開腹術師のやり直し~即死手術と異物混入の超越開腹~ 作:腋臭
開幕!
開腹術師は開腹しか能がないと決めつけていた。
一人では手術もできない存在だと嘲笑った。
誰かに依存しなければ手術もままならない、そんな存在だから利用された。
利用され続けて、俺は死んだ。
間違いに気付いたところで、もはや手遅れ。俺の人生は終わってしまった。
故にやり直す。
息を殺せ、俺が凡骨でないことを悟られてはいけない。劣弱なふりをする。最後の最後に復讐するために。
◇
無情の地、漆黒の世界、すなわち路地裏。全身を捩じるようにしてピクリとも動かない死体は、まさしく俺の体であった。
時は回歴2021113年、ルーラオージ公国の首都【カッセンドラル】。そこで俺は、馬車に轢かれて死んでいた。
医療の栄えた都市である【カッセンドラル】。この都市に暮らす民の平均寿命はざっと150歳。これはルーラオージ公国医療白書に掲載されている、国民の平均寿命の二倍程であることから、この都市の医療の発展具合が伺い知れる。
そんな医学の最先端を行く都市は、医者や学者の憧れの地となった。
カッセンドラルで学べば、田舎で病院を開業し、億万長者となることさえ夢ではないときたらそうもなるだろう。
かくいう俺も、その一人であった。
田舎のリンゴ農家に長男として生まれた俺は、頭が良かった。数学や化学に長け、かつ記憶力に優れていた。それはもう、一度見聞きした物は忘れない、というくらいには。
優秀な俺が、こんな片田舎で貧乏に暮らして良いわけがない。実家を飛び出して、もっと稼いで、裕福な暮らしをしたいと求めた。医者にでもなってパーッと稼ごうと思ったのである。
しかし何故か、カッセンドラルの医学校で俺は落ちこぼれになった。何が悪かったのかさっぱりわからないが、気が付いたら都市でも最底辺の職業、【開腹術師】になっていた。
【開腹術師】とは、外科手術における開腹、縫合を担当とする職業で、医者の中で最も不潔で厭らしい仕事であると忌み嫌われるものであった。人体に刃を突き立てることは悍ましく、人のしてよいことではないからである。
人体に傷を付ける行為は人間がしてはいけないので、俺は人外にされた。
依存性の高い薬物を投与され、判断能力を奪われ、指示通りに動く奴隷となった俺に、人と呼べる知性は残っていなかった。それこそ【雑種】のように、ケダモノの様相であった。
ああ、そんな混濁した意識の中でも、俺は覚えていた。
俺を足蹴にして、内臓を破壊した【刃】の執刀医エッジ。内臓を切り裂くのが得意な女。
俺の尻が大好きなショタコン、【放】の放射線技師クーゲル。気に入った患者に対して、必要以上の放射線でレントゲンをして被爆させる異常者の男。
俺の苦しむ姿を見て笑った、【術】の医学博士フレイム。毒物の加工が趣味で、俺の様な【開腹術師】を薬漬けにしては楽しむサディストな女狐。
死した今思い返しても、この怒りが消えることはない。
ああ、無念。
嬲るのに飽きたフレイムが、俺を道端に捨てたのが最後。冒頭の通り俺は馬車に撥ねられて死んだのだ。
ああ、無念。
この怒りを如何に晴らすべきか。晴らさねば、冥府に赴くことも出来ぬ。
ああ、無念。
ああ、無念。
ああ、無念。
いつの間にか、俺の眼前には髑髏が座っていた。
――その願い、叶えてしんぜよう――
髑髏は言って、俺を丸めて何処かに放った。くるくると視界が回転し、暗転し、ぐるぐるぐる。俺の体は既に無いというのに、強烈な吐き気と頭痛。ぐわん、ぐわん、と脳で鐘が鳴るようだった。
――過去に【
髑髏の声が聞こえる。俺に何を望むのかは知らないが、復讐の機があるというのならば、エッジ、クーゲル、フレイム、その他俺を侮辱した全ての者どもに復讐を。
――【
その言葉を最後に、俺の意識はぷつりと途絶えた。
じゃあな、クソッたれの世界。フレイム、やり直しておまえにあったら、今度はおまえのすべてを俺が奪ってやる。犯して、壊して、開腹してやる。
