ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#86

「ハハハッ!! ざまあねえぜ!!」

 

 磔にされ、輝きを失ったネクサスを指差して、ヒュドラは相貌を歪めて嘲笑った。過去、己に土をつけた巨人が敗北した姿が、痛く気に入ったようだった。

 

「気はすんだかしら? なら、さっさと『それ』を返してほしいのだけれど」

 

 気を失ったサイダ・リコは、その襟首をヒュドラに掴まれたままだった。腹部を貫かれたリコの身体は、血まみれであったが既に傷は塞がりつつある。

 

「ああ? 返すわけねえだろ」

 

 眇めた視線で、カミーラを睨みつけたヒュドラは、物を扱うような雑な手つきでリコを持ち上げた。

 

「こんな便利なもの、誰が手放す? ちょいと痛めつければぽこじゃか怪獣を生み出してくれる。最高の鶏だよ」

 

 クツクツと抑えられない笑いを、蛇のように鋭い吐息と共に吐き出した。

 

「『これ』とゾイガーさえあれば、この惑星は簡単に『闇』に落ちる」

 

 カミーラは、その言葉に首を振った。

 

「ことはそう単純に運びはしないわ。……強い光がより明確に闇を際立たせるように、闇が深まればそれを照らす光もまた強く輝く。お前の力任せで強引なやり方では、決して上手くはいかない」

 

「御託は聞き飽きた!! テメェがティガを身内に引き込みたいだけだろうが!!」

 

「それは違う。上から強く押せば押すほど、人の心は逞しくなる。人の繋がりは強くなっていく。根本から摘まねば、希望という光はまた芽を出すわ」

 

 カミーラの諫言は、しかしヒュドラの精神をひどく逆撫でただけで終わった。ヒュドラは、苛立たしげに髪を掻きむしった。

 

「ゴチャゴチャと五月蝿いんだよ!! 俺はッ!! もう我慢ならないんだよッ!!」

 

 ヒューヒューという過呼吸じみた息を短く挟みながら、ヒュドラは続けた。

 

「我慢なんてしたくねぇ!! 壊したくてたまらねぇ!! そのための『力』だろうが!! 三千万年前、俺たちはそう望んで『闇』に手を出した……!! 何もかもをメチャクチャにしてでも自分の望みを突き通す!! 俺たちが選んだ手段っていうのは、結局そういうことだったろうが!! 今更賢しらぶって何になる!!」

 

「ならば、その結末を何とする!? 三千万年前、我らは負けたのだ!! 同じ轍を踏むつもりか!!」

 

「次は負けなければいい!! もっと強い怪獣を、より多く!!」

 

 そう言い捨てて、ヒュドラはカミーラに背を向けた。

 

「何よりだ」

 

 背を向けたヒュドラは、カミーラに視線を合わせることなく続けた。

 

「俺もお前も、残された時間はそう多くはない。わかっているんだろう?」

 

「それは……」

 

 思い当たる節があったのか、カミーラは言い淀んだ。

 

「自分自身で、分かるんだよ。日に日に短慮になっている。内から来る衝動を抑えられなくなっている。考える力ってやつが、失われていっている」

 

 『闇』にその手を伸ばした代償を支払うときが、ついに来たのだろう。魂が、侵されていっている。その自覚があった。

 

「俺も、お前も、ダーラムもそうだ。俺たちは『変わった』。その内面も、性格も。自覚はあった。それがようやく誤魔化しきれないところまできた」

 

「……まだ、致命的にはなっていない。我々にはまだ時間が残っているはずよ」

 

 そう言ってヒュドラの言葉を否定したカミーラの言葉は、しかしどこか覇気が欠けていた。

 

「それをお前が言えるのか。理性が剥がれ落ちていっているのは、お前の方がよくよく自覚しているだろう」

 

 反論はできない。何せ、いっときの感情でこれまで積み上げてきた計画をご破産にしたのは、カミーラ自身だったからだ。

 

「これでお別れだ、カミーラ」

 

 カミーラは「そう」とだけ呟いた。その表情が、今どのような感情を受けべているのかは、背を向けてしまったヒュドラには窺い知れない。

 

