アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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子供らしさ


13 キンポウゲ ──Japanese Buttercup── 郭神琳の展望

 

 百合ヶ丘女学院。第三地下訓練場。

 周辺環境への影響と、訓練内容の秘匿性を考慮して設けられたこの施設は、普段は多くのリリィ達が講義に使っている。

 だが今、はるか頭上の照明が照らし出すのは、たった二人の、訓練服姿のリリィ候補生。

 郭神琳と、遠藤亜羅椰だった。

 

 

「逃げなかったんですね」

「こっちのセリフよ、優等生さぁん? バレたら懲罰ものなのに」

「それは、CHARMを使った私闘の場合です。あくまで名目は訓練ですし、立会人も居ますから」

 

 

 長い髪を揺らし、郭さんが視線をこちらへ向けた。

 そのオッドアイに映るのは、俺の他に三名ほどの少女である。

 川添と白井さん、そして真島さんだ。

 病室での決闘宣言の後、事の次第を知る立会人としての参加を求められた俺は、即座に携帯をプッシュ。彼女達に助けを要請した。

 そんな訳で、数日後の週末である今日、地下訓練場の一つを貸し切り、決闘が執り行われる運びとなったのだ。

 

 

「面倒な事に巻き込んでくれたね」

「すまん。でも、あの二人を俺だけで仲裁とか無理。助けて下さい」

「はぁぁ……。全く、仕方ない。今回だけだよ」

「助かる。白井さんも、わざわざありがとう」

「いえ。遠藤さんの事は気になっていましたから、大丈夫ですよ」

「もちろん私も大丈夫ですよー! 新しい訓練機材のテストにうってつけですから! お礼はエナドリ10本パックでお願いしますね!」

「うん、ありがとう真島さん。でも、エナドリの飲み過ぎは体に毒だからね。飲み過ぎないようにね」

 

 

 三者三様の答えに、俺もそれぞれ返事するのだが、真島さんだけテンションがおかしい。

 また徹夜だろうか? エナドリの過剰摂取は本当によくない。腹囲的な意味で。気をつけてほしい所だ。

 ちなみに新しい機材とは、ダメージ測定機なる物のようだ。

 パッド型の装置で薄く柔軟な防御結界を発生させ、その歪み具合いを数値として出力。どんな攻撃でどれだけのダメージを受け、どの程度のダメージで戦闘不能になるのかを、分かりやすくするんだとか。

 ほぼ毎日のように新発明してるんじゃなかろうか、この子。

 

 

「わたくしが勝ったら、不特定多数との不純な交際を、今後一切、止めてもらいます」

「どうぞご自由にぃ? 私が勝ったら、そうねぇ……。一晩付き合って貰おうかしらぁ」

「……っ!?」

「ふふ、冗談よ。今後一切、私の交友関係に口出ししないでくれる?」

「……いいでしょう」

 

 

 一方で、郭さんと遠藤の話も進んでいる。

 相変わらず険悪な雰囲気だ。無事にこの決闘は終わるだろうか……。

 しかし遠藤よ。その要求は18禁ゲームの悪役(しかもオッさん)がするもんだぞ。自重しろ中学生。

 

 

「じゃあ、ルールを説明するわよ。10ポイント先取の機械判定で、相手に有効打を与えればポイントになるわ。

 シューティングモードも使用可能だけど、当然、弾薬は模擬弾で、頭部を狙った射撃は減点とします。

 なお、公平性の観点から、レアスキルの使用は禁止。以上、理解できたかしら?」

「問題ありません」

「はいはぁーい。一人じゃなぁーんにも出来ない神琳に合わせたげるわぁ」

「………………」

「だんまりって事は、図星なの? ……それとも、私と口をきくのが怖い?」

 

 

 にたり。

 それこそ悪役のような顔で、遠藤が郭さんを睨みつける。

 郭さんのレアスキルは、テスタメント。

 他者のレアスキルの効果を向上させ、かつ有効範囲も拡大するという、非常に有用なレアスキルだ。

 が、そのスキル特性を活かすには、必然的に他のリリィが必要となるため、遠藤の言う事も、ある意味では間違っていない。

 けれども、間違ってなくても耳触りは悪過ぎる。

 俺は反射的に割って入っていた。

 

 

