アサルトリリィPARABELLUM 作:苗陽さんガチ恋勢
「……夢結。ゆーゆーっ!」
「え?」
唐突に声を掛けられた──ように感じた夢結は、ハッとなって声の聞こえた方に顔を向ける。
とても大きなハンバーグを切り分ける、髪を後ろで括ったその少女は、積み上がった空の皿を額縁代わりに、訝しげな表情を浮かべていた。
天野天葉。
夢結と美鈴も所属する、甲州撤退戦を契機に発足した仮設レギオン・アールヴへイムのメンバーである。
「何かしら、天葉」
「何かしら、じゃないわよ。垂れちゃってる」
「……あっ」
指摘され、夢結はようやく、自分が昼食を摂っていた事を思い出す。
休日を利用した自主練を終え、学院の食堂で頼んだのは、麻婆豆腐定食だった。
お嬢様然とした夢結の外見には似合わないが、夢結自身が辛い物を好み、かつ百合ヶ丘の食堂メニューは質が高いため、こうして食べる事も多い。
しかし、麻婆豆腐を掬ったレンゲは、口に運ばれる途中で止まり、テーブルに真っ赤な油汚れを作ってしまっている。
慌ててポケットティッシュを取り出す夢結に、天葉は重ねて問いかけた。
「ねぇ、夢結。最近ずっとそんな感じじゃない。何かあったの?」
「別に、何もないけれど。……そんなに変?」
「変。せっかくの新しいCHARMだって、夢結ならすぐ扱えるはずなのに、訓練すら上の空だったし。戦技競技会も近いんだよ? 分かってる?」
「……ええ。ごめんなさい」
「……はぁ……」
暖簾に腕押し、とはこの事か。天葉は盛大に溜め息をつき、半分に切り分けた巨大ハンバーグを口へ放り込む。
今日の自主練は、明確な目的があった。
甲州撤退戦で実力を示したメンバーに向けて開発され、つい先日ロールアウトしたばかりの新型CHARM──グラムの試験運用だ。
他ガーデンの生徒でありながら、何故か今、百合ヶ丘女学院の中等部に席を置いている、流浪の天才アーセナル……天津麻嶺が主だって開発した高機能CHARMであり、ダインスレイフの姉妹機である。
ダインスレイフと似た変形機構と、高威力の射撃形態・バスターキャノンモードが特徴で、必要スキラー数値は85以上。まさにエリートリリィ向けの機体だった。
そもそもが、アールヴへイムの3トップであるリリィ三名(夢結を含む)のために作られた物なのだが、その性能の高さと、メンバーの将来性を鑑み、採算度外視で量産される運びとなった。
要求されるスキラー数値を満たし、更に個人的な技量も凄まじい夢結であれば、楽に使い熟せる……はずだったのだが。
今日の自主練では、グラムの高い攻撃性能に振り回されるような姿が、とても多く見られたのだ。
そして最近、そんな姿を見る事が多い。
だからこそ、食事でもしながら話を聞こうと思った天葉なのだが、そもそも話が出来ないのでは意味がない。
「どうしたんだ? 天葉が溜め息なんて、珍しいな」
「あ、梅。ちょっと聞いてよ、夢結がさぁ……」
と、そんな時、同じくアールヴへイムのメンバーである、吉村・Thi・梅が通り掛かった。
せっかくなので、彼女も巻き込もうと天葉が話しかけた途端、不利を悟った夢結は上品に、しかし大急ぎで麻婆豆腐をかき込み、「ご馳走様でした」と言い残して席を立ってしまう。
その背中を見送りながら、天葉は小さく肩を落とした。
「やっぱりさ、夢結の様子、おかしくない?」
「ん〜……。梅も気にはなってたけど……。溜め込む性質だしなぁ、夢結って」
「うん……。甲州撤退戦でも、結構ヤバかったみたいだし。心配なのよ」
「なら、直接そう言ってみたらどうだ?」
「それで解決したら苦労しないわよぉ〜」
いつの間にか巨大ハンバーグを平らげ、皿を除けてテーブルに突っ伏す天葉。
行儀が悪いけれど、それを注意するはずの友人はどこかへ行ってしまったし、どうしたものか。