「これからどうするつもり……?」

 

「俺は、これから『神殿』に行ってシビトゾイガーどもを起こしてくる」

 

 それまでのアンニュイな表情をかき消して、ヒュドラは酷薄な笑みを浮かべて笑った。狂っていることを自覚して、それでもなお己の衝動のまま突き進むと、既にそう決めてしまった。痩身の男はキシリとひび割れたように口角を吊り上げた。

 

「これで全部ぶっ壊すのさーー」

 

「それは聞き捨てなりません!!」

 

 割り込んできたのは、そんな声。ヒュドラとカミーラ以外の、第三者。年若い少女の声だった。

 

「誰だッ!!」

 

 ヒュドラがそう言うと共に黒塗りの短剣を声の主に向けて振るう。並の相手であれば、それだけで絶命できる渾身の一撃。

 

 カキンッ、という硬質な音。弾かれた短剣がカラカラと音を立ててひび割れたコンクリートの床で跳ねる。

 

 ついで、カツンカツンという、硬い足音。それが二つ。

 

「お前たちは……」

 

 この場に現れたのは、状況にはあまりにも不釣り合いな、対照的な印象の二人組の少女だった。

 

 一人は黒く、夜の光を跳ね返す剣のような。一人は白く、全てを照らす朝の日差しのような。そしてどちらも可憐な容姿の少女たち。

 

「自己紹介をするつもりはない。お互い、友達になるつもりはないんだからな」

 

「これ以上、好き勝手にはさせられません!! お二人とも大人しくお縄についてくださいね!!」

 

 一見、彼女たちはただの年端も行かない少女に見える。だが、闇の巨人である二人は、その内側にある輝きを見抜いていた。

 

「……光の、巨人だとぉ……!?」

 

 驚愕に顔を歪めたヒュドラの目の前に、二人の少女が立ち塞がる。

 

「千年ぶりの復帰戦ですッ!!」

 

「復帰戦にしてはややヘビーな相手だがな」

 

「それでも、頑張ります!! そして『あの人』を胸を張って迎えるんです!!」

 

「それはいい。『アイツ』が帰ってきたら、せいぜい恩に着せてやるとしよう」

 

 二人の少女は並び立ち、互いの拳をぶつけ合った。

 

「行きますよ、ツルちゃん!!」

 

「行くぞ、アサヒ!!」

 

 握りしめた光のデヴァイスーールーブジャイロが輝きと共に回転する。

 

「「ワタシ色に染め上げろ!! グリージョ!!」」

 

 

 ウルトラマンネクサスの敗北。悪趣味な磔の絵面。その衝撃的な光景は、アメリカならず世界中の人々に大きなショックを与えるに至った。爆心地となったアメリカ・ニューヨークでは終末論が俄かに囁かれるようになり、自暴自棄になった一部の住人たちによる暴動も、散発的ながら起こり始めていた。

 

 異界の海がニューヨークの空を覆って、丸一日がもうすぐ経過しようとしていた。

 

「人心は乱れるばかり、か」

 

 テレビの報道を横目にして、ワクラはそうため息をついた。巨人の敗北であり、彼らナイトレイダーの敗北でもあった。ひいては先の戦闘の結果は、TPCそしてアメリカの敗北をも意味していた。

 

 TPCアメリカのWING隊が次々に墜落した昨日、ナイトレイダー隊は健在であったが、これ以上の継戦は不可能と判断せざるを得ず一時撤退を余儀なくされていた。現在、彼らナイトレイダー隊全員は司令室で待機を命令されていた。

 

「……ええ。避難所では住民同士の諍いが起き始めている。これ以上、時間的余裕はないでしょう。さもなくば、我々人類は怪獣による被害ではなく人類同士の内輪揉めで致命的な被害を出しかねない」

 

「マツナガ管理官……!!」

 

 両手を後ろで組んだまま、マツナガ管理官が司令室に現れた。彼は相変わらず感情を伺いきれない表情であったが、コモンから見て、普段よりも幾分か厳しい表情を浮かべているように見えた。