「遠藤。そのくらいにしろ。聞くに耐えない」

「何よ、おじ様は神琳の味方ってわけぇ? 男って、清楚な見た目の女が好みだもんねぇ?」

「少なくとも、今の遠藤を魅力的とは思わないな」

「……ふん」

 

 

 苛立たしげに鼻を鳴らし、そっぽを向く遠藤。

 実際、遠藤は美少女だが、誰かの悪口を言っている時の顔なんて、魅力的なはずがない。

 それを魅力的と感じるのは、一部の倒錯的な性癖を持つ人間だけである。俺はMでも、ましてやSでもないので。普通にラブラブしたい派です。

 ともあれ、二人の準備は整ってしまったようだ。

 出来れば穏便に事を収めたいのだが……。

 

 

「本当にやるのか、郭さん」

「後には引けませんから」

「……分かった。怪我のないように、気をつけて」

「はい」

 

 

 もう覚悟は決めてしまっているらしい。

 止めるだけ無駄だと判断した俺は、郭さんを激励してから、川添達と観戦席へ移動する。

 いや、しようとしたのだが、何故か遠藤が俺を呼び止めた。

 

 

「……ちょっと。私には何もないの?」

「え? あ〜……。今日はちゃんと訓練服を着てきたんだな。偉いぞー。……念のために聞くが、大丈夫だよな?」

「大丈夫に決まってるじゃない!? ほら見なさいよっ、ちゃんと穿いてるでしょスパッツ!」

「ちょ、バカッ、自分でスカート捲るな!」

「おじ様……? どういう事ですか……?」

「後で詳しい話を聞かせてもらうよ……?」

「うっ。はい……分かり、ました……」

「あ、夢結様ぁ〜! 私、頑張りますからねぇ〜!」

 

 

 ガバッとスカートを捲ってみせる遠藤に、川添と白井さんの表情が変わった。

 マズい……。これは、非常にマズい……。

 実は遠藤のおパンツをガン見した事があります、なんて言えるはずがない。せっかくボカして聞いたのに、どうしてこうなった……。

 まるで連行される痴漢の気分で、俺は川添達の後ろへ続く。

 

 

「それでは、二人とも? 所定の位置に」

 

 

 同時に、真島さんの声で郭さんと遠藤も距離を取り、刃留めされたCHARMを構える。

 二人が使うCHARMは、意外にも同じ型──先行量産型アステリオンだった。

 色だけがパーソナルカラーに染色されていて、遠藤は赤、郭さんは黒である。

 また、アステリオンは形態が三つ存在し、標準的な性能の長剣形態、攻撃力重視の戦斧形態、射撃形態を使い分けられる。

 このうち、長剣形態にしているのが郭さんで、対する遠藤は戦斧形態。こんな所でも対照的だ。

 

 静寂が広がる。

 正眼に構える郭さん。肩にかつぐ遠藤。

 腰を落とし、いつでも動けるように脚はスタンスを大きく。

 ややあって──

 

 

「模擬戦、始め!」

 

 

 赤と黒のアステリオンが、ぶつかり合った。

 先んじて攻勢に出たのは郭さんだ。

 重量バランスの良い長剣形態は、取り回しも良いらしく、駒のように回転しながら連続攻撃を繰り出す。

 それを凌ぐ遠藤も侮りがたい。長剣形態と比べ、バランスの悪いはずの戦斧形態で、確実に有効打を避けている。

 中学生でこれとか、末恐ろしい才能だ……。

 

 

「なるほど……。噂には聞いていたけれど、かなりの腕前だね」

「ですね。あの身のこなし、既に実戦でも通用するレベルだと思います」

 

 

 先程の事は脇に置いてくれた川添と白井さんも、模擬戦に見入っている。

 この二人が言うのだから、俺の評価も間違ってはいないだろう。

 頼もしい逸材……なのだが、問題は彼女達が互いを毛嫌いして、決闘までしている事だろう。

 

 CHARMを振るい、弾き、跳躍し、回避する。

 単純な繰り返しに思えるが、これらを続けざまに、途切れる事なく続けるのが、どれだけ難しいか。美しい演舞を見ていると思える程だ。

 けれど、彼女達の目的は、相手を打ち負かすこと。千日手の演舞では意味はなく、郭さんは一旦、間合いを離す事を選んだ。

 

