アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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また会える喜び


10 ダイヤモンドリリー ──Nerine Sarniensis── 戦いの後に

 

 

 

 気がつくと、天井を見上げていた。

 境目すら見えない一面に、埋め込み型の照明。

 病院などによくある造りである。

 オレンジ色に染まっているのは、西日が差し込んでいるからだろうか。

 

 

(知ってる天井だ。百合ヶ丘の病院、か)

 

 

 そう感じたのは、おそらく匂いが原因だ。

 洗いたての、清潔なシーツの匂い。

 どこからか漂ってくる、消毒液の匂い。

 そのどちらにも覚えがあり、ほんの数ヶ月前まで、ずっと嗅いできた匂いだったからだ。

 

 

(……そっか。俺、倒れたのか。それで運ばれた、んだろう、多分)

 

 

 ようやく頭が回り始め、事の経緯を思い出す。

 スモール級との戦闘を終えた直後に倒れたのだから、病院に運ばれて当たり前だ。

 義肢は……全て外されているみたいだった。マギの流れで、なんとなく理解できる。

 首を巡らせてみると、俺が寝ているベッドの脇には、一人の少女が立っていた。

 小麦色の肌の、笑顔が眩しい少女。梅ちゃんだ。

 

 

「目が覚めたか、おっちゃん。お寝坊さんだな」

「……梅、ちゃん……?」

「ん。気分はどうだ? 痛い所とか、気分が悪いとか」

「あ~……。喉が、渇いた、かな……」

「じゃあ、これを飲むといい。ゆっくりと、だゾ」

 

 

 掠れた声で渇きを訴えると、梅ちゃんは……なんていうんだっけ。病人の看病とかに使う、急須みたいな吸い口のある容れ物で、水を飲ませてくれる。

 しっかり喉が潤った所で、俺は梅ちゃんにお礼を言う。

 

 

「ありがとう……。俺は、あの後……」

「マギの完全枯渇で倒れたんだ。もう二日経ってる。みんな、大慌てだったみたいだゾ? この子もな」

 

 

 見る人を安心させるような微笑みで、梅ちゃんが自分の背後を示す。

 窓際に、もう一人の少女が──安藤さんが居た。梅ちゃんとは真逆の、仏頂面で。

 

 マギの完全枯渇とは、文字通り、リリィ/マギウスの体内から完全にマギが失われた時に起こる症状だ。

 普通は無意識に消費を制限するし、フェイズトランセンデンスの副作用でもない限り、意識を失うほどマギを消費する事なんてないはずだが……。

 そういえば、アガートラームの“切り札”でもマギを全部持って行かれるけど、意識を失った事はない。何故だろう。リミッター?

 

 どうにも不可解で唸ってしまうが、そんな俺の疑念を知ってか知らずか、梅ちゃんは「さて」と場の空気を仕切り直す。

 

 

「じゃ、梅は看護師さんに伝えてくるから。夢結と美鈴様にも、連絡いれなきゃいけない」

「……ああ。来てくれて、本当にありがとう」

「うん。お大事に、またな!」

 

 

 軽く手を振り、梅ちゃんは病室を出て行く。

 残されたのは、俺と安藤さんの二人だけ。

 

 なんと声を掛けようか。

 梅ちゃんと同じように、来てくれてありがとう?

 それとも、無事で良かった?

 

 悩ましく天井を見上げている俺だったが、唐突に安藤さんが近寄ってくる。

 そして、ゆっくりと頬に手を伸ばし──思いっきり抓られた。

 

 

「いでででで! な、何を……!」

「川添様からだよ。“夢結を泣かせた罰”、だって」

「へ?」

「で、こっちが白井様から。“お姉様に余計な心配をかけた罰”、だとか」

「いぎぎぎぎ!」

 

 

 片方の頬を抓られたかと思えば、今度は反対側も抓られてしまう。

 痛い! めっちゃ痛い! これ、絶対に手加減してない!

 こっちは一応怪我人というか、病人じゃないんですかね!?

 頼むから労って!

