「少尉殿、迎えに来ました……何故エルフリーデさんが横に?」
いつもの運転手が迎えに行くと弌華の右腕にはエルフリーデがくっついていた。
「すいません……彼女、付いて行くって利かなくて」
弌華は申し訳なさそうに謝った。
「そういうことですか。分かりました、エルフリーデさんなら付いてきてもいいですよ。さあ、乗ってください」
「助かります」
三人は一路ベルリンへと向かった。エルフリーデの父親は軍人で軍でも有名人らしくヒトラーの信頼も厚いとのことだ。
総統官邸の前で車を降りた2人はそのまま門を通って中庭に入った。
「あれ?エルじゃないか、どうしてこんなところにいるんだ?」
声のした方を向くと身長2m越えの体格のよい軍人がいた。
「パパ、久しぶり!!」
2人の目の前にいる男はエルフリーデの父親、アルベルト・イェーガーであった、エルフリーデは弌華の腕から離れてアルベルトに抱きついた。
「元気そうで何よりだ。ところで君は?」
愛娘の頭を撫でながらアルベルトは目の前の少年に問うた。
「纏弌華です。階級は少尉です」
「そうか、君が総統閣下の仰ってた……。しかし、何故君が娘と一緒にいるんだい?」
その答えは弌華の口からではなくエルフリーデが答えた。しかし、その答えは多分に間違いを含んだものだった。
「弌華とはね、深い関係なんだぁ。もう将来を誓い合った仲なんだよ」
頬を紅らめながらエルフリーデが答えた。その瞬間弌華はアルベルトから激しい殺気が向けられたのを感じ取った。
「そうか、父として話がある付いてきてくれ」
「え?いや、あの――」
「なぁに遠慮することはない、少し話をするだけだ。エルはここにいなさい」
アルベルトは笑顔で言ったが先程よりも弌華に向ける殺気が増していた。誤解を解くことが難しいと悟った弌華はおとなしく従うことにした。
「さて弌華君、君は娘を娶ろうというのだね?」
「いいえ、違います」
弌華はきっぱりと答えた。弌華にとって彼女は店で知り合った人でしかない。その後、何故かそしていつの間にか一緒に住んでいただけだ。
「そうか、そんなに娘が欲しいか。ならば私にエルを何者からも守れると証明してみろ。5分後に演習場に来たまえ」
しかし、アルベルトは弌華の話を聞いていないのかそのままどこかへ行ってしまった。このまま無視することも出来たが体格差のある敵と戦った経験がないので受けて立つことにした。
弌華が演習場に行くと完全武装の兵が15人いた。その中の一人が弌華の前に出る。
「君が今回の相手か。他の仲間は?」
「私1人です」
「君一人だと?……そうか、少将が緊急招集したのはそういうことか」
男はやれやれとため息をついた。彼らはアルベルトの部下であり愛娘に変な虫が付こうとする度にこうして駆り出されている。
「君がエルフリーデちゃんに惚れるのも分かるが相手が悪すぎる。悪いことはいわないから彼女のことは諦めた方がいいぞ。君もまだ死にたくないだろう?」
男はエルフリーデに近づこうとした男達がどうなったのか弌華に語って聞かせた。しかし、その程度で怖じ気付く弌華ではない。
「少将のような強そうな人と戦うことなんて滅多に有りませんからね……一度自分より体格の良い相手と戦いたかったんですよ」
弌華は平然と答えた。
「……そうか。そこまで言うなら我々は止めはしない。ならこちらも全力で相手をしよう、死んでしまっても恨まないでくれよ」
男達は弌華から離れて仲間を伴って森の奥へと姿を消した。その1分後模擬戦が開始された。一方その頃官邸では会議が始まろうとしていた。
「む?アルベルトと弌華が来ていないがどうしたのだ?」
総統官邸のとある部屋には既に招集がかかった各部隊の最高指揮官が集まっていた。しかし、椅子には2つ空きが有った。
「申し訳ございません……。少将はいつもの病気を発症されまして……」
ヒトラーの問いにアルベルトの副官が申し訳なさそうに答える。
「そうか、なら少し待つとしよう。なに、10分もすれば2人とも来るだろうさ」