 

「セオリー通り……。意外と手堅いんですね」

「ふふん。当たり前でしょ? 私、誰にでも触れるのを許すほど、安い女じゃないの」

「……あの方の前では、はしたない姿を晒していた気がしますが?」

「あ、あれはっ…………ワザと、だものぉ! おじ様を誘惑して、手を出させて弱みを握るつもりだったのよ!」

「それはそれで最低ですね」

「はんっ。なんとでも言いなさい! 今度はこっちから行くわよぉ!」

 

 

 郭さんの言葉に、遠藤は明らかに動揺しつつ、しかし強引に距離を詰めてペースを握ろうとしていた。

 戦斧形態の重たい攻撃が郭さんを襲い、攻守が入れ替わる。

 そして、俺も新たな窮地に立たされてしまう。

 

 

「誘惑ね……。本当に、何があったのかなぁ……?」

「おじ様……。まさか遠藤さんと……?」

「違うんです……誤解なんです……。も、模擬戦に集中しませんか?」

「その不自然な敬語が、余計に怪しさを引き立てるんだけれど」

「不埒です。不潔です。ふしだらです。不真面目です。不道徳です」

「ううう……っ、恨むぞ遠藤ぉぉ……!」

 

 

 ササっと座席を一つ離れ、川添と白井さんがジト目を向けてくる。

 発端は郭さんだが、遠藤がトボけてくれれば、まだ誤魔化しもきいたのに。

 座り心地の良いはずの観戦席が、まるで針のむしろだった。

 今まで好感度高めだったが故に、余計に悲しい。

 

 その傍ら、模擬戦の様相も刻一刻と変化していた。

 遠藤の猛攻に、郭さんがバランスを崩す場面が増えてきたのだ。

 

 

「く……っ」

「ほらほらぁ、アンタのCHARMは軽いわねぇ! それとも、また怪我しておじ様にお姫様抱っこされたいのぉ?」

「……よく回る舌ですね。それでどれだけの女生徒を誑かしたんですか」

「失礼ねぇ。みぃんな“悦んで”くれたわよぉ?」

「この……っ!」

 

 

 ちろり。艶かしく舌舐めずりする遠藤を、軽蔑の眼差しで睨む郭さん。

 分かってはいたが、やっぱり遠藤は性欲魔人らしい。下手したら俺より経験値あるかも知れない。

 羨ましい。こればっかりは純粋に羨ましい。俺だって男だ。可愛い女の子とHな事したいに決まってる。

 が、そんな事を考えていたからか、川添達の視線は更に厳しくなり……。

 

 

「お姫様抱っこぉ……?」

「気を失った郭さんを運ぶためだったんです。不可抗力だったんです。信じて下さい」

「………………」

「せめて何か言ってくれまいか白井さん……」

 

 

 無言のジト目が一番辛い。いや、辛いけどなんかもう、これはこれで新境地なのでは? と思えてきた。

 ……いやいや正気に戻れ! それはノックしちゃいけない扉だ!

 Mの境地なんかじゃなく、シリアスの続いている模擬戦に集中するんだ俺!

 

 

「前から気に入らなかったのよねぇ。お高く止まって、上から目線でぇ? 本当はアンタの方が、みんなを見下してるんじゃないのぉ?」

「ふざけないで下さいっ、わたくしは、貴方とは違います!」

「ふん。私はね、アンタを見下してなんかいないわよぉ。ただ、好き嫌いがハッキリしてる、だぁけっ!」

「うあっ」

 

 

 アステリオンを一閃。遠藤が郭さんを弾き飛ばし、悠然と、不敵に微笑む。

 真島さんから借りたタブレット端末を確認すると、現在のポイントは、6-7で遠藤がリードしていた。

 

 

(郭さんが押され気味。いや、遠藤の調子が良過ぎる? 実力の差はそれほど無さそうだが)

 

 

 見た限りではあるが、身体能力も戦闘技術も、二人の間に差は無い。

 性格からして攻撃一辺倒かと思われた遠藤は、手堅い守備の合間に、鋭い一撃を叩き込む、一撃必殺型。

 逆に、落ち着いた風貌の郭さんは手数型。流れるような連撃で、相手に何もさせず勝つつもりだろう。

 

