アサルトリリィPARABELLUM 作:苗陽さんガチ恋勢
「はあぁぁぁ……」
テーブルに突っ伏す遠藤亜羅椰は、人目も気にせず盛大に溜め息をついた。
休日の、百合ヶ丘女学院は学生寮新館のラウンジにおいて、その姿は異様に目立っている。
何故なら、それまでの亜羅椰であれば、発情期の犬猫と同じような性急さで女の子を追いかけ回していたから……である。
そうしないのにはもちろん理由があり、亜羅椰を悩ませている原因でもあった。
(なんだか最近、おじ様の私への対応が、生暖かい気がするのよねぇ)
それは、亜羅椰に対する“彼”の態度に他ならない。
以前、“彼”へと突きつけた言葉がある。亜羅椰を通して誰かを見ている、という言葉。
しかし最近、その感覚が消え失せてしまったのだ。
あの模擬戦以降も、多少のぎこちなさは残ったものの、亜羅椰は“彼”の周囲をうろついた。
顔を合わせる度に困らせるような事を言って、逆セクハラをかましもした。
が、“彼”は亜羅椰を真っ直ぐに見据え、仕方ないなぁ、といった感じで苦笑いするのである。おまけに毎回、気安く頭を撫でられて。
(別に嫌ではないけどぉ……。なんかこう……なんだろ……うぅん……)
亜羅椰は、それを向けられた時の気持ちを表現できる、適切な言葉を持ち合わせていなかった。
嬉しい? 恥ずかしい? 照れる、くすぐったい、鬱陶しい、煩わしい?
どれもこれも違うようで、微妙にかすっている気がするのが、もどかしい。
と、そんな風に唸っている亜羅椰の近くを、見覚えのある美少女が通った。
郭神琳だ。胸にはソフトカバーの参考書を抱いている。
「あら。ご機嫌よう、遠藤さん」
「げっ」
たおやかに挨拶をする神琳だが、亜羅椰は「面倒なのが来た」と顔に書いて憚らない。
なのに神琳はくすくす笑い、しかも対面の椅子へ腰掛けた。
「げっ、は流石に酷くありませんか? 傷つきます」
「あーそーですかぁーごめんなさいねぇー」
手をヒラヒラと、言外に「あっち行け」アピールをする亜羅椰。
だが神琳は動かず、完璧な美少女スマイルを浮かべたまま。
「……何よ? 用が無いなら放っておいて欲しいんだけど」
「いえ。あります。この前は、言いたい事も言えないまま、お開きになってしまいましたから」
「う……」
思い出したくない事を思い出させられ、露骨に顔をしかめる亜羅椰。
不覚にも負けてしまい、男の腕の中で大泣きするという失態を演じた、あの模擬戦である。
結局あの後、亜羅椰は泣き疲れて眠ってしまったらしく、気がついた時には寮の自室で寝ていた。
起きてすぐ、醜態を思い出して叫び始め、寮長の高等部三年生に大目玉を食らったので、二重に嫌な思い出となっていた。
「あの時に出した条件、一部を撤回します」
「へ? ど、どういう事よ……?」
「遠藤さんの交友関係に、口出しする事はしません。代わりに、一人一人に対して、真摯に向き合ってあげて下さい」
「………………」
そう言い、ジッと亜羅椰を見つめる神琳。
普段であれば性的な意味でドキドキしそうだが、今は別の意味でドキドキする。
つまりは、居心地が悪い。
そんな気分が手伝い、亜羅椰はやさぐれた態度で返してしまう。
「そもそも、アンタがおじ様に贔屓されなければ、勝ってたのは私よ。絶対に、勝ってたんだから……!」
「かも知れませんね。……そんなに、羨ましかったですか?」
「はあぁ? 羨ましいぃ? 何に対してよ」
「おじ様が、わたくしを贔屓した事です」
「はっ。べっつにぃ? 男にチヤホヤされたって、嬉しくともなんともないわぁ。だから、全く羨ましくなんてないわねぇー」
「……そうですか。でも……」
鼻で笑い、皮肉った笑みを浮かべると、神琳は意味深長に言葉を区切る。
かと思えば、参考書をくるくると丸めて即席メガホンを作り、すぅー、と深く息を吸い込んで…………大きな声で叫んだ。
『あの時ー、おじ様の腕の中でー、涙を流す遠藤さんはー』
「うぉわあぁああぁあああああっ!! ぎぃやあぁぁぁあぁぁぁぁあっ!?」
ざわ…… ざわざわ……
大慌てでメガホンを取り上げるも、時すでに遅し。
神琳の爆弾発言によって、ラウンジの視線は亜羅椰へと集中してしまっていた。
「……とっても可愛らしく見えましたよ?」
「あ、アンタ、アンタ、アンタねぇっ、何してくれてんのよ一体ぃ!?」
「いえいえー、誰かさんが素直じゃないものですからー、たまには振り回される方の気分を味わって頂こうかとー」
「だからってアンタはぁあああっ!」
神琳の服の襟を掴み、前後にぐわんぐわん揺する亜羅椰だったが、美少女スマイルは崩れない。
それどころか、二人の周囲には凄まじい勢いで人集りが出来つつあった。
「ねぇねぇねぇ郭さん! 今のってどういう事っ? 詳しく教えて教えて!」
「ごめんなさい。遠藤さんが嫌がっているようなので、どうしてもと仰るなら、御本人に尋ねてみて下さいな」
「ちょ、嘘でしょ丸投げぇ!? こら逃げるなぁ!」
「それでは、ご機嫌ようー」
狼狽する亜羅椰の手からスルリと逃げ出し、しっかり参考書も回収してから、神琳は人集りをすり抜けて行く。
「遠藤さん! おじ様とはどういう関係なのっ?」
「ふ、ふしだらだわっ、ふしだら極まりないわっ!」
「涙って、どういう経緯でですかー? 腕の中って、まさか抱きしめられたんですかー?」
「遠藤さんって女の子にしか興味なかったんじゃ?」
「わたしとは遊びだったのね!?」
一方の亜羅椰は、人集りを構成する女子達が逃がしてくれない。
普段なら狂喜乱舞しそうなシチュエーションが、まるで拷問だった。
「く、く、くく、く……くぉ、しぇんりぃいいいいいんっっっ!!」
顔を引きつらせた亜羅椰が、諸悪の根源に向けて絶叫する。
その声を背に受け、神琳は悪戯に成功した子供のように、実に楽しそうな微笑みを浮かべると、誰にも見られないよう小さく舌を出すのであった。