ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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お久しぶりです。約1年ぶりの更新です。
これまでの謝罪と申し開きを活動報告に載せています。ご一読されましたら幸いです。


#90

 磔にされた銀色の巨人。その手足を苛む荊のごとき異形の触手が、軋みを上げて千切れていく。

 

「ーーーオ、」

 

 その瞳に、その胸に、再び光が灯る。

 

「オオオオオオーーーッ!!」

 

 ブチリと、肉でできた繊維が破断していく。

 

 戒めが解かれた巨人は、自由の身となって大地に降り立った。

 

 大地が震え。土煙が舞う。異質な虹が支配する空の光が、巻き上げられた砂に乱反射する。白い視界、その奥に輝くは赤き燐光。白雪の瞳。

 

「ーーーデュアッ!!」

 

 そうして、鈍い銀色を放つ五番めの巨人は、ここに再生を果たした。

 

 

 オルタナティブ・ティガとネクサス。両雄が並び立った。

 

 無言で二人は頷き合い、クロスタッチを交わす。そして、同時に怪物に向き合った。

 

「シヤアアアア!!」

 

 奇怪なる触腕が振るわれる。赤き姿となったオルタティガが、片手で鷲掴む。

 

「ズエァ!!」

 

 力任せにただ引き抜く。ブチリという耳障りな音を鳴らして触手が千切れた。だが、クトゥーラは悲鳴を上げることさえせずに二つめ三つめの触手を振り上げる。

 

 怪物の基本的な戦闘スタイルは、巨人二人を前にしても変わらない。多角的な角度から、視界を埋め尽くす肉塊の群れ。物量による圧殺こそがクトゥーラの最も強い戦い方だろう。

 

 オルタティガが前に出る。

 

 触手の群れ。それを強引に抱えこみ、抱き込んだ。

 

「デェヤアアアッ!!」

 

 触手の根はあくまでクトゥーラ本体にある。一本二本程度掴まれたところで痛くも痒くもないが、一度に何本も掴まれ、それを同方向に引っ張られるのはクトゥーラの想定外だった。

 

 怪獣の中でもことさらに巨体で重量級な見た目のクトゥーラが、一瞬で持ち上がった。

 

「!?」

 

 声がなくとも、怪獣が驚愕したことが伝わった。空中に浮かぶ巨体。それを守る肉の壁は、今は無い。

 

「デュアッ!!」

 

 後ろでタイミングを伺っていたネクサスがここで動く。指先から放つ光弾。牽制に使われることが多いそれは本来威力はそう高くない。

 

 だが、今のネクサスは違う。

 

 道を定めた者の覚悟。それが、絆を力に変える巨人に更なる力を与えているのだ。

 

 クトゥーラが宙を舞う。畳み掛けるようにネクサスが再び動いた。

 

 幼体から成体へ。より強き、赤き姿。ジュネッスへと転身する。

 

 クトゥーラは己の体を受け止めるために、そして目の前の二人の巨人に対抗するべく、時空間を歪ませ『異界の海』へと繋がる孔を作り出す。

 

ーーそう何度も同じ手は使わせない!!

 

「ぐ、ギィ!?」

 

 ジュネッスのもつ固有能力。メタフィールドと呼ばれる異界空間を作り上げる力が振るわれる。金色に輝く光輪が、ネクサスを中心に広がっていく。

 

 メタフィールドによって上書きされた空間。つまりはネクサスによって今この空間は切り取られ、支配下に置かれたということ。覚悟を決め『道』を定めたヒメヤ=ネクサスの出力がクトゥーラを上回った。今のネクサスは、クトゥーラの空間をつなげる力に対する強烈なカウンターとして機能しうる。

 

ーー『手』は封じた!! 

 

ーー今ならば!!