 遠藤の戦法が上手くはまれば、郭さんはリズムを崩して逆に何も出来なくなる。

 郭さんの戦法が上手くはまれば、遠藤は手も足も出せないまま削られていく。

 

 どちらが自分のスタイルを貫けるか。

 あるいは、スタイルを切り替えて相手を翻弄するか。

 これで勝負が決まる。

 

 

「ふうぅぅ……」

 

 

 弾かれた事で得た距離を利用し、郭さんは息を整えるためか、深く息を吐く。

 時間にして一秒足らず。

 だが、たったそれだけの時間で、郭さんの雰囲気が変わった。

 

 

「どう思ってるんですか」

「何をよ」

「貴方が、遊び半分で泣かせた子を、です」

「……それは」

「忘れたなんて、言わせませんよっ!!」

「くっ!?」

 

 

 射撃形態への変形、同時に射撃。

 どうにか防いだ遠藤だったが、次の瞬間には郭さんが目の前に来ている。

 戦斧形態となった黒いアステリオンが、赤いアステリオンを打つ。

 受け止められたはずだが、測定機械は遅いと判断したのだろう。郭さんにポイントが入った。

 

 

「自分が楽しければ、それで良いと? 他人がどう思おうと関係ないと? そんな身勝手が、本当に許されると思うんですかっ!」

「ちぃ……っ! 鬱陶しいわねぇ……っ」

「鬱陶しくて結構です、貴方みたいに、人の痛みも分からなくなる位なら!」

 

 

 戦斧形態から長剣形態へ。そしてまた戦斧形態へと、目まぐるしく形態を変更させながら、乱舞は続く。

 対応する遠藤は、対応力に優れた長剣形態でそれを凌いでいる。

 ヒュージに使うには状況が限定される戦法だが、対人戦においては効果は高い。

 ただ、遠藤を打ち倒す為だけの、対人戦術。

 

 

「これはもう、模擬戦じゃないね。互いの感情をぶつけ合うだけの、ただの喧嘩だ」

「ですが、お姉様。ここで止めては、逆に遺恨が残ります」

「続けさせるしかない、か。いざという時には割って入る。準備をしておこう」

「はい」

 

 

 川添も危うさを感じ取ったらしく、白井さんにCHARMコンテナを開けさせている。

 ヒュージを撃破せしめるCHARMは、当然ながら人間に対しても致命的な威力を発揮する。

 たとえ刃留めをしていたとしても、ただ振り回して叩きつけるだけで、命を奪えるのだ。防御結界があるリリィ/マギウスでも、当たり所が悪ければ骨折くらい簡単にしてしまう。

 今の二人に、細かい力加減を期待するのは難しい。最悪の事態が起こらないよう、立会人である俺達がしっかりしなければ。

 

 そんな気持ちを知ってか知らずか、戦況はまた膠着状態へと戻っていた。

 

 

(遠藤が完全に守りに入った。郭さんは、攻め切れていない)

 

 

 長剣形態で防御に徹した遠藤は、まるで装甲特化型のヒュージの如き堅牢さを見せる。

 かたや郭さんと言えば、張り付くように見舞う攻撃のほぼ全てが無効化され、顔に焦りが滲み出ていた。

 かと思ったら、赤いアステリオンが一閃。虫を払うように郭さんを遠ざける。

 そして、流れるように射撃形態へと変化させ……。

 

 

(攻撃に転じる? いや、誘いだ!)

 

 

 郭さんの攻撃スピードを知っていながら、この距離で射撃形態は悪手でしかない。

 牽制で留めるにしても、三倍の距離が欲しい。でなければ距離を無理やり詰められて終わる。遠藤もそれくらい分かっているはず。

 なのに変形させたという事は、誘い込んで叩き潰す算段があるということ。

 そして、これまでの戦闘内容から察するに、郭さんも誘いであるのを理解できるだろう。

 だが……郭さんは一秒にも満たない逡巡の後、遠藤へ突っ込んだ。

 

 

「そこですっ!」

「──と、思うわよねぇ!」

 

 

 案の定、遠藤はアステリオンの変形をキャンセルし、放り投げるようにして戦斧形態へ。

 突撃してきた郭さんを、渾身の振り下ろしが迎撃した。

 郭さんも予想していたか、受け流しを試みたが、その上から捩じ伏せられ、声もなく地面に倒れ伏す。

 当然、遠藤にポイントが入った。

 

 

「守りが固い相手がガードを解いたら、攻めたくなるわよねぇ?

