ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#91

「い、っつーーーー」

 

 苦悶の表情を浮かべて上体を起こしたヒメヤが、包帯を外していた。どうやら古くなって赤茶になった血が滲む包帯を取り換えるところだったらしい。

 

「ヒメヤさん、あんまり無理しないでくださいよ?」

 

 傍らでは、コモン・カズキが真新しい包帯の封を切っていた。

 

「あっと、お邪魔しています。ミウラ教官」

 

 俺に気づいたコモンが、こちらを見て慌てて立ち上がり敬礼してきた。いい加減、経験値もたまってきただろうに、ところどころの所作振る舞いに新人臭さが残り続けている男だ。

 

「その教官ってのやめてくれよ。もうだいぶ前の話なんだから」

 

 そういいながら、俺も体を軋ませながら古めかしいソファーに腰を掛けた。

 

「……そうは言いましても、ミウラ教官は僕らにとってはもはや伝説級というか」

 

「何なら、伝説そのものだろう。最期のカミカゼなんて語り草になっているからな」

 

 包帯を取り換え終えたヒメヤがそう混ぜ返す。この男も、クトゥーラとの決戦から数週間が過ぎて、だいぶ調子が戻ってきたらしい。あるいは、俺が出会ってからの中では、これまでになく性格的に明るいように見える。

 

 何かを掴んだか、あるいは振り切ったか。今までのどこか陰を帯びた表情は薄れつつあるようだ。

 

「ま、他人から見ればそりゃ劇的にも見えるか。実際は、こうして生きているし。何ならこれ幸いと身をくらませたわけだが」

 

 おどけて返すと、コモンはやけにまじめな顔をして頷いた。

 

「ウルトラマンということを隠すために、ですね」

 

「あー、まあな。俺には正体隠しながら日常生活を送れる自信なんてなかったし。いろいろと立場と柵もあって、動きづらく感じてたんでな。あのまま教官でいたら、こうして国を超えてヒメヤを助けることにも難儀しただろうさ」

 

 マンハッタンでの決戦からもうすぐ1か月が経とうとしていた。

 

 奇跡的に復活を果たしたヒメヤだったが、それも火事場の馬鹿力でしかなかった。戦いが終わってすぐにヒメヤはぶっ倒れた。身体中ボロボロで治療と休養が必要なことは明白だった。

 

 俺はすぐにヒメヤを回収し、AIユザレが用意していたセーフハウスに身を寄せた。その際に、ナイトレイダー隊員でありヒメヤとも親交のある――そして『ウルトラマンネクサス』という『原作』においては主人公であったコモン・カズキとも接触を果たしたのだった。

 

 とはいえ、コモンも要職の身空である。こうして顔を合わせるのはこれで2度目。前回は慌ただしい中、俺の正体を明かしたところまでで時間切れとなっていた。

 

 俺とヒメヤはこの一か月、休息に努めつつ、俺がいなかったこの半年間で起きた、あるいは発覚した出来事を共有していた。

 

 まあ、それはそれとして、

 

「一つ訂正だけど、俺は別にウルトラマンじゃないよ」

 

「は、はあ」

 

 コモンはなにやらよくわからないといった表情で首をかしげる。そこをヒメヤが肩を組んで二人して俺から顔をそむけた。

 

「ウルトラマンじゃ、ない???」

 

「……なにやらコイツなりに拘りがあるらしい。掘り下げると面倒だから適当に流しておけ」

 

 裏で俺に聞こえない声量でなにやらひそひそと話し込む二人だったが、すぐに向き直った。

 

「ええっと、とりあえずは気を取り直して。あの戦いからのそれぞれの状況確認とか、これからどうするかとか、いろいろ腰を据えて話し合いましょう」

 

 コモンが手をたたいて、今日の本来の議題を改めて定めた。個人的には先ほどのことについて言いたいことはあったのだが、こればかりは俺の個人的なことでしかなかったので、あえなく口を噤んだ。

