ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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 ハッチが開く。

 

『異界の海』による光の乱反射の影響か、差し込む外光は普段とは趣が異なっていた。白い暖かな光ではない、毒々しい虹の色。

 

「こんなに気分の悪い虹がこの世にあったのね」

 

 ふん、と鼻息を一つ。操縦桿を握るサイジョウが忌々しげに悪態をついた。

 

 ウルトラマンネクサスを復活させるべく立案された計画の主軸となるのは、新型機であるクロムチェスターδだ。本作戦でその操縦桿を任されたのは、ナイトレイダー隊内で随一の操縦スキルを誇る、副隊長サイジョウ・ナギ。そして、ネクサスのエナジーコアにエネルギー照射を行う狙撃手役は、サイジョウとこれまでに何度もコンビを組んで空を飛んできた、コモン・カズキが担うことになった。

 

「調子、戻ったみたいですね」

 

 彼女の後ろで、コモンがそう声をかけた。

 

「……別に、調子が悪かったことなんてないわ」

 

「いやいや、それは無理がありますよ」

 

 不機嫌さを隠しもしないしかめ面を浮かべてそう返すサイジョウに、コモンは苦笑するしかなかった。

 

「……あなたの方こそ、どうなの?」

 

「僕ですか?」

 

 一瞬、珍しくも言いにくそうにして、サイジョウは口ごもった。

 

「今回の作戦、私はあなたを乗せて飛ぶことに反対したわ」

 

「え?」

 

「変に浮ついて空回りしたやる気を見せたと思えば、思い詰めたように急に黙り込むし。かと思えば、死にそうな顔をして、セリフだけは前向き。……今のあなた、どう見ても情緒が安定していない」

 

 思っても見なかった言葉を浴びせられ、コモンは固まった。

 

「……そう、見えますか」

 

「私だけじゃない。ワクラ隊長も、ヒラキ隊員も、イシボリ隊員も……多分、マツナガ管理官も、あなたがおかしいことには薄々気づいていた」

 

 後部座席に座るコモンからは、前を向いたままのサイジョウの表情は読み取れない。

 

「それは……ウルトラマンが負けてしまって、街も、大変なことになってて……」

 

「それだけじゃないでしょ。その程度で、コモン・カズキの精神は、ここまで揺らいだりはしない」

 

 断言するように、サイジョウは言い切った。

 

 どう答えたらいいか、コモンは迷った。

 

 本来は休暇中であったコモンが、何をしていたのか。コモンはそれを、誰にも言っていなかった。TLTの暗部にせまる内容なだけに、おいそれと報告することもできなかった。何より、彼女のことをどう説明すべきか。そう考えただけで、コモンの口は固く閉ざされてしまうのだ。

 

 サイダ・リコ――最愛の彼女の正体が何だったのか。そしてどのような顛末を迎えたのか。誰よりもコモン自身が、その事実をいまだに受け入れられずにいた。

 

 何があったのか、それをコモンは語ることはできなかった。代わりに、問いを問いで返すような言葉を放った。

 

「……そんな不安定な僕が作戦に参加することを、どうしてみんなは許可したんですか?」

 

「あなたが、コモン・カズキだからよ」

 

 サイジョウは前を向いたまま、テイクオフへの最終確認作業の手を止めないままに続けた。

 

「あなたは、いつもウジウジしててはっきりしないし甘っちょろいところがあって、とてもじゃないけど普段から頼りになる人間ではない」

 

 でも、とここで彼女は一瞬手を止めた。

 

「土壇場の、一番大事なところで、あなたは決して間違えなかった。大事なことを履き違えなかった」

 

 一瞬、サイジョウは肩越しにコモンを一瞥した。

 

「あなたは決して諦めない。立ち止まったりしない。必ず、今回の作戦も成功させてみせるだろうって、隊長がね」

 

 サイジョウの言葉があまりにも想定外で、コモンは返す言葉を失った。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「勘違いしないで。全部ワクラ隊長の言葉よ。私がそう思っているわけじゃない」

 

 相変わらず不機嫌そうな声音で、サイジョウは続けた。

 

「……あなたを、信じてくれる人がいる。それは真実。だから、その信頼に報いなさい」

 

 離陸へのシークエンスは全て終了した。管制室からは、離陸へのカウントダウンが聞こえてくる。コモンは、固く口を結んで、強く頷いた。

 

「……僕らで晴らしましょう。この偽物の虹を」

 

「言われなくてもそのつもり。……きちんと狙いなさいよ」

 

「それこそ、言われなくても」

 

 

 俺の頭上を飛び越えるように、藍色の特徴的なカラーリングの機体が過ぎ去っていった。

 

「クロムチェスターδ、か?」

 

 ネクサス本編でも中盤から登場した、新型チェスター。搭乗者は、原作通りであればコモン・カズキだろうか。

 

「いや、この状況では、もう原作通りなんて望み薄だろうけどな」

 

 チェスターδが向かう先は、磔にされたまま動かないウルトラマンネクサスのところだろう。そして、そこに立ちはだかるのは、形容し難い姿の化け物――クトゥーラだ。

 

 原作でも、ネクサスはクトゥーラに敗北を喫した。それは、この世界でもその通りになっている。だが、敗北したのはクトゥーラが展開した異空間内でのことだ。

 

 こんな現実世界と異空間が混じり合った場所は想定外だ。

 

「というか、クトゥーラがここまで大規模に『異形の海』を展開できるとか、聞いてないぞ……」

 

 明らかに、原作に登場したクトゥーラよりも強くなっている。それは疑いようがない。

 

『聞いてないぞ、ではないのですが???』

 

