アサルトリリィPARABELLUM 作:苗陽さんガチ恋勢
《よもやま話その六、祭りの後に》
「うあぁ〜、望みが絶たれたぁ〜、もう駄目だわぁ〜」
コスプレ選手権が終わってすぐ。
自室でもあるラボのソファで、百由はぐだぁ〜としていた。
うつ伏せに寝そべり、だらしなく腕を伸ばしきっている彼女を見て、制服姿に戻った夢結は溜め息を零す。
「計画通り、じゃなかったの?」
「そうなんだけどぉ、実際に負ける……いや、引き分けると、ほらこう……あるでしょ?」
奇しくも、梅と夢結の同点優勝となったコスプレ選手権だが、梅に負ける、もしくは引き分ける事が決まっていた。
違う言い方をするなら、最初から勝つつもりなどなかったのだ。
「プレゼンで大事なのは、印象に残ること。良くも悪くも、印象に残らなければ話題にすらならないわ。
ま、悪い方に偏り過ぎれば障害になっちゃうだろうけど、今回は大丈夫でしょ。何せ、夢結が着けてたって実績がある訳だし」
「そうかしら……。本当に、ただ身に着けていただけよ?」
「でも、話題にはなる。必ず。そうしたら、夢結はあのバトルクロスの性能を話す。きっと誰もが興味を持つはずだわ! その結果、怪我を負うリリィは確実に少なくなる」
ソファから起き上がった百由の顔には、揺るぎない信念が見て取れた。
これに絆されたから、夢結は協力してしまったのである。
加えて、新型バトルクロスの性能は折り紙付きだった。
洗練された見た目に反して剛性が極めて高く、しかも重量・マギ消費も軽い。問題なのは生産性と値段だが……。
「他にも抱えてる研究があるし、バトルクロスの研究はここで中断しなくちゃいけないけど、データは公開済みだし、世の中には私以外にもアーセナルが居る。後はその人達が勝手に改良してくれるでしょ。だから今回はこれで良いのよ」
「……貴方がそう言うなら」
悪ノリする部分はあるけれど、根は正直で才能があり、それを誰かの為に惜しみなく発揮する。
友人としては少し困るが、仲間としてなら、これほど頼りになる人物もそうそう居ない。
どうか彼女の努力が報われますように、と願わずにはいられない夢結だった。
が、しかし。
百由は真面目な表情から一転、意地の悪いにやけ顏で夢結を見る。
「夢結の方こそ、最後のおじ様へのアピールは驚いたわよ〜。そこまでしてくれるほど乗り気じゃなかったと思ってたのに」
「あ、あれはっ、その……梅が、あんな風に言っていたから、私もそうした方が良いのかと、思っただけで……」
「ふーん。夢結って負けず嫌いよね、見かけに寄らず。戦闘方法も割と脳筋だし」
「う……」
痛い所を突かれ、口ごもってしまう。脳筋は酷い。自覚があるから言い返せないのだが。
それはそうと、百由の言い分に引っかかる部分を感じ、夢結は思わず考え込む。
(本当に、どうしてあんな事を)
コスプレ選手権での、夢結の出番の終盤。梅が擬似告白したのを真似て、夢結は妙な事を口走ってしまった。
いや、百由にはああ言ったけれど、真似というより、反射的に出てしまっただけ。
何故だろう。
梅に負けたくなかった? 違う気がする。
“彼”への好意から? 好ましく思ってはいるが、これもたぶん違う。
……そう。原因はあの二人じゃない。“彼”のすぐ側に居た人物。
川添、美鈴。
(あの時、お姉様はおじ様を見て、妙な………………あれ? おかしいわ。“お姉様は私のコスプレ姿を見ても、全く動じていなかったはずなのに。”……え?)