 

「とりあえずは、コモンから頼む。TLTやTPCアメリカ、そしてナイトレイダーが今どうしているのか知りたい」

 

 ヒメヤの言葉に、コモンは頷いた。

 

「クトゥーラの一件が決定打となって、アメリカ政府とTPCアメリカ、TLTの三組織間で行われていた一連の大規模プロジェクト――『プロメテウス・プロジェクト』が白日の下にさらされました。……すべてを明らかにするには、多くの時間がかかりそうですが」

 

「研究内容それ以前に、不正な金の流れや報道への秘密裏の圧力っていうだけで、大統領その他多くの高官の首が飛ぶ案件だからな」

 

 俺の言葉に、コモンが付け足した。

 

「実際、アメリカ政府はもうまともに機能できていません。近く総選挙が行われる予定ですが、それまで混乱は必至ですね……。TPC極東からの人員応援でどうにか通常業務は動かしていますが」

 

「そもそも身内であったはずのTPCアメリカも首謀者だ。TPCはTPCで自組織内の綱紀粛正で手一杯……。プロジェクトの内容自体にメスが入るのはいつになるやら」

 

 聞き手に回っていたヒメヤがここで口を開いた。

 

「そもそも公にできるのか? 不死の研究や人体実験、怪獣の兵器化。どれも国際条約を無視した行いだ。今の米国のこの状況でこんな不都合な真実が明らかにされたらどうなるか。下手すれば国連議長国からの除名もありうる。……いやそれどころか、中国やロシアが確実に動くぞ。そうなれば第三次の引き金になる」

 

 大国間のパワーバランスが一気に傾く。まして米国という最も大きな国家が。そうなれば覇権主義を捨てきれない中国や長く冷戦関係であったソ連を祖にもつロシアが再び野心を持ちかねない。

 

「そのためのTPC……といいたいところだが」

 

 そのTPCがやらかしているんだよなぁ。一支部の独断とはいえ、これは大きな失点だろう。

 

「そこについては、目下慎重に対応せざるをえないという感じですね。幸い……いや幸いと言っていいかはわかりませんけど、中国はつい先日の崑崙での一件があって動けませんから」

 

 中国崑崙といえば、

 

「眠りの乙女案件か」

 

 眠りの乙女。数十年前に地球に飛来し、冷凍装置の中で眠り続けている地球外生命体のことを指すコードネームだ。本来の名は、デシモ星系人。典型的なグレイ系宇宙人の見た目をしている宇宙人で、ウルトラマンティガ第34話、第35話でストーリーの中核を担う存在だ。

 

 身体は眠りながら精神だけで外部の生命体に干渉する能力を持ち、原作ではサカキ・レナ隊員を操った。『生体兵器デシモニア』や『宇宙鋼鉄竜グワーム』といった兵器を操り、地球侵略を狙った敵性宇宙人だ。

 

 ティガ=ダイゴを物理的にも精神的にも苦しませ、それだけでなく超古代文明に関しても何か知っている素振りを見せており、独特の得体の知れなさを持っていた。

 

 できれば接触したい存在ではあったのだが、TPCアジアの防衛網を潜り抜ける手間を考えるとどうしても後回しになってしまった。そうこうしているうちに原作開始時間になってしまったわけだが。

 

「ミウラ教官はご存じだったんですね。つい先日クリオモス諸島で開かれたTPC幹部たちによる会議……アメリカ支部の今回の暴挙が議題だったようですけど、そこを襲った『生体兵器デシモニア』を操っていたのがその宇宙人でした。その宇宙人は、崑崙地下に秘匿していた、同じく彼らの生体兵器『宇宙鋼鉄竜グワーム』を起動してまたしても大暴れ。ウルトラマンティガとGUTSによってどちらも撃破されましたが……」

 

「中国からしてみれば寝耳に水だったろうな。まさか自国の領土に他星からの侵略兵器が眠っていたなんて」

 