 これはどうしたもんかなぁ、などと今後のことを考えて頭を抱えていると、AIユザレの言葉が通信機越しに聞こえてきた。声だけで怒っていることが分かる。AIとは思えない迫力だ。これはどうしたもんかなぁ。

 

『それこそ、こちらが『どうしたもんかなあ』なのですが? この半年間、一体何をしていたのです???』

 

「い、いやあ、ちょっとトラブっちゃって……」

 

『ならば連絡の一つでも送るべきでしょう。報連相は社会人として当然のことでは?』

 

「いや、それはそうなんだけど、通信も繋がらないところに行かざるを得なかったというか、迷い込んじゃったというか」

 

『この地球のどこに、超級AIである私と連絡さえ取れなくなるような場所があると言うのです? 地下施設であろうと異空間であろうと、バリ3ですよ、ええ』

 

 バリ3て。いつの時代の話だよ。……いや、九十年代からゼロ年代は普通に使うか。

 

 怒りの感情が振り切れて口調も不安定になり始めた自称超級AIをこれ以上放置しても話が進まない。さっさと話を進めよう。

 

「ちょっと千年ほど前にな」

 

『はい?』

 

「まあ、話せばだいぶ長くなるから、それは追々」

 

『いや、追々にしておくには少々重大情報すぎるのではありませんか? 何より千年前というならば、それは――』

 

「後で話すよ、そこら辺は。それより、もっと大きな問題が目の前にあるだろ」

 

 チェスターδがネクサスに向かってエネルギーの供給を開始した。エナジーコアに注がれる光の奔流は、相当なものだ。順調にいけば、ネクサスが再び立ち上がれるほどのエネルギーを与えられるはずだ。

 

「シュリイイイッ!!」

 

 これまで不気味なほど沈黙を守ってきた悲嘆の権化、クトゥーラが奇声を発しながら触手を振り上げた。それに応じたように、『異界の海』からも、数多の触手の群れがチェスターδに向かってその穂先を伸ばした。

 

「ナイトレイダーの他に、戦える部隊は?」

 

『……TPCアメリカは現在部隊再編中です。見通しも立っていません。米軍は、航空戦力を都市部の防衛に専念させています』

 

「他国からの……特に日本からの援護は?」

 

『『異界の海』が現在ニューヨークを中心に急拡大し続けています。『異界の海』の領域内では、WING部隊であろうと長時間跳び続けることは不可能です。現在、日本では海上輸送での援軍派遣を計画していますが、正直現実的ではありません』

 

「つまり、今このニューヨークは陸の孤島なわけか」

 

 半年ほど現代を離れてタイムスリップしていたので、情報にかなりギャップがある。随分と出遅れたな。

 

「敵はクトゥーラ。目標はウルトラマンネクサスの奪取。……他に、頭に入れておいた方がいい情報はあるか?」

 

 この半年間で、ユザレもただ手をこまねいていたわけではないようで、彼女なりに不慣れなアメリカのネットワーク空間で独自に情報網を構築していたようだ。

 

『半年間時間があったとはいえ、核心部に触れられるようなものは、何も。恐らく、マサキ・ケイゴが主導する計画が今回の事件の引き金になったことは間違いないと思われますが、マサキは現在消息不明です。これまでの彼の行動と今回の騒動を見比べてみても、不可解な点が多いですね。この状況、すでにマサキのコントロール下ではないと推測されます』

 

「なるほどね。マサキによる横槍は、今回は考えなくてもいいわけか」

 

 とはいえ、闇の巨人勢力が出てくる可能性はある。だが、警戒する相手が一つ減ったのは素直に喜ばしいことだ。

 

「ワフウ……?」

 

 足元で『本当にやるの?』と不安げに狗が鳴いた。この半年間一緒に旅をしていたので、それなりに意思疎通もとれるようにはなってきたのだ。

 

 その狗――ガーディーが、こちらを心配そうな目で見ている。まあ、こいつが不安に思うのも分かる。

 

 懐から取り出したのは、この身を光へと転じさせるデヴァイス――スパークレンス。そこには、大小様々な罅が入っていた。

 

『―――――な、なあッ!?』

 

 どうやってかはわからないが、こちらの状況を視覚的に把握しているらしいAIユザレが悲鳴に近い声をあげた。半年ぶりに聞くけど、本当にAI離れした感情表現だ。

 

『ひ、罅ッ!? クラック!? うええ!? どうしてですか!?』

 

「いやまあ、ちょっと無茶しすぎたというか。――流石にルーゴサイトを相手にするのは無謀が過ぎたというか」

 

『る、ルーゴサイト!? カツヒト、貴方一体千年前に行って何をしでかしてきたのです!?』

 

 しでかしてきたって言い方は、ちょっとどうかと思うが。だが彼女がこんなに動揺するのもよく分かる。正直、俺もまだ普通に動揺しているので。

 

「変身はできる。ただまあ、変身する度に、なんか軋む音がするってだけで。ハハハ」

 

『いや、いやいやいや』

 

 不慮の事故で千年前にタイムスリップしてしまった俺はその先で、詳細は省くが、ウルトラマンR/Bにおけるラスボス・ルーゴサイトにバッタリエンカウントしてしまったのだ。

 

 そこでまあ、それはもう色々あった結果。その時代の人たちの協力もあってルーゴサイトの討伐に成功。しかし、無理が祟ってしまったのか、俺のスパークレンスはその反動でボロボロになってしまったのだった。

 

『つまり、変身する度破壊判定が入る? ファンブルするとそこで終了……?』

 

「いや、多分まだ変身できるから。多分」

 

『た、多分って言った!? 二回言った!?』

 

「光よ――――!!」

 

『いやちょっと待ってください――――!?』

 

 そんな締まらないやり取りを踏まえつつ、俺は半年ぶりに現代の戦場に帰ってきたのだった。


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