 

「次の出動命令はいつ出ますか」

 

 サイジョウ副隊長がそう言ってマツナガ管理官に詰め寄る。ワクラは手でそれを制するが、彼もまたその答えを欲していたようだ。マツナガ管理官に顔を向け、その答えを促した。

 

「チェスター三機はどれも負荷に耐えきれず各所がボロボロで、ろくに飛べる状態ではありません。……それに上層部も現在混乱を来しています。TLT上層部の実質的な舵取りをこれまで担ってきたマサキ・ケイゴ氏と連絡が取れず、指示系統に支障が出ている」

 

「そんな……そんな場合じゃないでしょ!!」

 

 今度はヒラキが歯を剥き出しにしてマツナガに詰め寄ろうとするが、イシボリがそれをどうにか押さえつけた。

 

「TPCアメリカの方はどうですか? WING隊の再編は……」

 

「TPCアメリカのWING隊の再編は絶望的と報告が上がっています。パイロットの死傷者もさることながら、飛ぶことができるWING自体が足りていない」

 

「……国外からの援助は、どの程度期待できますか?」

 

 日本での対ゴルザ及びゴブニュ戦では、各国のパイロットが一堂に集められ合同作戦に至った。今回もそれができるのか、そう問うたワクラの言葉にマツナガは首を横に振った。

 

「ニューヨーク上空を覆い、現在も拡大を続けている異空間ーー通称『異界の海』、あれがある限り国外からの支援は期待薄でしょう」

 

 『異界の海』から伸びる触手を回避しながら長時間飛行することは現実的ではない、という判断らしい。身をもってその脅威を実感したナイトレイダー隊員たちも、この判断を批判することはできなかった。

 

「海路による支援部隊の派遣が現在TPC極東を中心に計画されていますが、それもどれだけ時間がかかるか……」

 

 マツナガが瞑目して告げた。国外からの救援は望めない。つまりは、今ある戦力でどうにかするしかないというわけだ。はっきり言えば、絶望的だ。事態が好転する兆しは何一つとしてない。

 

「……それでも、諦めるわけにはいかない。そうでしょう?」

 

 誰もが沈黙せざるを得ない状況の中、コモンが口火を切った。

 

「『異界の海』は今も拡がり続けています。時間は僕らの味方をしない……。今、やるしかないんじゃないですか」

 

 マツナガは、コモンから視線を逸らし、眼鏡を外した。

 

「……ええ。その通りです。……我々も策がないわけではない」

 

「なら……!!」

 

「ですがこれは……作戦と呼ぶことも烏滸がましい。希望的観測を前提にしたものでしかない。……それでも、やりますか?」

 

 マツナガのその問いかけに、そこにいる全員が間髪入れずに答えた。

 

「「「「「やります」」」」」

 

 その言葉に、マツナガは一瞬俯いた。そして眼鏡をかけ直し、顔を上げた。

 

「解りました。やりましょう、皆さん」

 

 

「『異界の海』の支配下では、チェスターでさえ三分以上の安定飛行は不可能。それがシミュレーターが下した結論です」

 

 マツナガはそう言い、そして続けた。

 

「現状の人類の戦力では、あの怪獣を三分以内に打ち倒せるほどの火力は用意できません。ですから、まずは我々はその火力を補う必要がある」

 

「つまりは、ウルトラマン」

 

 サイジョウの言葉に、マツナガは頷いた。

 

「磔にされたあの巨人を、我々の手で復活させる。これが第一の作戦です」

 

 作戦の概要を聞いていたヒラキが口を挟んだ。

 

「復活って言っても……。言っちゃなんですけど、あのウルトラマン、生きているんですか?」

 

「ええ。かの巨人はまだ生きている。そうですね、イシボリ隊員」

 

 話を振られたイシボリがパソコンのコンソールを動かした。作戦室の大画面にはいくつかのバイタルデータが連続で表示されていく。

 

「外部からの観測になりますが、ウルトラマンネクサスはまだ生命活動を続けていると判断できます。現在は、極度の低活動状態……いわば、冬眠に近い状態かと」

 

