アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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秘する想い


16 ヤマスゲ ──Lily Turf── 天野天葉と愉快な仲間達、その二

 

 

「それで、梅。肝心のおじ様の居場所、どうやって探すの?」

 

 

 出発して早々、かなり重大な問題が待ち構えている事に、天葉は気付いた。

 いくら時の人(百合ヶ丘女学院限定)と言っても、常に居場所が分かる訳もない。

 だが、発案者である梅は不敵に笑って見せた。

 

 

「ふっふっふ……。我に秘策あり、だ。これを見ろ!」

「何それ、普通の携帯じゃない」

「違うんだなー、依奈。実はこれ、おっちゃんレーダーなんだ!」

「おっちゃんレーダーって……大丈夫なの、それ」

 

 

 まさか、発信機でも取り付けている? 流石にプライバシーの侵害じゃ?

 ……と不安に思う天葉だったが、言い出した本人も暗い顔というか、実に面倒臭そうな顔で説明する。

 

 

「実は、百由に無理やり持たされてるんだ、これ……。おっちゃんがリリィ用の義肢をテストしてるのは知ってるだろ?

 それが万が一にも怪しい奴等に奪われたり、うっかり紛失しちゃった時に、ちょっぱやで探すための道具なんだとさ」

「へー、なるほどねぇー。本来の目的とは違う使い方だけど、確かに便利ね。こっそり使わせてもらおっか」

「バレないといいわね……。ところで、ちょっぱや、って初めて聞く言い回しだけど、方言?」

「え。使わないか? 依奈も?」

「あー、うん。急ぐ系なのは分かったから流したけど、あんま聞かないかなぁ」

「そ、そっか……。こっちじゃ使わないのか……」

 

 

 級友に指摘され、梅は地味に落ち込んだ。

 生まれ育ったベトナムでは、未だに古い日本語が生きている事も多いため、そのせいだろう。決して梅の感性が古い訳ではない。

 

 それはそれとして、梅は早速おっちゃんレーダーを起動。

 反応の示す方向に進み出すのだが、しばらくすると、前方から三名の女生徒が歩いて来た。

 距離も離れていたし、天葉達には気付いていないようで、そのまま通り過ぎるかと思われたが……。

 

 

「カッコ良かったぁ、凄くカッコ良かった! 超カッコ良かったよねっ!」

「そうね。流石は高等部一年生にして、広く名を馳せる川添様。見習いたいわ」

「わたし、緊張し過ぎて汗かいちゃいましたー」

 

 

 彼女達の口から予想外の名前が飛び出したせいで、脚が止まってしまう。

 思わず顔を見合わせ、後輩らしい三名を追いかける。

 

 

「そこの三人組、ちょっと待った!」

「ふぇ!? わ、わたし達、ですかー?」

「何か御用でしょうか…………って、あ、貴方達はまさか、アールヴへイムの天野天葉様と吉村・Thi・梅様に、円環の御手の番匠谷依奈様!?」

「凄い凄い凄い! 今日は有名人にばっか話しかけられてるよぉ!」

「あはは、そんな大層なもんじゃないけどね?」

「ソラってば、顔がニヤけてるわよ」

「依奈もでしょ」

 

 

 どうやら天葉達の事も知っているようで、後輩三名はワーキャーと歓声を上げていた。

 あまり名声に興味がなくても、この騒がれようは嬉しくなって仕方ないだろう。

 握手やらサインやら、慣れないファンサービスを終え、おもむろに梅が話を切り出す。

 

 

「さっき、美鈴様の名前が出てたみたいだけど、会ったのか?」

「はい。人をお探しのようで、『“彼”を見かけなかったかな』と。たまたま霊園の方へ歩いていく姿を見かけましたから、それをお伝えして別れた所です」

「美鈴様がおじ様を……?」

「霊園、ねぇ……」

 

 

 霊園とは、学院敷地内の外れに存在する、戦いに倒れたリリィ達が眠る場所……いわゆる共同墓地である。

 滅多に人は寄りつかず、まれに訪ねる人が居ても、悲しみを呼び起こされるばかり。長居したい場所ではない。

 そんな所に、一体どうして……?