 

 勝機はここに。巨人が二人、駆ける。

 

 ネクサスが両足を大地に叩きつけるように、深く、踏み込む。垂直に飛び、回転の力を加えるように中空にて一回転。

 

 オルタティガが膝を一際深く沈め滑るように、深く、踏み込む。体重の横移動による慣性を味方にして振りかぶる。

 

「「ズエヤアアアアアアアアッ!!」」

 

 ネクサスの空中蹴りとオルタティガの正拳突き。それを同時に受けたクトゥーラの体躯が歪む。

 

「ギイィ!?」

 

 後ずさるだけでは勢いを殺すことができず、クトゥーラは無様に地を這う。転がるように大地に打ちのめされた化け物に浮かぶのは、悲嘆ではなく、憤怒の感情。

 

「怪物が一丁前に怒っているんじゃないわよっ!!」

 

「オオオオオオッ!!」

 

 立ち上がり反撃に出かけたクトゥーラの気勢を削ぐ、追い討ちの一矢。

 

 混乱の最中、幸運にもメタフィールド内へと踏み込めたチェスターδ。飛ぶこともできず、大地にその翼を下ろしていたままであったそれ。だが実弾はまだ残されていた。ただの固定砲台。これを打ち込んだ後は残弾もなく、飛ぶこともできず、死を待つことしかできない。それでもサイジョウとコモンはこの瞬間に賭けた。己の命運、その全てを二人の巨人に。

 

 クトゥーラの動きにようやくできた間隙。逃すわけにはいかない。

 

 頷きあうことはしない。視線を合わせることもしない。互いに、この瞬間しかないと判断するーーできると確信していた。

 

 クロスレイ・シュトローム。

 

 ゼペリオン光線。

 

 両者から放たれた極光が、怪獣を貫いた。

 

「ギ、」

 

 一瞬の静寂。そして、

 

「きいしゃああああアアアア!!??」

 

 異界の海を渡る異形は、己の身に起きた破綻に気づく前に爆ぜて散った。

 

 

 アメリカの空が、濁った虹色から、元の澄んだ青へと還っていく。

 

「終わったんだ」

 

 空を見上げた誰かがつぶやいた。

 

「勝った……?」

 

「勝った ……!?」

 

「勝ったんだよ、ウルトラマンが!!」

 

 頭上に浮かぶ虹の空に怯えていた人々が、徐々に徐々に、空を見上げていく。

 

 切り取られた空間が徐々に綻び、戦場から帰ってきた二人の巨人がゆっくりと地上へと降り立った。

 

 巨人が二人、頷き合う。始まりと同じようにクロスタッチ。そして高く拳を上げたのだった。

 

「「「「「うおおおおオオオオオオッ!!」」」」」

 

 大観衆が見守る中、二人の巨人はそのまま空へと飛び立っていった。誰も知らない空の果てに。

 

「何とかなった、か」

 

 ワクラはその声を画面の向こうから聴きながら、ほっと胸を撫で下ろした。巨人の造った異世界へと巻き込まれたコモンとサイジョウからの返信もすでに確認済みだった。

 

 多くの損失はあったが、それでもナイトレイダーは誰一人欠けることなくこの戦場から帰ってくることができたのだ。その事実に、一瞬の間だけ、束の間の安息を覚えることを自分自身に許した。

 

 そして切り替える。

 

『ここからは我々の仕事だ』

 

「ええ」

 

 通信機越しから聞こえる、本来の上司ーーヨシオカ長官の声に頷く。

 

「復興はもちろんですが、今回の一件でアメリカ政府とTPCアメリカ、TLT……この三者の繋がりが明るみになりつつある」

 

『火事場泥棒のようで気分は良くないがな』

 

「ですが今しかない。隠蔽も覚束なくなった今の連中であれば、いくらでもやりようがあるでしょう」

 

 わずかに呼吸をおいて、ワクラが続けた。

 

「これは人にしかできないこと。人がやらねばばらないこと、ですから」

 

 そうして、ワクラは後ろを振り向いた。

 

「そうでしょう。マツナガ・ヨウイチロウ管理官」

 

 ヒラキ、イシボリの両隊員から銃口を向けられ、両手を上げた状態のマツナガは皮肉げに唇の端を釣り上げた。

 

「これは、ナイトレイダー……ひいてはTPC極東支部のクーデターという認識でよろしいですか?」

 

「あなたもわかっているはずだ。あなた方の企て……その結果引き起こされたのが今回の大規模怪獣災害ーーいや、これまでの全てのアメリカ全土で観測された大小含めた多くの怪獣災害の発端があなた達に繋がっている」

 

『すでに多くの証拠は掴んでいる。いい加減、終わりにしようマツナガ』

 

 マツナガが二人の言葉に返す。

 

「証拠? あなた方が掴んでいるのは、全て『傍証』あるいは『状況証拠』でしょう? 確かに我々三組織はそれぞれ共同して研究を行ってきましたが、それは全て人類の繁栄のためのもの。そして少なくともアメリカ本土では合法で行われている」

