アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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風の噂


14 ツルコベア ──Mexican Ivy── 百合ヶ丘女学院よもやま話、その一〜その五

 

 

《よもやま話その一、真島百由はエナドリ中毒》

 

 

「という訳で、これが現在のおじ様のレアスキル、カレイドスコープの現在の覚醒状況です!」

 

 

 声だけは元気ハツラツに、真島さんがタブレット端末を差し出してくる。

 場所は彼女のラボ。

 遠藤と郭さんの模擬戦騒ぎから、数日後の事である。

 

 

「インビジブルワン、Awakeningに、聖域転換? 最後のって……」

「防御系スキル、ヘリオスフィアのサブスキルですね。先日の模擬戦で、おじ様は義肢を使ってCHARMの攻撃を受け止めました。

 実はあの時の義肢には、あんな強度なかったはずなんです。なので、無意識に発動していたんじゃないかなぁ、と推測しました!」

「なるほど」

 

 

 異論を挟むつもりもない俺は、その言葉を素直に受け取った。

 百合ヶ丘女学院に保護されてからというもの、週に一回は必ず真島さんのラボに顔を出しているが、その情報が間違っていた事はほとんど無い。

 曰く、模擬戦の発端とも言うべき、俺と遠藤が発生させたマギスフィアも、同系スキルであるフェイズトランセンデンスとAwakeningが、微弱な感応現象を起こしたからではないか……とのこと。

 

 この感応現象とは、本来なら同じレアスキルを持ち、同じ程度のスキラー数値を持つ者同士が、極めて稀に発現させるっぽいのだが、そこは俺のレアスキルであるカレイドスコープが勝手に適応させたのでは? と、彼女は考えている。

 世界的にも例の少ない事象なので、憶測の域を出ないらしいけれど、多少なりとも理論付けられているだけで、当事者として少し安心できるからありがたい。

 が、一つ懸念が安心に変わると、別の懸念が湧いて出るのが人というもので……。

 

 

「ところで、真島さん。君、ちゃんと寝てる?」

「へ? 寝てますよぉー、ついさっきも、20分くらいお昼寝しましたし」

「……その前は?」

「ええっと……20時間くらい前に、ちょっと寝落ちを少々……」

「寝なさい。今すぐに」

 

 

 紙パックのエナドリ片手に苦笑いする真島さんへと、やや強めに言う。

 先ほど、声だけは元気ハツラツと表現したが、わざわざそんな表現をしたのは、彼女の目元に濃い隈があったからだ。

 まだ半年にもならない付き合いだが、しかし分かる。このまま放っておいたら、倒れそうになるまで止まらないのが真島百由である。

 それが証拠に、真島さんは顔の前で両手を合わせ、俺を拝み始めた。

 

 

「も、もうちょっとだけ! あともう少しで纏められる論文とか、あともう少しで書き上げられる報告書とか、あともう少しで完成するかも知れない試作品とかが、まだまだいっぱいあるんですよぉ!」

「その“もうちょっと”をズルズル続けて、今の状態になったんだろう? 休む事を覚えないと死ぬよ、君の毛根」

「うっ。リアルなテンションで言われると効きますねぇー。……そんなにヒドいです?」

 

 

 意気消沈する真島さん。俺は大きく頷く事で返事とする。

 寝不足は体を弱らせ、万病の元となってしまう。そして、毛根を著しく弱らせるのも睡眠不足だ。

 夜間の仕事に就き、年を取るにつれて生え際が後退し始めたという父と祖父──俺の家系が、これを実証している。本気で自分の将来が心配です。

 それはさて置き、そろそろ体力も限界である事を察していたのか、真島さんはガックリとうなだれ、ソファに座る俺の隣に腰を下ろした。

 

 

「じゃあ、少しだけ休憩を……ぐぅ……」

「って早いなおい!? 全く、無茶し過ぎだ……」

 

 

