深愛なるあなたへ   作:フリート

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神様への願い事 『東條希』

 困った時の神頼み、という言葉がある。

 しかし、東條希は困ってなくとも神頼みをするのが常であった。無論、困っている時も頼みはするのだが、普段からまるで親や兄弟、友達にするように、簡単なお願い事、世間話なんかを神社に行ってはやっていたのである。

 

(うちにとって、神さんは友達やん)

 

 希は転勤族であったから、人間の中に親しい友人を作らなかった。別れが辛くなるだけだったからだ。そんな彼女の友達は神様である。

 移動した先にも、同じ神様がいてくれる。自分がどこに行っても付いて来て見守ってくれる、と思えば何だか身近に感じるようになった。神様がいてくれれば寂しくなかった。

 

(いつもお話聞いてくれてありがとな)

 

 今日も、神田明神という神社で神様と話をしていた。

 最近の話題は、もっぱら好きな少年の話である。

 実はこの好きな少年、希が神様にお願いしてできた少年だ。

 不思議な話だが、希が神様にお願いをすると、その殆どが叶えられてきた。高校は三年間同じところが良いと願えば、地元に帰って、そこの高校に三年間通えることになったし、人間の友達が欲しいと願えば、一人、二人、そして今や掛け替えのない八人の親友ができた。

 

 これと同じ要領で、好きな人が欲しいと願ったのである。高校生らしく恋をしてみたいと思ったのが始まりだった。だから願って、そして出会った。

 

石田徹(いしだとおる)です。一年間、お願いします」

 

 希が通う高校、音ノ木坂学院は、廃校問題を抱える学校だった。その対策の一環であり、本来女学院である音ノ木坂を男女共学にするためのテスト生としてやって来たのが彼である。希、三年生の時だった。

 第一印象は、不愛想でつまらなそうな人。自己紹介の時も、眉間に皺を寄せて、硬質で冷たい声からは歩み寄ろうという意思が全く見えない。女性を過度に性的対象として見ない分良いのかもしれないが、これはこれで問題だと思った。

 

 ともあれ先ずは会話をしてみようと思い、実際に話してみると、最悪だった。

 

「石田君、どう? 男の子の夢、学園ハーレム生活は?」

「下品な女め。僕は、お前みたいな品がない女は嫌いだ」

 

 徹はプイッとそっぽを向いて、これ以上希と話したくはないと意思表示をした。

 これである。いきなり馴れ馴れしかったかな、と思いはする希だったが、かと言ってこの物言いは許容範囲を大きく超えるものである。これ以降も根気強く話をしてみたが、それで分かったのは徹の性格の悪さだけだった。

 

「話が違うやん」

 

 希は神様に文句を言った。

 

「どこの誰があんな奴に惚れると思うん? お願いしたんはこっちやからあんまり言いたかないけど、もっとマシな人が良かったやんな」

 

 自尊心が強くて、自らを恃む気持ちが強いのか他人は小馬鹿にして信用も信頼も見せず、言葉は大抵痛烈な皮肉であり、引っ込むことを知らず自分が絶対正しいと思っているのか、他者と妥協することが一切ない。とんでもなく嫌な男だ。

 

「ウチどころか、エリちもにこっちも皆も嫌っとるやん。もう学園中の嫌われもんやんな。あれだけ嫌われるのも一種の才能? とにかく、別の人に変えて欲しいんよ」

 

 希の愚痴はマシンガンの様に連射されていくのだが、神様は、いずれ分かるから、とでも言っているような気がして、希の愚痴が聞き届けられているような感じはしなかった。

 そんな希が徹の印象を逆転させたのは、月並みであったが彼に助けられたからだ。落とし物を彼が一緒に探してくれた。それだけで、何だ、良い人じゃないかと思うようになった。

 

「なあ、どうして手伝ってくれるん? ウチの事嫌いやって言ってたのに」

「ふんっ」

 