 

 

「そして、これは私から」

「う……っ…………?」

 

 

 まだあるのか!? と、目をつむって身構えるものの、新たな痛みは襲ってこない。

 恐る恐る目を開けてみると、見計らったかのように、軽くデコピンされた。

 痛くは、なかった。

 

 

「格好つけ過ぎ。おじさんがあんな無茶しなくても、どうにかなってた」

「……でもそれは、君が自分を犠牲にしたら、の話だろう」

「…………」

 

 

 安藤さんが言うのは、間違いなくあの……梅ちゃん曰く、二日前の戦闘での事だろう。

 彼女に庇われるのを良しとしなかった俺は、確かに無茶をした。今更ながらそう思う。

 あの後に遠藤さんが来てくれた事を考えれば、俺が何もしなくても、結果的には助かったのかも知れない。

 強く抱けば折れてしまいそうな体に、無数の痛みだけを残して。

 

 

「私は、G.E.H.E.N.A.に強化処置を受けさせられた、ブーステッド……強化リリィなんだ。だから、あんなの屁でもない。大丈夫なんだから、もうあんな事する必要は──」

「嫌だ」

 

 

 遮るように答えると、安藤さんの目が丸くなった。

 呆気に取られている表情は、その年頃に相応しい、可愛らしいものだった。

 痛みを堪えている表情なんかより、よく似合っている。

 ついでに言えば、猫と戯れている時の緩んだ表情が、一番可愛いと思う。

 

 

「もしまた同じ事が起きて、また君が一人で戦おうとしたら、今度は攫って逃げる」

「…………は?」

「今回の一件で、逃げるだけなら多重スキルでどうにかなるかもって分かったし、君一人で戦わせて怪我させるくらいなら、俺は戦って欲しくない」

「……っ、おじさんがどう望もうが、関係ない。私は国や学院の要請で出撃してるんだ。おじさんに止める権利なんて無い」

「そうだな」

「分かってるなら、無責任なこと言わないで。……そういうの、迷惑だから」

「だったら、なんで俺を庇った?」

「それは……」

「スモール級の攻撃力なんて、たかが知れてる。

 一般人ならともかく、CHARMで防御結界も張れるマギウスを、どうしてあんなに、必死に守ろうとしてくれたんだよ?

 受ける必要なんてない、無用の傷まで負ってさ」

「…………」

 

 

 沈黙。

 答えるつもりはないらしく、そっぽを向いている。

 が、別に答えてもらう必要もない。

 理由なんて、とっくに分かっているんだから。

 

 

「嫌なんだろう? 目の前で、誰かが傷つくのが。守れる力を持ってるはずなのに、守れないのが。俺も、そうだった。いや、今もそうだ」

「……ヒュージが怖くて、動けなかったのに?」

「そうだよ。笑えるよな? ……でも、そうなんだよ。どうしようもなく、そう思っちまうんだよ」

 

 

 おそらく、真島さんから聞いたのだろう。あの時、俺が動けなかった理由を。

 安藤さんの顔はいびつに歪み、嘲笑しているようにしか見えなかったけれど、それも、突き放すための作り物だと分かる。彼女は嫌われようとしている。

 怯えた子猫の為にも、二度しか顔を合わせていない俺の為にも、自分を犠牲にするような優しい子が、そんな理由で誰かを嘲笑うはずがない。

 

 

「俺は、強くなる」

 

 

 体を起こし、安藤さんをまっすぐに見据え、俺は宣誓する。

 生身の四肢は、もう左腕しかないけれど。

 それでもまだ、“自分”を諦められないから。

 

 

「もう二度と、誰かに傷ついてもらわずに済むように。今度こそ、誰にも心配をかけず、誰かを守りきれるように。強くなってみせるよ」

 

 

 俺は弱い。

 甲州撤退戦で川添と白井さんを助けるのに、両脚と右腕を失った。

 真島さんに義肢を作ってもらっても、ヒュージを前にしたら動けなくなった。

 どんなにマギ保有量が増えても、サブスキルに目覚めても、俺はまだまだ弱い。

 

 でも、弱いからこそ、強くなりたいと本気で思える。

 始めるには随分と年をとってしまったが、だからって、安藤さんのような若い子に負けるつもりもない。

 自分自身の弱さを再確認した事で、俺はようやくスタートラインに立てた、そんな気がしていた。

 

 

「……何、それ。なんの宣言?」

「……なん、だろうな。自分でもよく分からない」

「変なの」

 

 

 安藤さんは苦笑いを浮かべ、窓の外に視線を逃す。

 ……言われてみると、年甲斐もなく、小っ恥ずかしい事を口走っていたような。

 なんだか顔が熱い。

 あんな言い方では、君のために強くなる、と言っているみたいだ。

 安藤さんの顔も赤くなって見えるが、それが夕日のせいなのかどうかまでは、分からなかった。

 

 