結果から言うと15人対1人の戦いは1人の方が勝った。弌華は正面から堂々と突撃して全員を蹴散らした。彼らの反応は良かった。一般兵相手なら優位に立ち回れることは間違いないだろう。しかし、彼らの相手は一般人の手に負える相手では無かった。15丁の機関銃から放たれる銃弾の嵐に最小の動作だけで避けて木々を上手く使って様々な方向から攻撃してくる相手に普通の人が対応することはまず無理だろう。
「ほう?やるじゃないかものの数分で奴らを倒すとは。これは俺も本気を出させてもらうとするか」
弌華が15人を倒して森から出ると腕を組んだアルベルトが立っていた。弌華の姿を認めたアルベルトは鋲付きグローブをはめて拳闘の構えをとった。
「どうした、構えないのか?」
アルベルトが構えを取るなか、弌華は全身の力を抜いたような感じで立っていた。
「これが私の構えですのでお気になさらず。さぁ始めましょう、どこからでも攻撃してください」
「……後悔するなよ小僧っ!!」
舐められていると感じたアルベルトは目の前の少年に現実を教えるべく距離を詰めた。
その時の私は少将のことを外見だけで判断してしまっていました。私を2人並べても余りあるその巨体からは想像つかない速さで詰めてきたものですから最初は驚きました。しかし、あくまでも普通の人の範囲内。その程度なら掠りすらしません。しかし、彼の一撃の重さに興味がある私は彼の一撃を受けることにしました。
「捉えた!」
少将は私のみぞおちに拳を食い込ませました。全身に溜めた力が相手によく伝わる良い打撃でした。
「まぁこの程度ですか」
「なっ、呻き声1つ上げないだと――?」
アルベルトの目は驚愕の余り大きく開かれた。
「では、僭越ながら私から1つご教授させていただきます。打撃というのはこうやるのです」
弌華はアルベルトのみぞおちを軽く小突いた。その瞬間アルベルトは呻き声を出してその場に崩れた。
「筋肉を伝って内蔵にまでダメージを与える。これが本当の打撃です。覚えておいて下さいね――」
薄れ行く意識の中アルベルトが最後に目にしたのは自分のことを担ぐ弌華の姿だった。
「遅れて申し訳ありません。予想外の事態になりまして……」
総統官邸に戻った弌華は全員の前で謝罪した。しかし、誰からも非難の声は発せられなかった。
「遅れた理由は分かっている。さぁ席に着きたまえ。君の抱える大男も起こしてな」
アルベルトが目を覚ました後会議が始められた。
会議が終わって皆退出するなか、弌華もそれに倣って部屋を出ようとするとアルベルトに呼び止められた。
「君の強さはよく分かった。君にならエルのことを任せても安心だ。エルのこと頼んだよ」
アルベルトは先程まで目の前の少年に対して殺意を剥き出しで相対していたのが嘘であるかのように微笑んだ。
「え?いや、だから私は――」
「エルと仲良くやるんだぞ。泣かしたりしたら例え君であろうと地の果てまで追いかけて殺しに行くからな」
「あの、私の話を――」
「フハハハ!!さっきのは冗談だ。そんなことしたら私がエルに殺されてしまう。おっと、これ以上君を拘束するわけにもいかんな。それじゃあ次会うのは戦場だ、またな」
アルベルトは満足そうにしてその場を去った。それと入れ替わるようにして隣の部屋からエルフリーデが顔を出した。
「もう終わったの?」
「……はい」
「じゃあ街に行こうよ。私、久しぶりに来たから見たいものがいっぱいあるんだ」
エルフリーデは嬉々として弌華の腕を引いてベルリンへと駆け出した。
……と少将と初めて会った時はこんな感じでした。良くも悪くもエルと少将は家族であることを認識しました。
「弌華、中身こぼれちゃうよ」
「ん?ああ、すみません」
回想に浸っていたらサンドイッチの具が落ちかけていました。私は慌てて口に運びました。
「この後どうします?」
「特に考えてないよ。ひたすら西に向かって前進かな」
どうやら家に帰るのはまだ先になりそうです。