あの態度からして、あまり関わって欲しくなさそうではあるが……。
「でも、気になる。気になるったら気になる。……ちょっと探りを入れてみようかな」
「ん? 天葉がそこまでするなんて、珍しいな。そういや、戦技競技会も近いのか。レギオン部門で勝ちたいのか?」
「ううん、別に。けど今のままじゃ、何かの拍子に怪我でもしかねないじゃない。そうなったら苦しむのは夢結自身だもの。友達が怪我しちゃうかも、って状態なのに、放っておけるわけないよ」
「そっか。天葉はいいヤツだなー」
「よしてよ、照れるってば」
からかうように言われ、天葉は嫌味のない笑顔で返す。
その身に膨大な量のマギを保有していたが故、リリィとしての責務を無理やり背負わされたにも関わらず、曇る事のないこの笑顔が、多くの友人を持つ所以だろう。
「よし! そこまで言うなら、梅も一肌脱ぐゾ!」
「え。手伝ってくれるの?」
「まぁ、役に立てるかは分かんないけどなっ」
「胸張って言う事じゃないでしょ、全く。でも、ありがと」
梅の申し出に、天葉は本当に嬉しそうに笑い、もちろん梅も。
こうして友人思いの二人は、休日の午後を連れ立って歩く事になった。
次にするべきは……作戦会議だ。
「で、探りを入れるって言ってたけど、心当たりはあるのか?」
「ん〜、こういう時って、交友関係から洗うのがセオリーよね。……ダメだ、夢結の個人的な交友関係が分かんない」
「おいおい、それじゃまるで、夢結に友達が居ないみたいじゃないか。クラスメイトになら友達くらい居ると思うゾ?」
「クラスメイトかぁ。美鈴様は最後の手段として、あとはあたし達──アールヴへイムのメンバーとか、寮のルームメイトとか、メンテでお世話になってる百由とか?」
「うんうん。それと、おっちゃんも何気に接点は多いから、聞いてみても良いかも知れないな」
「おっちゃん……。ああ、例の“おじ様”? 梅も仲良いんだっけ」
「良いゾ。後輩と一緒に、よくコーヒー奢ってもらうんだ」
「いいなー、あたしも奢って欲しい。……さて、と」
ある程度、話がまとまった所で、天葉が「ご馳走様」をして腰を上げた。
腹拵えは済んでいるし、大量の皿も片付けて、出発準備は万全である。
「善は急げって言うし、さっそく当たってみよっか!」
「おう! どこから行く?」
「まずは……確実に居場所が分かってる子かな」
「ってなると……」
「差し入れに、エナドリ買ってかないとね」
「だな。何が美味しいのか、梅は分かんないけど」
天葉と梅は食堂を後にして、情報収集のために歩き出す。
向かう先は、百合ヶ丘女学院の地下──工廠科のとあるラボだった。
「なるほどねー。それでワタシのとこに来たって訳か」
天葉から貰ったエナジードリンクを片手に、ラボの主である少女──真島百由は大きく頷いた。
夢結の友人であり、居場所がほぼ確定している……ラボに引き篭もっているという条件を、見事に満たしている。
衛生面と健康面から見ると、後者は見直すべきなのだろうが、それはそれ。
訪れた二人から事情を聞いた百由は、しかしすぐに申し訳なさそうに謝った。
「でも、ごめんねー。最近は色々と忙しいから、夢結の様子まで気が回ってなかったかも……」
「ううん。謝らなくていいよ、あたし達が勝手に心配してるだけだからさ?」
「そう言って貰えると助かるわ」
「そんなに忙しいのか? 梅には趣味に没頭してるだけに見えるけど」
「実益を兼ねてるから良いの! っていうか、この忙しさにはまいまいも関わってるんだからね? 主にまいまいがぶっ壊したグラムとかグラムとかグラムとか!」
「お、おう……。お世話になってます……」
「いつもありがとねー」
「うむ。どういたしまして」
あまりの剣幕に、梅が引き気味に頭を下げ、天葉は普通にお礼を言う。