 

 

「とにかく、助かったゾ。呼び止めて悪かったな」

「いえ。お役に立てたなら幸いです」

「なんかよく分かんないけど、頑張って下さい!」

「お気をつけてー」

 

 

 後輩達と別れ、もう一度、おっちゃんレーダーを確かめる。

 言われてみれば、確かに霊園のある方角を示していた。

 

 

「美鈴様も、おじ様に用があるのかしらね……?」

「分からない。けど、ここまで来たら行くしかないよ」

「運が良ければ追いつける。急ぐゾ!」

 

 

 依奈が小首を傾げるも、天葉の言う通り、ここまで来て引き返すという選択はない。

 先導する梅の後に続き、二人も小走りで駈け出す。

 五分としないうちに、霊園の目印でもある巨木──緑の葉を残すソメイヨシノが見えてきた。

 そして、その手前に和装の男性と、高等部の制服を着た女生徒も。

 

 

「居た! 美鈴様とおっちゃん!」

「……けど、なんか、こう……」

「話しかけ辛いね……」

「……隠れて様子を伺うか?」

「ちょっと後ろめたいけど、賛成」

「右に同じく。あの藪に隠れましょ」

 

 

 見つけたはいいが、霊園の雰囲気も手伝って、場は静寂に包まれていた。

 まだ葉を残すソメイヨシノ。

 誰かの墓前で手を合わせる“彼”。

 その背を見つめ、立ち尽くす美鈴。

 これに割って入れるような人はきっと、おろし金で削れるほど面の皮が厚いに違いない。

 

 幸いにも、遠目に見れつつ隠れられる藪があったため、三人はそこで身を潜めた。

 風下なので、声もよく聞こえるはずだ。

 ややあって、美鈴は“彼”に歩み寄る。

 

 

「……墓参りかい? 誰か、知り合いが眠っているとか」

「川添か……。いいや、知らない子ばかりだよ。……知らない子、ばかりだ」

 

 

 立ち上がりながら、“彼”は静かに言った。

 言葉を重ねたのは、その多さ故だろう。

 等間隔で置かれた墓碑には少女達の名前が刻まれ、それが100は下らない。

 在学中に命を落とした、百合ヶ丘女学院に属するリリィだけで、この数なのだ。

 それ以外を含めれば、一体どれほどのリリィが散って行ったのか。

 

 

「知り合いも居ないのに、どうして霊園へ?」

「知り合いが居ないと、来ちゃいけない決まりもないだろう。……単に、物思いに耽りたかったのかもな、季節柄。変な夢も見るし」

「そう……。まぁ、僕にとっては都合が良い場所だけれど」

「何か用なのか? なら電話で……じゃ良くない内容なのか。わざわざ会いに来たって事は」

「そうとも。“貴方”に忠告しようと思ってね」

「……忠告」

 

 

 木枯らしが吹き、美鈴の髪を揺らす。

 位置的に彼女の顔は見えないが、厳しい表情を浮かべているのは、“彼”の反応で分かった。

 

 

「最近、油断し過ぎじゃないかな」

「どういう意味だ……?」

「言葉通りさ。自分の立場を忘れているんじゃないだろうね? ……遠藤亜羅椰。郭神琳。安藤鶴紗。随分と友人が増えたようだけど」

「……言いたいことがあるならハッキリ言え」

「なら言おう。彼女達が、G.E.H.E.N.A.の息の掛かったリリィだったら、どうする?」

 

 

 G.E.H.E.N.A.

 その単語が出た瞬間、空気が凍る。

 言わずと知れた世界的な企業複合体であり、人類のためと嘯いては、非人道的な研究を行う連中。

 まだ天葉達は直接関わりを持った事が無いけれど、リリィとして活動を続けていけば、いずれ必ず相対するであろう、敵対組織だ。

 百合ヶ丘女学院はリリィの保護も謳っており、G.E.H.E.N.A.に酷い扱いを受けたリリィも在籍している。

 もし、彼女達が“保護される”という名目で百合ヶ丘に潜入し、G.E.H.E.N.A.の指示を待っているのだとしたら。

 あり得ない話とは、言い切れない。

 

 

「確証があって言ってるのか」

「いいや。単に名前を使わせてもらっただけさ。安藤君に至っては、被害者という立場だしね。でも……被害者だからこそ、最も疑われにくい、とも言える」

 

