アサルトリリィPARABELLUM 作:苗陽さんガチ恋勢
「おい、起きろよ相棒」
まどろみから意識を引き上げたのは、馴れなれしい同僚の声。
途端、耳には様々な生活音が届き、よくこんな中で眠れたものだと、自分の事ながら感心してしまった。
よほど疲れが溜まっていたのだろう。
「今何時だ……?」
「夜中の二時半。くそガキ拾って帰って来てから、まだ六時間と経ってねぇよ」
雑多な物資で溢れかえるここは、マディック──低スキラー数値が原因でCHARMを起動できない戦闘員──の兵舎だ。
東京の六本木にある……エレンスゲ? いや、エレスゲン、エンゲルス……なんとか女学園などにも同じ制度があるそうだが、詳しくは知らない。
割り当てられた二段ベッドの上で身を起こせば、見慣れたチャラ男のにやけ顏が、こちらを覗き込んでいる。
「なら寝かしといてくれて良かっただろ……。ただでさえマギの回復遅いんだからよぉ……」
「んなこた知っとるわ。またお仕事だとよ、数少ない防衛軍のマギウス様は忙しいったらないな」
思わずベッドに倒れ伏し、けれど仕方なくまた起き上がる。
作戦行動中なのは分かっていても、正直な話、サボりたい。寝たい。
サボった時点で懲罰訓練確定だろうから、馬車馬の如く働くしかないのだが。
兵士って悲しい。
「今度はなんだ……? また逃げ遅れた上級国民様の救出か?」
「俺も詳しくは聞いてない。とにかく急いで、指定の場所へ向かえだとさ」
「はぁ?」
俺が眉をしかめて見せても、チャラ男のにやけ顏は崩れない。
この男もたいがい適当な人間だが、それにしたって。
これでは何も知らされていないのと同じだ。
「なんだそのガバい任務……。ま、どうせ断れないんだろうが……」
「嫌んなるぜ、全く。付き合わされるこっちの身になれってんだ」
頭を掻きむしり、溜め息と一緒にベッドを下りる。
防衛軍から与えられた任務において、過不足なく遂行できたものは一つもない。
物資が足りない。情報は間違っている。支援なんてあるはずもない。というか俺達が支援する側だ。
リリィ。
CHARMを振るう、人類の真の守護者。年端もいかない少女達。
彼女達の足手まといにならないよう注意しつつ、戦う事すらできない一般人を避難させたりするのが、防衛軍の役目なのだ。
もしこの世界が舞台にでもなったなら、俺達は脇役ですらない。観客の意識の外側に置かれる、単なる黒子だろう。
だから、何かを期待する方が、間違っている。
とりあえず、着崩していたシャツのボタンを留め直し、支給品の防護服を羽織る。
兵舎の中には十人程の男性がおり、思い思いに余暇を過ごしていた。
リリィに比べて数は多いマディックだが、男性版リリィであるマギウスが少ないのと同じく、男性のマディックも少ない。
かといって、女性マディック用兵舎の近くに男の兵舎を置くわけにもいかないので、敷地内の外れにポツンと建っている。
おかげで何をするにも、まずは移動しなければならないのだが、持ち運び用のCHARMのコンテナを取りに入り口へ向かう俺を、チャラ男が呼び止めた。
「おい、そっちじゃねぇ。裏口から行くぞ」
「裏口から……? 一体どうして」
「だから知らんっつの。俺が聞きたいわ、人目につくなって言われただけだし。なんか裏の事情でもあんだろ」
「……嫌な予感しかしない」
「んだんだ。ちゃんとCHARM持ってけよ、いざという時は守ってくれや」
ヘラヘラと笑いながら、小銃を肩に掛けるチャラ男。
なんでこいつは、いつもこんなに気楽なんだろうか。こいつみたいに生きられたら、俺も胃の痛みから解放されるんだろうか。
どうやってもこいつの言動は真似られないので、無理な話だろうけども。
溜め息をもう一つ。改めてコンテナを担ぎあげる。
気ぃつけろよー、土産よろー、ついでにエロ本もー、とのたまう仲間達に手で返しつつ、チャラ男に続いて兵舎を出た。
夜闇に隠れるようにして駐車場へ辿り着くと、チャラ男が運転席に座り、俺は助手席に腰を下ろす。
音もなく滑り出したハイブリッドエンジンのジープは、崩壊した街を抜け、森を行く。
「こうしてると、防衛軍に入った時の事を思い出す」
「そういや、お前は徴兵組だっけか」
俺が防衛軍に入ったのは数年前。
ヒュージ災害で家と家族を喪い、被害が多過ぎて閑散とした避難シェルターで、鬱々としていた所を戦時徴兵された。
当時は防衛軍の人員が崩壊寸前まで減っていたため、仕方のない処置だったのだろう。体を動かしていれば喪失感を紛らわせられたし、飯も食べられ、給料も出たので、ありがたかった。
あの時も、薄闇の中をジープに乗せられ、なんとも言えない不安を抱えたまま基地へ向かったのだ。