百由自身、本気で怒っていたわけではないようで、すぐに矛を収めた。
ちなみに、梅が壊したというグラムだが、バスターキャノンモードを気に入った梅が調子に乗ってバカスカ撃ちまくった結果、マギクリスタルフォース収束部が少し溶けてしまったのだ。
この時点で改善点が見つかって良かった、とは天津麻嶺の言である。
話を戻し、夢結の件だ。
天葉は、食後のデザート代わりに麦チョコをパクつきながら、更に質問を続けた。
「じゃあ、ちょっと視点を変えてみよっか。最近、夢結の周りで変わった事とかなかった? 美鈴様と大喧嘩したとか」
「そんな事が起きたら、即学院中に広まるでしょ。有名なシュッツエンゲルだし…………あ、そういえば」
「お? 何かあったのか?」
何か思い出した様子の百由に、麦チョコを分けて貰いながら梅が食いつく(比喩的な意味で)。
百由は同じように麦チョコを貰いつつ、“あの出来事”を話し始めた。
「直接夢結に関連する事じゃないけど、ちょっと前に一年生同士の決闘騒ぎがあってね? それに立ち会ったのよ。おじ様と美鈴様と夢結と、ついでにワタシも」
「決闘騒ぎ? 全然知らなかった……」
「いやいやー、何気に天葉も噂くらいは聞いてると思うわよ? その決闘騒ぎを起こしたの、遠藤亜羅椰と郭神琳の二人だから」
「へ? あ、あー、あの? それだったら確かに聞いたかも」
「梅は知らないゾ〜? その二人って何かあるのか?」
得心がいった天葉と対照的に、梅がいまいち理解できていないようだった。
天葉が聞いたのは、「おじ様を取り合い、遠藤亜羅椰と郭神琳がやり合った」という噂である。
眉唾物ではあったが、ただでさえゴシップに飢えている女子学生。噂の真偽をあれやこれやと想像し、語り合うのが楽しいらしい。
ちなみに天葉は噂に聞いただけで、変な想像はしていない。本当にしていない。
友人が神琳に事実を問い質した結果、無言の微笑みしか返ってこなかったという話を追加で聞き、「もしかして……?」と思ってしまった程度である。
もう一つ付け加えるなら、亜羅椰が問い質された際は、普段の余裕たっぷりな態度から一変、「なんでそうなるのよ!? 私は可愛い女の子が好きなんであって、おじ様なんて別に好きでもなんでもないんだから!」と、見事なツンデレムーブをかましたという。
思わず生暖かい微笑みを送ってしまったそうな。然もありなん。
「亜羅椰って子は夢結に入れ込んでたみたいだし、詳しく知りたいなら、本人を当たってみたらどう? ワタシも細かい経緯とか、その後の事は分からないから」
「そうしてみる。ありがとね、百由。後で何かご馳走するわ」
「うん、楽しみにしてるー」
「またなー」
忙しいと言っていた事もあり、これ以上百由を邪魔しないよう、天葉達は早々に話を切り上げ、ラボを後にする。
その背を見送ると、百由は新しいエナジードリンクにストローを挿し、再びコンソールへと向き直るのだった。
エレベーターで地上階へ戻り、とりあえず、休日でも人の集まるカフェテリアに向かう二人。
運が良くそこで見つかれば良し。そうでなくとも、足取りくらいは掴めるだろうと考えての事である。
「ってな訳で、例の二人を探そうとしてたけど……」
「一人は割とすぐ見つかったわね……」
……ところが。運が良いのか悪いのか、探し人はすぐに見つかった。
どうしてこのような表現をするかと言えば、それは二人の視線の先に居る少女──遠藤亜羅椰の、尋常ならざる佇まいが原因だ。
「あれよね? 遠藤さんって」
「多分」
「すんごいイラついてるよね」
「貧乏揺すりでテーブルが揺れてるな」
「……声、掛ける?」
「掛けなきゃ意味ないだろ」
「よっし、言い出しっぺに任せた!」
「うぉい天葉ぁ!?」
流石の梅も、この無茶振りには動揺せずにいられない。
