入れられないものだった。それだけよ」
「そんくらい我慢しやがれ!! 轡を並べようってんじゃねェ。利用するだけの人間だったろうが」
「それは、」
カミーラのなめらかだった手の動きが、僅かに澱んだように、リコには見えた。
一瞬の停滞を、ヒュドラは見逃さなかった。大振りの蹴りをカミーラの鳩尾に差し込み、振り抜く。
「う、ぐっ」
吹き飛ばされたカミーラが呻きながらも立ち上がる。それを見ながら、ヒュドラは口を開いた。
「……狂ってんだよ、テメェ。自分の感情を制御できてない。短絡的で、直情的だ」
吐き捨てるように言う。カミーラは、口から血の塊を吐き出しながら返した。
「はっ、まさか貴方にそう言われる日が来るとはね」
「……自覚はある。だから俺もダーラムも、頭のキレるお前に従っていた」
ヒュドラの表情は、リコのいる場所からは窺い知ることはできない。だが、どこか寂しいと言う感情が、続く言葉には含まれている気がした。
「……もうテメェには付き合ってられねェ。俺は勝手にやらせてもらうぞ」
ヒュドラはそう言うと、カミーラに背を向けた。そして、その両生類を思わせる温度のない瞳が、リコを捉えた。
「あっ、ぐう……!!」
ヒュドラはリコの首を鷲掴みにして、強引に立ち上がらせた。
「その子をどうするつもり……?」
「こいつだろ。例の怪獣を産む女っていうのは」
ヒュドラは、そのままリコの柔らかな腹部に爪を突き立て、抉った。
「あ、があっ!?」
激痛。今までに経験のない痛覚信号が身体中の神経を暴れるように駆け巡っていく。ぼたぼたと溢れる血が水溜りを作っていく。それが自分から出たものだと思えなかった。叫ぼうにも喉元は押さえつけられたまま呼吸もままならない。
「ヒュドラ、何を!?」
「なるほどね。こんだけしてもまだ死なない。バケモンだなァ」
痛みには耐えられても、その言葉は耐えられなかった。化け物と、己をそう呼ぶ声。酸欠の脳裏に、あの時のコモンの表情がよぎる。驚愕と、恐怖。コモン・カズキは、あの時確かにサイダ・リコを『そう』見ていた。
「あ、がああああああ」
『母体』にかけられた過負荷が、Eビースト細胞を呼び覚ます。死という終わりを側にして、生命の根源的な恐怖の感情がリコを支配する。
「コイツを使って怪獣をたくさん作って、ゾイガーも出す」
軋り、とひび割れるような歪な笑みを浮かべて、ヒュドラは言う。
薄れていく意識の中、リコはヒュドラの続く言葉を聞いた。
「ティガなんざ知るか。最短最速で人類を滅ぼす。それで全部終いだろうが」
※
胸のコアが輝く。だが、
ーーなんだ、これは……。
青い空が、黒へ黒へと近づいていく。太陽は隠れ、曇天以上の青黒い雲が天を覆った。
そして現れたのは、第二の怪獣。
「る、お、おお、オオオオオッッ」
異形の海より現れたるは、恐怖の権化。今はの際の叫びの具現。これまでの異生獣をして、なお異形と称されるべき異形。
そして、その原典において、ヒメヤ・ジュンの戦いを終わらせたもの。
フィンディッシュタイプ・ビースト:クトゥーラ。