 ……ところが、そのまま背もたれに体を預け、一瞬で眠りに落ちてしまった。

 よっぽど疲れていたのだろう。女の子なのに、大口を開けて寝息を立てている。

 しかも、何故かそのままズルズルと傾き、頭が俺の太ももの上に収まって。

 

 

「ちょ、え? 真島さん?」

「すぅ……くー……すやぁ……」

「……動けねぇ」

 

 

 あまりにも安らかな寝顔に、全く動く事が出来ず。

 俺はそれから三時間ほど、膝枕とトイレ我慢大会を強制されてしまうのであった。

 これも役得って言うんだろうか……? とりあえず、漏らさずには済みました。

 

 

 

 

 

《よもやま話その二、黒髪ロングは世界の至宝》

 

 

 肌を撫でる空気が、そろそろ清涼感ではなく肌寒さを運ぶかという頃合い。

 俺はいつもの二人──川添・白井さんに誘われ、サロンの個室スペースでお茶をしていた。

 ようやく、一脚で数十万はするんじゃなかろうか、と思わせるお洒落な茶器にも慣れた為か、ふと、些細な仕草になびく、白井さんの髪に見惚れてしまった。

 

 

「……どうかなさいました? おじ様」

「あ、ごめん。白井さんの髪に見惚れてた」

「えっ。そ、そう、ですか」

 

 

 特に隠す必要もないので白状すると、白井さんは少し頬を染め、視線を泳がせる。

 ああ、可愛い……。最近、遠藤みたいなヤバげな女子と接点が多かったし、こういう純な女の子の反応に癒される……。

 その一方で、俺の言葉に面白くなさそうな顔をするのは、川添である。

 

 

「僕が居るのに夢結に色目を使うとは、いい度胸じゃないか」

「いや、でも実際に綺麗だろ。見惚れるなっていう方が無理じゃないか?」

「む。確かに、それは言えてるね。本当に夢結の髪は綺麗だから」

「も、もう、お二人とも、やめて下さい。その、照れます……」

 

 

 敬愛するお姉様からも褒められて、ますます顔を赤く、肩身を狭くする白井さん。

 天使か。天使だ。天使が居る。遠藤に爪の垢を煎じて飲ませたい。

 

 

「男性は、女性の髪に特別な思い入れがあると聞くけど、やっぱりそうなのかい?」

「まぁねぇ……。風に揺れる長い髪とか、誰もが一度は憧れると思うよ。その点、白井さんは男の理想を具現化してる。間違いなく!」

「言い切ったね。珍しく僕も同意見だ」

「で、ですからっ、やめて下さいったら、もう……!」

 

 

 調子に乗って大げさな褒め方を続けたら、今度は眉の角度を上げて「怒りますよ」というアピール。

 この一連の流れが楽しくて、俺も川添も、白井さんの褒め殺しを止められないのだ。実際、褒められて然るべき美少女だし。

 だが、ここで川添の矛先が俺へと向いた。なんだか、表情が憎たらしい。

 

 

「さて。唐突だけど自慢したい」

「どうした、藪から棒に」

「僕はそんな夢結の髪を、優しく梳かしてあげるのが日課だったりする。……羨ましいかい?」

「……くっ。う、らやま、し……い……。俺だって出来るものなら……!」

「はっはっは。素直で結構。でも触らせないけどね。夢結の髪に触れられるのは僕だけさ」

「本当にただの自慢だな! 喧嘩売ってんのか!」

「今ならゼロ円。オマケに出涸らしの茶葉も付けてあげよう。お買い得だよ?」

「 お 姉 様 っ ! 」

 

 

 今度こそ白井さんからお叱りの声が飛び、肩をすくめる川添。

 あれは絶対、怒られたかったら煽ったに違いない。度し難い夢結スキーだ。

 それはそれとして、まだ赤みの抜けない頬を隠すように、白井さんは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