◇
俺はベッドから跳ね起きた。
全身が汗にまみれて気持ちが悪い。
「ウッ、また、あの、夢か」
俺がよりにもよって【開腹術師】となり、薬中となって、さらには馬車に撥ねられて死ぬ夢だ。
何度この夢を見たのかわからない。
何だって俺が【開腹術師】などという下劣な職業に就かねばならないのか。ただの村人と一緒にされては困る。俺は天才なんだ。
「日が昇っている・・・」
窓の外を見やると、夜が明けていた。
ちょうどいい、村長の家まで演説しに行くか。
寝間着から着替え、身支度を整える。
机の上にあったパンとスープを食らう。これが俺の朝食だ。
大きな鞄を背負い、演説道具の入ったショルダーバッグを肩にかける。
「ちょっと出てくるよ。父さん、母さん」
そう、つぶやく。
「うるせえぞこのクズ!さっさと死んじまえ!」
その返事とばかりに、部屋の奥から怒声と酒瓶が飛んできた。
もう、五月蠅いなあ父さん。これだからアル中は嫌いなんだ。
「ふん、カスが。父さんは俺の偉大さを知らないからそのような口を聞けるのだ。今に見ていろよ。今日こそ俺は【カッセンドラル】への推薦状を手に入れて見せる」
「おまえみてえな馬鹿に医者が務まるものか!早く死ね!」
まったく頭の固い頑固おやじめ。死んでしまえ。
心の内で父さんを罵倒しつつも、俺は家の外にでる。
俺のいる村はこの周辺ではそこそこ大きく、居住地と農地の二つに分かれている。
居住地は、質素な木製の家々が連なっており、大変みすぼらしい。しかしそれも今日で見納めだと思うと、何だか感慨深いものである。
ちなみに農地ではよくわからん木の実と穀物、ついでにリンゴが植えられている。そして俺の家は、【ついで】のリンゴ農家として生計を立てていた。何故この俺が【ついで】で済まされる仕事をしなければならないんだ。あまりにも理不尽ではないか。俺は天才なんだぞ。
家の門を出て左に五分程歩くと、村長の家が見えてくる。彼の家だけは周囲の村民宅と比べて豪勢であり、木と石を組み合わせた作りになっていた。まったく、能力で俺に劣る人間が、どうして俺よりも良い暮らしをしているのか、解せぬ。
「村長居るか!居なくても入るぞ!」
村長宅にズカズカと踏み入った俺は、居間の机に荷物を放って、ソファに踏ん反り返る。
「ほっほっほ、ケアルは相変わらず元気じゃのう」
数瞬待つと、そんな声と共に一つの人影が奥から現れる。
「村長、客人を待たせるとは礼儀のかけらもないな」
「儂はお前を客として招いた覚えはさらさらないのじゃが」
俺を【ケアル】と呼んだ、腰の曲がった髭面の老人。この男こそが、俺の村の村長である。
「フーッ、で、なんの用じゃ。どうせまたこの前の話でもしに来たのじゃろ」
村長はそう言うと、呆れ顔で煙管を吹かしはじめた。クセェったらありゃしない。
「そうだ、その通り。今日こそ俺の、【カッセンドラル】への推薦状を書いてもらうぞ」
俺の素晴らしい提案に、村長は目頭を押さえて溜息を吐く。
「あのなあケアルよ、この前言ったように、お前に書いてやる推薦状など一枚もないのじゃ」
「何だと」
俺は大いに困惑した。昨日もその昨日も、さらにその前も、毎日のように「推薦状を書け」と急かされれば、人間ついついその通りにしてしまうものではないのか。
「それに、たとえ【カッセンドラル】への推薦状を書いたとして、お前は何をするつもりなんじゃ」
「何回も言っただろう、俺は医者になるのだ」
「それは無理だと言っとろうに」
強情なジジイめ。
「そもそもお前は性格に難がありすぎる。控えめに言ってクズじゃ。たとえ勉学に優れていても、そのような人格破綻者に推薦状など書けん」
仕方ない、今日は諦めて、明日また再挑戦するか。
だが、なぜか変なむな騒ぎがする。自分の中に声が響くのだ。
このままでいいのか?
何回こんなことを繰り返しているんだ?
推薦されなくていいのか?