 

 相当な距離はあるが、天葉達にも“彼”が顔をしかめたのが見えた。

 対する美鈴の声は、飄々としていながらも、木枯らしより遥かに冷たい。

 

 

「“貴方”が誰に鼻の下を伸ばそうと、僕には関係ない。

 しかし、そのせいで夢結に無用の心配をさせたり、負担を掛けたりはしないでもらいたいね。

 あの子は優しいんだ。自分に関係ない事だとしても、抱え込んでしまう程に。

 それでも余計な事をしでかすなら……」

 

 

 発言内容から察するに、美鈴も夢結の異変に気付いているのだろう。

 そして、原因が“彼”にあると判断した。だから詰め寄っている。

 重苦しい沈黙の中、風だけが霊園を通り過ぎていく。

 

 加えて、そんな二人を見守る中等部三人組も、非常に焦っていた。

 

 

(……どうしよう依奈っ、想像してたより十倍くらい話が重いんだけど!?)

(私に聞かないでよ!? これ、盗み聞きしてたってバレたら軽蔑されるかも……。とにかく隠れ続けるのよ! 私達は今から忍者、いいえクノイチよ!)

(そのほっかむり何処から出したんだ? っていうか静かにしろ!)

 

 

 藪の後ろと向こう側で、やたら空気の温度差が激しい。

 ふざけていないと、天葉達まで暗くなってしまいそうだった。

 が、そうこうしている内に動きがあり……。

 

 

「川添」

「……なんだい」

「心配してくれて、ありがとうな」

「は?」

 

 

 風に乗って聞こえてきたのは、意外にも“彼”の明るい言葉。

 美鈴も予想外だったのか、困惑したような間が数秒あったものの、すぐに“彼”へ詰め寄ろうとする。

 けれど。

 

 

「話を聞いていなかったみたいだね。僕は“貴方”じゃなく、夢結の心配を……」

「だろうけど、その何十分の一だけでも心配してくれたから、こうして来たんじゃないのか?

 すまなかった。そんな事したくないだろうに、後輩を悪く言わせてしまって」

「……っ」

 

 

 それもまた、“彼”の言葉で止められてしまう。

 当たり前だ。確証も無しに誰かを貶めるような発言、本来の美鈴なら絶対にしない。

 敢えてそうしたという事は、そうさせる程に、そうせざるを得ないと判断させる程に、誰かを心配していたから。そこに“彼”を含めているかは、定かではないが。

 

 天葉達が固唾を飲んで見守る中、美鈴は言葉に詰まっている。

 “彼”は苦笑いを浮かべ、何気なくソメイヨシノに手を置く。

 

 

「時々、分からなくなるんだ」

「……何がさ?」

「俺は本当に、あの夜を生き抜いたのか。俺が見ているこの光景は、あのギガント級に食われながら見ている、幸せな夢なんじゃないか……って」

 

 

 先程までの明るい声から一転。重々しい口調で語られるのは、“彼”が抱えていた苦悩だった。

 

 

「だっておかしいじゃないか。何もかも。

 俺みたいなマギウス擬きが、あの夜を生き延びた事も。

 一度死に掛けただけで、異常なほどスキラー数値が上がった事も。

 衰えの来ていたはずの体が、全盛期以上の活力に満ちている事も。

 おっさんが女子校に紛れ込んでるっていうのに、みんなが親切にしてくれる事も。

 そうだ……。俺なんかが、川添達を助けられただなんて、そもそもが出来過ぎなんだよ」

 

 

 助けた、というくだりで依奈が首をかしげるけれど、アールヴへイムとして甲州撤退戦に参加した天葉と梅が黙っていたため、口を挟みはしなかった。

 実を言うなら、梅が瀕死の“彼”を救助したリリィで、あの惨状を目の当たりにしていた。天葉もそれを伝え聞いていたからこそ、何も言えなかったのだ。

 そのくらいに酷い状態だった。改めて、今、“彼”が生きているのは奇跡だと思えるほどに。

 

 