何せ、亜羅椰の周囲10mの席には誰も近寄れないほど、凄まじいイライラ具合いなのである。
よっぽど重い日でも、ああはならないだろう。うっかり触れて火傷なんかしたくない。
と、そんな時、二人の背後に歩み寄る影が一つ。
「あの……。どうかなされたのですか、先輩方?」
「ぅわっ」
「お、お前は……?」
「失礼致しました。わたくし、郭神琳と申します。以後、お見知り置きを」
優雅に一礼した彼女もまた、探し人の一人……郭神琳だった。
食後のまったりタイムを楽しもうとしていたのか、手には文庫本が握られている。
「丁度良かった。実は、貴方達に聞きたい事があって」
「聞きたい事、ですか。“達”というのは、もしかして遠藤さんも?」
「よく分かったな。けど、流石に声を掛けづらくてな……」
「なるほど……。分かりました。では、わたくしが代わりに呼んできましょう。よろしいですか?」
「悪いわね。お願いできる?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
散々ゴシップのネタにされただろうに、神琳は嫌な顔一つ見せず、軽やかな足取りで亜羅椰の元へ向かった。
そして、これ以上ないほどイライラしている級友に、涼しげな声を掛ける。
「遠藤さん。そんなにイライラしては、誰も近寄って来ませんよ」
「あ゛ぁん゛!? 誰のせいだと思ってんのぉ!?」
(うーわ)
(柄悪っ)
対する亜羅椰は、すこぶる不機嫌な表情で神琳を睨みつけた。
周囲で様子を伺っていたリリィ達も、一様にビクッとなっている。それくらいの声量だった。
「こっちはねぇ、あれからずっと女日照りが続いてんのよ! 声を掛けても逃げられて、たまに声を掛けられたと思ったら『応援してます!』って!
何を? 私、何を応援されてるの? なんか視線がめっちゃ生暖かかったんですけど?」
「さぁ、何をでしょう。そんな事より、遠藤さんとお話ししたいという方が来ていますよ」
「はぁ? 誰よ一体……あら、あらあらあら、天葉様じゃないですかぁ! ご機嫌よう!」
「ご、ご機嫌よう……」
「梅の事は、見えてないっぽいな……。なんかムカつくような、助かったような……」
神琳の後ろに居る天葉を確認した瞬間、亜羅椰の機嫌はうなぎ登りに上昇した。
あまりの変わりようにドン引きされている事にも、まるで気がついていないようだ。
人柄の良さから、上級生にも下級生にも人気がある天葉の事を、亜羅椰も知っていたのだろう。そして、あわよくば……と狙ってもいたのだろう。
眼中にないらしい梅に関しては…………不幸中の幸い、なのかも知れない。
「ええと、遠藤、さん? あと郭さんにもだけど、ちょっと聞きたい事があってね……」
「遠藤さんだなんて、そんな他人行儀な呼び方ではなく、どうぞ亜羅椰とお呼び下さいな」
「あ、うん。気が向いたらね。それでね、聞きたいのは他でもない、夢結の事なんだけど」
「あら、夢結様ですか?」
「見事なスルースキル……。わたくしも見習わなくては」
「苦労してるんだな……」
何はともあれ、天葉と梅、そして神琳も、亜羅椰と同じテーブルに着き、さっそく本題に入る。
最初こそ天葉にデレデレしていた亜羅椰だったが、真面目な相談であると分かると、少しは落ち着きを取り戻す。
「なぁるほどぉ。確かに夢結様の態度、最近おかしいですものねぇ」
「やっぱり? 具体的には、どんな所に気がついたの?」
「そうですねぇ……。以前と違って、私を見る目に感情の色がないと言いますか、私を見ているようで、自分自身を見ているような。とにかく上の空ですよね、最近は特に」
「でしょ! このままだと怪我でもしそうでさ……。何か、原因に心当たりない?」
「流石にそこまでは。おじ様ほど親しくさせては貰えてませんし」