チャラ男とはその基地から続く腐れ縁だったりする。
(いつまで戦い続ければ良いんだ。リリィの足元にも及ばないスキラー数値だってのに)
スキラー数値とは、リリィ、もしくはマギウスとしての能力の高さを示す、指針のようなもの。
1~100の数字で評価され、50がCHARMを扱うための最低値とされる。歴代最大値は98だとか。
そして、俺のスキラー数値は41。本来ならCHARMを起動できない数値だ。
なのにマギウスとして活動できる理由は、現在使っているCHARMにある。
アガートラーム。
防衛軍が極秘開発した、要求スキラー数値の低いCHARMだ。このCHARMは、スキラー数値が40もあれば起動できる。
しかし、通常のマギクリスタルよりも共鳴率が低いうえ、低スキラー数値のリリィ/マギウスを戦場に出しても死者が増えるだけ、という分析のもと、量産化は見送られた。
半ば廃棄同然に死蔵されていたこのCHARMを、倉庫整理中にたまたま発見し、チャラ男の「試しに契約してみよーぜ!」という誘いに乗らなかったら、今の俺はないだろう。
だが、結局は俺も低スキラー数値のマギウス擬きに過ぎない。
略式契約のせいで生じたらしいバグが起こす、レアスキルに似た効果がなければ、もう何度も死んでいる。
だというのに、こうして詳細不明の任務にも駆り出される。
疲れていた。……とても、疲れていた。
ふと、体が前につんのめる。
チャラ男が急ブレーキを掛けたらしい。
「っ、おい、なんで急に」
「静かに! あれ見ろ……!」
ライトも消し、身を屈めるチャラ男の視線の先を確かめると、遠方に小さな広場があり、数台の車が停まっていた。
その中の一台。大型のバンには、悪い意味で見覚えのある企業のロゴが。
「G.E.H.E.N.A.の装甲車、か? なんでこんな所で……」
「俺が知るかよっ、なんにせよ最悪だ。進んでも戻っても見つかるぞ……っ」
チャラ男が顔を引きつらせている。多分、俺も同じような顔をしているだろう。
ヒュージ研究で悪名高いG.E.H.E.N.A.は、その人道にもとる行いが故、表向きは防衛軍と折り合いが悪い。
この表向きは、というのが厄介で、軍上層部がG.E.H.E.N.A.となんらかの形で通じているのは、所属した人間が全員、半年もあれば察する事だ。
触らぬ神に祟りなしなら、それと知らずに触れられた神は、どんな風に祟るのか。考えたくもない。
本当に、貧乏クジばかり引かせられる。
まさかG.E.H.E.N.A.に関する任務って事なのだろうか?
「とにかく、戦闘準備だけはしとく。エンジン切るなよ」
「了解、相棒。あ、ちょい待ち」
何はともあれ、身を守る為にも準備が必要。
コンテナを取ろうと後部座席を覗けば、チャラ男が何かを言いかけ、首を軽く叩かれる。
同時に、カシュン、という音と、何かが首筋へと打ち込まれる感覚。
全身から、力が抜けていく。
なんだ、これ……?
「あ……? 何、を」
「あれ、即効性のはずなんだが……ヒュージ人間にゃ効きづらいか、やっぱ」
力を振り絞ってチャラ男の方を振り向けば、奴はいつもの笑顔で、圧式注射器を弄んでいた。
薬物を、打たれた。体が、動かない。
チャラ男は、崩れ落ちる俺の体を助手席に押し戻すと、再びライトを点けてクラクションを短く二回、長く一回、短く三回、と繰り返してからG.E.H.E.N.A.の集団へジープを寄せる。
「お待っとさーん、ご注文の品ですよーっと」
「時間通りですね。意外です」
「商売は時間厳守が鉄則でしょうよ」
研究者らしい白衣の男。護衛の兵士が見える範囲に五人。そしてCHARMを持った、虚ろな目をした少女。
どこからどう見ても、後ろ暗い取引の現場だった。
「お゛前……っ、G.E.H.E.N.A.と……!?」
「おう。防衛軍もここらが潮時だろ。沈みかけた船からは、金目のもんを頂いて飛び降りるのが正しい作法さ」
どうにか喉を震わせるも、帰ってくるのはいつもの軽薄な笑み。
普段と一切、何一つ変わった様子が見えない。
背筋が震える。
「ご協力ありがとうございます。正に一石二鳥、これでますます研究は進む事でしょう」
「そいつぁ良ござんすな。しっかし、こんな低能の半端もん、どうやって活用するんで?」
「低能だからこその使い道があるんですよ。どこまで強化すれば使い物になるか、などを調べたり。男性のマギ保有者は貴重ですし」
チャラ男と研究者らしい男は、茶飲話でもするかの如く、気安く会話を交わしている。
俺は、G.E.H.E.N.A.に売られたのだ。
貴重なマギウスの、実験用サンプルとして。
いつから。いつから計画していた。いつから俺を売ろうと。
もしかして、最初から?