「私は私の勝手にする。……おじさんも、勝手にすれば」

「……ああ」

「もう行くから」

 

 

 そう言い残し、安藤さんは病室の出口へと向かう。

 だが、ふと足を止めたかと思ったら、スカートのポケットからメモの切れ端を取り出した。

 

 

「忘れるとこだった。はい、これ」

「え? ……メアド?」

「コーヒー。奢ってもらう約束、でしょ。連絡つかなきゃ、意味ないし」

「……あ」

 

 

 確かに、そんな約束もしていたっけ。

 てっきり、安藤さんとはこれっきりかと思っていたのだが、意外な形で繋がりが残った。

 彼女は「忘れないでよね」と付け加え、今度こそ病室の出口へ。

 

 

「じゃあ、また。お節介で、物好きなおじさん」

「……またな。意地っ張りな、猫好き少女」

 

 

 皮肉った笑顔。

 それがおかしくて、俺も同じような笑みを浮かべて返す。

 この日から、安藤さんの間で短文メールのやり取りが始まり、彼女と出会うたびに、缶コーヒーをせがまれる事となる。

 なんだか、野良猫に餌付けしている気分だったが、不思議な居心地の良さを覚えるのに、そう長くは掛らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり……」

 

 

 数種類のデータを見比べ、霞む目を何度も擦り、百由はエナジードリンク片手に呟く。

 ピラー型と仮に名付けられたヒュージの襲撃後、ほぼ自室と化しているラボに籠って、早三日。

 その間、一睡もせずデータを解析し続けているのだが、解析すればするほど謎が増えていくという、悪循環に陥っていた。

 

 

「また、おじ様の波形データが変化してる。安定してないの? にしたって、変化が急激過ぎるわ」

 

 

 現在確認中なのは、病院から新たに送られてきた“彼”のデータ。

 これまでの三日間のデータだけを見ても、その波形データの形状は、一日ごとに変化していた。ひょっとしたら、数時間置きに変化している可能性すらある。

 退院するまでのあと四日間、同じ検査方式でデータを集める予定だが、きっと同じデータにはならないだろう。

 

 

(義肢の動作不良や、ヒュージの誘引はコレのせい? 少なくとも、ヒュージ誘引の再現性は見られなかったけど……)

 

 

 そもそも、波形データという物は変化しやすい物である。

 リリィが訓練を積むうちに変わる事もあれば、何もしなくても変化する場合だってある。

 が、それは長い時間を掛けたり、一度変化したらしばらくは安定するもの、というのが通説だ。

 こうも短期間で、繰り返し変化し続ける理由が分からない。

 

 

「マギの完全枯渇を引き起こしたのも、きっと同じ原因よね……。インビジブルワンと、スキルプロトコルの同時使用だけでは、説明がつかないもの」

 

 

 “彼”のマギ保有量は、もはや現役リリィ/マギウスの中でも上位に入る。

 たった数分間の最大出力で、枯渇するとは思えなかった。

 何より、百由自身にも、枯渇の原因に思い当たる節がある。

 

 

(インビジブルワン、スキルプロトコル。それだけじゃなく、無意識に他のサブスキルを発動していた。

 おそらくは、軍神の加護か、ホールオーダーか、虹の軌跡って可能性も捨てきれない、か……)

 

 

 後で気付いたことだが、あの戦闘で百由は、普段よりも効率良く動き、効果的な攻撃を繰り出せていた。

 百由の持つレアスキル「この世の理」を、鶴紗の「ファンタズム」と併用していたからだと思っていたけれど、この二つのスキルは、CHARMのマギ出力を上昇させる効果はない。

 しかし、戦闘後にCHARMの使用履歴を参照したところ、明らかに出力が向上した形跡が見られたのだ。

 鶴紗からも聴取を行い、「確かに普段より動きやすかったかも」という証言を得ている。

 

 軍神の加護とは、発動者の周囲のマギ純度を高め、攻撃力と防御力を上昇させつつ、わずかながら俯瞰視点も獲得するレアスキル「レジスタ」のサブディビジョンスキル。

 ホールオーダーは、百由の持つ「この世の理」のサブスキルであり、一定範囲内に存在する物体の、行動ベクトルを読む事が可能になる。

 同様に、虹の軌跡は「ファンタズム」のサブスキルで、効果は限定されるものの、未来予知に近い効果を得られる。

 