「何もかもが、俺に都合良く動いていて、だから分からなくなる。これが現実なのか。それとも、今際の際の走馬灯なのか。

 走馬灯なら良いさ。ただ俺が死ぬだけだ。でも、これが確かな現実だったとしたら、こんな御都合主義、どこかに、誰かにしわ寄せが来るに決まってる。

 それは俺か? 川添か? 白井さんか? 梅ちゃん、安藤、真島さん、遠藤、郭さん、義父上。いいや、名前も知らない誰かか……。

 俺は、たまたま椅子取りゲームに勝ったから生きているだけで、本当は他に、生き延びるべき人が居たんじゃないのか……?」

 

 

 一層苦しげな最後の一言が、“彼”を苦しめる罪悪感の根源なのだろう。

 サバイバーズ・ギルト(survivor's guilt)

 大きな事件や災害を生き残った人間が、生き残った事そのものに罪の意識を覚えてしまう、一種の心的外傷、トラウマだ。

 ヒュージ災害に多くの人々が晒される昨今、特に問題視されている病でもある。

 しかし、胸の内を明かしたはずの“彼”は、美鈴を振り返りながら、誤魔化すように大きく笑った。

 

 

「なんてな。柄にもなくこんな事を考えちまうのは、やっぱり季節のせいなのかねぇ。それとも歳か? あーやだやだ」

「……そうだね。本当に似合わないし、馬鹿げてるよ」

 

 

 肩をすくめて同意しつつ、美鈴は一歩踏み出した。

 ゆっくりと“彼”に近づきながら、一つ一つ、言葉を重ねていく。

 

 

「僕等が夢の産物? しわ寄せを食う? あり得ないね。

 僕も夢結も、ちゃんとここに居るし、自分の身は自分で守れる。

 命懸けでヒュージと戦い、掛け替えのない日常を大切にしてる。

 そんな風に寝ぼけた事を言うなら、僕が……」

 

 

 やがて、二人の間に距離は無くなり、手を伸ばせば届く距離に。

 美鈴はそっと、“彼”の頬に指を触れさせ……ようとしたのだが、その腕を“彼”はガシッと掴んで止めてしまった。

 

 

「………………ちょっと」

「なんだよ」

「どうして腕を掴むのさ」

「いや、また抓られそうだと思ったから、反射的に」

「分かっているなら大人しく抓られる場面じゃないか! 美しい話の流れ的な意味で!」

「嫌だよ! 白井さんと違って手加減しないじゃないか!? 跡が残るんだぞ!」

「ぐぬぬぬぬ」

「うぐぐぐぐ」

 

 

 美鈴は“彼”の頬を抓ろうとし、“彼”はそれを防ごうとして、幾度も腕を交錯させる。

 そのうちに手をガッシリと合わせ、力比べをし始めてしまった。

 シリアスな空気もどこへやらの、グダグダな展開だった。

 当然、それを見せられる天葉達も脱力である。

 

 

(な、なんか、意外ね。美鈴様って、あんな風に声を荒らげる事あるんだ……。それとも、レギオンでは普段からあんななの?)

(いやいや、あたしも初めてだよ! おっどろいた……。まさか美鈴様とおじ様が、あんなに気安い関係だったなんて……)

 

 

 依奈が唖然としているが、天葉はもっと驚いている。

 常にクールで、どんな時も冷静さを失わないあの美鈴が、“彼”の前ではごく普通の、カッコつけたがりな少女に見えた。

 こんな姿、嫌でも親近感が湧いてしまう。知れて良かったような、知りたくなかったような、複雑な心境だ。

 ちなみに梅は声を殺して笑っている。ツボに入ったらしい。

 

 

「はぁ……はぁ……。全く……これだから調子が狂うんだ……」

「悪かったな……。ふぅ……。無駄に疲れた……。んで、川添の要件ってのはこれで終わりか? だったら俺は帰るけど」

「……まだ、あるよ……。なんとなく……。特に理由も無かったけど、ずっと言えていなかった事が、ある」

 

 

 じゃれ合うのもそこそこに、美鈴は“彼”から数歩離れ、息を整える。

 “彼”に忠告をした時とも、“彼”が内心を吐露した時とも違った、奇妙な緊張感が漂う。

 

 

「一度しか言わないから、心して聞くように」

「お、おう……」

「あの日……。僕と夢結を、助けてくれて……あ……ありがとう……」

 