 たとえ罠だと分かってても、アンタは逃げない。私相手に逃げたくないから。

 素直過ぎて可愛く見えてきたわぁ」

「ぐ、う……っ」

「負けを認めたらぁ? そしたら、許してあげなくもないわよぉ。ただし、さっきの条件に加えて、『ごめんさぁーい』って謝ってもらうけどぉ」

「誰が、貴方なんかに……!」

 

 

 頬についた汚れをそのまま、睨み上げる郭さん。

 遠藤は、嘲りに満ちた微笑みで答える。

 

 

「本音が出たわねぇ。結局、見下してるのよ。自分とは違う価値観を持つ人間を。自分の意にそぐわない人間を。だから力尽くで排除する」

「……違う……」

「別に、それが悪い事とは言わないわぁ。でもねぇ……私を力尽くで排除するってんなら、アンタが排除される覚悟もあんでしょうねぇ!?」

「わたくしは、わたくしはっ、間違ってなぁいっ!」

 

 

 また振りかぶられる、赤いアステリオン。

 立ち上がりながら、切り上げられようとしている、黒いアステリオン。

 二つのCHARMに、必殺の意が込められているのを、直感した。

 

 

「まずいっ、夢結!」

「はい! 行きま──えっ」

 

 

 その瞬間、俺は無意識にインビジブルワンを発動していた。

 観客席から二人の間へ割り込み、遠藤のアステリオンを右手で、郭さんのアステリオンを左足で止める。

 生身では不可能な芸当だ。

 

 

「な……」

「お、おじ様? なんでっ」

 

 

 心の中で真島さんに「ありがとう」と言いながら、狼狽する二人に、どう返事したものかと考える。

 ぶっちゃけ、考える前に体が動いてしまったので、全くのノープランなのだ。受け止められたのも奇跡である。

 

 この場を穏便に執り成すには、何が必要だろう。

 まずは時間。次に冷静さを取り戻させること。

 その為には、俺自身が穏やかな心で対処せねばならない。

 

 

「双方に、聞きたい事がある」

 

 

 何事も形から。

 俺は、密かに憧れている人物──義父上の口調を真似て、二人の顔を見回した。

 

 

「まずは、遠藤」

「……な、何よ」

「この勝ち方で、お前は満足か」

「はぁ? どういう意味よっ。いけないっていうの!?」

「重ねて聞く。満足か」

「……っ、知らないわよっ!」

 

 

 アステリオンを大きく引き戻し、俺の手を振りほどく遠藤。

 もう先ほどまでの悪役面はなく、バツの悪さを隠し切れていない。

 ヒールを演じてしまっていた、という自覚はあるようだ。

 こちらに背を向け、数歩の距離を取る。

 水を差されて、少しは頭が冷えるといいのだが。

 

 ひとまず遠藤とは話せた。

 次は郭さん……と思っていたら、予想外にも彼女の方から話しかけてきた。

 

 

「なんのつもりですか。わたくしは、“貴方”に止められなければならない程に、惨めだったんですか……?」

「聞きたい事がある、と言ったはずだ」

「詭弁ですっ」

「君がどう思おうとも、聞く事は変わらないよ」

 

 

 遠藤と違い、まだ郭さんの熱は冷めやらない。

 勝手な印象だが、本来はきっと、ここまで攻撃的な性格ではないだろう。

 真面目な性格だからこそ、様々な要因が重なって、治りがきかなくなっている。

 本来の自分を思い出させるには、どうしたら……?