切ったはずの爪が、服の布地に引っかかった程度の、微かで、しかし強烈な違和感。
何か、大切な事に気付こうとしている。
とても大切で、同時に、おぞましい真実が顔を覗かせているような気がした。
けれども。
「ところでさ、夢結の告白シーンの録画データ、すんごい値が付いちゃってるんだけど……。売らない方が良い?」
「えっ。あ、当たり前よ! もし流出なんかしたら、ありとあらゆる手段で……」
「そこで止めないでよ!? 分かってるから、絶対に売らないってばぁ!」
掴みかけたそれは、夢結の手からスルリと逃げ出してしまう。
百由に気を取られ、抱いた違和感も雲のように霞んでいく。
その正体を理解できなかった事が、果たして不幸を招くのか、それとも幸いだったのか。
いずれ突きつけられるだろう事だけは、明らかだった。
《よもやま話その七、未来の最有力候補》
戦技競技会もつつがなく終了し、今日も今日とて、偶然出くわした安藤とコーヒーを飲もうとしていた俺。
ところが、今日に限って安藤は、やたらと周囲に目を配りまくっていた。
まるで、戦場で不意打ちを警戒しているような、重々しい雰囲気まで背負って。
「なぁ、安藤。どうしてそんなに警戒してるんだ?」
「静かにして。あのコスプレ選手権以来、変なのに声を掛けられる事が増えてるんだから……」
ああ、なるほど……。
聞けば納得の理由だった。
終わり方を含め、色んな意味で物議を醸した中等部の戦技競技会だったが、コスプレ選手権に出場した面々は、差はあれどファンを獲得しているらしい。
きっと、安藤の「にゃあ」にハートをズッキュンされたお姉様方、あるいはお姉様になってほしいシルト候補が、将来のシュッツエンゲルを申し出たりしてるんだろう。可愛いってのも大変だ……。
そんな風に内心で安藤を憐れんでいたら、彼女は急に曲がり角の壁へと張り付いた。
「自販機の前に誰か居る……!」
どうやら、人の気配を察知したらしい。
彼女の頭の上から俺も覗き込んでみると、背中にかかる程の長さの髪を、一本の三つ編みにした少女が、自販機の前で思案顔をしていた。
着ている制服から判断するに、中等部の生徒のようだ。
「安藤はここで待っていてくれるか。すぐに買って来るから」
「……分かった。早くしてね」
「はいはい」
誰に狙われているか分からない以上、下手気に姿を見せる訳にもいかないだろう。
仕方なく、俺は一人でコーヒーを買いに自販機へ向かった。
「……!」
歩み寄る俺に気付いたらしい少女は、ちょうど硬貨を投入しようとしている所だった。
とりあえず、手で「お先にどうぞ」という意思を示すと、彼女は戸惑いながらも会釈を返してくれる。
しかし、それが良くなかったのか……。
「あ」
少女の指から、硬貨が零れ落ちてしまった。
慌ててそれを拾おうとするが、運悪く、彼女の持つ小銭入れは口を開いたままで。
「ああっ」
ジャラジャラジャラ──と、入っていた小銭が全部、ばら撒かれた。
「あ、あ、待っ……」
恥ずかしいのか、顔を赤くしながらアワアワとしゃがみ込み、小銭を集めようとする少女。
けれど、そんなに焦っていては上手くいくはずもない。
つまみ上げようとしてチャリン、爪で弾いてしまってチャリン、を繰り返している。
「て、手伝おうか?」
「………………」
流石に見ていられず、手伝いを申し出ると、ますます少女は真っ赤になり、ややあって、俯きつつ頷いた。
恥ずかしいだけかも知れないが、随分と無口な子っぽい。
ここは下手に慰めず、ササっと小銭を集めて、見なかった事にしてあげよう。
「はい。これで全部かな」
「……っ……」
集めた小銭を渡すと、少女は無言ながら、これでもかと頭を下げる。
俺が「気にしないで」と言っても、何度も何度も頭を下げ続け、しまいには頭を下げつつ自販機に硬貨を入れようとするのだが、余所見をしながらでは、目測を誤るのも当然であり。
「あっ」
硬貨はまたしても、少女の手から零れ落ち──なかった。
横合いから細い手が伸び、落ちようとする硬貨をキャッチしたのだ。
その手の主である女の子……安藤は、呆れたようなジト目で俺と少女を見ていた。