 

 “彼”は目を丸くした。

 よほど驚いているらしく、他のリアクションが全く無い。

 それに気付いているのかいないのか、美鈴は先を続ける。

 

 

「あの日、“貴方”が命を懸けてくれなかったら、僕はきっと今頃、この霊園で眠っていただろうと思う。

 そして、夢結の心に、消えない傷を残していたはずさ。あの子の優しい笑顔も、曇ってしまったかも知れない。

 ……まぁ、それはそれで、夢結の笑顔を僕だけが独占しているという、後ろ暗い喜びが湧くんだけど……」

「おい。ヤバげな本音が出てるぞ。引っ込めろ引っ込めろ」

「……ん゛っ、んん゛……。とにかく、今の僕達があるのは、“貴方”のおかげだ。

 もしまた、さっきみたいな馬鹿げた考えが頭をよぎったなら、まずそれを思い出すといい。

 この事実だけは、どんな時でも僕が保証しよう」

 

 

 途中、変な方向に話が逸れかかったけれど、最終的に、美鈴は自信を持ってこう宣言した。

 思わずツッコミを入れた“彼”も、これには嬉しさを隠し切れないのか、照れ臭そうに頭を掻いている。

 

 

「さて、僕はもう帰る」

「なら俺も……」

「いや。少し時間をズラして欲しいかな。一緒に帰って噂になったら困るしね」

「お前はギャルゲーの幼馴染ヒロインか。分かったよ……」

 

 

 本当に用件は済んだようで、“彼”に背を向けて歩き出す美鈴。

 一瞬、その視線が天葉達の方向を向いたため、心臓をバクバクさせるデバガメ隊だったが、存在を気取られた様子はなく、そのまま霊園から立ち去ろうとしていた。

 そんな彼女を、“彼”が呼び止める。

 

 

「川添!」

 

 

 美鈴は歩を休めるが、振り向こうとはしない。

 その背中に向けて、“彼”は構わず声を張る。

 

 

「あの夜、川添と白井さんに出会えた事が、俺の人生の中で、最大の幸運だった!

 他の事で後悔はしても、あの決断を後悔する事だけは絶対にしない! 絶対にだ!」

 

 

 “彼”の声は霊園全体に響き渡り、美鈴だけでなく、天葉や梅、依奈の耳にも確実に届いた。

 それでも振り向かない美鈴だったが、無理からぬ事だったかも知れない。

 何故なら彼女は、今まで夢結だけに見せていたような、優しげな微笑みを浮かべていたのだから。位置的に、天葉達にしか見えないはずだ。

 “彼”には見せたくないと思ったのだろう、背を向けたまま軽く手を挙げ、美鈴は今度こそ霊園を後にする。

 

 

(はあぁぁぁ……)

(見入っちゃったね……)

(どうにかバレずに済んだ……か?)

 

 

 その姿が見えなくなると、依奈を始めとするデバガメ隊は、大きく息を吐いた。不思議と、見ているだけで緊張させられたからだ。

 美鈴は立ち去ったが、“彼”は律儀に時間が経つのを待っているため、今なら本来の目的──夢結に関する話を聞く事も可能だろう。

 しかし、静かに佇んでいる“彼”を見ていると、何故だか憚られた。

 

 

(声、掛けられない、よね)

(うん……。でもさ、でもさ! なんかこう……良いよね!)

(え? ソラって年上が好みだったの? それとも、夢結から美鈴様を略奪……)

(そうじゃなくって、おじ様と美鈴様のやり取り! 子供の頃に見た、リリィが主役のドラマのワンシーンみたいでさ)

(あー、それは少し分かるかも……。やっぱりこの環境だと、男の子との出会いってまず無いから、女の子同士になっちゃうもんね。それはそれで楽しいけどさ)

(だよねー。……そういった意味では、おじ様と美鈴様のドラマティックな出会いとか、憧れるなぁ)

(なるほどなー。リリィと言えども、普通に恋愛はしてみたいんだ?)

(そりゃあそうでしょ。女の子同士で仲良くするのと、男の子との恋愛は別次元の話だし)

(うんうん。ずーっと甘い物ばかり食べてたら、しょっぱい物も食べたくなるのが、自然の摂理…………あれ?)