「おじ様には申し訳ないのですけど、その……。お、男の人に、髪を触られるというのは、ちょっと……」

「ですよねー。大丈夫、分かってるから。あくまで、そういう願望があるっていうだけだから、白井さんは気にしないで。ね?」

「はい、おじ様」

「ふっ。勝った」

「へぇへぇ、負けで良いですよ」

 

 

 白井さんに紅茶のお代わりを貰いつつ、俺は苦笑いを浮かべた。

 この二人、俺の前ではこんな感じだが、噂で聞く限りだと、他の人には全く違う対応をするらしい。

 

 川添は、あまり他人に興味を示さないが、戦闘でのサポートは抜群に上手い、ミステリアスでクールな少女。

 唯一の例外が白井さんで、生徒会に属するリリィの特権である、学部を超えたシュッツエンゲルの関係を結んだのだとか。

 そして白井さんは、清楚で可憐な笑顔と裏腹に、ルナティックトランサーという狂気と隣り合わせのレアスキルを宿す、両極性の少女。

 どんな経緯で川添とシュッツエンゲルになったのかは不明だが、川添に心酔し、戦場で彼女が傷つけば、躊躇なくルナティックトランサーを発動。敵を全滅させるまで止まらない。

 

 俺が知っている二人も、最初はそんな感じだったかなぁ……と思うけど、今となっては遠い昔だ。

 だって、目の前で繰り広げられているのは、愛情が深過ぎて時々空回ってしまう夢結スキーと、なんでもそつなくこなすのに実は抜けている仮面優等生の、微笑ましいやり取りだったから。

 

 

「さてさて、気も済んだ事だし、夢結。こっちにおいで。特に乱れてもいないけど、髪を整えて……あれ。なんでそっちに行くんだい?」

「そんな意地悪をするお姉様には、触らせたくありません」

「なっ!? ゆ、夢結、冗談だろう?」

「本気です。今日一日、反省なさって下さい!」

「うぐっ……! 夢結が、夢結が僕を拒絶するだなんて……!」

 

 

 ツーンとそっぽを向かれ、川添は地獄にでも落とされたような顔でうなだれるけれど、そんな川添に見えない位置では、白井さんが「言い過ぎたかしら……?」という感じでチラチラと様子を伺っている。

 他愛のない、日常の一幕に過ぎない光景だが、こんな日々が長く続いてくれたら嬉しい。

 そんな気持ちを再確認するお茶会だった。

 

 

 

 

 

《よもやま話その三、下ネタ注意警報》

 

 

 某日。義父上からの呼び出しを受け、俺は理事長室に来ていた。

 

 

「急に呼び立てて、済まなかったのう」

「いえ。問題ありません」

 

 

 今日は珍しく、同席者が居ない。

 大概は真島さんか、一時期、影ながら護衛してくれてたリリィとかが居たのだが、姿が見えず。

 何か、女性が居ては難しい、センシティブな話でもするんだろうか?

 

 

「聞きたいのは、他でもない。学院中で噂になっている、遠藤君との事なのだが……」

「あー、なるほど……」

 

 

 大当たりだった。

 そりゃあ、女生徒だらけの学院でこういう噂が広まれば、治める側として事態の把握に動かざるを得ないだろう。

 叱責だけで済めば上等。最悪、学院から追い出される可能性だってある。

 覚悟はしてたけど、とうとう来たか……。

 

 よほど酷い顔をしていたのだろう。

 戦々恐々としている俺に、義父上は苦笑いで続けた。

 

 

「安心したまえ。君が分別のない行いをしているとは、儂も思ってはおらぬよ」

「助かります。ですが、噂になる事こそが問題、なんですよね」

「うむ。曲がりなりにも、ここは教育機関じゃからの」

 

 

 至極もっともな意見に、ぐうの音も出ない。

 百合ヶ丘女学院は──ガーデンはヒュージ対策の最前線であると同時に、年若いリリィ達を導く場でもある。不道徳な行為は罰せられるし、度が過ぎれば放校処分も。

 その割に、遠藤とかは黙認されてる気がしないでもないが、彼女の才能を失うのを恐れているのか、はたまた噂ほど実態は酷くないのか。

 