「安藤? どうして……」
「あんまり遅いから、何してるかと思えば……」
溜め息混じりに、安藤が代わって硬貨を投入する。
見ていられなくて手を出してしまった、という感じか。
そりゃそうだ。俺が安藤の位置に居たとしてもそうする。
「どれ?」
「え……あ……」
「言わないなら勝手に決めるけど」
「……こ、これ……」
不機嫌そうな安藤に、少女は気圧され気味だ。
実際は別に不機嫌でもなんでもなく、例のファンを警戒しているだけだろうけど、事情を知らない人にとっては、無愛想にしか見えない。
本当は優しい子なのに、こういう部分で誤解されがちなのがもったいないよな……。
「ん。せっかく買えたんだから、落とさないでよ」
「安藤、そんなつっけんどんな言い方しなくたって……」
「いいから、おじさんも早く買って」
「全く……。ごめんね? 無愛想かもしれないけど、本当は心の優しい子だから、気を悪くしないでくれるかな」
「は、や、く!」
愛想を売る俺のふくらはぎに、安藤の小キックが飛ぶ。
はっはっは。照れるな照れるな。痛くないぞー。
けど、無駄に機嫌を損ねる事もない。
俺はそそくさとコーヒーを二缶買い、名も知らぬ少女に「ご機嫌よう」と言い残して、一足先に歩き出した安藤を追う。
「……あ、あの……っ」
すると、振り絞るような声で呼び止められた。
振り返れば、安藤に買ってもらったジュースを抱え、また頭を下げる少女の姿が。
「た、高畑
「……別に。お礼を言われるような事、してないし」
「安藤、お礼くらい素直に受け取ろうな……? どういたしまして。それじゃあ、今度こそ。ご機嫌よう、高畑さん」
改めて別れの挨拶をすると、少女は──高畑さんは、ようやく柔らかい笑みを浮かべた。
こうして俺と安藤は、高畑聖咲という少女と出会ったのである。
この縁が、彼女の運命を変えてしまうとは、もちろん知らないままに。
《よもやま話その八、パーフェクトコミュニケーション》
私──遠藤亜羅椰は、先日の約束を果たすため、小脇にスケッチブックを抱えて、とある部屋の前に立っていた。
(全く、この私を呼びつけるだなんて。おじ様も偉くなったものね)
立場的には本当に偉いんでしょうけど。なんてったって、理事長代行の義息な訳だし。
でも、乙女の貴重な時間を奪った事に関しては、文句を言ったって良いはずよね?
シックなデザインの木製のドア。
その脇にあるインターホンを押し、そんな事を思いながら待つこと数秒。
……数十秒。
もう一分以上経った。
「……おっそいわね」
インターホン鳴らしたら返事するか、さもなきゃ即出てくるでしょ普通。
普段は私に常識を説く癖に、誰かを呼び出しておいてコレとか、最悪だわ……。
待ちぼうけする事、さらに二~三分。
バタバタとドアの向こうが騒がしくなったかと思ったら、ようやくおじ様が顔を見せた。
「ご機嫌よう。よく来たな、遠藤」
「ご機嫌よう。人をわざわざ呼びつけておいてインターホンも無視してドアの前で何分も待たせる、お、じ、さ、ま」
「し、仕方ないだろう? 見りゃ分かる通り、訓練終わりのシャワー浴びてたんだ。これでも急いで出て来たんだぞ」
そう言うおじ様の髪は、確かにシットリと濡れている。
部屋着なのかしら? 作務衣の首元にもタオルが掛かっているから、本当の事みたい。
男の裸を見て喜ぶ趣味もないし、仕方ない。今回は許してあげよう。
「とにかく、立ち話もなんだし、上がってくれ。お茶を淹れる」
「どうぞお構いなく。絵を置いたらすぐに帰りますから。それと、まずはキチンと髪を乾かして。風邪でもひかれたら困るわ」
「すまん。そうさせて貰うよ」
おじ様に続いて入った部屋は、広々としていながら、小ざっぱりした印象だった。
家具そのものは格調高い、恐らく数百万はする物で統一され、流石は元理事長代行の部屋と言わざるを得ない、素晴らしい内装なのに、何故か空虚さを感じてしまう。
なんで値段が分かるかって? 実家には同じくらいの家具がゴロゴロしてますから。美大教授の母親持ちを舐めんじゃないわよ?
