アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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辛抱強さ


01 シラー ─Peruvian lily─ 甲州撤退戦、その一

 

 

 緋に染まった街を、雲間に揺蕩う満月が見下ろしている。

 一面の炎。

 瓦礫の山。

 かつては多くの人々が行き交ったはずの道に、今や響く足音は一つだけ。

 

 

「はぁっ、はっ、は、はぁ、はっ……」

 

 

 一人の若者が、息も絶え絶えに走っていた。

 走り通しだったためか、着ている服はたっぷりと汗を吸い、しかも粉塵や泥で汚れているため、非常に不快だった。

 やがて脚も動かなくなり、彼はへたり込むようにして背後を振り返る。

 

 

「に、逃げ切れた……?」

 

 

 炎が照らす闇に、動く影は無い。

 正確には、炎が揺らめいているせいで、何もかもが揺れ動いているようにも見えるのだが、少なくとも、“アレ”の足音は聞こえてこなかった。

 大きく安堵の息を吐き、若者はしばし体を休めようと道路に寝転がる。……が、割れた道路は背中に痛く、キチンと休める場所を探そうと、重い体をなんとか起こす。

 それが彼にとって、最大の幸運となった。

 

 ズドン。

 

 大きな何かが降って来たような、強烈な音と衝撃。

 若者は声もなく吹き飛ばされ、路肩に放置された車へと体を打ち付けられる。

 霞む視界で確かめれば、先程まで頭があった位置に奇怪な脚を置く、異形が存在した。

 

 

「ヒュージ……っ!?」

 

 

 乗用車より一回り大きいくらいの、およそ生物とは思えない無機質な構造体を持つそれは、なんらかの器官で若者の声を察知したのだろう、明らかに彼を捕捉する。

 対する若者は動かない。いや動けない。

 全身の痛みに加え、恐怖で身がすくんでしまっている。

 逃げなければと思っているのに、体が言うことをきかない。

 

 

(こんな所で死ぬのかよ……! まだ彼女すら作れた事ないのに!)

 

 

 絶体絶命の危機に、なぜか浮かぶのは、しょうもない考え。

 そうこうしている間にも異形──ヒュージは若者へ歩を進め、その距離は一秒足らずで詰まる。

 不協和音。

 

 

(イヤだ、死にたくない、助け)

 

 

 次の瞬間、若者は廃車とヒュージに挟まれ、壁に投げつけたトマトのようになった自分の姿を見た気がした。

 けれど、それに伴うはずの痛みは、いつになってもやって来ない。

 当然だ。若者に向かって突進していたはずのヒュージは、全く見当外れの方向に逸れたのだから。

 

 

「間に、あったか……っ」

 

 

 くぐもった男性の声。

 気がつけば、若者の前に人影が現れていた。

 防衛軍兵士の軍服と、フルフェイスのヘルメット。手には大鉈とバズーカが一体化した兵器を携えている。

 マギウス。

 Counter-Huge-ARM's ──通称CHARMを持ち、魔法を使ってヒュージと戦う、人類の防人。

 若者がボウっと人影を見上げていると、いつの間にか同じ軍服を着た数人が、上空にあるらしいヘリコプターから降下していた。彼等は普通の小銃を構えている。

 

 

「仕留める。支援を」

「了解」

 

 

 CHARMを持つ男性──マギウスが声を掛けると、二人が応じて小銃を標的に向けた。

 誰も住んでいないはずの家に突っ込んだヒュージは、瓦礫を撒き散らしながら身を起こし、また突進しようと脚部に力を込めている(ように見える)。

 二名の軍人が対ヒュージ用硬芯強装弾を斉射しながら移動し、マギウスはその反対方向へ疾走。

 どちらを狙うか、逡巡するような間を置くヒュージだったが、銃撃が鬱陶しいのか、軍人の方へと脚先を向ける。

 そして、またしても突進を始めようとするや否や、マギウスのCHARMから奇妙な、しかし聞き覚えのある不協和音が響く。

 刹那、マギウスとヒュージの間にあった十数mの距離が無くなり、CHARMの刃がヒュージの脚を掬い上げる。

 