 

「そりゃあ政府を抱き込んでいれば、法律の網なんていくらでも掻い潜れるでしょ」

 

 銃口を突き詰けたままヒラキが憤る。だが、マツナガはフッと息を漏らして失笑した。

 

「そんな映画の中の政府組織みたいな権力なんて、少なくとも民主主義国家ではそうそうありませんよ。まあ、便宜は計ってもらいましたが。プロメテウス・プロジェクトはあくまでも合法。資金関係も極めて潔白ですが」

 

『我々が言っているのは、『プロメテウス・プロジェクト』全体のことではない。その裏で行われた非倫理的な研究のことだ』

 

「そこまでは掴んでいるんだぞ、と。我々が日本からEビースト細胞を移植された死体を研究目的に国内に入れたと、そう言いたいんですか」

 

「……認めるのか」

 

 意外そうな表情を浮かべたワクラに、マツナガは苦笑した。

 

「ええ。まあ、何というか、こちらも詰んだというか。今回の発起人に『一抜け』されてしまったのでは、もうどうしようもないんですよ」

 

「何?」

 

 そう言うと、マツナガは持っていたタブレットを開いて、映像を再生し出した。

 

「これはつい先ほど、マンハッタン地下の監視カメラの映像です」

 

 

「お、おいマサキ!! お前、一体何を……!!」

 

 野太い男の声がした。聞き覚えのある声だ。ワクラの脳裏に、ネゴロと呼ばれていた行方不明になった記者の顔が浮かんだ。

 

「きゃ、」

 

「おい待て……くそ、大丈夫か、サクタ」

 

 女の悲鳴。そしてそれを慮るネゴロの声が続いた。

 

 そしてほぼ同時に崖崩れのような破砕音。そして、

 

「ガルウッ」

 

 怪獣の叫び声。

 

「ゲオザークというんだ。なかなか可愛いだろう?」

 

 鮫のような見た目の大型怪獣。それに掴まって地下に潜ろうとするマサキの姿がかろうじて映し出される。

 

 ここでもう一人、やや深い、男の声がした。

 

「計画が狂ったからってトンズラか。逃すと思うなよ、マサキ!!」

 

 かつて共に隊を率いた男ーーミゾロギの声だ。

 

「ははは、勘弁してくれよ。流石に僕も参っているんだ。状況的にもう隠蔽できないし、ここまで育てた会社も倒産確実。人を次の段階へと押し上げるっていう僕の計画も台無しさ」

 

「人を不死身の化け物にするのが、か!?」

 

「死の克服は、限りある生命にとっては永遠の命題だ。僕はそれに真摯に取り組んだに過ぎないんだが。まあ、言って理解してもらえるとは思わないよ」

 

 そう言って、マサキはゲオザークと共に姿を消した。

 

 

「まあ、こんな具合でしてね。マサキは姿をくらませた。不死につながる研究……その成果をご丁寧に全て焼却してね」

 

「焼却?」

 

「気づいた時には遅かった。中枢で管理されていた全てのデータはその一切がサーバごと物理的に焼失。中心となる細胞も全てね。いまだに不死の研究に固執する上役達が、今も必死でサルベージを指示していますが、まあ無駄骨でしょう」

 

 半笑いの表情を浮かべてマツナガはそう言った。そこに普段の飄々とした余裕は感じられない。ただハリボテとなった男がいるだけだった。

 

「マツナガ管理官……貴方は」

 

 ワクラが言葉を続ける前に回線越しのヨシオカが口を挟んだ。

 

『死んだ妻の蘇生。お前がマサキの計画に加担した理由は、そういうことなんだろう?』

 

 その言葉に、銃口を向けていたヒラキの目がわずかに動揺の色を見せた。

 

「そんなところです。全て泡沫の夢と消えましたがね」

 

 悄然とするマツナガを気遣いつつもワクラが尋ねた。

 

「マサキは、今はどこに」

 

「わかりません。……マサキはこの計画に見切りをつけたのでしょう。流石にクトゥーラの一件は隠蔽できない。全てが明るみになれば、民間組織とはいえサイテック・コーポレーション――マサキは責任者として追及される。そして拘束されることは容易に想像がつく」

 