「それだけじゃないですよ。眠りの乙女――デシモ星系人には人類の精神に干渉し操り人形にするという能力が報告されています。どうやら中国の党内部で、その影響下に置かれていた政治家や軍関係者が複数いたようなんです。おまけに、それに便乗する形で、全くの別件の汚職で捕まった政治家たちが『我々は卑劣な宇宙人に操られていたんだ』と言い出したせいで収拾がつかなくなっている状況です」

 

「それは最悪の人狼ゲームっていうか、なんていうか」

 

 デシモ星系人がティガに斃された今となっては答えがわからないのが、余計にたちが悪いな……。

 

「少なくとも中国の横やりは考えなくていいか。ロシアに関しては、あそこも欧州と火種を抱えている状況で、政治的にもまだ不安定だ。単独でアメリカにちょっかいをかける余裕があるかと言われれば」

 

 ヒメヤが腕を組んだ。少なくとも、アメリカをどうにか軟着陸させれば国家間戦争などという状況には陥らないか。

 

「アメリカに責任を取らせ、TPCもアメリカ支部上層部の首を挿げ替えるってところが落としどころか」

 

 ヒメヤがそう言うと、コモンは苦々しい表情で「それが……」と続けた。

 

「……真相解明と責任追及。このためには『プロメテウス・プロジェクト』の全体像を明らかにする必要があります。不死の研究だけでなく、そのほかに行われていた研究も」

 

「それは、そうだが……」

 

 ヒメヤが、何を当たり前のことを、と言いたそうにして首肯した。

 

「僕たちナイトレイダーはクトゥーラ撃破後、その『プロメテウス・プロジェクト』の解明のために動いていました。そして中核的な研究であった不死の研究以外にも行われていた研究や実験の摘発を行っていたんです」

 

 『プロメテウス・プロジェクト』とは、そもそも『人類の新たなる発展のために』というお題目の元で集められた複数の研究プロジェクトを並列で動かし、その成果を競わせることで更なる研究の発展を促そうという計画のことを指すという。

 

 不死の研究もその一部門でしかなく(とはいってもプロジェクト後半からは明らかに不死の研究が中核に据えられ、そのほかの研究は吸収合併あるいは規模縮小されていたようだが)、『プロメテウス・プロジェクト』にはそれ以外にも大小さまざまな研究が名を連ねていた。

 

 人工AIを操舵士に据えた、戦略型宇宙戦艦の開発。

 

 反重力装置を利用した常時空中展開型の戦略空母の建造。

 

 怪獣や敵性宇宙人の遺残物の蒐集と再現。

 

「その多くは違法性を指摘できませんでしたが、中には明らかに倫理的に問題のある研究もあったんです。それこそ、不死の研究よりも扱いの難しいものが」

 

 それが、

 

「『プロメテウス・チルドレン』……遺伝子工学的にあらゆる調整を加えられた子供たち」

 

 コモンが手渡したそのファイルをヒメヤが受け取った。そして紙面をめくり、目を剥いた。

 

「人工的な天才の再現……。それだけじゃなく、超能力者の研究と開発、だと……!?」

 

「そこに記載されているものは、すべて事実です。すでに僕たちナイトレイダーが裏を取っています」

 

 コモンは難しい顔をして、うつむいた。

 

「彼らは研究によって生み出された生命。そして、被害者なんです」

 

 そのファイルには、この研究によって生み出された子供たちの詳細までも併せられていた。人数は13名。ヒメヤはその一人一人に目を通していく。

 

「皆、成人を迎えていない子供たち……どころか、どれだけ大きく見積もっても10代前半じゃないか。ああ、確かにこれを表沙汰にするのは……」

 

 ヒメヤが天を仰いだ。

 

「『プロメテウス・プロジェクト』のすべてを白日の下にさらすならば、この研究もまた世間の目にさらされなければならない。だが、そうなったとき、この研究によって生み出された子供たちは――」