それはともかく、この違和感の原因は………………ああ、そっか。私物っぽい物がほとんど無いからだわ。生活感が乏し過ぎる。
まるで、家具の展示場。
「意外と片付いてるんですね」
「……まぁ、男の部屋だし、散らかってると思われても仕方ないけど……。ほとんどが義父上の物だからな、散らかすのは気が引けるってだけさ」
「ん……そういう意味じゃなくて……」
「え? じゃあどういう意味だよ」
「……なんでもないわぁ」
髪を乾かし終え、作務衣の上に半纏を着て戻って来たおじ様は、私の様子に眉を寄せている。
殺風景ですね、の嫌味も通じないなんて。にぶちん。
スケベな本の一冊でも落ちてれば、それをネタに弄って遊べたのに。隙をついて家探ししようかしら。
でも、今はそれより、おじ様が抱えるようにして持つ、段ボール箱が気になった。
「なぁに、その箱?」
「ああ、これか。通販で買った額縁だよ。今朝届いたんだ」
「額縁って……まさか、このスケッチのために?」
「そうだぞ。奮発した」
どやぁ、と得意げな表情のおじ様が取り出した額縁は、確かに高価そうな一品に見える。少なくとも、この部屋の家具に負けないだけの雰囲気はある。
その中に入れるのが、よりにもよって三分で描いたスケッチ? 場違いにも程があると思うんだけど、私。
……そこまで気に入ったの? ただの落書きなのに。
…………まぁ、悪い気はしないんだけども。
ちなみに、私の本分は油彩画。
母の影響で始めた事だけど、今では私を構成する一部分となっている。腕前にも自信アリよぉ?
おじ様ってば、いっつも私に小言を言うのに、あのコスプレ選手権以降、絵に関しては手放しで褒めてくれるし。
そうこうしている内に、おじ様は慣れた手つきで、私の前へと紅茶のカップを配していた。
芳しい香りが鼻腔をくすぐる。
「ほい。どうぞ」
「どうも。……いい香り。普通の紅茶とは少し違うような……」
「お、分かるか。郭さんに分けて貰った茶葉なんだ。あの時のお詫びに、って」
「……ふぅん」
なんでだろう。
今の今まで悪くない……むしろ良い気分だったのに、急に胸糞悪くなったわ。
もしかして、神琳の名前を聞いたせい? やっぱり私、少し苦手意識があるのね……。
まさか、あの子もこの部屋に来たとか。だったら警戒しないと。
人畜無害そうな顔してても、おじ様だって男なんだし。何かの拍子に狼スイッチが入って襲われたりしたら、堪ったもんじゃない。
「ねぇ、おじ様。どうしてその絵を気に入ったの? ただのスケッチなのに」
「う~ん……。そうだな……。誰かと一緒に描かれてるから、かな」
「美鈴様と一緒だから、っていう意味?」
「いや。別に川添とじゃなくても良い気がする。ん〜……」
話を逸らす意味合いも込めて、私はおじ様に質問を投げかける。
しかし、返事は要領を得なかった。
美鈴様みたいな美人とのツーショットなら、男は飛び上がって喜びそうなものだけど。私も喜ぶ。なんなら脱いだって構わない。そしてそのまま組んず解れつ。
……って、いけないいけない。最近欲求不満だから、つい妄想しちゃうわ。我慢しなきゃ。
でもでも、美鈴様とラブラブしてたら、嫉妬に狂った夢結様が乱入して来て、済し崩し的に3(ピー)とか最高に燃えるシチュエーションで……。
