かすみんの可愛さが伝わりすぎた世界線 作:AQUA BLUE
かすみんの可愛さが伝わりすぎた世界線
中須かすみ。
虹ヶ咲学園に在籍する一女生徒である。学年は1年生。
彼女はスクールアイドル同好会に所属している。虹ヶ咲学園――通称ニジガクにて活動する本同好会は、校内数多に存在する部・同好会の中でも知名度が高い。
ひとえに中須かすみを含めた全メンバーが、日々輝かんと各々努力を積み重ねた成果である。
また、つい一月ほど前に同好会が主催したスクールアイドルフェスティバルというイベントが成功を収めたのもあり、彼女たちの顔ぶれは――少なくとも地元ではなかなかに知られるものとなった。
かつては辛いこともあったが、なんだかんだ順風満帆。いよいよスクールアイドルとしても箔がついてきたなと、かすみは元々激しかった情熱の炎をさらに燃え上がらせていた。もちろん、これからも時には壁にぶつかるであろうという覚悟も持ち合わせてだ。
誤算だったのは。中須かすみに、全く別方向の苦難がやってきたということであった。
☆
「かすみさん」
次なるライブに向けての自主練習を今日も終え、疲れを少しでも残さぬようストレッチに勤しんでいたかすみに、声がかかる。
「あ、しず子……」
呼んだのは、桜坂しずく。かすみと同じく同好会のメンバーであり、また同級生でもある彼女は、首だけで振り返ったかすみを柔和な笑みで下校に誘う。
「……うん、いーよ。もうすぐ終わるからちょっと待ってて?」
かすみの答えは是だった。同好会メンバーの中でも特に接点が多く、ましてや入学当初から仲の良いしずくとの帰宅だ。断る理由がない。
(最近はしず子も忙しそうだったし、久しぶりだな)
しずくの頷きを確認したかすみは再び顔の向きを戻し、できるだけ手早く終わるようストレッチに集中する。しかし、しずくから背けたその顔は少しばかり緊張の色を帯びていた。
……もちろんかすみは自覚こそしていない。だがそれは、彼女の中で微かな不安が広がっているゆえの影響だった。
「よし、終わりっ!」
「ん。もういいの?」
正体不明の何かに耐えられず、すっくと立ち上がるかすみ。そんなに急がなくてもいいのにと困ったように頬をかくしずく。何気ないやりとりに対して、妙に静かな一室に差し込む夕闇はやたらと濃く、ひどく浮いていた。
☆
もう何度通ったかわからない道を、かすみとしずくは歩いていく。和気藹々と、他愛もない会話をしながら。時に笑い合い、時にツッコんだりツッコまれたり。仲良し二人の今に始まったことではない光景は、各分岐点に近づくまで続く。
そんな中、ひとつだけ異なる点があった。手だ。
しずくの手が、かすみの手を握って離さない。かすみからして痛いほど強い力というわけではないが、ぎゅっと、なにやら逃がさないとでもいうような――どこか圧のある握り。
気のせいだと、かすみは思うようにしていた。だがとうとう確信するに至ってしまう。
(やっぱり……なんかこう、近い?)
女子同士で手を握る行為自体は、仲の良い間柄であればまあなくはないという理解がかすみ本人にもある。問題は別。
――以前よりしずくとの距離が近い。
近頃話している中で、据わったように時々昏くなる瞳。他のメンバーには見せない、さりげない甘々なアクション。今日のような手繋ぎや急な寄りかかり。
同好会と演劇部を両立しているしずくのことだ。何かの役柄のトレーニングか、はたまた疲労をなかなか見せない彼女が、
「大丈夫かすみさん? すごく難しい顔してるけど……」
「はっ!? う、ううん!」
もっとも、かすみはポーカーフェイスでの思考など性格上できず、とうとう無意識にむむむと唸り出したところを、しずくに心配されるのがオチだった。
☆
「私はここで。じゃあ
「う、うん。ばいばーい」
それから数分後。しずくの利用する駅が見えたことで、二人は何事もなく別れていく。
徐々にながらも大きくなっている不思議なズレを察知したことで、かすみはまだ整理がついていなかった。ただ、おおらかで優しい……大好きな表情で手を振るしずくを見て、ひとまず深く考えるのをやめた。
そもそも別段ひどいことでもされたわけでもないし、されるはずもない。――むしろ、かすみ的には「しず子がいつにも増して可愛い」と感じる節もあった。「かすみん」にとって、可愛いは大正義なのである。
かすみの僅かに重かった足取りが、再び小刻みで明るい弾みを取り戻していく。ふと駅の方を確認すると、しずくはまだ自身を見送っていた。
ちょっとだけ照れくさくなったかすみがお得意のアイドルポーズを取ると、しずくはゆっくりめの口パクで何かを伝えてくる。言わずもがなかすみは目を細め、彼女が虚空へ溶け込ませたメッセージを読み取らんとした。
「なになに~? 『か』『わ』『い』『い』『よ』
……~~っ!!」
自分が誰よりも可愛いという自負。理想のアイドル像を追いかける上でかすみにそれは自然と根付いたものだった。とはいえ、付き合いの長い親友にそんなロマンチックにコールを受けては、さしもの彼女も熱に染まってしまう。
告げたしずくもいざやってみれば恥ずかしかったようで、かすみが泳いだ視線を戻した頃には彼女の赤いリボンが駅の中に消えていくところであった。
(もし、しず子が男の人だったら……ちょっと危なかったかな)
柄にもない感想を胸に、今度こそかすみは踵を返す。一度は認識した「少しの」違和をすっかり忘却して。
――中須かすみは気付かない。別なる気配が自分を捉え続けていることに。
――中須かすみは気付かない。鞄の中でバイブしたスマートフォンに。
――中須かすみは気付かない。もう、はじまりはそこまで来ているという事実に。
誰か続き書いてぇ……