 

 ヒメヤの言葉に、俺は頷いた。

 

「確実に、奇異の目で見られることになる。平穏な生活は期待できないな」

 

「隠せば罪だ。だが公にすれば、子供たちの未来を奪うことになりかねない。被害者である彼らに、さらなる十字架を背負わせることになる……」

 

 ヒメヤが溜息を吐いた。

 

「中途半端に公表すれば、メディアは確実に被害者である子供たちを嗅ぎまわりだすだろう。ああ、こればっかりは断言できるよ。何せ、かつての俺はその片棒を担いでいたんだからな」

 

 俺は、コモンに問うた。

 

「それで、TPCはどうするつもりなんだ」

 

「……まだ決めかねているようです。特にサワイ総監とヨシオカ長官が大揉めしているようで。ですがどう転ぶにせよ、TPCは彼ら『プロメテの子』を保護する義務があります。ある、んですが……」

 

 そこでコモンは一気に語気を弱めてうなだれた。

 

「家出しちゃってたんです、彼ら」

 

「「はあ?」」

 

 俺とヒメヤがそろって素っ頓狂な声を上げた。

 

「彼らは、今から一年前に集団で成育された施設を脱走、行方をくらませています」

 

「脱走って、しかも一年前って」

 

「その責任者は何してたんだ……」

 

「どうやら責任追及を恐れて隠ぺいしていたようです。『プロメテウス・プロジェクト』の中核研究が不死の研究に移ったせいで、余計に発覚が遅れたとかで」

 

 コモンは萎れた表情でつづけた。

 

「僕らナイトレイダーは、二週間前からその『プロメテの子』の捜索に当たってるんですが、これがなかなか大変な状況でして」

 

「TPC情報網のバックアップを受けたナイトレイダーをもってしても、難航しているってことか」

 

 ヒメヤの問いに、コモンは形容しがたい表情を浮かべた。

 

「見つけられはするんです。彼らは米国内の主に都市部を転々としています。事実、多くの監視カメラにその姿が映し出されているんですが」

 

「それでなお、捕まえられないと」

 

「彼らの存在自体が極秘の状態で、人海戦術を行使できないというのも理由の一つなんですが、だとしてもあまりに不可解なんです。まるで未来が見えているみたいに――いえ、実際に未来が見えているんだと思いますけど――するするっと逃げられてしまって」

 

 未来予知。なるほど、プロメテの子が俺が原作知識として知るもので間違いないのであれば、居てもおかしくはない。ヒメヤが手渡されたファイルに俺も目を通すと、やはり想像通りに『何らかの超常的な感知能力に長けている』と評される子供の写真があった。

 

 イラストレーター。原作ネクサスに登場する人物の中に、そう呼ばれる未来予知に近い能力を持つ青年がいる。彼も逃走中のメンバーの中にいるというなら、ナイトレイダーがなかなか捕まえられないのも無理はない。

 

「小学生程度の子供たちだけで一年以上か。いくら超常の力を持っているとはいえ、そんなに長期間子供たちだけで逃亡生活を送れているっていうのは想像しづらいな。リストを見たが、5.6歳くらいの子も何人かいただろう」

 

 ヒメヤの言葉に、コモンが頷いた。

 

「どうやら、大人の協力者がいるようなんです。これを見てください」

 

 コモンがそういって携帯機器で映像を再生した。

 

「これって」

 

 その人物を見て、俺は思わず身を乗り出した。

 

「協力者は2人。一人は、常に赤と白の目立つ格好をした、国籍不明の壮年の男。そしてもう一人は、黒髪に短髪、そして眼鏡をかけた痩身の日本人(・・・)。こちらは、TPC極東に要請してすでに身元が判明しています」

 

 名を、キリノ・マキオ。ある時世間を騒がせ、そして泡沫に消えていった、元『超能力少年』。そして今から半年ほど前に誘拐された、俺の協力者だった。

 

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