 

 顎をさすって、数秒。

 俺はふと思いついた事を口に出す。

 

 

「君が理想とするリリィは、どんなリリィだ」

「え……?」

「なりたい自分の姿、と言い換えてもいい。それを思い出せるか」

「………………」

 

 

 虚を突かれたのか、郭さんの表情の怒りが薄まった。

 戸惑うような間があり、やがて彼女は項垂れるようにして俯き、呟く。

 

 

「わたくし、みっともない、ですね」

「……そうなのか?」

「ええ。なりたい自分とは……夢見た姿とは、程遠い……。恥ずかしいです……」

 

 

 アステリオンの柄から片手を離し、訓練服の胸元を、クシャリと握る。

 拳の震えは、込められた力故か、それとも。

 

 

「郭さん。君は、間違える事を怖がっていないか?」

「……誰でも、そうなのでは……」

「だと思う。しかし、君自身もさっき言っていただろう。一度も間違えた事のない人間に、間違えてしまった人間の痛みは、きっと分からない」

「あ……」

 

 

 ハッと顔を上げ、郭さんが目を見開く。

 誰だって、間違う事は怖い。

 だから慎重に、間違わないように、注意して物事を進める。だがそれでも、間違ってしまう事を確実には防げない。

 そんな、間違ってしまった人を見て、慰めようと心を砕く人も居るだろう。

 彼等、彼女等の奥底にあるのは、きっと、自分が間違えてしまった時の、痛み。

 

 

「もう一度聞こう。君のなりたい自分の姿を、思い出せるか」

 

 

 再び問いかけた時、郭さんの顔付きは別人のようになっていた。

 ただ遠藤への怒りで燃えていた瞳が、まるで水を打ったような静けさを湛えて見える。

 うん。きっとこれで、彼女は大丈夫だ。

 

 

「中断させてすまなかった。もう止めはしない。真島さん、再開の合図を」

「へっ? あ、はいはい! おっほん。それじゃあ、二人とも距離を取って! 私の合図で再開よ?」

 

 

 固唾を飲んで見守ってくれていた真島さんに場を預け、俺はゆっくりと観客席へ戻る。

 会話が聞こえていたのだろう。

 出迎える川添は「やれやれ」と肩をすくめ、白井さんが大きく頷いてくれた。

 名誉挽回、できただろうか。

 

 遠藤達は、真島さんの言葉に従い、距離を保ちながらアステリオンを構えている。

 けれど、様子は全く違っていた。

 郭さんが揺るぎなく柄を握っているのに対し、遠藤は腹立たしそうに何度も握り直している。

 

 

「始め!」

「はあああっ!」

「っせぃ!」

 

 

 掛け声と共に、模擬戦が再開される。

 戦運びもまた、大きく様相を変えて展開した。

 

 

「……っ、なん、なのよ、これぇ!」

「どうかしましたか、遠藤さん」

「なんだってのよ……ただ質問されただけじゃない! なのに、なんでっ!?」

 

 

 遠藤がアステリオンを振るい、郭さんがさばく。

 郭さんがアステリオンを振るい、遠藤が防ぐ。

 単純な繰り返しであるが故に、その精彩の差は歴然だった。

 

 遠藤の攻撃には動揺が色濃く現れ、正確さを失っている。

 逆に郭さんは、機械でも難しいような精緻さでもって、攻撃と防御を完璧なものにしている。

 瞬く間にポイントの差は埋まり、逆転し、そして。

 

 

「そこまで! 模擬戦終了! ポイント10-9で、郭神琳さんの勝利!」

 

 

 真島さんが終了を告げるのに、長い時間は掛からなかった。

 呆然とへたり込む遠藤と、荒い息を整える郭さんに、俺は手を叩きながら歩み寄った。

 

 

「おめでとう、郭さん」

「……え? あ、ありがとう、ございます……」

 

 

 声を掛けられてようやく気付いたのか、慌てて言葉を返す郭さん。

 ややあって彼女は、照れ臭そうに頭を下げた。

 

 

「“貴方”の……“おじ様”の言葉がなければ、自分を見失う所でした。本当に、ありがとうございます」

「役に立てたなら良かった。お節介だったらどうしようかと思ってたんだ」

「まぁ」

 

 

 くすくすと上品に笑う郭さんは、模擬戦で髪が乱れているにも関わらず、気品があった。

 これが本来の姿なのだと、こんな笑顔を向けられて幸せだと、そう思える自然な微笑みだった。

 しかし……。

 

 

「──い……っ」

 

 

 すぐ近くから発せられた震える声が、明るい雰囲気を払拭する。

 振り返れば、そこには遠藤が立っていた。

 悔しそうに唇を噛み締め、今にも溢れそうなほどの、涙を溜めて。

 

 

「ズルい、ズルい、ズルい! あのままだったら私が勝ってた! おじ様が余計な事しなければ、私が勝ってたのに!」

 