 電車の脱輪音。

 

 そうとしか表現できない、不快な悲鳴がヒュージから轟いた。

 マギウスは返す刃でその胴体を切り裂き、後方へ数歩跳躍。CHARMを置いて防弾ベストのポーチから手榴弾を取り出し、ピンを抜いて投げつける。

 更には対面の軍人二名からも、“マギウスに向けて”ピンを抜いた手榴弾が投げられ、両手で受け取った彼は即座に投擲。体を隠すようCHARMをかざす。

 

 ドン。ドン。ドン。

 

 腹を揺すぶる衝撃が三度起こり、ややあって、水を打ったような静寂が広がる。

 粉塵が収まった後に見えたのは、文字通り無に帰すヒュージの巨体と、CHARMを担いだマギウスの後ろ姿。

 

 

「ミドル級ヒュージを討伐。並びに要救助者を確保。これより本隊は帰投する」

 

 

 軍人の一人が近くでそう発し、ようやく周囲の音が若者の耳に戻り始めた。

 肩を担がれ、促されるまま、付近へと降下したヘリに歩かされる。

 どうにも、頭が働かない。

 これが現実なのか、それとも死の際に見る幸せな幻なのかすら、分からない。

 そんな若者の肩を、同じくヘリに乗ろうとするマギウスが叩く。

 

 

「無事で良かった。よく逃げ切ったな」

 

 

 ヘルメットのマスク越しなせいか、相変わらず声はくぐもっている。

 けれども、その声には若者を労わろうとする気持ちが溢れていた。

 だから、なのか。

 

 

「……で……」

「うん? どうした」

「なんで、もっと早く、来てくれなかったん、だよ……」

 

 

 言うべきはずの言葉とは、真逆の言葉が溢れてしまう。

 

 

「もっと早く来てくれれば、秋山も、吉村も、渡辺も! みんな死なずに済んだのに! なんで俺だけ! なんで、俺だけ助かった!?」

「おい、まずいぞ」

「早く鎮静剤を!」

 

 

 違う。

 こんな事を言いたいんじゃない。

 こんな事を、言ってはいけない。

 そう理解しているはずなのに、若者は止められない。

 

 

「俺の、俺のせいなのに、ど、どうして、俺だけ、みんなを誘って、こんな、はずじゃなかったのに!」

 

 

 暴れる体を軍人達が押さえ、打たれた鎮静剤が効き始めるまで、若者の慟哭は続いた。

 その間にもヘリは離陸し、一応の安全地帯である前線基地へ向かっている。

 軍人達は溜め息を一つだけ。

 もう、慣れ切った反応だ。

 

 

「気にすんなよ、こいつだって分かってるはずさ。お前が居なきゃ死んでたって。人間、生きてりゃ丸儲けなんだからよ! ……いつか、分かってくれるさ」

「……ああ。大丈夫。平気だよ」

 

 

 わりかし強めにマギウスの胸を叩く一人の軍人。

 それに答える彼は、しかし言葉とは裏腹に、沈んだ様子で街を見下ろす。

 営みの明かりは消え、破壊の炎が煌めく街。

 あの街で暮らしていたはずの、無数の家族。

 喉をせり上がる胃液を飲み下し、彼は逃げるように、ヘリのスライドドアを閉めた。

 

 

 

 

 




 久しぶりに心に刺さるアニメと出会えたので、妄想が滾ってしまいました。
 が、検索したwikiとかにも男性版リリィの呼称が見当たらず、マギウスという無難な単語でごまかす始末。流石にローズはないと思いたい。
 そして、個人的には相模女子の伊東苗陽さんが見た目どストライクなんですが、きっと作中には出せないだろう悲しみ。
 ラスバレ配信まであと一週間。
 非常に楽しみですが、作者の型落ちスマホで快適に遊べるか、かなり不安です。
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