 徹は不快そうに鼻を鳴らした。

 

「嫌いだからと言って、目の前で困っている奴がいて素通りなど誰がするか。僕は人でなしの犬畜生になった覚えはない。僕は人間だ」

「うふふ」

「何がおかしい?」

「いや、石田君は損する性格な人やな、と思って」

 

 徹は余計なお世話だと目で語り、

 

「僕は自分の性格で損をしたことは一度もない」

 

 こう口で語った。彼はまったくと言ってもいいほど、自分の不評や罵詈雑言を気にしていなかった。自分が正しいと思う道をただひたすら、無心に歩いているだけ。

 希は、徹のことをある意味で素直だけど、でも不器用な人だと思った。そして、優しい人だと言うことも。

 

(やっぱり口の悪さが玉に瑕やな)

 

 とも思った。

 一度良い印象を持つと、俄然その人の事が知りたくなってくる。希は最初の失敗を教訓として、障りのない世間話や、勉強の事について徹と話すようにした。

 徹は、滅多に笑わない少年だった。冷ややかで目尻が鋭く切れ上がり、氷のような表情は変わらなかったが、希の話に自然と返してくれる。

 それが嬉しくてどんどん話すようになり、自然と仲を深めるようになった。そうして彼に対する感情が気になる人から、恋しい人に変わる。

 何か特別な事があったわけではない。これも自然と、そういう風に変化していったのだ。そうやって迎えた今日、待ちに待った徹とのデートの日だ。

 

「神さん。今日のデート、上手くいくようにお願いするな」

 

 希がいつもの様に神様にお願いをしていると、背後で人の気配がした。

 振り返ると、そこにいたのは徹だった。

 希より十センチ以上の背丈を姿勢よく伸ばし、硬く冷たい視線を突き刺してくる。別に不機嫌なわけではなく、これが彼の普通なのである。

 

「ここにいると思った」

「んっ? 待ち合わせの時間まではまだの筈やけど」

「今日が楽しみで時間まで待てなかったんだ、察せ」

「そっか。それは光栄や」

 

 無駄に上からな言い方だったが、慣れてくるとこれが可愛く思えてくるから不思議である。きっと世界では自分以外が知らない事実に、優越感が沸いてくる。

 普通だったらもっとマシな男がいるだろう。希自身、そう思いはするし、器量の良い男性を見かければおっ、と目で追ってしまうものの、最後には徹の面影が浮かび上がった。

 

(恋は人を狂わせるんやな)

 

 この頃は、寝ても覚めても徹のことばかり。表面上は飄々と取り繕いはするが、胸の内には恋の炎が燃え上がり如何ともしがたい状況だった。

 

「ほな、少し早いけど行こか」

 

 右腕に抱きつけば、徹は迷惑そうにしながらも無理やり振りほどこうとはしない。彼も彼で、少なからず希のことを思っているようだった。そろそろ関係を前進させても良いのかもしれないが、今の心地良い関係をもう少し続けていたいとも思う。

 デートは、目的地もなく街をぶらつくだけのものだった。それだけでも楽しかったし、それが楽しかった。その楽しい気持ちのまま会話を弾ませていると、

 

「そう言えば」

 

 と徹が切り出した。

 

「お前の後輩に、高坂穂乃果とか言う女がいるな」

「うん」

 

 穂乃果は、希が加入しているアイドル研究部の後輩である。そして親友でもあった。常にハイテンション、元気の二文字を擬人化したような子だ。

 もしかして、徹に対して何かやらかしでもしたのだろうか。二人を知っている希だから断言するが、相性は良くない。

 

「うるさい女だな」

 

 ああ、やっぱり。

 

「ごめんな。穂乃果ちゃん、悪い子やないんやけど――」

「――だが、煩わしくはなかった」

「ほえっ?」

「ふん。良い後輩を持ったな」

 