「そっかぁ……」
相も変わらず、“彼”の周りをウロチョロしている亜羅椰だが、そうなると必然的に夢結とも出くわし、これまた変わらず粉を掛けまくっている。
しかし、以前脅された時のような迫力はなりを潜め、夢結は、ただただ静かに、亜羅椰を見つめる事が多くなっている。
それはそれで嬉しく思ってしまうのだけれど、奇妙な変化である事も確かであり、強く印象に残っていた。
対応に変化が生じた原因があるとすれば、あの決闘騒ぎで情けない姿を晒した事くらいしか思い当たらないが、先輩とはいえ初対面の相手に、まだ短い人生の中でも最大級の汚点を話せる訳もなく、亜羅椰は夢結の事だけで留めた。
神琳も、余計な事は言わないまま話を続ける。
「白井様が上の空だと感じるのは、わたくしも遠藤さんと同じなのですが、何分、面識を得たのは最近ですので、これ以上はお役には立てないかと。申し訳ありません」
「ううん、十分だよ。あたし達の勘違いじゃないって分かっただけで。ありがとう、二人とも。今度、何かお礼するから」
「本当ですか? でしたら、私とデートして下さ──」
「どうぞお気遣いなく。白井様の件、解決するといいですね」
「そうだな。じゃ、またなー!」
「ちょ、神琳、邪魔しな、あっ、天葉様ぁ〜!」
わたくしが食い止めている間に行ってください。
ありがとう。本当にありがとう。
神琳と天葉は、無言の内に意思を通じさせた。
そして、追い縋ろうと前のめりな亜羅椰が足止めされている間に、そそくさとカフェテリアを後にする。
背後からは、「やっぱりアンタは私の敵よ!」「違います、遠藤さん以外の味方なんです」という、なんとも騒がしいやり取りが聞こえてきたのであった。
仲が良さそう? で何よりである。
無事に亜羅椰の魔の手から逃げ出した、天葉と梅。
一息つける位に距離を離した所で、二人は次なる目的を定めようと話し合い始めた。
「とりあえず、後輩二人からは話を聞けたけど、裏付けにしかならなかったわね」
「それだけ夢結が重症って事だな……。次はどうする?」
「今度は、もっと日常的に夢結と接してる人が良いんじゃない? ルームメイトとか」
「というと……誰だっけ」
「聖でしょ、ひ・じ・り。同じレギオンのメンバーを忘れないでよ!」
「おおー、そうだった。じゃ、寮に行くか」
現在の夢結のルームメイトは、谷口聖という少女である。
稀少なファンタズムを保有し、中等部の今でも、歴代最高の使い手では? と称されるだけでなく、非常に高い学力を持つ上に、性格は人懐っこくて誰からも好かれる、天が二物どころか三物も四物も与えたような少女だ。
彼女であれば、夢結の異変にも間違いなく気付いているだろうし、きっと解決の糸口が掴めるはず。
二人は意気揚々と学生寮へ足を向け、夢結達の部屋を訪ねようとしたのだが……。
「聖だったら出掛けてるわよ。今日は遅くまで帰って来ないんじゃない?」
「えぇー」
「マジかぁ」
その途中で出会った友人──番匠谷依奈に留守だと教えられ、落胆を隠せなかった。
よく考えれば、食堂から逃げ出した夢結が戻っている可能性もあるため、部屋に直撃せずに済んだだけ幸運なのかも知れないが。
「じゃあこの際、依奈でも良いから相談に乗ってよ〜。そういうの得意でしょ?」
「人を妥協案扱いしといて相談とかヒドくない? ま、暇だから良いけどね」
「さすが依奈、太っ腹だな!」
「太っ腹はやめて。ダイエットしなきゃ駄目な気がしてくるわ……」
綺麗に毛先を切り揃えられたロングヘアを揺らしつつ、依奈は苦笑いを浮かべる。
この依奈もまた、二振りのCHARMを扱えるようになるレアスキル・円環の御手を、世界で最初に覚醒した二人のうちの一人という、稀有な才能の持ち主である。