 とりあえず、特別な事情が無かった場合に、もしも俺と遠藤が関係を持ったならば、処分されるのは俺だけだろう。万が一、いやさ億に一の確率で、遠藤の方から誘われたとしても、だ。

 超絶不公平だが、まぁ、天変地異でも起きない限り、あり得ない事だろう。

 

 

「君を学院から遠ざけるべき……という声もあるにはあるが、先のヒュージ誘引の件、再発しないという確証が得られない限り、そうするつもりはない。しかし彼女等に対し、誘引については秘しておる。嫌な思いをするかも知れんが……」

「大丈夫ですよ。防衛軍時代にも、色々と言われてましたから」

「……そうか」

 

 

 複雑そうな義父上だけれど、悲しいかな、本当の事だ。

 役立たず。税金泥棒。リリィの紛い物。その他もろもろの嫌味暴言恨み言を、マギウスとして活動中に投げられた。

 家族や友人、恋人を喪った人が居れば、住む場所と仕事を失った人も居たし、明らかに遊び半分で言っている人も居た。傷付いたのは事実だが、仕方ない事だと諦めている。

 遊び半分な連中は一生許さんけど。今でも顔覚えてるからな……?

 

 

「ところで、義父上。この際ですから、腹を割って話したい事があります」

「ほう。何かね。儂でよければ相談に乗ろう」

「ありがとうございます。むしろ、男同士でしか話せない事なので、助かります」

「というと?」

 

 

 ちょっと重くなった雰囲気を変えるためにも、俺は自分から話題を振った。

 別に、その場しのぎという訳ではなく、前々から悩んでいた事があるからだ。

 それは、男なら誰もが直面する、由々しき問題。

 

 

「……エロ本とか、手に入りませんかね?」

「は……?」

 

 

 そう。乙女の花園という環境が生み出す、物理媒体の“おかず”不足であった。

 なに言ってんだこいつ、みたいな顔しないで下さいよ義父上。本気で辛いんですから。

 

 

「自分を律するのにも、限界はあります。うっかり暴発させる前に処理してますけど、いかんせん、それも限界が……」

「う、うむ。なるほどのう。同じ男として、理解できなくもないが」

「っていうかですよ。なんでリリィってこうも美少女揃いなんですか? 美少女であればあるほどマギが宿りやすいんですか? だから男が少ないんですか? どうなってるんですかそこら辺?」

「いや、すまぬ。そこまでは分からん……。君も、色々と鬱憤が溜まっているようじゃな」

「そりゃあ溜まりますよ! 周囲を美少女に囲まれて、時々、男なら嬉しくなってしまうものが見られて、最近では遠藤みたいな歩く公然猥せつ罪まで! どいつもこいつも可愛過ぎるんだよもぉおおっ!」

「お、落ち着きたまえ。まずは冷静に」

「はぁ……はぁ……。すみません、取り乱しました」

「本当にのう……」

 

 

 ついつい魂の叫びを上げてしまい、義父上はやや引き気味である。

 でも、まだ性欲の枯れてない男が、この環境に耐え続けるなんて無理に決まってる。

 確かに嬉しいものは見られる。しかし、それを使ってしまうと、絶対に態度に出てしまう。隠し通せる自信が無い。

 本当だったら遠藤とか最高の素材提供者なんだろうけど、二次元ならともかく、会話した事もある中学生とか、地味に後ろめたくて。

 レースのパンツと濡れ透けを、頭の中から追い出すのが大変です。

 

 

「しかし、君にも自由に使えるPCはあるはず。通信販売でどうにかなるのではないのか?」

「甘い。甘いですよ義父上。通販でも買えはするでしょう。

 買えますが、翌日には何故か買ったのを知られていて、川添辺りに『何を買ったんだい?』とか聞かれて、誤魔化したはずなのにまた何故かバレて、白井さんとかに蔑みの目で見られ、終いには遠藤に『私にも貸して!』とか言われる未来が見えるんです。