「他に持ってないから、かも知れない」
脳内で下世話な妄想をする私の耳に、おじ様の静かな声が割り込む。
スケッチブックから外した鉛筆画を額縁に入れ、空いている壁に飾り、満足そうにそれを眺めている微笑みは、どこか寂しそうで。
「うん。画像データみたいな0と1の塊じゃない、実物として存在する誰かとの思い出の品って、他に持ってないんだな、俺」
「……それって……」
「よくある話だろ。家族との思い出が街ごと消滅、なんて。
その後に手に入れた物もあったけど、結局、持ってはこられなかった。
だからこのスケッチが、
義肢もそうかも知れないけど、こっちは実用品だしな」
全く作り物には見えない右手をヒラヒラさせ、おじ様が苦笑いを浮かべる。
彼の言う事は、確かによくある話。
この時代、誰も彼もが、何がしかの傷を抱えて生きている。生きているだけ、マシ。
おじ様の事情は伝え聞いた程度だし、詳しくは知らないけど、ヒュージに関わって生き永らえたのだから、十分に恵まれている。
……だけど。だけれど。
おじ様に起きた事がよくある話だとしても、その一つ一つの重さや、悲しみ、痛みが軽くなる訳じゃない。
また愛おしそうにスケッチを眺め始める横顔を見ていると、胸がざわついた。
湖に小石を投げ込まれたような、小さな、小さな漣。
「……おじ様。提案があるんだけど」
気付けば私は、頬杖をつきながらそんな事を言っていた。
「提案?」
「私、もっとおじ様の絵を描いてあげるわ」
「……どういう風の吹き回しだよ? さては、白井さんをモデルとして呼ぼうって腹積りか?」
「あら、もうバレちゃった。つまんなぁーい。でも、欲しくない? 夢結様とのツーショットのスケッチ」
「うっ」
ニタァ、と笑って指摘すると、おじ様はあからさまに狼狽える。
おじ様の夢結様好きも大概よねぇ。
ま、私の見立てだと、男女間にありがちな惚れた腫れたじゃなくって、単に好みの美少女だから近くで眺めていたい、的な感じかしら。
とってもよく分かるわ。ちなみに私は眺めるだけじゃ我慢できない性質ね。あわよくば美味しく頂きます。もしくは頂かれます。
しばらくすると、おじ様は呻くような声で答えた。
「な、何が望みだ……。金なら無いぞ、その額縁高かったんだ」
「しっつれいねぇ、人を強請り屋みたいに。別に大した事じゃないわよ。いつか夢結様の絵を描かせて貰えるよう、仲介してくれればそれでいいわ。魅力的な提案だと思うけどぉ?」
「ううむ……。ど、努力してみる……けど、確約はできないぞ……?」
夢結様とのツーショットの誘惑には勝てなかったらしく、早々に折れるおじ様。
よし、チョロいもんね。
にっこり微笑み、ぱん、と柏手を打つ。
「はぁい、契約成立! じゃあまずは、おじ様と一緒にモデルになってくれる人を探して、スケッチを打診しましょうか。
外堀からどんどん埋め立てて、いずれは夢結様と二人っきりで裸婦画とかを……うふふふふ」
「……早まったかなぁ……」
うっかり本音を漏らす私に、おじ様は頭を抱えている。
でも、もう遅い。こっちは既にやる気満々。嫌だと言っても聞いてあげない。
そして、この殺風景な部屋を、私が描いた絵だらけにしてあげるわ!
