皇紀2599年4月
冬の雪がまだ残る頃、霧が立ち込める山奥に小さな軍事施設があった。中国軍新兵器開発局の一施設だ。そこは小規模であるのと木々が密生している山奥に存在していたので今まで日本軍から無視されてきた。普段なら警備員が数人憂鬱そうに突っ立って、幾人もの技術者があわただしく走り回っているが、今日はそれがない。異変の始まりは遡ること3時間前、午前3時に起こった。
『今回の任務は敵軍技術の奪取と我が軍初、高度7000mからの空挺降下の実践データ収集にある。諜報局によると、この施設には米軍が中国軍に提供した様々な技術、兵器があるという。君たちには空挺降下による奇襲によって速やかに当該施設を制圧してもらいたい。詳細な基地図面などは―――』
「以上が河上副司令からの通信だ。それでこれが敵施設の図面だ、頭の中に叩き込んでおけ」
忠一郎が巻いて持っていた図面をデスクの上に広げる。その上に同施設を撮影した写真が何枚かばらまく。両方を見て分かるとおり周囲が木々に囲まれていて正面突破するには少々面倒である。だからこその空挺降下作戦で最初の目標がこの場所に選ばれたのである。
彼らは輸送機から降下した後、施設内に存在する開けた土地へ着地する。そして建物内に侵入した後、二手に別れて各部隊が各々の役割を果たす。
「第1中隊の隊長は俺、吉田忠一郎が務める。第2中隊は小沢征爾大尉が隊長を務めることになる。以上、作戦開始まで各員所定の位置にて待機」
降下部隊を解散させると忠一郎は弌華だけを残した。
「お前はあの計画の数少ない成功体だ、だから決して無理をするなよ。それとお前の姉はしっかりお前が管理すること」
「了解しました」
「では行っていいぞ」
「はっ」
弌華を見送る忠一郎の気は重かった。二週間前に突然、司令の沖田楓伽から呼び出され、空挺降下の練習をするよう言われたからそれらしい訓練をほとんどしてきていないからだ。ぶっつけ本番で自分の部下に命を掛けさせることを忠一郎は心苦しく感じていた。それでも命令とあらば成し遂げなければならないのが軍人というもの。忠一郎は自分に発破をかけるように両頬を叩いて後部の減圧室へと向かった。
敵の索敵網の穴を突くため夜中、霧の濃い時間帯で高度7000mからの奇襲作戦は敵も予測できるものではなく、第一こんな辺境の地に攻撃が来るわけがないと慢心をしていたというのもあっただろう。敷地内の侵入は全くの反撃もなく成功した。
暗闇に包まれた廊下に一人警備員が懐中電灯片手に巡回をしていた。男の足取りは重く、眠たそうな顔でだらしなく腰に下げていた拳銃を手に遊ばさせている。
「……全く、何もこないというのに何故巡回しなきゃ駄目なんだ?今だって聞こえるのは俺の足音ぐらいなもんだしなぁ」
独り言を言いながら眠気覚ましに煙草をと思った男は窓を開けた。
「ん?」
その男が最後に発した言葉らしい音は暗闇から出てきた手によって遮られ、何か硬い物が折れる音によって次に紡ぎ出される筈の言葉は幾ら待っても出てくることは無かった。濃紺色の集団が開いた窓から次々と侵入する。その集団は小声で一言二言合図をとった後、東西へ半分に別れた。
精鋭部隊と一部の存在を知る者に言われるだけあって全施設の制圧は約30分で終了した。
「これが米軍の新型機か」
「どうやら戦車の類ですね」
忠一郎と弌華は作戦完了の報告を部下に任せ、一足先に工廠に来ていた。征爾は奪取した機材の搬出指示に当たっている。
「我々の戦車は他国に比べ優位であるとは言えないからこれはいい手土産になるな」
忠一郎は蓄えた無精髭を撫でながら目の前の金属塊を見つめた。元戦車乗りの彼にとっては興味があるのだろう。
「そうですね。あと少しで輸送部隊が到着するそうです。それまでに他に無いか探してみましょう」
「そうだな、東棟は任せた」
「了解」と答えて弌華は東棟へと向かった。
作戦成功の一報を受けた帝機軍はすぐに輸送機を発進させ、降下部隊の収容を急いだ。今、制圧した基地には九七式改輸送機が三機着陸している。九七式改輸送機は帝国陸軍の九七式輸送機に帝機軍独自の改良を加えた機体である。帝機軍では改式という略称で呼ばれている。
「作戦お疲れ様」
帝機軍司令の沖田楓伽は今回指揮を取った二人を労う言葉を掛けていた。
「有難うございます」
「それで、実践データは取れたのかよ?」
忠一郎は不満そうな表情を隠そうとせず楓伽に問うた。
「うん。酸素マスクもちゃんと機能してたし、いいデータが取れたよ。そっちは何か収穫有ったの?」
「はい。まずは稼働中の電探とその資料、後はエンジンの設計図と現物を手に入れました。それと新型戦車が一台あります」
征爾の報告に楓伽は感嘆の声をあげた。
「大収穫だね。それじゃあ、さっさと詰め込んで撤退しようか」
「了解しました」
帝機軍初の単独での軍事行動は成功に終わった。その後ここで得た情報は日本軍の戦力強化に大いに役立つことになる。
三日後帝都東京
「君が提出した報告書を読ませてもらった。素晴らしい戦果だ。上層部もとても良い評価を下していたことを伝えておこう」
「過大な評価痛み入ります」
楓伽は普段の言動とは正反対の言葉遣いで答える。目の前に立つ男は口元を僅かに上に上げつつ楓伽に一枚の紙を渡した。
「新たな任務だ。心して励め」
「はっ」
楓伽は姿勢を正し敬礼をして部屋を退出した。
楓伽が扉を開けると扉の横に嘉章が立っていた。
「待合室でゆっくりしていればよかったのに」
「そういうわけにもいきません。ところで司令、右手の書類はなんですか?」
嘉章は楓伽の右手を指差した。
「新しい命令だよ。帰ったらまた忙しくなるね」
「休み無しですか……長官も人使いが荒いですね」
「仕方ないね。それじゃあ帰ろうか」
二人はそのまま施設を後にした。
皆さんこんにちは。横浜に動くガンダムが出来たそうですね。コロナが収束したら行ってみたいと思いますが、展示期間中に収束してくれるとありがたいなと思っています。