「消費エネルギーをギリギリまで抑えることで、存在を保っている、と言うことか」

 

 ワクラが腕を組んだ。巨人の生態は、そのほとんどが謎に包まれているが、観測されたデータをつなぎ合わせるに、そういう結論に至るようだ。

 

「ウルトラマンにエネルギーを供給することで、彼を目覚めさせる。でも、どうやって……」

 

 ヒラキの呟きに、マツナガが答えた。

 

「こちらを」

 

 映像に映し出されたのは、一機のライドメカだった。クロムチェスター・シリーズと同系統のデザインであるその機体が、静かに格納庫で出番を待っている。

 

「クロムチェスターδ ーーチェスター機の新型です」

 

「クロムチェスター、δ……」

 

 マツナガがチェスターδのカタログスペックを示した。

 

「このチェスターδは、単独でのメタフィールド突入を可能にした機体です。異空間突入に対する耐久性及び動作の安定性は、これまでのクロムチェスターを上回る。それこそ三機が合体して出力を上げたストライクチェスターさえ」

 

「つまりそれだけ高出力のシェネレーターを搭載している、と言うことですね」

 

 ワクラが理解した、と頷いた。

 

「このδ機から発生させたエネルギーを、巨人に注ぐ、と言うことですか」

 

 その言葉に、マツナガが頷いた。

 

「過去、巨人が外部からのエネルギーを取り込んだケースがあります。またこれまでの観測データから、巨人は『光』を活動エネルギーとして利用していることはほぼほぼ間違いがない」

 

 日本を中心にその活動が観測されてるウルトラマンティガ、そして最近は姿を見せなくなって久しいオルタナティブ・ティガも、敵のエネルギーを胸のコアーーカラータイマーを中心にして吸収している姿が確認されている。その際彼らは、外部エネルギーを光に一度変換してから取り込んでいることもわかっていた。

 

「磔にされたウルトラマンネクサスの胸にあるコア。これに向かって、チェスターδのジェネレーターから発生させた『光』エネルギーを打ち込む」

 

「上手くいけば、ウルトラマンは復活する……!!」

 

 コモンの言葉に、マツナガ管理官は「上手くいけば、ですがね」と釘を刺した。

 

「この作戦には、三つのギャンブルがあります」

 

 人差し指を一つ立て、マツナガは続けた。

 

「一つは、チェスターδはウルトラマンにエネルギーを供給している間、ほぼ無防備になるということ。四方八方から来る触手を躱し続けながら、巨人のコアにエネルギーを当て続ける必要があります」

 

「勿論、地上から援護はするが、高所からの攻撃は当然地上部隊の手が届かないだろうな……」

 

 二つ目、とマツナガは中指を立てる。

 

「二つ目は、そもそもチェスターδが想定通りのスペックを発揮できるのか、ということ。カタログ上は問題ありませんが、この機体はまだ実践を経ていない。新型ゆえに、予期せぬマシントラブルを起こす可能性は低くない」

 

「いかにチェスターシリーズとして、操作性に互換性があろうとも、新型をぶっつけ本番は……」

 

 イシボリが尻込みするように、語尾を窄めてつぶやく。

 

 マツナガは、最後にと薬指を立てた。

 

「そもそもの話、ウルトラマンネクサスが外部からのエネルギーを自身のエネルギーに変換できるのか、ということ。ティガやオルタナティブ・ティガが出来るからといって、ネクサスが可能である保証は何一つありません」

 

 そしてさらに、とマツナガは付け加えた。

 

「ウルトラマンが復活したとして、あの敵に勝てるのかは未知数だ。……それでも、やりますか?」

 

 問われる。しかし解答は決まりきっている。

 

 コモンは一歩足を踏み出した。

 

「やります。絶対に、諦めたりしない。立ち止まらない。……そう決めたんです」

 

 

 クロムチェスターδが、磔にされたネクサスを目指して発進した。丁度その頃。

 

「ようやく戻ってきたぁ……」

 

「ワフウ……」

 

 一人と一匹が、ようやく『現在』の戦場に追いついた。

 

 

 


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