(まだ、15歳にもなっていないのに。俺も気が早いよな)
思い返してみればそうだ。カッセンドラルへの推薦状を書いてもらったとして、入学には年齢制限があるのだ。俺はまだ13歳、入学の認められる15歳まで随分と時間があるではないか。焦る必要はない。その時になるまでじっくりと村長の精神を追い詰めればいいだけなのだ。
いいのか?本当にそれで。
どれだけ自分に言い聞かせようとも、言い知れぬ不安感と焦燥感が全身を走り、留まるところを知らない。
村長宅から一歩外に踏み出したところで、俺の足はぴたりと止まる。
『なぜあの程度の村長を恐れる。お前の本当の目的はなんだ?復讐ではなかったのか?』
頭に声が聞こえる。いつも俺を急かす声が。それが、いつもと比べものにならない強さで脳裏に響いている。
『確かに俺はいずれカッセンドラルへの推薦を受けるだろう。しかしそれでは遅い。俺はあの忌々しい医者共に、なるべく早急に復讐をしなければならない』
そう、なぜか俺は自身が将来、確実にカッセンドラルへの推薦状を貰うことを知っている。
そして、それよりも復讐が優先されることも知っていた。俺の知らない恨み、しかし俺の恨み。晴らさねば。復讐せねば。
ああ、思い出した。
エッジ、クーゲル、フレイム・・・奴らの名前を。奴らから受けた辱めの数々を。復讐を誓った執念を。
次の瞬間には走っていた。
村長を殴っていた。
「オ”ォ”ッ、ケアルッ・・・お前何を!?」
突然のことに、頬を抱えて蹲り狼狽する村長。俺はそれを見ても何も思わなかった。
「村長、金を出せ」
「お前、いったい・・・」
「金を出せ、食料を出せ、馬を出せ、ありったけな」
「何を言っているんだお前はッ!!」
俺は知っている。
村の近くの森の中に村長所有の、用途不明の小屋があり、その中に財が蓄えられているという事を。
奴らの名前と一緒で、なぜか知っている。
そして、その蓄えられた財が、不当に得たものであるということも。
常識的に考えれば、気が狂っただけ。でも、俺は確かに知っていた。内なる俺が知っていた。
無視をすることはできない。これは本能的なことだった。
『思い出せ、思い出せ、お前を嗤ったやつら、全てを思い出せ。そしてやつらに復讐を』
―――それは迅速に、早く、速く復讐を!―――
気持ちがどんどんはやる。
それにつれて村長を殴る腕の速さも、比例してどんどんとはやくなった。
「ケアッ、ケアルッ・・・やめッ・・・」
俺は村長の声を無視する。無視して殴り続ける。
「金を出せ村長。あの小屋の鍵を出せ」
「わがっだッ、いう、いうッ」
のっぺらぼうの様な顔面になった村長は、歯の抜け落ちた口を開いて、鍵の場所を告げた。
「あそこ、机の引き出しィ・・・」
「わかった、じゃあお前用済みな」
「え」
俺の言葉に呆然とする村長の首を抱え込むと、思い切り捻る。ガコッという気味の良い音が鳴ると、村長は脱力して動かなくなった。
開かれた村長の瞳孔は、俺を恨めし気に見つめている。
「そんな目で見るなよ。証拠隠滅って言葉があるだろ?そういうことだよ」
ヒヒヒと村長の死体を見てせせら笑った俺は、村長の自室にある机から鍵を持ち出して鞄にいれると、着の身着のままで村を出て、知らないはずの知っている場所へと走り出す。
見知らぬ小屋に鍵を入れて、回す。ガチャガチャ。腐敗臭。女の死体をネズミが喰らっている。
小屋内部の惨状など目もくれずに、俺は小屋から使えそうな物をかき集めて、鞄に詰め込む。
ざまあねえな、女ども。善人面した村長に騙されて、簡単に股を割るからそうなるのだ。
俺は転がっている女の腐乱死体に唾を吐いて、足早に外に出る。
そういえばあの死体の中には見知った顔があった。腐ってもなお残るつややかな髪は、おそらくアンナベルールのものだ。彼女は村でもとびきりの美人で、最近結婚したばかりであったはずだ。それが一週間前に行方を眩ませて・・・まさかこんな所でくたばっていたとは。
何だか無性に腹の立った俺は、もう一度村長宅に戻ると、村長の死体を犯した。存外良い使い心地だった。その後俺は村長宅に火を放って、村長ごと殺人の証拠を全て焼き払った。
俺は荷物を担いで走り出す。
『そうだ、それでいい。すべてを思い出せ。復讐しろ』
そして、俺は気づく。
村長を犯した感触が、どうしようもなく気持ちの良かったことに。
そしてこうも思う。
あの恨めしい連中にこうしてやれたら、それはきっとすごく気持ちのいいことだろうと。
ああ、ああ、それが今からもう待ち遠しい。
「行くぞ!ふぉっくすている号ッ!(村長から強奪した馬の名である。今名付けた。
)」
俺は叫んで、【MUUR】と焼き印の押された逞しい馬に跨ると、その尻をスパンキングした。
さあ、行こうか。俺の復讐のために。