 ここでマツナガは空いていた椅子に身を投げ出すように乱雑に腰掛けた。

 

「彼には我々にも明かしていない秘密があるようでした。それを勘繰られたくはなかったのでしょう」

 

「秘密だと? この不死の研究以上の秘密が、奴にはあるってのか」

 

「それこそ、彼にしかわかりません。私が言えることは、彼はここまで育ててきたプロジェクトにも、会社にも執着しなかった。……自分さえ無事ならばいくらでも再起できるという絶対的な自信なのか。それとも」

 

 マツナガは一人、息を吐いた。

 

「これ以上の隠し球があるのか。まあ、もはや私には預かり知らぬところですがね」

 

 

 マツナガがナイトレイダーに拘束されていた頃。時を同じくして、二人の少女が同時にため息をついた。

 

「してやられたな」

 

「うう、あの蛇みたいな人からはあの女の人を引き離せましたけど……」

 

「そこをあのカミーラとかいう女に掻っ攫われた。やはりあと一人は、人数が必要だった」

 

 二人は揃って再びため息をついて、そして隣でバツの悪そうな大柄な男を見やった。

 

「「あーあー、あそこでもう一人いたらなあ」」

 

「も、申し訳ありません」

 

 ミゾロギは、二人にそう頭を下げるほかなかった。

 

「まあ、そっちはそっちで事情があったようだし。そもそも私たちとお前は上司と部下ではない、対等な関係だ。……私たちは偶然お前を助けたに過ぎない。過度に恩義に感じる必要も私たちに従う必要もない。ないが」

 

「とはいえ報連相がないのは良くないと思います!! 私たち、割とミゾロギさんのことアテにしてたんですから!!」

 

「す、すみませんでした」

 

「何をするもお前の自由ではあるが、一言言ってから行方をくらましてくれ」

 

「あと普通に携帯にはちゃんと出てください」

 

 割とガチめに社会人として、的な説教を受ける特殊部隊元副隊長の姿が、そこにはあった。間違ってもかつての部下には見せられない哀愁があった。

 

 一頻り、反省会が終わり、黒の少女が問うた。

 

「それで、お前にその闇を植え付けた奴は見つかったのか?」

 

 収穫はあったのか、という問いにミゾロギは顔を歪ませて首を振った。

 

「……いいえ。俺に闇を与えた相手は、マサキ・ケイゴではありませんでした」

 

 ミゾロギに闇の力を植え付け、操り人形にしようとした誰か。『アンノウン・ハンド』とミゾロギが名付けた、各地で暗躍する何者か。その正体こそマサキであろうと、ミゾロギは考えていた。だが、その予想は大きく違えていたようだった。

 

「すみません。勝手に動いた挙句、このざまです。お二人にも迷惑を」

 

「いや、いい。状況的にマサキが怪しいことは明白だった」

 

 黒の少女がミゾロギを労った。続いて白の少女が顎に手を当てた。

 

「でも、違った……。怪し過ぎた、んでしょうか。ていの良い隠れ蓑に利用された……?」

 

「あり得るな」

 

 黒の少女が頷く。

 

「……あそこでーーあのビルに入った時、明確に、俺の中の闇が胎動したのを感じ取った。それは確かなんです」

 

「であれば、マサキの近くにいた人物こそが、か」

 

「どうでしょうか。逆に近すぎる気がしますけど」

 

 三人は揃って首を傾げた。悩んでも答えは出てこない。わかったことは、振り出しに戻ったということだけ。そして、マサキの存在さえブラフにして、誰かが暗闇の中でほくそ笑んでいるということだけだった。

 

 

「す、すいませんでしたああああ」

 

 ズサさーっとスライディングして土下座をかましているのは、イノウエ・ミチフミ。通称リンブン。マサキの雑誌取材に同行していた取材班の一人で、もうすぐテレビ局に転職することが決まっているやや頼りなさげでお調子者の男だった。

 

 彼は現在、マサキ・ケイゴへのインタビューの際に無関係の人間を取材現場に手引きしたことで、同僚たちから吊し上げを食らっていた。

 

「ごめんなさいですむ話か!? あのあとあんなことがあったから有耶無耶になったけど、そうじゃなかったら今頃、お前だけじゃなくて俺らまで連座で腹切らされてたんだぞ!!」

 

