ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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次はお待たせしませんとかいっておいて三週間も更新滞ってすみませんでしたーーー(スライディング土下座


#85

 ニューヨーク・マンハッタン。

 

 人類の発展、その象徴たる摩天楼が空を穿つように立ち並ぶその都市は、人類最大国家たるアメリカの栄光そのものとも言えた。

 

 人々が築き上げた現代社会の中心だったその街の空が、黒く歪んでいる。

 

 空は、いつの間にか黒に近い青へと変じていた。黒い波紋が浮かんでは消える。水面に雫が垂れた時のような波紋が、一つ二つと浮かんでは消えていく。

 

 さかしまの海が、人々の頭上で波をうつ。

 

「なんだ、これは……」

 

 尋常ならざる『海』へと変わり果てた空を飛ぶチェスター三機。そのβ機を駆るワクラは操縦桿を握っていることも今は忘れて、ただ呆然とそう呟くしかなかった。

 

 海となった空がひときわ大きく波打った。それは、大海の主人の出陣の合図でもあった。

 

 海が割れる。空が割れる。

 

「お。お、おお」

 

 重力に抗ってゆっくりと沈降してきたのは、言葉にし難い異形そのもの。これまでの怪物たちと一線を画す、不定形の悪魔。

 

 ずんぐりとしたくびれのない身体は山のよう。かろうじて足は二本。その大きさに見合った体重を支えている。右手は異様に小さく短い一方で、左手には肥大化した触手を携えている。体のあちこちに触手が蠢き、それぞれがまるで独自の意志を持っているかのように這いずっていた。体の各所に空いた孔からは、小型の触手が手招きするように伸びては縮んでいく。

 

 顔、らしき感覚器官は嘆きの表情で固定されていた。見るもの全ての精神を揺さぶる、生き物と呼ぶことが烏滸がましいほどの異形。それが、嘆いた。

 

「お、おお、オオオオッ」

 

 振り上げたのは、一際大きい左手に相当する触手。それがネクサスに向かって振り上げられる。

 

「デュアッ!!」

 

 その攻撃をネクサスは受け止めた。抱え込むように触手を掴み、逆に引っ張ってその体勢を崩そうとする。

 

「ゼアアッ!?」

 

 力比べは、あっけなく終わった。無造作に振るわれた触手の動きに耐えられずにネクサスはその手を離さざるを得なかった。

 

 転がされたネクサスは受け身をとって膝立ちとなった。そこに火球が飛来する。

 

 間一髪、手刀で弾く。

 

「「「グルアアアッ」」」

 

 忘れるな、と三つ首の番犬が意地汚く笑った。二体一。しかもそのうちの一体は、未だそのポテンシャルを掴みかねている。状況は限りなく悪い。

 

 弾かれた火球が街を焼く。街の被害は止まるところを知らない。ネクサス=ヒメヤも気を遣っていられるほどの余裕はなかった。

 

ーーメタフィールドを展開するしかない。

 

 ネクサスは、銀から赤へとその姿を変えた。ジュネッスと呼称されるその姿は、ネクサス本来の力により近づいた姿と言えた。だが、出力が上昇する分、消費するエネルギーもまた大きい。これまでの戦闘での疲労が蓄積して回復しきってはいないヒメヤにとっては考えなしに切っていいカードではなかった。だが、状況は既に、切り札を温存していられるほどの余裕を許してはくれない。

 

 ネクサスを中心に、金色の光輪が広がっていく。だが、

 

ーー干渉されている……!?

 

 メタフィールドを展開できない。ネクサスは空を見上げた。海のように波打つ水面が空に映し出されている。恐らくは、この異形の海がネクサスのメタフィールドの展開を妨げているのだろう。

 

「お、おお」

 

 悲嘆に暮れる人間のような鳴き声をあげて、クトゥーラの身体の孔から触手が一斉に伸びた。その数は十数本に及ぶ。

 

 動揺を隠せないネクサスだったが、それでもすぐに反応した。近づく触手を次々に指先から放った光弾で打ち払っていく。だが、触手の勢いも数も止まらない。次々に迫り来る触手の群れに、ネクサスは釘付けにされるほかなかった。

 

「「「グルオオオオ」」」

 

 手一杯のネクサスに、ガルベロスが迫る。鋭い爪でネクサスを正面から引き裂いた。

 

「デュアアア……!!」

 

 胸部から火花が散った。攻撃によって手が止まったネクサスの右腕が、ついにクトゥーラの触手に捕捉された。

 

 手首に巻き付いた触手を剥がそうと大きく手を振るが、触手はギリギリとネクサスを余計に締め上げた。動きを制限されたネクサスに、今度はガルベロスが再びの爪撃。袈裟斬りの要領で切り裂かれたネクサスが仰け反って火花を散らせた。

