皇歴2600年5月13日
玄界島に無塗装の戦闘機が二機運び込まれていた。その戦闘機の名は十二試艦上戦闘機。後に零戦の愛称で親しまれ、大戦初期にあらゆる連合軍戦闘機を圧倒し、戦地を変えながらも終戦の日まで現役で日本軍を支え続けた名戦闘機だ。
なぜその最新鋭機が玄界島に運び込まれているのかというとデータの収集を行うためだ。実際には零戦開発現場を見に行った沖田楓伽が零戦に惚れ込み、直属の上司である山本五十六に何機か寄越すよう直談判しに行ったのである。粘り強い交渉の結果、五十六は折れ、試作型二機が提供されたのであった。
その二機のうち一機は研究用として、一機はデータ取りとして使われることになっている。
帝機軍の人員が殆ど出払っている中、その戦闘機の内一機は細々と改良をされていった。
1940年5月19日
5月19日、ついにドイツA軍集団の先頭を行く第二装甲師団がドーバー海峡に達し、連合軍はフランス本土から切り離されてしまった。しかし、一方でハインツ・グデーリアンの装甲軍団は突出しすぎて後続の歩兵各師団とは離れてしまっており、連合軍の背後を完全に遮断するには至っていなかったため、連合軍のフランス本土への退却はまだ可能なように思われた。英国陸軍参謀総長エドムンド・アイアンサイドは、フランス軍司令部がA軍集団への反撃および連合軍-フランス本土間の連絡線の確保のための行動を起こさないことに業を煮やし、自ら作戦に介入することを決意した。ただし実際には、連合軍はドイツB軍集団による北東方向からの激しい圧迫を受けており、反対方向の南方面に転進させる兵力の余裕はなかった。
アイアンサイドはBEF(イギリス海外派遣軍)司令官のゴート子爵ジョン・ヴェリカーと協議し、フランス第一軍集団司令官ガストン・ビヨットを説得して、英仏共同による南方面への反撃を行うことで同意に至った。21日、予備兵力として温存されていたイギリス海外派遣軍二個師団によるアラス方面への反撃が開始された。しかし、事前の連絡不徹底と英仏両軍間の不和により、同時に行われるはずであったフランス二個師団によるカンブレー方面への攻撃は翌22日に延期されてしまった。また、これも事前確認の不徹底により、二個師団によって全力で行われるはずであった英軍によるアラス方面への反撃も、実際には戦車二個大隊と歩兵二個大隊にフランス軍の戦車が若干加わっただけの兵力で行われた。
だが、この反撃はタイミングがよかったため予想以上の効果をもたらした。無線設備をほとんど持たず、ドイツ軍に制空権を掌握され偵察もできなかった英軍にとってはまさに五里霧中の作戦行動であったが、ちょうどアラスを迂回して突進中であったエルヴィン・ロンメルの第七装甲師団の横っ腹に突っ込む形となったのであった。当時、第七装甲師団の戦車連隊は二つとも遠く前進してしまっており、アラスの南側を進撃中であった狙撃兵連隊(名称は「狙撃兵」だが、実態は自動車化歩兵)と砲兵隊が、英軍の戦車二個大隊による襲撃を受けることになった。
本来、第七装甲師団の北側を防御するはずだった第五装甲師団は進撃が遅れており、第七装甲師団の南側を併走していたSS師団《トーテンコップ》は戦闘経験がなく、英軍の戦車を目にするや戦わずして逃亡してしまった。第七装甲師団は直ちに対戦車陣地を構築して迎え撃ったが、師団長のロンメルは不在であり、英軍のマチルダII歩兵戦車の分厚い装甲に37mm対戦車砲が歯が立たず、英軍に突破されてしまうかに思われた。しかし、前進していたロンメルが戻ってくるとドイツ側は陣地の再構築を行い、特に88mm高射砲による水平射撃がマチルダII歩兵戦車に有効だったこともあり、英軍戦車の突進を食い止め、撃退することに成功した。さらに退却する英軍戦車大隊を、救援要請を受けたドイツ空軍の急降下爆撃機部隊が追撃し、英軍によるアラス方面への反撃はわずか半日で失敗、終結することになった。