 取材に同行していたカメラマンの一人が怒鳴り、それに同意を示すように他のメンバーも頷く。

 

「ご、ごめんなざいいいい。でも、仕方なかったでんすぅ、お世話になった人だったんですぅ!! 上に報告することだけは許してくださいいい!!」

 

「な、泣けばいいってもんじゃなくてだな。……いや待て、勢いに流されかけたけど、結局保身じゃねぇか!!」

 

「あ、やべ」

 

「リンブン、テメェ!!」

 

 あわや取っ組み合いになるところで、遅れてやってきた誰かが制止した。

 

「まあまあ、彼も反省しているんだ。そう大事にする必要はないよ」

 

「で、ですけどリーダー」

 

「あの時現場にいた代表として、私がすでに上役たちには頭を下げてきた。これ以上蒸し返すと、私の面子も立たないよ。ここはどうか私に免じて矛を収めてはくれないかな」

 

「いや、リーダーにそう言われたらこれ以上何もいえないですよ」

 

「そう、だな。リンブン、テメェ命拾いしたな」

 

 この取材班のリーダーの男は、そう言って周りをとりなしたのだった。この程度にしておくか、と集まっていたメンバーが散り散りにそれぞれの仕事へと戻っていく。

 

 リンブンが改めてリーダーに頭を下げた。

 

「ほんと、ほんっとうにありがとうございます!!」

 

「いや、いいんだ。それに私も打算ありきだしね」

 

「打算、ですか?」

 

 リーダーは、そう言って人好きのする笑みを浮かべた。

 

「ぜひKCBに転職した暁には、僕のところに優先的にスクープを教えてよ。もちろん、テレビを追い越さない程度でいいからさ。初動が早いとそれだけ他紙に先んじられるから」

 

「わ、わかりましたっと言いたいとこですけど、流石にプレス前の情報とかは……」

 

「ああ、そこまでしなくていいよ。……そうだな。他には……例えば、ニュースになりそうにない眉唾ものでもいいからさ」

 

「眉唾?」

 

「ようは公共の電波には載せにくいけど、週刊誌には載せられるかなあくらいの与太話とかだよ」

 

 リーダーは、例えば、と続けた。

 

「ツブラヤ・エンジは本物の預言者だった!! とか『人形』が動いた!!、とかその程度でいいからさ」

 

「は、はあ」

 

 やや拍子抜けしたようにしてリンブンはそう言ったあと、ブンブンと頭を横に振って気を取り直すと、どんと胸を張った。

 

「わかりました!! 不肖このリンブン、キリサキリーダーのためならいくらでも垂れ込んじゃいますよ!!」

 

 そう言われ、キリサキと呼ばれた男は微笑んでうなづいた。

 

「ああ、よろしく頼むよ。ミチフミくん」

 

 

 曇りがかった空はやけに光を反射させて視界を焼いていく。地にも曇天よりなお濃い灰色の建築物が乱雑に立ち並び、光化学スモックと合わせて視界を滲ませる。

 

 ビルの屋上に人気は無かった。ただ一人……キリサキと呼ばれる男が灰色の街並みを肴にして缶コーヒーを傾けていた。

 

 無言で佇むキリサキの背後に、いつの間にか人の影が見えた。屋上に続く唯一の扉には開いた形跡も物音さえも無い。そうして現れたのは、小学校高学年くらいの年端もいかない少女だった。

 

 茫洋とした瞳の少女は、唐突に口を開いた。

 

「てっきり、これから精力的に動くものだと思っていたのだけど」

 

 音もなく現れ出た少女に何ら驚くことなく、振り向きもしないままキリサキは答えた。

 

「ははは、まさか。君も私も、本調子とは程遠いのに舞台に上がるわけがない」

 

 キリサキの言葉に、少女は首を傾げた。

 

「でも、あなたは力を与えたわ。ミゾロギという男に。『わたし』を使って」

 

 キリサキは一瞬、眉を上げて考えるそぶりをした。いい加減、キリサキと付き合いの長い少女は、その仕草から彼が本気でそのことを忘れていたことを悟った。

 

「ああ、彼ね。いたね、そんなのも」

 

「意味がわからない。ようやく回復してきた『わたし』の力を使ったせいで、あなたは、また力を溜め直さなくてはいけなくなった」

 

 キリサキは少女を見ることなく首肯した。そして再びコーヒーを一口含んだ。

 