 

「ウルトラマンを援護!!」

 

 ワクラの号令で、サイジョウが動いた。

 

 チェスターαの高機動力を活かしてネクサスに急接近。触手に向かってレーザー光線を当てて焼き切った。

 

「良しっ」

 

 自由になったネクサスは、二体の怪獣から距離をとる。仕切り直して反撃の機会を窺う。

 

「ウルトラマンが手をこまねいている……? なら!!」

 

 サイジョウが操縦桿を一気に引き上げた。

 

 チェスターαは急上昇。そのまま、なおもネクサスを捕まえようとするクトゥーラの触手群を次々に焼き払っていく。

 

「これでどうっ!?」

 

「お、おお、オオオオオッ」

 

 クトゥーラの歪んだ顔が、サイジョウに向いた。

 

 孔から再び大量の触手が発射される。

 

「くそっ、再生するのか!!」

 

 どれだけ焼き切っても、触手の数が減らない。チェスターαはどうにか機動力でこの触手の群れを掻い潜るが、ネクサスの援護をする暇は無くなった。

 

「サイジョウ副隊長を援護する」

 

 そしてβ機、γ機も触手の対応に手一杯だ。

 

 ネクサス、そしてナイトレイダー隊も迫り来る触手を払い除けていくが、その数は減るどころか次第に増えて行き始めている。

 

「どういうことよっ」

 

 γ機の操縦を任されていたヒラキが悲鳴じみた声をあげる。視界に現れる不愉快な触手は、焼いても焼いても沸いて出てくる。

 

 原因は空にあった。異界の海と繋がった空から、どこからともなく触手が降りてくるのだ。

 

「あの空全てが、奴の領域だとでもいうのか……」

 

「空に広がっているこの『海』は、現在も拡大中です。もうすぐニューヨーク上空全てを飲み込みますっ」

 

 β機の後部座席で解析作業を続けていたイシボリからもたらされた報告は、更なる状況の悪化を示唆していた。この『海』全てが、奴にとっての『砲門』であり、それは今も広がり続けている。TPCアメリカが急遽動員した地上部隊も対応に回っているようだが、このまま『海』が広がり続ければ、いずれ手が回らなくなるだろう。

 

『TPCアメリカより報告。WING隊がこれより急行するっ』

 

 既に状況は、米国史上最大規模の怪獣災害となっていた。TPCアメリカも遅ればせながら、空戦部隊を投入したらしい。既にワクラの見える視界には鮮やかな青色のWING機が散見された。

 

「これで、状況が好転すればいいんですが……」

 

 後部座席に座るイシボリがそう呟くが、イシボリ自身、それが楽観的な未来予想でしかないと半ば確信しているようだった。

 

 WING隊は編隊を組んで触手の群れに応戦している。だが、その動きにはいまいちキレがない。

 

「もともとTPCアメリカの有事戦力部隊の編纂は難航していた。アメリカ空軍出身者が多くて、パイロットの質自体はいいが、隊としての戦闘経験が浅い。それに何より……」

 

 ワクラは操縦桿を引き上げる。かかるGを根性で無視して、触手の攻撃を躱し、すれ違いにレーザーを当てていく。

 

「この『頭上からの攻撃』……!! やりにくくて敵わんな!!」

 

 空を飛んでいてなお、その上から攻撃がくる。頭上を常に取られている状況は、かなり具合が悪いと言わざるを得ない。対未確認飛行物体を前提にして設計されているWINGだからかろうじて対応できているが、それを駆るパイロット全員が頭上を取られ続けるという状況に適応できているわけではない。

 

「長くは持たない……。やはり本体をどうにかしなくては……!!」

 

 ワクラの視線の先では、ネクサスがようやくクトゥーラの元に辿り着いたところだった。

 

 

 もとより持久戦は不可能なコンディションだった。だから、ある程度被弾を覚悟してでもガルベロスを討伐するつもりだった。

 

 だが、状況はネクサスの思惑の真逆をいっている。ガルベロスは仕留めきれず、クトゥーラという第二の異生獣と会敵。挙句、クトゥーラは触手の飽和攻撃で、こちらに耐久戦を仕掛けてきた。

 

ーーまずは、この触手の大元を叩かなければ……。

 

 ネクサスは左手に力を集め、螺旋状にしてガルベロスに向かって放った。

 

「「「グルおおっ!?」」」

 

 ネクサスハリケーン。高エネルギーの竜巻によって相手の自由を拘束するこの技は、致命の威力こそないが、しばらくの間敵の動きを妨げることができる。

 

 ガルベロスの動きを拘束し、状況は一時的に一対一となった。しなる鞭を三本同時に引きちぎり、クトゥーラとの距離を詰める。光線技は触手を盾にされて届かない。近距離で応戦する以外道がなかった。

 

「デュアっ!!」

 

 右のストレートを顔面に叩き込む。たじろいだクトゥーラが一歩後退るが、それだけだった。

 

ーーくそ、もう力が……。

 

 明らかなスタミナ切れ。胸のエナジーコアが悲鳴を上げている。残された時間は、もうほとんど残ってはいない。

 

ーーそれでもっ!!