「今さら後悔しても遅いわよぉ? ぜぇったいにおじ様の絵を描いてやるんだから」
私は、ふんぞり返り気味に宣言した。
そうすれば、この胸のざわめきも静まるような気がしたから。
《よもやま話その九、イド》
時は少し遡る。
中等部の戦技競技会が恙無く終了して、その事後処理も済んだ頃。
とっぷりと日が暮れ、暗くなった夜道を歩いて寮に戻った美鈴は、自室の洗面所に居た。
「……はぁ……」
ぱしゃり。
顔を水で洗い、滴る滴もそのままに、鏡を見つめる。
映り込む鏡像の自分の顔は、少し頬が緩んでいるように見えた。
気が抜けている、とも言える。
(中々に充実した戦技競技会だったし、まぁ、仕方ないか。惜しむらくは、夢結のコスプレをあまり堪能できなかった事だけど)
そう。充実した一日だった。
常日頃、ヒュージとの戦いに勤しまなければならないリリィにとって、こういったイベント事は非常に重要だ。
守るべき日常を確かめ、仲間との絆を深め合い、明日への糧とするための、重要なサイクル。
それは美鈴にとっても同様である。
思い返せば、自然と頬がほころんでしまう位に、楽しかった。
隣に“彼”が常駐していたのは業腹だけれど、そんなのは些細な事だと思える位に。
……だが。浮ついた気分も、次の瞬間には凍りついてしまう。
『随分と浮かれているね。そんなに嬉しかったのかな? “彼”と絵に描かれたのが』
「……っ!?」
鏡像が嗤った。
美鈴が驚愕に表情を歪めても、その嗤いは変わらない。
それどころか、身動き出来ないはずの鏡像は、美鈴を挑発するように鏡の中で動き回っている。
『後悔しない、だっけ。霊園で“彼”が言ったのは。全く、笑ってしまうよ。そう思う心も──が植え付けたものだろうに』
「……違う。僕はそんな」
『誤魔化しても無駄さ。あの夜、確かに──は“彼”の心に触れたじゃないか』
鏡像は的確に、そして残酷に、思い出したくない事実を突き付ける。
全ての始まり。
甲州撤退戦での、“彼”との出会い。
『万が一にも夢結に被害が及ばないよう、正しく情報を把握できるよう、“彼”の無意識を誘導した。それがどんな結果をもたらすか、予想できていた……いいや、知っていた癖に』
「……うるさい……」
口では否定する美鈴だが、鏡像の言う事は本当だった。
美鈴は己の“力”を使い、まず彼の事情を探り、そして自分達に敵対心を抱かないよう仕向けたのだ。
あの状況では、身の安全を確保する事こそが重要だったから。
だが、それがあんな……命懸けの自己犠牲を強いただなんて。
そんな事を望んではいなかった。
そんな事になるとは思いも寄らなかった。
その、はずなのに。
『“彼”は──が望んだ言葉をくれる。“彼”は──が望んだ事をしてくれる。
でも。でも。でも。
それが“彼”の心を塗りつぶして得たものだとしたら、それは、人形遊びと何が違うのかな』
「……っあぁああ゛あ゛っ!」
鏡像は嗤う。
堪えきれなくなった美鈴が、拳を鏡に叩きつける。
ガシャン、と大きな音を立て、鏡像はひび割れた世界に消えた。
「はぁ……はぁ……っ……ふっ……」
モザイク画のようになった鏡は、美鈴の姿を正しく映す。
焦燥した眼で自分を睨みつけ、大きく肩を揺らし、拳からは血が流れ出ていた。
だが、消え去ったはずの声が、今度は耳元で聞こえる。
『無駄だよ。これも──が望んだ事だ。都合の悪い事から目を逸らさないよう、──が望んだ“事象”なんだから。逃げられるはずがない。そして、同時に
責め苛むような声音が、甘く、優しく、美鈴を誘う。
『思うがままに振る舞っても、誰も気付きはしないさ。何もかもが──の思うがままになる。……そうした方が、楽になれるんじゃないかな』
「……そんな事、許されるはずがない。他の誰でもない、僕自身が許さない。消えろ。目障りだ」
『お望みのままに』
吐き捨てるような命令に、誘惑者は消える。
望んでもいない時に現れる癖に、こんな時だけ聞き分け良く。