 そこでこの話は終わった。

 それからも楽しい時間を過ごし、デートが終わった後も余韻に浸る希だったが、心に何かしこりのようなものがあった。徹が穂乃果を褒めたのが面白くないのである。

 

(大体、デート中に別の女の話をするなっちゅうに。ほんと、デリカシーの欠片もない人やん。だから嫌われるんや)

 

 翌日、その面白くなさを怒りに変えた希は、ふくれっ面を隠さずに学校へと赴いた。同級生の親友である絵里やにこに、どうかしたのかと聞かれても、

 

「なんもない」

 

 と愛想なく返す。

 徹が訊いて来た時も、

 

「別に」

 

 と素っ気ない様子だった。

 部活中も自分ですらよく分からない怒りが持続する中、穂乃果が話し掛けて来た。内容は徹の事だ。

 

「噂って当てにならないもんだよね。この前噂の石田先輩と話をしてみたけど、怖い海未ちゃんって感じ? 厳しそうな人だけど、根は優しそうだったよ」

 

 海未ちゃんもいつだって怖いけど、えへへ、なんてへらへらと穂乃果は笑う。

 海未とは、例によって希の親友の一人であり、後輩である。自分にも他人にも厳しい性格で、真面目と言えばこの人、と言われるような少女だった。

 希は、そうやろ、皆誤解しとるんや、と言おうとしたが声が出ない。そればかりか、身体が震えてきて、こう頭に血が上っている気がする。希は身体の異変を堪えようとして、噛み砕かんばかりに歯を合わせる。ぎりぎりという音が、やけに大きく聞こえた。

 

「なあ、神さん」

 

 部活が終わって直ぐ、希は帰路に着かず神社へと足を運んだ。このどうしようもない気持ちを吐き出すためであった。意味不明に吐き出していると、自分でこの怒りが何なのか理解が追い付いて来る。徹が他の女を褒めるのが面白くない。徹のことを他の女が理解を示すのが面白くない。徹は私だけを見ていれば良い。徹は私だけが見ていれば良い。

 

(あかん。ウチ、完全に狂っとる。でも、これが恋やんな)

 

 恋とは、蜘蛛の巣に絡めとられるような息苦しさと、雲一つない晴天のような清々しさが入り混じったような複雑な感情である。情緒不安定と言えばそうなのかもしれない。

 にわかに愛しさの情念がかまくびをもたげて来た。いずれだなんて悠長なことは言ってられない。今直ぐにでも一歩も十歩も先へ。

 希は神様にお願いごとをした。

 

「ウチと彼を切れない縁で繋いでほしい。ウチと徹だけを切れない縁で」

 

 ウチと徹だけ。希はうわ言のように同じ言葉を繰り返す。神様はいつだって願いを叶えてくれた。今回だって、きっと叶えてくれる。

 

(これで大丈夫や。正直、穂乃果ちゃんは分からんところがあるからな。先手を打っておいて正解やんな)

 

 そもそも、徹は自分の恋の為に神様が用意してくれた少年だ。横からかっさらわれてたまるもんか。あるべきものは、あるべきところへ。

 スッと心が軽くなった希は、身体を弾ませるように歩く。今日は心配してくれた皆や徹に失礼な態度を取ってしまったし、明日はきちんと謝らないと。そんなことを考えながら、境内の階段へと差し掛かった時、不意に強い風が吹くと希の背中を押した。きっと、神様が後押しをしてくれてるんだ、と思うと、希はまるで宙を駆けるような気持ちになるのだった。

 

 

 

 この日、二人の少年少女が亡くなった。少年は近くのコンビニに買い物へと向かう途中、信号を待っている時に車にはねられたようだ。彼がはねられた時は、信号は青で、待っている途中に強風に吹かれて身体が車道内に飛び出してしまったらしい。

 少女の方は、とある神社の境内から足を踏み外し階段を転げ落ちた結果のようだ。その少女の表情には、満面の笑みが浮かんでいたという。

 

 

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