 

 

 小声で盛り上がっていた依奈と天葉だが、ふと違和感を覚えた。

 途中、妙に野太い声が会話に混ざったのである。梅は確かに男っぽい口調だが、全く声質が違う。というか、明らかに男性の声。

 恐る恐る、二人が声の聞こえた方を振り向けば、そこには、にこやかに笑う和装の男性が。

 

 

「やぁ、お二人さん。デバガメご苦労様」

「ひゃああっ!? ぉぉ、おじ、様っ!?」

「あわわわ……! ごごご、ご機嫌よう……?」

「うーん。機嫌は良くないかなぁ。天野天葉さんに、番匠谷依奈さん。川添と白井さんから話は聞いてるよ」

「うっ」

「バレてる……」

 

 

 名乗る前から名前を呼ばれ、言い逃れるのは無理だと悟った天葉と依奈(ほっかむり付き)は、まるでお縄に着く覗き魔のような心境だ。

 そして、いつの間にか梅が居ない。気付かれたのを察知し、一人で先に逃げたらしい。

 

 

「い、いつから気付いてたんですか?」

「梅ちゃんが全速力で逃げ出す、少し前辺りからかな。君達こそ、いつから聞いてたんだい? 場合によっては義父上……理事長代行まで報告を上げなきゃいけないんだけども」

「えええっ!? それだけは、それだけはご勘弁をっ」

「ごめんなさいっ、許して下さい! 後で梅に何しても良いですからぁ!」

「速攻で友達売ったね」

「裏切り者は」

「許すまじ」

 

 

 必死に拝み倒しながらも、自分達を見捨てた梅への恨み言は忘れない。

 きっと後で、手痛いしっぺ返しを喰らうであろう。逃げ足が速いのも困りものである。

 そんな事より、重要なのは天葉と依奈への処遇。

 殊勝な顔で判決を待つ二人に、“彼”は苦笑いで宣告した。

 

 

「じゃあ、こうしよう。これから出す要求を呑む事が出来たら、今回の事は水に流す。義父上に報告もしない。どうかな」

「よ、要求、ですか……。それって……」

「いやらしい事でなければ、頑張ります……」

「……遠藤も大概アレだけど、近頃の女の子は耳年増だねホントに。今度、学院のカフェテリアで、一緒にお茶でもして貰おうかな。川添には振られてしまった事だしね」

「え。そんな事で良いんですか?」

 

 

 天葉が問い返せば、“彼”は鷹揚に頷く。

 これが大人の余裕かぁ……と、なんだか感心してしまった。

 アールヴへイムの仲間達に迷惑を掛けずに済むなら、お茶くらい問題ない。

 むしろ、美鈴とのやり取りを見て、“彼”自身にも興味が湧いたし、ちょっと楽しみである。

 

 

「冴えないおじさんと同席なんて、罰ゲームには相応しいだろう。おじさんの知らない、川添や白井さんの話でも聞かせて欲しいな」

「確かに……。そういう事でしたら、喜んで」

「取って置きのネタもありますよ。夢結が講義で居眠りしちゃった話とか」

「おっ。そいつは楽しみだ」

 

 

 面子は変わったが、人数は変わらず三人のまま、霊園から立ち去る天葉達。

 この数日後、約束したお茶会の時に、“彼”にも夢結の様子について尋ねたのだが、特に気付いた事は無いらしい。

 気に掛けておくよ、と言ってくれはしたので、全くの収穫無しではなかったのだが、問題の解決はまだまだ先になりそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでおじ様。梅への仕返しなんですが、ちょっと考えがありまして……」

「近々、学院でとあるイベントがあるんですけど、そこでですね。依奈が持ってる“これ”を……」

「ほうほう。なるほどなるほど。それはそれは……」

 

 

 

 




 モブリリィ三人組の使い勝手が良くて助かる。
 梅ちゃんへの仕返し云々は伏線です。速攻で回収します。具体的に言うと次回。
 あと二~三回は頭ゆるゆるな話が続きますが、それを終えたらガチシリアスに突入する予定です。
 今の内に日常回成分を補給せねば……。早く円盤の四巻届かないかなぁ……。
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