「……光の中に闇があり、闇の中で光を生む。あの男にはそういう素質があった。少なくともそうなり得た『可能性世界』があった。だから少し手を貸したんだがね」

 

 キリサキはコーヒーで湿らせた舌で続けた。

 

「よもや、あのおばあちゃん二人組に捕まるとは……。あれだけ一方に傾いてしまったのなら、もう興味も沸かない」

 

 キリサキはため息と共に表情を歪めた。

 

「ま、いいさ。どうせただの暇つぶしだった」

 

「暇つぶし? 暇つぶしで、ようやく溜まった力を使ったというの?」

 

 茫洋とした瞳に、ほんの僅かな怒気を滲ませて、少女は問うた。

 

 キリサキは皮肉めいて口の端を吊り上げた。

 

「暇つぶしを馬鹿にしちゃあいけないなぁ。長生きしてる身で暇ができちゃうとさ、ほら、ついつい衝動的に死にたくなったりしちゃうだろ?」

 

「……それはあなただけよ」

 

「おや、そうかい? これまで君のマスターになった者たちの中にもいなかったのかい? だとしたら、これまでの君の主たちはよっぽど間抜けだったらしい」

 

 何が面白いのか、キリサキはケタケタと笑った。

 

「そもそもさぁ、まだ『彼』を見つけてもいないのに、僕がステージに立ったって何も面白くない」

 

 今まで愉快げに嗤っていた顔を一瞬で真顔に戻して、キリサキは舌打ちした。

 

「どこの誰だか知らないけど、よくやったものさ。まさか大量の『オモチャ』で『本物』を覆い隠すだなんて」

 

 ギリリ、と歯軋り。

 

 そんなキリサキを見て、茫洋とした瞳の少女は問いかけた。

 

「ならば願えば良かった。ミゾロギに力を与える前であれば『わたし』に願えば」

 

 少女の言葉を最後まで聞き終えることなくキリサキは鼻で笑った。

 

「それじゃあ意味がない。君の力は『彼』が目覚めてから使うと決めているんだ」

 

 キリサキはこの日はじめて少女を見やった。

 

「何より、私が君に願う? 君がもたらす結末がどんなものかを知る私が?」

 

 はっ、と蔑みの感情を滲ませてキリサキは吐き捨てた。

 

 その言葉に、少女は俯いた。そして、くるりとキリサキに背を向けた。

 

「その通り。返す言葉もない。……いずれにせよ、今のマスターはあなた。わたしが文句を言うことでもなかった」

 

「ああ、その通りさ。……今しばらく、私は舞台に上がるつもりはない。きみの出番はもっと後になる。それまで自由にして構わないよ、ナナセくん」

 

 キリサキの言葉に、少女はこくりと頷く。

 

「わかった。その時が来たら、わたしを呼んで。それまでは自由にさせてもらう」

 

 一つ、息が入り続いた。

 

「それまでさようなら。ウルトラマントレギア」

 

 そう言い残して、少女は忽然と姿を消した。

 

 少女の消えた場所を見つめ、キリサキーーーウルトラマントレギアは誰に言うでもなく言葉を発した。

 

「万能の願望器を望まれたもの。だがその実、猿の手でしかなかったものか。哀れだな。欠けた機能を埋め合わせるために不出来な自我まで芽生えさせるとは。まして今ではひび割れ、運命の干渉さえなせず、世界の観測者に成り下がってしまうとは」

 

 嘲笑と、そしてわずかに憐憫を交えてキリサキは言葉を紡いだ。

 

「『赤い球』ーーあるいは、ナナセ・リサ。さようなら、その時まで」

 

 そうして、キリサキは一つ大きく伸びをした。

 

「はーあ。ナナセちゃんを煽るのもしばらくお預けかー。アメリカではようやくプロメテの子が明るみになったようだし、それでも野次馬してようかなあ。でもなー、あの若作りオババズに見つかると困るしなぁ」

 

 キリサキはまたいつもの通り、他人を欺くための仮面を被る。

 

「3000万年前の闇も、超越神とその模造品も、まったく、食指が動かないんだ。ああ、どこにいるんだい、No.6ーーウルトラマンタロウよ。この混沌たる新世界で、私をおいて君はどこで寝ているんだ。君のいない世界は暇で暇で仕方がないよ」

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