 

 アステリオンを投げ捨て、髪を振り乱すその様は、癇癪を起こした子供そのものだった。

 止める間もなく、遠藤は抱えた気持ちを吐露していく。

 

 

「なんでこんな意地悪するのよっ、そんなに私の事が嫌い!? だったらハッキリそう言いなさいよっ!」

「……遠藤」

「仕方ないじゃない! だって、これが“私”なんだもの! 嫌われたって別にいい! 無理に好きになってくれなくたっていい! ……でも、でも……っ!」

 

 

 やがて、言葉に詰まり、隠すように顔を伏せてしまう。

 そうまでされて、ようやく俺自身も、間違いを犯していた事に気付いた。

 

 俺は、遠藤のことを蔑ろにしていなかったか?

 あんな性格だから傷つきはしないだろうと、粗雑に扱っていなかったか?

 

 遠藤はまだ子供だ。子供なのだ。

 どんなに大人びて見えても、ハチャメチャな性格をしていても、傷付きやすい、年頃の少女だ。

 それを俺は、“アイツ”に少し笑い方が似ているからって、無意識に忌避して、遠ざけようと。

 結果として、こんな形で追い詰めた。……最低だ。

 

 

(この場で一番恥ずかしいのは、俺、だな)

 

 

 自己嫌悪に頭が痛くなるが、そんなもの、女の子の涙に比べたら、羽根と鉄球くらいに差がある。

 忘れろ。忘れてしまえ、“アイツ”の事なんか。

 遠藤は小さい女の子なんだ。

 性格が尖っている分、普通の子よりも、よっぽど傷つく機会は多かったはず。

 大人である俺が、気遣ってやれなくてどうする。

 

 一歩近づくと、遠藤の肩が大きく跳ねた。

 震えている。

 スカートの端を両手で、クシャクシャに握り締めている。

 

 

「遠藤」

「っ……」

「確かに、意地悪だったよな。遠藤の気持ちを考えてなかった。……ごめんな」

 

 

 自然と、謝罪の言葉が口をついていた。

 遠藤の震えが大きくなる。

 ややくたびれた訓練用ブーツに、はらはらと、雫が溢れ始めていた。

 

 

「……ばかぁ……お゛じ様の゛ばがぁ……嫌い嫌い、大っ嫌い……!」

「そっか。嫌われちゃったか。どうすれば許してくれる?」

「ぜったい、ゆるさない、もん……っ」

 

 

 握り拳を、俺の胸板に何度も落としつつ、遠藤はむずがる。

 それが本当に子供っぽくて、なんとなく、その頭を撫でてしまう。

 

 

「気安く、触んないで……」

「ごめん、つい。嫌なら止める」

「……止めていいなんて、言ってなぃ……」

「そうか」

 

 

 鼻をスンスン鳴らし、けれど、弱々しく拳をぶつけ続ける遠藤。

 傍らの郭さんも、遠藤が泣くとは思っていなかったのか、オロオロと手を彷徨わせている。

 

 笑っていて欲しい。

 遠藤も、郭さんも。

 そして、戦う事を強いられている、全てのリリィ達も。

 

 細くて柔らかい髪を指に感じながら、強く、強く、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕達の出る幕はなかったみたいだね。全く、とんだ休日だよ。……帰ろう、夢結。これ以上は、彼女も見られたくないだろう」

「……いいな……」

「夢結? ……今、なんて?」

「え。なんですか、お姉様。私、何か言っていましたか?」

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 





 おっかしいなぁ……。前話といい今話といい、長くしないつもりだったのに一万字。もっと簡潔にまとめたい。
 という訳で、亜羅椰ちゃんと神琳さんの決闘編でした。
 地下訓練場は、アニメ本編で天野っちとくすみんが訓練してた、あの場所をイメージしてます。実際に地下にあるかは分かりませんけど、照明の感じがそれっぽかったもんですから。
 それと、ちょっと収まりの悪かった小話がありますので、明日もう一度更新します。
 Cパート的な短い後日談ですけど、楽しみにして頂ければ幸いです。

 加えて、無事に総字数が十万字(次回で十一万字)を越えましたので、チラ裏から移動しました。
 今後とも応援のほど、宜しくお願い申し上げます。
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