 そんな事態を防ぐには、あの子達が絶対に疑いそうにない人物を、つまりは義父上を通じて入手するしかないんです!」

「まるで密輸じゃな……。まぁ、要望については……間違いを未然に防ぐため。儂が個人的に善処しよう」

「ありがとうございます! ……すみません。本当に、こんなしょうもない話で……」

「ふっ、そう言うな。学院内に住む、数少ない男仲間なのだ。何より、義理とはいえ親子なのだからな」

 

 

 鷹揚に笑う義父上からは、思わずひれ伏したくなるような懐の深さを感じた。

 実際にやるとまた引かれるのでしないが、いつか俺も、息子にエロ本ねだられても笑って流せるような、そんな素敵な歳の取り方をしたいと思った。

 なんか間違ってる気もするけど、気にしない気にしない。

 

 

 

 

 

《よもやま話その四、笑顔の妖精》

 

 

「ん〜〜ん〜、んん〜ん、ん〜ん〜」

 

 

 上機嫌な鼻歌が、隣から聞こえてくる。

 缶コーヒー片手に、ベンチで足をプラプラさせる彼女は、笑顔の似合う褐色少女、梅ちゃんである。

 いつものように学院内をそぞろ歩き、途中で安藤と一緒に居る梅ちゃんと出くわし、まとめてコーヒーを奢っているという形だ。

 

 

「どうしたんだい。随分とご機嫌じゃないか」

「お。分かるか、おっちゃん?」

「そりゃ分かるさ、隣で鼻歌を歌われたら。で、何か良い事でもあった?」

「へへへ。あったゾ! 実は、聞いてくれるのを待ってたんだ」

 

 

 照れ臭そうに鼻の頭をかく梅ちゃん。

 話を聞いて欲しくて上機嫌アピールとか、可愛い事するもんだ。よっぽど嬉しかったんだろう。

 俺が聞く体勢になると、彼女は若干声を潜めて言った。

 

 

「ちょっと前からな、鶴紗がワタシのこと……梅先輩って呼んでくれてるんだ!」

「えっ? そりゃあまた……。おめでとう、梅ちゃん」

「うん! ありがとな!」

 

 

 歯を見せるようにして大きく笑う梅ちゃんは、本当に嬉しそうだった。

 たかが呼び方一つ、といえばそれまでだが、相手はあの安藤。ちょっとでも距離を縮められただけで大金星である。

 相変わらず、安藤自身は孤独を好んでいるし、梅ちゃんみたいに気にかけてくれる存在が、あの子の側に居てくれたら安心なのだが。例えば、川添と白井さんみたいな……。

 

 

「なぁ、梅ちゃん。こんな事を俺が言うのも、アレだと思うんだけどさ」

「なんだ?」

「将来的には、安藤をシルトに……って考えてるのかな」

「う~ん……。梅は、それも悪くないと思うんだけど……」

「けど?」

「今のままじゃ、ダメだと思うんだよなー」

 

 

 喜色満面な笑顔から一転。梅ちゃんは難しい顔をして腕組みする。

 

 

「確かに距離は縮まってる。でも、鶴紗は背中を向けたまま、みたいな感じだ。

 このまんま近づき続けても、背中からぶつかって、驚いてまた離れる。きっと」

「な、なるほど……?」

「ごめん、梅もよく分かってないんだ。とにかく、まだしばらくは現状維持だな。急がば回れ、ってやつだ」

 

 

 梅ちゃんは、少し離れた所で、猫達にご飯をあげる安藤の背中を見つめている。

 いつも笑顔で、ともすれば能天気にも見えてしまう彼女だけど、本当は思慮深く、心の機微に聡い女の子。

 こんな風に見守ってくれる誰かが居るなら、安藤も安心だ。

 

 