それは、望めば叶う、叶えられてしまうと、暗喩しているようで。
「……僕、は……」
力なく拳を下せば、割れたガラスが同時に何枚も剥がれ落ち、洗面台で砕ける。
その音を聞きつけた寮生が駆けつけるまで、美鈴は何も出来なかった。
ただただ、何かの代わりのように、拳から己の血を流し続けていた。
《よもやま話その十、悪魔の囁き》
どんよりと暗い雲が、空を一面に覆うある日。
俺は久しぶりに、理事長室へと呼び出された。
「失礼致します」
ノックをして入室すると、相変わらず広々とした室内に、義父上の執務机と応接用ソファ、ローテーブルだけの、簡素な造りが目に映る。
しかし、その場に華を添える存在が一人、執務机の側で控えていた。
知らないリリィだ……。
「呼び立てて済まなかったのう。まずは座りなさい」
「はっ」
美しい華に目を奪われつつも、ソファへ腰を下ろす。
プラチナブロンドと言うのだろうか。銀色にも見える、色の薄い艶やかなロングヘア。
碧い瞳はサファイアの如く透き通り、色白な肌は、彼女が西洋人、もしくはその血を引く事を示している。
百合ヶ丘には外国人の生徒も多数在籍しているが、それが何故、今ここに?
訝しんでいると、義父上が手を差し、彼女を紹介した。
「紹介しよう。彼女は
「ロザリンデ・フリーデグンデ・フォン・オットーと申します。御目に掛かれて光栄ですわ、“おじ様”」
「……初めまして」
優雅な一礼からは気品が溢れ、しかし、何処となく勝気な印象も見受けられる。まぁ、個人的な意見だが。
とにかく、合わせてこちらも座礼を返すのだが、そこで義父上が言葉を重ねた。
「君は、ロスヴァイセがどのような役割を担っているのか、知っておるか?」
「あまり詳しい事は……。確か、衛生任務を行うのに長けているとか」
「うむ。表向きは、な」
百合ヶ丘の生徒の人種が多岐に及ぶように、彼女等が結成するレギオンも、活動内容が分かれる。
例えば、白井さんや川添、梅ちゃんに天野さんなどが属するLGアールヴへイムは、百合ヶ丘の名を背負って立つ、前線での戦闘を行うレギオン。
対するLGロスヴァイセは、後方支援……。衛生任務を得意とするレギオンだと聞いた事があった。いわゆる衛生兵というやつだ。
が、表向きと言うからには、裏の顔を持っているのだろう。
「彼女達は、百合ヶ丘の特務レギオンとしての活動が任じられている。これは第三級の秘匿事項であるから、口外はせぬように」
「了解しました。……では、その特務レギオンのリリィが、なぜここに?」
当たり前のように湧く疑問を差し挟むと、義父上はロザリンデさん……長いからオットーさんでいいか。
オットーさんに目配せし、頷き合う。
「君には、ある作戦行動への協力を頼みたい」
「作戦行動、ですか……。僭越ですが、その作戦行動にはロスヴァイセが関わると考えてよろしいのですよね。部外者である自分が加わっても、連携を乱すだけでは?」
「今回はレギオンと呼べるだけの人数を投入できないのです。その辺りも含めて、判断して頂けたらと」
それきり、理事長室には静寂が広がった。
ここまでの情報で、協力するかどうかを考えろ、という事か。
かなりの無茶振りに思えるけれど、義父上が──百合ヶ丘女学院というガーデンが、なんの考えも無しに、スキル使用すら不安定な俺を作戦行動に加えようとするはずがない。
参加させる事にメリットがあるのか、逆に、参加させない事でデメリットが発生するのか。
どちらかは分からないものの、必要とされるなら応えたい。
そう思った俺は、義父上とオットーさんに向けて頷き返した。
「及ばずながら、助力させて頂きます」
「そうか……。では、詳しい話をしよう」
……けれど、義父上は浮かない様子だった。
いや、違う? ほんの一瞬だったが、俺を痛ましいものを見るような眼で……。
再び口を開く時には、もうそれも消えていて。……気のせいか?