気取らない性格で友人が多く、クラスの違う天葉達とも仲が良いので、相談相手にもってこいだった。
「なるほどねぇ〜。そんな事になってたんだ」
場所を寮のサロンに移し、改めて事情を聞いた依奈は、ソファにもたれて難しい顔で頷く。
「甲州撤退戦を乗り切って、少しは変わったと思ったんだけど、溜め込むのは相変わらずだ」
「おまけに、レギオンメンバーにも相談してくれないから、ちょっと寂しいよ」
「そう? 私は結構変わったと思うけどなぁ」
同じく難しい顔の梅と天葉だったが、依奈はしかし、格好を崩して意見を述べる。
「夢結ってさ、美鈴様……。“お姉様”第一主義的なところあったじゃない」
「あー、そうかも」
「確かに、昔は美鈴様の事ばっかりだったなー」
「夢結が思い詰める原因なんて、それこそ美鈴様に関する事だけで、他の事には割と淡白というか。それが今では、例の“おじ様”とも仲良くお茶しちゃうんでしょ?」
「らしいゾ? 前におっちゃんからそう聞いた」
「そういえば、梅はおじ様と戦闘訓練もしてるんだっけ」
「おう! 最近は攻撃パターン覚えられちゃったのか、手強くってなー。少し本気を出さないといけないから、割と疲れるんだ……」
遠い目で語る梅。天葉と依奈は、信じられない物でも見たような顔だ。
3トップの一角である夢結ほどの攻撃力はないが、スピードなら引けを取らず、梅も相当な実力者。下手な現役リリィよりも遥かに強い。
変な噂にまみれた“おじ様”が梅を手こずらせるだなんて、正直予想外だった。
「ま、おじ様の事は置いといて……。よぉく考えてみて? つまりはおじ様が、美鈴様と同等……とまではいかないかも知れないけど、夢結にとって大きな存在になってる、って事じゃないの?」
「おおー」
「ふむふむ」
「以上を踏まえて、今の夢結が心を乱す原因があるとしたら、それは美鈴様かおじ様か、もしくは両方だと思うな、私」
どうよ? と胸を張り、そう結論付ける依奈。
天葉達は思わず拍手していた。
「依奈、凄い……。かなり説得力ある……」
「えっへへー。全部憶測だから、参考になるかは怪しいけどね。で、梅から見てどう? 美鈴様とおじ様、どっちだと思う?」
「ん〜……。正直、全っ然分かんない!」
「自信満々に言うそれぇ?」
「あっはは。けど、次に話を聞くべきなのは、おっちゃんの方だと思うゾ」
「え。なんで?」
やけに自信たっぷりな梅に天葉が問うと、今度は腕組みをして言う。
「ぶっちゃけ、美鈴様から話が聞けると思えないんだよ。上手い事はぐらかされる気がするんだ」
「あ〜、確かに……。“凄い人なのは間違いないんだけど、なんか掴みどころがないよね、美鈴様って”」
「だろ? その点、おっちゃんなら絶対に話に乗ってくれるゾ!」
「言い切ったわね。梅が言うなら、次はおじ様に会いに行こっか」
「あ、待って二人とも。私も着いてっていい?」
「依奈も? どういう風の吹き回しよ」
「最初に言ったでしょ、暇だって。ソラ達に着いてけば、楽しく暇潰し出来そうじゃない!」
「依奈ぁ……。一応、梅達は真剣に動いてるんだゾ?」
「分かってるってば。邪魔はしないから、ね?」
次なる聴取対象を決め、新たな仲間も加えた所で、梅と天葉はサロンを後にした。
夢結の悩みの種を探る、珍道中は続く。
聖さんが出ると思った人、ごめんなさい。
いずれは出す予定なんですが、まだ公式でのキャラ発言が無いリリィを出す踏ん切りがつきません。代わりに依奈ちゃん(実はコスプレ好きらしい)でご勘弁を。
色々調べた所、依奈ちゃんが初代アールヴへイムに入ったのは高一になってからで、この時点ではただの友人枠っぽいですね。キャラの書き分けが難しい。
書きたい事をつらつらと書き続けていたら、想定の倍くらいに長くなってしまったので二つに分けます。次話は明日更新予定です。