一方、翌22日にフランス軍によるカンブレーへの攻撃が行われたが、前日のアラスでの戦いで警戒を強めていたドイツ空軍にすぐ発見されてしまい、激しい空爆を受けてやむなく撤退した。こうして、連合軍による南方面への反撃はたいした戦果を挙げることもなく失敗に終わった。
BEF司令官のゴート子爵ジョン・ヴェリカーはあることに悩んでいた。それは、《BEFをイギリス本土に引き上げるかどうか。》である。
もしここで撤退してしまえばヨーロッパの大部分は完全にドイツの手に落ちてしまうことになる。さらに開戦からずっと快進撃を続けているドイツ軍をさらに勢いづけることになるかもしれない。かといってヨーロッパ大陸に残っても戦車、航空機、軍艦の砲雨に晒されて全滅するだけであった。
「司令、一連の反撃ですが実に残念なことに全て失敗に終わりました……。攻撃を敢行した部隊とは連絡がつかず、既に全滅したものと思われます」
兵の報告を聞いて、彼は決意を固めた。
「全軍に通達せよ。これよりBEFは本土に撤退する」
「しかし、それではフランスがドイツの手に落ちてしまいます。本土からの増援を待ったほうが良いのではないのですか?」
「来るかも分からない援軍を頼ったところで結果は見えている。今、フランスを失うことよりこのまま何も出来ず数十万の兵を失う方がよっぽど悪手だ。全ての人員をダンケルクに集めよ。そこからヨーロッパ大陸を脱出する」
「……了解しました」
フランス ダンケルク
「吉田大尉、我々はなぜ海岸線で陣取っているのですか?敵を殲滅するのにこんなところにいても無駄でしょう?」
ヴェーアヴォルフは先の敵航空基地制圧の後、敵がいる方角とは別のところに位置するフランスのダンケルク地方に進出していた。その為、ここまで来るのに偶発的な戦闘は有ったもののたいした会敵もなくここまで来れたのだった。
「これは俺の完全な博打だ」
忠一郎は一呼吸おいて続けた。
「恐らく敵はフランスを捨ててイギリスに撤退する。撤退路として使うのはダンケルク、カレーのどちらかだと思う。ヒトラーが怖じ気づかなければドイツ自慢の機甲師団で追撃が出来たんだがな……」
ヒトラーにとってイギリス軍から反撃が来ることは予想外であった。その為、機甲師団の損害を恐れたヒトラーは追撃を禁止したのだった。
「外したら何十万の敵兵をみすみす逃すことになりますよ」
「だから博打だと言っている。外しても責任をとるのは俺じゃあない。なら賭けるのも一興というものさ」
忠一郎は煙草をポケットから取り出して口に持っていった。細々とした煙が空に昇っていく。隣で煙が上がるのを見ていた弌華が何かに気づいた素振りを見せた。彼は目を細めて奥の方を凝らして見た。
「………大尉、大尉の予想は当たりです。前方10キロメートルの地点に見えます」
弌華の眼にはしっかりと自分達の方へ向かう敵の姿が映っていた。しかし、向かってくる敵軍の中に重兵装は殆ど無かった。
「間違いないか?」
「はい。しかし、敵に火砲の類いは見つけられませんね。捨てて逃げてきたのでしょうか?」
「何にせよそれは好都合だ。お前は狂璃を起こして戦ってこい。俺らも後ろから援護するから当たるなよ」
「分かりました」
弌華は輸送車の中で寝ていた狂璃を叩き起こして、うだつく彼女を引っ張って何十万の敵兵の中に飛び込んだ。