「先日、機密性の高い情報が、とある筋からもたらされた。特殊な研究を防衛軍が主導している、というものじゃ」
「防衛軍が……?」
「こちらをご覧下さい。……どうか、心を乱さないよう、お願いします」
オットーさんにタブレット端末を渡される。
真剣な表情に気圧されながら、表示された内容を確認し始めると……それが決して過剰な予防線ではなかったのだと、痛感させられた。
「そんな、馬鹿な……! こんな事が、本当に!?」
「信じられぬのも無理はない。だからこそ内偵する必要がある、という結論に至った。今回の作戦、リリィには不向きじゃからな」
自分が目で確認した情報でも、信じられなかった。信じたくなかった。
かつて身をやつしていた組織が、このような狂気の沙汰を主導しているだなんて。
怖気が走り、思わず、震えた手で顔を覆う。
「人間を……マギ保有者を、CHARM化する実験だなんて……。こんなの狂ってる……!」
口にするだけで舌が腐りそうな所業は、人の悪意が凝縮されていた。
暗雲の孕んだ季節外れの稲妻が、遠く、唸り声を上げる。
嫌な予感がした。
古傷をほじくり返されるような、鈍い痛みを伴う、予感が。
次章「Paracelsus Complex」編へ続く。
作者からのお知らせ。
次章より、原作での情報公開の少ないリリィが、準主役として登場します。
物語の都合上、キャラ設定の空白部分を埋めた事によって、今以上に原作との乖離が大きくなる事が予想されます。あらかじめご了承下さい。
高畑聖咲というキャラを知らない方への補足。
安藤鶴紗が中等部時代に友人だったリリィであり、保有レアスキルはフェイズトランセンデンス。
茨城県出身で、無口で不器用。白井夢結のシルト最有力候補だった。
原作においては、中等部卒業後、不可解な経緯でアルケミラ女学館へと編入せざるを得なかったが……?
以下、いつものシリアスブレイクかつ本編に関係ない駄文ですので、雰囲気を壊したくない方はスクロールにご注意を。
姫騎士夢結を出したらラスバレでも姫騎士イベ始まって草生えるwww
高嶺様の谷間と脇と絶対領域がエロかったのでブン回しましたが、叶星様ばっかり分身して冷や汗出ましたわ……。
でもラスワンで来てくれたし、ぷるんぷるんなので満足。基本、リリィの衣装って露出が少ないので、こういうの貴重ですぜ。きっとあるだろう夏の水着ガチャにも期待したい。
一葉さんと藍ちゃん? 作者のラスバレには実装されてませんでしたよ。実際されてませんでしたよ。実際されてませんでしたよ!(悔しかったので三回も言う)
次回からはアニメでちょっとしか出なかったロザリンデ様が登場します。
時期的に碧乙ちゃんはシルトじゃないですが、一応出てくる、かも……? そして伊紀ちゃんは……まだ秘密。
その代わり、他のキャラは出番無しです。許して下さい。
あと、月末に出るバイオミュータントもガッツリ遊ぶ予定なんで、更新遅めになるかも知れません。許して下さい。
それまでに出来るだけ書き溜めねば……!