「安藤のこと、よろしく頼むよ。梅先輩?」

「おー! 梅に任せろ!」

 

 

 どん、と自分の胸を叩き、また大きく笑う。

 俺が知っている女の子の中で、彼女が一番、笑顔の似合う女の子かも知れない。本気でそう思わせる笑顔だ。

 すると、梅ちゃんの声に釣られたのか、安藤が子猫を抱いて戻って来た。

 

 

「どうしたんですか、急に大声だして。猫がビックリするじゃないですか」

「あー、ごめんごめん。梅は幸せ者だなーって、おっちゃんに自慢してたから」

「なんですか、それ」

「あははは。気にするな! 梅は鶴紗の事も、おっちゃんの事も大好きだって事だ!」

「……意味、分かんないです」

 

 

 真正面から好意をぶつけられ、安藤は子猫の背中に顔をうずめる。しかし、微妙に隠せていない頬は、やや赤みを帯びているようで。

 そんな姿を見て、ますます大きく笑顔を咲かせる梅ちゃんに、俺も笑顔にさせられてしまうのだった。

 

 

 

 

 

《よもやま話その五、鳥が先か卵が先か》

 

 

 夜半過ぎの理事長室。

 普段なら誰も居なくて当然の場所に、今日に限っては二つの人影がある。

 理事長代行である高松咬月と、奇才アーセナルの真島百由だ。

 

 

「いやぁー、夜分遅くにすみません。おじ様の勧めで仮眠を取るようにしてから、すっかり昼夜が逆転しちゃって」

「構わんよ。だが、睡眠不足は体に毒。気をつけなさい」

「うぅ、おじ様と同じこと言わないで下さいよぉ……。ま、それはともかく、ご報告です」

 

 

 目の下の隈もすっかり消え、肌も健康的な血色を取り戻した百由が、タブレット端末を手に居住まいを正す。

 そのまま軽く画面をタップ。代行の執務机に情報を転送するのだが……。

 

 

「防衛軍のCHARM……アガートラームですが、全くもって解析が進んでいません」

「……なんと」

「はい。なんともまぁ、ビックリどっきりな超硬防壁と言いますか。普通に戦闘スタッツを引き出す事とかは可能なんですけどねー」

 

 

 その内容は、全くと言っていいほど進展がなかった。

 違いといえば、日付や“彼”から得られるデータくらいである。

 

 

「で、あんまりにも不自然な“硬さ”なので、ちょっと防衛軍の方の情報を確認してみたんです。

 そしたら、開発技術者は既に退職してたり、アーセナルとして前線に出た時に殉職したらしくって、コンタクトすら取れませんでした」

「ふむ……。防衛軍にも、表と裏があるからのう」

「困ったものです。が! この真島百由が、その程度で諦めるはずありません! こっそりファイヤーウォール(うらぐち)をくぐって、色々と調べちゃいました!」

「……非合法活動を容認したつもりはないのだが?」

「大丈夫です! 痕跡なんてチリ一つ残してませんから!」

「そういう問題では……はあぁ……」

 

 

 これっぽっちも悪びれる様子のない百由に、代行は眉間に寄ったシワを揉み解す。

 齢十四にして、百合ヶ丘女学院きっての天才が言うのだから、追跡されるような事はないだろう。

 けれど、知りえない情報を得てしまったという事自体が、知られたくない情報となっている。注意して扱わなければならない。

 何はともあれ、覆水盆に返らず。

 代行は得た情報の確認を優先する事にした。

 

 

「収穫はあったのかね」

「もっちろんですとも。というかですね、色々と不可解な事が判明しちゃって、今更ながらヤバい事に首突っ込んだなぁーと、らしくもなくビビってます」

 

 

 本当にらしくない物言いだったが、百由は「おっほん」と咳払いを一つ。改めて報告を始める。

 

 