コンビを組まされてから数年、共に死線を潜り抜けてきた間も、ずっと?
(クソ、クソッ、ふざけるな! こんな終わり方、納得できるかっ!)
煮え滾るような怒りが、ろくに力の入らない体を動かす。
緩慢な動きで、後部座席へと這い、もたつく指でコンテナを開け、CHARMの柄を掴み──けれど、そこまでだった。
俺を相棒と呼んだ男が、いつものにやけ顏で、見下ろしている。
「おいおい、潔く諦めようや。俺の輝かしい未来のために、大人しくモルモットになってくれよ、な?」
「それが例の、有用なバグ持ちのCHARMですか。これで一石三鳥、実に興味深いですね」
男二人が笑顔を浮かべ、それ以外の人間は、誰一人として笑っていない。
胸を絶望が支配し、思わず顔を伏せる。……と、そこで思い出した。
防衛軍所属のマギウスなら誰もが知っている、基本中の基本。
CHARM運搬用のコンテナには、緊急避難用の装備が内蔵されているはず。
奴が忘れているのかどうかも分からないが、たとえ一瞬でもいい。
スキルプロトコルを発動するチャンスさえあれば!
(笑いが止まらないか? だったら、もっと笑って見せろよ、“相棒”!)
コンテナの持ち手。やたら無骨なそれの、装飾にしか見えない防衛軍紀章を押し込みつつ、特定の手順で捻る。
すると、あれだけしっかりと固定されていた持ち手が外れた。
“相棒”の顔から笑みが消える。
CHARMにマギを通し、筋力を単純強化。顔を伏せたまま、頭上へ持ち手をぶん投げる。
カチリ、と小さな駆動音。
「目を閉──くっ!」
「ぎゃっ!?」
閃光。
直視したのか、白衣の男が悲鳴を上げた。
俺は残存マギの半分近くを注ぎ込み、CHARMから奇妙な不協和音が響かせる。
(skill-protocol:invisible-one:charge)
次の瞬間、体は宙を舞っていた。
移動系レアスキルである縮地、そのサブディビジョンスキルであるインビジブルワンの模倣効果だ。
方向性を指定しなかったせいか、自分でもどこに飛んでいるのか分からないが、猛スピードで遠ざかる景色の中、副作用として発生した衝撃波がジープを破壊した事だけは、辛うじて理解できる。
次にするべきは、着地の衝撃に備えて個人防御壁の強度を上げること。
本来なら加速度を攻撃力へと転じるのだが、このままではその分が自分自身に跳ね返る。せっかく窮地を脱したのに事故死とか、たまったもんじゃない。
残るマギで、可能な限り防御壁を厚く、堅く、それでいて柔軟に。
そして、程なくその時は訪れた。
「──がふっ!?」
想像を絶する衝撃と、それに伴う、隕石が落ちたような爆音。
耳鳴り。
視界は土埃で覆われ、呼吸もままならない。
CHARMも、気付けばどこかへ行ってしまっている。
(早く、移動しないと……。追いつかれるのは、時間の問題……っ)
かなりの距離を稼げたはずだが、マギで身体能力を強化したリリィなら、追跡も容易い。
早く。早く。早く。
とにかくこの場を離れなければ。
まだ薬物の影響の残る体を必死に起こし、墜落時にできたクレーターから動こうとするが、休む間もなく、マギウスとしての本能が背筋を震わせる。
──マギの気配! しかも二つ!
「これは驚いた。月夜にCHARMだけでなく、人まで降ってくるとはね」
「お姉様、何を呑気なっ。下がってください!」
土埃が晴れ、満月が辺りを照らし出す。
視線を向けた先には、黒と白の可愛らしい制服を着た、二人の少女が立っていた。
髪の短い少女は、俺のCHARM──アガートラームを抱え、不敵な笑みを浮かべている。
彼女をお姉様と呼んだ長い黒髪の少女は、こちらを警戒してか、大剣型のCHARMを油断なく構えている。
そんな光景を見て……何故だろう。
最初に頭に浮かんだのは、美しい、という感想だった。
アガートラームは、この時点での夢結のCHARMであるダインスレイフと、非常に似た変形機構を持っています。
しかし、主人公は保有マギが少なく、マギを使って射撃するくらいなら普通の銃に対ヒュージ弾を込めた方が制圧力が高いため、滅多に変形させません。
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