 

 膝が笑っている。銀色の巨人となって以来、これ以上ないほどの危機。指先が震える。肩で息をする。今にも崩れ落ちてしまいそうなほどのコンディション。だが、

 

ーー諦めるなっ!!

 

 自分自身を鼓舞するように、ネクサス=ヒメヤは立ち上がった。

 

 例え、戦いの果てにこの命が尽きようとも文句はなかった。むしろ望んでさえいた。己に与えられた使命。あるいは罰。それを果たせるのならばと、ヒメヤ・ジュンは戦い続けてきた。

 

 今もその思いは変わらない。

 

ーー燃え尽きるのは今じゃない!! ここで膝をつくわけにはいかない!!

 

「デュアアアアアアアッ!!」

 

 折りかけた膝に力を込め直し、真上へと飛び上がるほどの勢いでクトゥーラの腹を殴り上げる。

 

 浮き上がった身体。クトゥーラはその身体に開いた孔と、自身の領域である『海』の両方から一斉にネクサスに向けて触手を伸ばす。

 

 右手に、左手に、両足に、首に、次々と触手が巻き付いていく。絡め取られていく。

 

「ーーア、アアアアアアッ!!」

 

 強引に、それでも進む。あと一歩。あと一歩近づくことができれば。防ぎようのないゼロ距離射撃で確実に、奴を葬れるというのに。

 

「ーーーヒメヤさーーーーーんっ!!」

 

 上空から、己の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 

 一機の青いWINGが、最大速度のままネクサスとクトゥーラの間を駆け抜けていく。そして、一瞬の交錯のうちに、ネクサスを戒めていた全ての触手を焼き払った。

 

「ゼェヤアアアアアアッーー!!」

 

 この距離ならば、もはや触手による盾は展開できない。最大火力。渾身の力を両の腕に溜め込み、構えて、そこで。

 

 ネクサスは捉えた。視界の奥。竜巻の拘束を振り払った三つ首の番犬が、一際大きなビルに向かっていくのを。

 

 飛び回るWINGを全て無視して、ガルベロスはそのビルに一直線に向かっている。あまりにも不自然な動向だった。

 

 そして気づく。そのビルには、誰がいたのかを。

 

 そこに、サクタやネゴロがいる可能性は限りなく低い。恐らくは既に避難していることだろう。そのはずだ。だが、ではなぜあの怪獣は今この局面で真っ先にあのビルに向かっているのか。スペースビーストの嗅覚が、逃げ遅れた人間の存在を嗅ぎつけたのではないのか。

 

 この一瞬では、ネクサスの超感覚を持ってしても、そこに人がいるかどうかの判別はつかない。

 

 だから。

 

「ーーーデュアアアアアアア!!」

 

 L字に組んで放つ、その一撃。ネクサスは、目の前のクトゥーラではなく、その向こうで背を向けているガルベロスに向かって、放った。

 

 極光が束の間、世界の全てを塗りつぶし、ついで爆発音が雷鳴のように轟いた。

 

 そして、ガルベロスは燃え尽きた。

 

 それが、ネクサス=ヒメヤが見た最後の光景だった。

 

 

「お、おお、おおおおッ!!」

 

 不気味な咆哮と共に、触手がネクサスの身体に巻き付いていく。銀の巨人の瞳に、既に光は無かった。絡みとられ、人形のように巨人は吊り上げられていく。

 

「オオオオオおおおっ」

 

 勝鬨のつもりなのか。低重音を響かせて怪物が嗤う。

 

 銀の巨人が持ち上げられる。周囲を舞う戦闘機が必死に巨人を救おうと触手に向かって攻撃を仕掛けるが、その効果は乏しいと言わざるを得ない。虚しく、一機また一機と、鋼鉄の鳥はその翼を折られていった。

 

 ニューヨーク・マンハッタン。立ち並ぶ摩天楼の中でも、殊更に存在感を放つ建物。エンパイアステート・ビル。

 

 長年、ニューヨークのシンボルであったそこが、銀の巨人の十字架となった。

 

 磔にされたネクサスは動かない。その胸の光は、火を失ったまま。

 

 空は『海』に支配され。銀の星は地に堕ちた。絶望を阻む光は、もうどこにもない。

 

 

 

 

 

 

 

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