「まず、アガートラームを開発したという部署、防衛軍工廠第二開発局ですが、表向きはちゃんとした部署として扱われてますけど、局員のほとんどが実在しません」

「形だけの部署であった、と」

「興味深い事に、それっぽく取り繕ってある情報を整理してみると、ある時を境にして、大急ぎで外張りだけを作り、後から中身を整えたような、そんな印象を受けました」

「その、“ある時”というのは?」

「……実は、それなんですが……」

 

 

 言い淀む百由の顔付きから、それが非常に重要かつ重大である事が、如実に伝わってきた。

 間を置かず、次なるデータがホップアップする。

 それを確認し、代行は目を疑った。

 

 

「これは、誠か」

「恐らく。でなければ、偽の情報を掴まされたか、です。こんな情報を用意する意味が、理解できませんけど」

「……混乱させるという意味では、確かに有効。だが、同時に疑念を深めるような偽情報など、それこそ意味がない」

 

 

 表示されているのは、張りぼての部署を作るために、様々な資材を発注したり、架空の人員の配置をした日時。

 その全てが、“彼”がアガートラームと契約した日よりも、後の出来事とされていた。

 言い換えるならば、“彼”とアガートラームの契約を起に、第二開発局は発足したのだ。

 もちろん、この情報が事実であればの話だが。

 

 

「この情報は、第一級の秘匿事項とする。百由君も、ゆめゆめ口外せぬように」

「特に、おじ様達には、ですよね。了解しました」

 

 

 第一級秘匿事項。

 百合ヶ丘女学院の情報統制において、上から二番目の重要度を示す単語に、流石の百由も、リリィとしての正式な返礼で応じる。

 このレベルになると、最悪の場合、薬品などを使った記憶処理すら行われる可能性がある。

 幸いな事に、今までそのような事態に発展したケースは一つもないのだが、それだけの覚悟が必要なのだ。

 様々な思惑が、蜘蛛の巣のように張り巡らされる政治の世界を、綺麗事だけでは生きていけないのだから。

 

 しかし、である。

 真島百由という少女は、襟を正すべき場面を心得ている反面、砕けた対応が許される場面も分かっており……。

 

 

「と、こ、ろ、でぇ。今回のお駄賃として、最新式のCHARM加工設備が欲しいなぁーとか考えてるんですけどぉ……駄目ですか?」

「……善処しよう」

「ぃやったぁー! これで新型の開発が捗るわよー!」

 

 

 あくまで善処であり、確約ではない。だというのに、百由は諸手を上げて大喜び。

 代行は溜め息をついた。

 先日、義理の息子にエロ本を頼まれたかと思ったら、今度は確実に億は下らない機材をねだられてしまった。

 頭の痛くなる悩みに、代行はもう一度、深く深く、溜め息をついた。

 

 






Q:なぜ急に短編集?
A:花言葉のネタ切れ回避です

 てな感じで、色んなネタを思いついてはいるんですけど、本編に全部つっこむのも無理な話なので、今後は短い話や裏話などを二~三まとめ、よもやま話枠で更新します。
 ラスバレのイベントの各話も花言葉じゃないし、修正したつもりで完璧に忘れてた義父上の一人称も直したし、許してチョンマゲ(古っ)

 んで、今回の言い訳タイムは、最近ネットを漁って判明した新事実について。
 その一。
 リリィではないマギ保有者は、CHARMユーザーと呼ぶらしいですね。
 もっとよく調べりゃ良かったんでしょうけど、もう始めてしまったので、本作での男性マギ保有者はマギウスでいきます。ご了承下さい。
 その二。
 作者の個人的な推しである伊東苗陽さん。実は中等部時代に百合ヶ丘に居たらしいですけど、詳しい時期と複雑な家庭事情が把握できないため、結局は出せそうにない深い悲しみ。
 もうツイッターだけじゃなくって、専用のまとめサイトを公式が作ってくれませんかね? 後から追いかけるの面倒臭──凄く大変なんですよ……。あと、立ち絵だけじゃなくて一言でもいいからセリフ欲しい……。
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