 “彼”の行った無茶な戦法の成功は、これら複数の要因が重なって成り立っていると考えれば、納得がいくだろう。

 歳若くとも、百由は科学者だ。理屈をこねくり回して、どうにか道筋を立てるのが性分であり、あながち外れているとも思えなかった。

 根性出して頑張ったら勝てた、よりも、なんらかの要因で複数のサブスキルに目覚めていた、の方が説得力も出る。

 インビジブルワンとホールオーダーを組み合わせられるなら、それはもうレアスキルの「ゼノンパラドキサ」なのだが、波形データを見る限り、可能性は低いと思われた。

 

 

「それに……」

 

 

 加えて、もう一つ。非常に気になる点があった。

 それは病院からのデータではなく、ピラー型襲撃前の、戦闘訓練で得られたデータ。

 あの時は気のせいか、もしくは機材の不具合かと判断した百由だが……。

 

 

「何度も確かめて、けど、結果は同じ、だもんねぇ……」

 

 

 ラボに戻り、得られたデータを精査し、計測機器の点検した結果、情報は正確に得られていた、としか言えなかった。

 例えそのデータが、普通ではあり得なかった事でも。

 

 

「おじ様の、固有ルーンが……消えてる」

 

 

 固有ルーンとは、CHARMの基本構造にも用いられるルーン文字を、二つ組み合わせて表記される、その人物の特性を表すルーンのこと。

 励起されたマギクリスタルコアなどに表示され、24C2で、276通りの組み合わせから成る。

 osなどにより多少の差はあれど、一般的に「フサルク」と呼ばれるルーン文字が基本とされており、日常的な場面では、ハンコ代わりにも使われたりする。

 

 コアと契約したマギ保有者であれば、誰もが必ず持ち得るもので、仮にコアが破損して契約が失われたとしても、固有ルーンが変化することはない。

 だが、あの時……訓練時に“彼”がCHARMへとマギを通した時、コアに表示されるはずの固有ルーンは、一画すら記されなかったのだ。

 こんな事は、過去にも類を見ない。

 

 

「いいえ、違う。消えたんじゃなくて、固有ルーンも変化した? 波形データみたいに?」

 

 

 行き詰まった百由は、椅子の背もたれを軋ませながら、発想の転換を試みる。

 本来は変化しにくい波形データが、あれほどに変化しまくっているのだから、これまで変化しないと考えられてきたものが、変化を起こしても不思議ではない。

 それに、CHARMや固有ルーンに使われるルーン文字は24文字だが、フサルクにはもう一文字、特別な意味を持つルーンが存在する。

 

 

「25番目の、“空白”が表すルーン文字。その意味は──」

 

 

 ──運命。

 

 魔化革命を経てもなお、あまりに制御が難しく、全く使用されない概念。

 百由も一度はCHARMへの刻印を試みたが、あえなく挫折させられた、最後のルーン。

 

 

「…………むふ。うっふふ。ぬふふふふ」

 

 

 不意に、百由の肩が揺れた。

 段々と大きくなるそれの勢いに任せて、彼女は椅子を倒すようにして立ち上がる。

 

 

「まぁったくー、どこからどう見ても謎だらけで、研究者魂がくすぐったいったらありゃしないわー!

 見てなさい、おじ様! この真島百由が、おじ様を丸裸にしちゃうんだからー! あっははははははは!」

 

 

 拳を突き上げ、誰にでもなく、百由は高らかに宣言する。

 エナドリ漬けの三徹がもたらす、謎のハイテンションを止められる者は、幸か不幸か、存在しなかった。

 

 

 





 なんとか、二月中に間に合った……。
 二話同時更新で、ちょっと文量多めでしたが、次回からはしばらくシリアス少なめ、文量も控えめの日常回を続ける予定です。
 鶴紗ちゃんがデレるのはまだ先です。そんな簡単に野良猫は懐いてくれませんよねー。着かず離れず、を維持するのが大事。
 あ、ガチレズ亜羅椰さんはまた出てきますので、色んな意味でお楽しみに。

 そして恒例の言い訳パート。
 固有ルーンの概要については、完全に作者の個人的見解です。
 たぶん、アニメ版で追加された要素なんでしょうけど、ブックレットにも詳細は書かれてなかったので、きっとこんなんだろうなー、という推測の元に構成しています。
 契約指輪という名称も同様です。どう検索しても出てこんねんもん。

 最後に、BD二巻の特典星5チケ使ったら、隊服鶴紗ちゃん引けました。やったぜ!(過去に爆死歴あり)

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